『Shirayukihime to 7 Nin no Koibito』to iu 18 kin Otomege Heroin ni Tenseishiteshimatta Ore ga Zenryoku de Oujitachi kara Nigeru Hanashi chapter 73

恋人7、Grumpy
ラスト、アキさんの最萌えのエミリオ王子です。
 日々の鍛錬とは武人の基本である。

 日々の積み重ねとは、すぐに形に現れる事がなくとも確実に己を高めて行く。そしてそれはいつしか自信に繋がり実力となる。
 これは学問でも趣味でも何にでも言える事なのだが、はじめは何事も楽しいものなのだ。ただ自ら好んで始めた事であっても継続する事とは意外に難しい。

 現に僕は何かをはじめようとした時が一番楽しかった気がする。
 例えば剣術をはじめようとした時、例えば油彩画をはじめようとした時。

 我が国で一番の銘剣を探していた時は心が躍った。
 我が国でトップレベルだと言う鍛冶職人を数人城に呼びつけて、彼等によるこだわり抜かれた技法で作り出された剣の説明をしたり顔で聞きながら、その銘剣で必殺の奥義を繰り出して、バッサバッサと敵兵を薙ぎ倒して戦場を駆ける自分の雄姿を想像して悦に入った。

 油彩画の時もそうだ。美術の家庭教師のMr.ボルテールに勧められた、とても良い商品を揃えていると言う商人を部屋に招いて、最高級の豚毛で造られた油彩筆に、しなやかで弾力性のある鋼のペインティングナイフ、混色しても純度が高いが故に濁り難く、着色力に優れていると言う顔料や質の良いオイル、艶のあるマホガニーのパレット、滑らかな曲線が美しい純金の画架(イーゼル)などを二人に勧められるままに揃えていた時が一番楽しかった様に思う。
 特に非情に稀少な「星空の破片」と言う深蒼の顔料、「溶岩(マグマ)の破片」と言う深紅の顔料、「月石の破片」と言う月色の顔料の話を聞いて、実際にその鮮やかな顔料の色をこの目で確認した時の胸の高鳴りと言ったらなかった。何でも商人の話によると「星空の破片」には瑠璃石(ラピスラズリ)と魔術で閉じ込めた夜空の蒼が、「溶岩(マグマ)の破片」には非加熱のピジョンブラッドルビーと魔術で閉じ込めた溶岩の紅が、「月石の破片」には金箔と魔術で閉じ込めた月光の光の光彩が贅沢に使われているらしい。
 今から自分はこの高価で稀少な顔料を使い、うちの宮廷画家達どころか、歴史に名を残している巨匠達を脅かすキャンバスを完成させるのだ。
 そしてこれから数百年、数千年、王立(うちの)美術館にリゲルブルクの王族きっての天才画伯のとして飾られるであろう自分の作品を想像して、まだ描きはじめてもいないのに自分が誇らしくて堪らない気分に浸った。

 しかし現実は何事もそんなに上手くは行かない。

 僕は何度も挫折を経験し辛酸をなめる事となる。
 大国の王子である僕の周りには、どの分野であっても我が国の随一の才が集う。
 彼等の指導を受けるのはとてもありがたい話ではあるのだが、どんなに剣術の鍛錬をつんでも普段軽口を叩きあっている部下(ルーカス)から一本も取れないのが現実で、それが僕の実力だった。
 そればかりか、至高の業物であるはずの自分の剣が二束三文の彼等の剣にバキバキ折られる事しばし。「……あのぅ、真面目な話、エミリオ様が懇意にしてる武器商人って悪徳商人なんじゃないッスかね?」などと僕の審美眼を疑う様な無礼極まりない事を言われる始末だ。

 初めて完成した油彩画もろくなものではなかった。
 自ら筆を取るまでは「つまらない絵しか描けない小物」だと思っていた宮廷画家達ですら、僕よりも遥かに遠く、高みに立っていた。
 彼等は芸術家である前に、職人であり、自分の技術を売り出しているやり手の商売人でもあった。――…つまり、彼等は雇用主(父)が求める物を描いていただけなのだ。それがあの個性もなければ面白味もない、没個性の絵だっただけで。
 Mr.ボルテールは完成した絵を見て「MARVELOUS!」と褒めてくれたが、バサバサになった豚毛の筆は購入時の原型を留めておらず、一枚のキャンバスと稀少な顔料を無駄に消費してしまった事を僕自身が一番痛感していた。

 それでも最初は何事も楽しいものなのだ。

 しかし時間が経つと、いつしかその情熱が冷めて来る日が必ず来てしまう。
 例えば高い壁にぶつかって、その壁を自分ではどうあっても越えられないと悟った時。どんなに努力しても自分が前進しているとは思えない時。横這いどころか後退しているのではないか?と思えた時。そして何十倍努力しても超える事の出来ない超人が身近にいたりすると、どうあってもやる気が失せて来てしまうのが人情と言うものだ。

 しかしそこでそのまま続ける事を放棄すると、一時の熱病や流行り病のようにその情熱は冷めてしまう。――僕は、ずっとそうだった。

 僕の部屋には猟銃やチェス盤、読まずに積んだままの詩集や歴史小説、弦の切れたバイオリンが新品に近い状態のまま眠っている。他にも宮廷音楽家達の真似事をしてなんとなく書いてみた作詞作曲ノート、轆轤(ろくろ)の回る速さについていけず壺にすらならなかった何か、未完成のままのジグソーパズルや帆船模型などゴミの様な物も沢山ある。
 それらを目にする度に僕は妙にやりきれない惨めな気持ちになる。――何故ならそれは僕の挫折と敗北の軌跡でもあるからだ。
 何度か全部捨てようと思ったが結局捨てなかったのは、飽きっぽい自分への戒めになると思ったからかもしれない。
 何かを途中で放棄しそうになった時、僕はそれを見て自分を奮い立たせて来た。

 だからこそ今の僕は継続する事に意義があると思う様になった。

 そんな僕が唯一続けられたのが剣術と絵画だった。
 何故この二つなのか?と言うと、剣術は我が国をはじめ近隣諸国でも男児ならば心得ておくのが常識の物であるし、油絵は僕が唯一あいつに勝てた分野だからだろう。
 流石に今は油彩の道具がないので、街で手に入れた色鉛筆でスケッチブックに描くしかないのだが。

―――そして、

ザッ!!

 愛剣バミレアウドが宙を斬る。

 剣にしては過度な装飾が施されているこの宝剣を初めて見た時は、見てくれだけの飾りの剣だと思ったが、これが意外に僕の手に馴染んだ。ひん曲がったり折れたりもせずに、もう5年ももっている。その事実だけで僕にとってバミレアウドは世界一の銘剣だ。
 珍しくあの口さがない不敬な騎士も事ある毎に「良い剣ッスね」と言っているし、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。

 ここで暮らす様になってからも、こうやって毎朝朝鳥が鳴く前に起きて素振りをするのが僕の日課だった。

「はっ!」

 そよ風に揺られながら目の前に降って来た木の葉を一刀両断した、その時――、

「ね、ね?もうそろそろ許してよー。マイスイートエンジェル、ハニーホワイトちゃん?」
「フン」

 中央から真っ二つになった木の葉の合間から、二人の男女の姿が視界に入る。

「スノーちゃんパンケーキ好き? 実はさぁ、俺、世界で一美味いパンケーキ出す店知ってんだよねー、ね、良かったら今度デートしようぜ?」

―――最近僕の騎士の様子がおかしい。

 足早に歩く少女の前に立って道を塞ぎ、腰を低くした状態のまま両手を擦り合わせて何度も頭を下る長身長髪垂れ目の騎士はルーカス・セレスティン。我が禁門府王室近衛騎士団の中でも選りすぐりの騎士の一人であり、僕つきの騎士だ。
 彼女は自分の目の前にある大きな障害物を物ともせずに、ツンとした顔のまま彼を避けて歩く。
 そんな彼女にへこへこ頭を下げながら、彼女の後を金魚の糞よろしく着いて行く情けない騎士の姿に思わず呆れ顔になってしまう。

(朝っぱらから一体何をやっているんだ、あいつは…)

 奴の主として何か小言でも言ってやろうかと思ったが、ルーカスの前を歩く少女と一瞬目が合った。
 彼女は僕と目が合うと、柔らかな微笑を口元に湛えながら会釈をした。

「うっ……」

 その静かな微笑は、人の心に染み入っては止まらない謎めいた魅力があった。
 誰もが心を開かずにはいられない、誰もが恋をせずにはいられないその笑顔に、一瞬にして頬が熱くなる。
 僕は喉から出かかった言葉を飲み込むと、一つ咳払いをした。
 「別にお前の事なんか意識していないんだからな!」と言う意を込めて彼女を一睨みするが、彼女の視線はもう既に僕の方から外れている。

「あ……スノー、」

(なんだ……もう行ってしまうのか…)

 折角会ったのだ。
 ほんの少しでも良いから、足を止めて何か話でもしていけば良いのに。

 彼女の方へと伸ばした手が下がる。

 衝動的に呼び止めてしまいそうになったが、彼女に今「朝から僕に会えるなんて運が良い女だ、特別に僕の剣技を見せてやろうか?」などと言ってみたところで彼女の家事の妨げにしかならないだろう。そんな事をしてしまったら後で皆に文句を言われ、僕自身が不快な気分になるだけだ。そもそも彼女の家事を中断させて、朝食が遅れてしまうのは僕も本意ではない。

(しかし、今朝も眩しいな……)

 朝陽を浴びながら大きな洗濯物籠を持ってスタスタ歩くその少女は、渾天が抱いた太陽の様に目を射る輝きを放ち直視する事が難しい。相も変わらず目が眩むほどの美しさだった。

 僕は人物画があまり好きではない。

 何故ならば、植物や風景と違いありのままを描けば文句が出て来るからだ。
 女性は実在よりもウエストは細く、バストとヒップは豊かに描いて美しく描いてやらなければ不機嫌になるし、小皺なんぞを描いてしまったら最後、大きな顰蹙を買う。以前、僕の叔母上を描いてやった時の話だが、髪を振り乱して泣き喚きながら文句を言われて困った事があった。
 男性の場合もそうだ。実在よりも筋肉を多めにして逞しく、強そうに描いてやるのが基本だ。頭皮が目立ってきた老貴族を描く時は頭髪の量を増量して描いてやり、バレバレの鬘を被っている者でも自然な仕上がりにしてやらなければならない。
 人物画とは忠実にその人物を描き映せば映す程、モデルになった本人の不満が大きくなり、絵の評価も低くなる。
 そこには写実性の高さや完成度、芸術性は関与する余地がなく、実在の人物よりも美化させた方がモデル達の満足度と絵に対する評価が高くなる。しかし本人と掛け離れる程に美化させればまた不満は出て来るもので、その匙加減が難しい。
 モデルとなった人物のナルシズム具合を測り、彼等の理想を忠実に再現する事により評価される傾向にある人物画はどうも僕の肌には合わなかった。

 しかし彼女を見ていて思うのだ。

 彼女はありのままキャンバスに描いたとしてもどこからも文句は出てこないだろう、と。
 いや、むしろその圧倒的な美を僕の筆で再現するのは不可能ではないかと思うのだ。
 彼女はその全てが芸術性に満ちている。
 その表情の移り変わりから、睫毛の一本一本、朝の森の風にふわりと浮かぶ髪の毛の動き、彼女に爛然と降り注ぐ朝陽とそれによって出来る影、全てが芸術的で目が離せない。ブラウスやスカートの皺一本一本にいたるまで美しく、彼女を見る度に彼女の全てを描き止めておきたいと切に思う。
 彼女の中で僕が最も美しいと思うのは、その白く透き通った肌だろう。
 例え大量の真珠を溶かして顔料を作ってみたとしても、あの肌の輝きと透明度を再現する事は難しいはずだ。

(……こんなの、産まれて初めてだ…)

 見事な出来栄えだと思った肖像画を「私はこんなに皺がありませんし、太っていません!」と叔母に叩き割られて以来描く事を辞めた人物画だったが、彼女を見ているとまた描きたくて描きたくて仕方がなくなって来る。

 そんな奇跡の様に美しい彼女の名前はスノーホワイト・エカラット・レネット・カルマン・レーヴル・ド=ロードルトリンゲイン。――本来ならば僕と生涯を伴にするはずだったリンゲイン独立共和国の王女で、僕の兄の婚約者だ。

「決まり決まり!善は急げだ、早速デートしよう!な!な?」
「で、デートなんてしません!私、今忙しいんです!」
「そんなぁ、本当は行きたいんじゃないの!?オニーサン、何でも奢ってあげるよ!!」
「ダイエット中なので結構です」
「ダイエットなんてする必要ないって!君全然細いじゃん!!これ以上完璧になってどうすんの!?」
「……断る為の口実だって気付いてくれませんか?」

 小屋の中に消えて行く二人を見て、僕は嘆息した。
 確かにルーカスは以前から女好きだったが、あそこまで情けない男ではなかったと記憶している。

(いや、それは僕もか…)

 ここに来てから、――いや、彼女と出会ってから雑念に振り回される事が多くなった。

(今はあの女狐から国を取り戻す事を一番に考えなければならないと言うのに…。)

 それなのに脳裏に浮かぶのは、彼女と初めて体を繋げたあの日の事ばかりだ。

「くそ……、」

 下腹の辺りからムクムクと鎌首をもたげて来た邪念を追い払う様に、ひたすら剣を振るっていたその時の事だった。

「やあ、エミリオ。朝から鍛錬とは感心な事だね。久しぶりに私が稽古をつけてあげようか?」

 朝日を吸い込んだ金の髪が、澄んだ森の空気の中に燦爛と光をまき散らして揺れる。
 こんな朝早くから一体どこに行っていたと言うのだろう?
 まさかとは思うが、あの二人の後を着けていたのだろうか?
 森の木々の影から姿を現したのは、アミール・カレロッソ・アロルド・アルチバルド・フォン・リゲルブルク――…僕の兄で、そして彼女の婚約者だ。

「アミール…」

 朝からあまり見たくなかった顔に思わず顰め面になってしまった。

 別に僕はアミールの事が嫌いな訳ではない。……いや、やっぱり嫌いなのかもしれない。

 小さい頃から僕はこの男に何をやっても勝てた試しがなかった。
 だがある日、僕は気付く。――…この男は芸術方面に関してはからきしなのだ。

『エミリオは本当に絵が上手いねぇ、私もこればっかりはお前に負けてしまうな』
『本当ですか兄上!』

 僕が羊皮紙に描き殴った落書きをニコニコしながらそう言うアミールに、僕は得意気になって水彩画をはじめ、油彩画にまで手を出した。

 しかしある日、僕は偶然城の地下倉庫でアイツが昔描いた絵画を発掘してしまう。

 赤子を愛おしそうに抱く金髪の女性の顔には見覚えがあった。――新しい母が城に来てから倉庫にしまわれた彼女の姿絵の前で、悠然と微笑むその女の姿を何時間見上げていたか判らない。今でもその姿絵の前に立って想いを馳せる事がある。
 聖母の様な笑顔で綿のガーゼに包まれた赤子を抱いている女が横たわる寝台には、落ち着いたダークネイビーのベッドカーテンがかけてある。
 そのカーテンの影の部分には、絵を殺す事のない大きさと色で「やわらかな日差しの降り注ぐ中、希望と絶望が産まれた日。心の奥で永遠(とわ)に輝く女神と最愛の弟エミリオへ A.R」と書かれてあった。

 その隣に綴られた日付に僕は絶望した。

―――うちの宮廷画家顔負けのあの絵を完成させた時、アミールはたったの4歳だった。

 恐らくあいつは、母が亡くなって僕が産まれたあの日に筆を取ったのだろう。

 しばらく茫然と倉庫の中で立ち尽くしていた僕だったが、次第に腹の底から鬱屈した感情が沸きあがって来た。

(あいつ…)

 アミールは芸術のセンスがないのではなかった。

 今思えばあいつと4つ年が離れている僕が、剣も馬術も勉学もあいつに勝てないのは別にそんなに悲観する事ではない。
 しかし何をやってもアミールに勝てる物がなく、次第に自暴自棄になって行った弟に見て、あいつはこのままではいけないと思ったのだろう。弟が自分に勝てる分野を作ってやって自信を付けさせてやろうと芸術方面がからきし駄目なフリをしていたのだ。
 その余計な気遣いは更に僕を苛立たせた。
 僕は物心付いた頃からアミールを自分のライバルだと思っていたが、あいつは僕をライバルだとすら思っていなかった。ライバルどころの話ではない。アミールは「自分が育ててやらなければ」と保護者や家庭教師気取りの態度で僕に接していたのだ。たった4つしか違わない癖に。それに気付いた時、僕のプライドは粉々に打ち砕かれた。

―――僕はもう18になったと言うのに、4歳の兄が描いたあの絵を今だに超える事が出来ていない。

「なんだい、その顔は。傷付くなぁ」
「…………。」

 自分の姿を見付けると仏頂面になる僕を見て、アミールは苦笑いした。

 おかしいと言えばこの兄も十分におかしい。

 アミールはいつだってどんな時だって僕の手が届かない、遥か遠くの高みに立っていた。それなのに――、 

(こいつは今、一体何を考えているんだ…?)

 解らない。

 今までこの男のしている事は、突拍子のない事でも必ず意味があった。
 最後になればその過程の奇奇怪怪な行動も納得するものばかりだった。

―――でも、今回ばかりは判らない。

 それもこれもスノーホワイトだ。 

 こいつはふざけた男ではあるが、腐っても僕の兄だ。好いた女を輪姦して楽しむ様な悪趣味な男ではなかったはずだ。
 そして僕は自分が顔すら拝みもせずに振ってやった隣国の姫君に、アミールが長年恋い焦がれているのを見て来た。
 毎年彼女の誕生日や我が国とリンゲインの友好条約締結日が近づいて来ると、いそいそと贈り物を用意して、鼻歌混じりに手紙を書き綴っていたアミールの姿を思い出す。
 その時の兄の顔は、完璧な超人だった兄が唯一見せる人間らしい顔で僕を安堵させた。
 同時にアミールに手紙の返事どころか、贈り物の礼状すら一度も書いていないと言う礼儀知らずの姫君の所業に酷く憤ったものだ。
 酷い悪女に兄が弄ばれているのではないか?と弟ながらに心配だった。(実際はアミールの贈った贈り物も手紙も彼女の手元には届いていなかったと言うオチだったらしいが。)

―――だからこそ解らない。

(まさかこの関係をずっと続けるつもりなのか?)

 他の方面の話はひとまず置いておいて。水界の制約に縛られていると言う不便な身の上、僕の兄は恋愛に関してはかなり初心で純心だったと記憶している。
 同時に手紙を送っても返事すらくれない相手に何年も手紙を書き続けて、贈り物を送り続けると言う情熱家でもあった。

 あのアミールが、何故7人の男と彼女を共有していると言う酷い現状に甘んじているのだろうか?

 女子供が喜びそうな便箋や封筒を選び、「今年は返事が来ると良いなぁ」とはにかみながら羽ペンを動かしていた遠き日の兄の姿から、今の彼の姿は想像できない。
 そんな兄を長年見て来たからこそ、僕は成り行きとは言え彼女と関係を持ってしまった事を知った時に酷い罪悪感に苛まれた。

 しかし彼女と今後も契りを交わし続けなければ、僕の命はないのだ。

『大丈夫かい、お嬢さん』
『あ…あ、うぅ、』

―――あの日、あの薄暗い古城で。

『騎士さま……たすけ、て…』
『チツノコか、……しゃーないな』

 黒曜石の祭壇の上に、邪竜に捧げられる贄の様に横たわるその少女を目にした瞬間、僕の頭の中で何かが弾けた。――…目の前に存在する芸術性に満ち溢れた美が僕の絵心に火を付けたのだと思ったが、今思えばそれはもっと単純な感情で、その手の文化的な色合いの物とは程遠い原始的な衝動だった。

『これは酷い……、ちょっと待ってろよ、今助けてやっからな』

 その圧倒的な美に僕が言葉を忘れ、瞬きする事も呼吸をする事も忘れて阿呆の様に立ち尽くしていると、いつの間にやらとんでもない事が始まっていた。

『……今からあんたを犯す、いいか?』
『る、ルーカス!何を考えているんだ!!』
『これは淫蟲です、中で吐精しなければこの子は快楽で悶え狂い死んでしまう!!』
『し、しかし、初対面の女性に、そんな事を……!!』

 思わず声を荒げる。ーーーしかし、

『悪いけど、ちょっと我慢しててな?』
『っく、はぁ、あぁ、あ、あああああああっ―――――!!』

 ルーカスが手が早い事は知っていたが、あっと言う間にベルトの金具を外し、下衣をくつろげて彼女の中に押し入るその早業に僕の思考は停止した。

(あそこは多分女性の、なんだ、あー、女性の……で。ルーカスが今出して挿れたのは男の…………、え……え?え?)

『あの坊やはほっといて、オニーサンとちょっくら気持ちイイ事しましょうねー?』
『あっ、は、やぁ、あんっ……ん!』

 今、自分の目の前で起こっている非現実な行為が何であるか、僕の頭は理解していた。大人の男女が夜な夜な閨でしていると言う、人類が子孫を繁栄する為にしていると言う営みである。
 僕は子供ではないし勿論その知識はあった。あったのだが、――…しかし、本当に世の大人達は、そして街中で腕を組んで仲睦まじい様子で歩いている年頃の男女はそんな事をしているのだろうか?と内心訝しみ、実は都市伝説か何かなのではないかと疑っていた部分もあって。

(ま、まさか、これが……、)

 目の前で行われている蛮行を信じられない思いで見つめる事しか出来ない僕の前で、彼女はその艶やかな肢体を快楽に震わせながら咽び泣く。

―――今、自分の目の前で何が起こっているのかさっぱり判らないが、本人の自己申告通りルーカスが女慣れしていると言う事だけは理解した。

『感度も抜群だし、感じてる声も顔もめっちゃ可愛い。最高。モロに俺のタイプ。この手の平にすっぽり収まるサイズのおっぱいも、マジ俺好み』
『っん!ッ!だ、だめ、だめ……っ!』
『てかさー、マジでこのまま俺と付き合っちゃわね?』
『なに、を、い、……あ、ああっ!』

 ルーカスの言葉に、彼女を見つめる真剣な目に我に返る。

―――まずい。

『こら!ルーカス、僕の話を聞いているのか!?』
『女性とお付き合いした経験のないオコチャマのエミリオ様には刺激が強過ぎますもんね。いいですよ、俺が彼女をお助けしますから、王子は1時間くらいそこいらを散歩でもして来てください』

 彼女の腰にパンパンと肌を打ち付けながら、面倒くさそうな顔でこちらを振り返る騎士の様子に確信する。

―――まずい、コイツ本気だ。

『な、なんだとォっ!?――……ぼ、僕にだってそのくらいっ!!』

 奴と長年の付き合いの僕だからこそ判った。
 恐らくルーカスが今まで遊んできた他の女と彼女は違う。

―――今自分がここで動かなければ、目の前の美しい人が奴の物になると言う事だけは本能的に理解していた。

 その本能的な危機感が石の様に固まっていた僕の体を突き動かす。

 内心僕はルーカスに怒り狂っていた。
 淫蟲だか何だか知らないが、主である僕の指示を求めずに良くも勝手な事をしてくれたな、と。――そして同時にどうしようもない衝動に突き動かされて、心が千々に乱されて、自制心と言うものが完全に吹き飛んでいた。
 どうせなら僕が彼女を救いたかった。
 緊急時?人命救助?ああそうだ確かにそうだ、お前には大義名分があるな、仕方ない。だがコイツは何故僕よりも先に彼女に手を出しているんだ? ああ、イライラする。やめろ、さっさと離せ。と言うかさっさと抜け。お前が彼女を穿ち、彼女が甘い声を上げる度にイライラするんだ。

『あなた……は…?』

―――そしてその日、僕は自分でも信じられない愚か極まりない行動に出た。

『僕の名前はエミリオ・バイエ・バシュラール・テニエ・フォン・リゲルブルク。リゲルブルクの第二王子だ』

『え……?』

 今思い出してもあの時の自分は正気ではなかったと思う。

(彼女が欲しい…)

―――あの時は、今ここで彼女と契る事が出来るのならば死んでも良いとすら思ったのだ。

『フン。……女、お前は自分の幸運に感謝する事だ。本来ならば僕の様な高貴な者に抱いて貰える機会なんぞ、なかなか恵まれないのだから。』

 そしてそれから僕が味わった女の肌は、そのただ一度の交接を自分の人生と秤にかけても何ら遜色のない物と思える程極上の物だった。


****


「私もお前がどれだけ強くなったのかみてみたいし、一本どうだ?」

 アミールが国宝の神剣を抜くと、銀の刃が朝陽を受けて反射する。

 大局的に考えれば、僕はこの男に彼女を譲ってひっそりと静かに死ぬべきなのだ。
 良い思い出をくれた彼女に感謝の意を伝え、不出来な部下の頭も下げさせて僕自身も兄に謝罪して。

 僕に今のリゲルブルクを治める自信はない。

 平時ならともかく、国内も国外も騒がしいこの時代、僕の器ではとてもではないが我が国を守り、導く事など出来ないだろう。

―――現にあの時、僕は何もできなかった。

 僕とルーカスはホナミに無様に敗北し、ただ逃げる事しかできなかった。

 あの時僕達の命を救ってくれた老兵達は、あの後逃げ切れたのだろうか?……否、生きているはずがない。自分の考えなしの行動が部下達の、しいては民の命を奪う。あの時それを改めて肌で感じてゾッとした。玉座とは、王の冠とはなんと重い物なのだろう、と。
 今だって僕はこれからどうやってホナミから国を取り返せば良いのか検討もつかない。――…しかし、アミールは違う。合流した時彼等が話していた内容を聞くに、あいつは城を出た時からとっくにその算段をつけ、その準備すらしてきたらしい。
 彼等がこれからの事について話し合う中、僕はどうしようもない無力感に打ちひしがれていた。
 鉄血宰相の嫡男にしてリゲルブルク最年少の宰相、ミュルクヴィズの悪夢・血塗れ屍骸製造機(ブラッディ・オートマチック)の異名を持つ騎士、新任早々民の目線に立った改革を訴えて行政府で話題騒然となった文官。――兄の周りにはいつだって国中で最も優れた者達が集まる。

 能力的に考えても、人望的に考えても、産まれた順から考えても、僕が兄が玉座に座るべきだ。

 しかしそれが出来ないのは、僕の男としてのプライドだろう。

 今回は僕だけの問題じゃない。
 僕がこのまま身を引けば、スノーホワイトに僕の気持ちがその程度の物なのかと思われてしまう。――それだけは絶対に嫌だ。

「……いいだろう、勝負だアミール」

 足を肩幅に広げ、腰を落とすと兄の口元に笑みが浮かぶ。

「おいで」

 アミールはまさか自分が僕に負けるとは思っていないのだろう。
 苦笑じみたものに見え隠れする絶対の自信と余裕の色に、自分が酷く馬鹿にされている様な気がして頭にカッと血が上った。

「僕が勝ったのなら彼女を返して貰う!元々あの女は僕の婚約者(もの)だ!!」
「ふぅん?……まあ、いいけど。私に勝てるものなら勝ってみると良い」

 僕の言葉に風の中で時間が止まり、アミールの笑顔の温度が急速に低くなった。
 冷笑の影が兄の白い頬を掠める。

「あまり手荒な事はしたくなかったんだけど、このままお前が反抗期を拗らせて矯正出来なくなってしまったら困るからね」

 アミールが前髪を後に流す様にかきあげる。
 前髪がサラリと音を立てて元の場所に戻った時、兄の顔からは冷笑すら消えていた。
 皮を破り、肉を裂き、内臓を貫いて、骨まで刺すような、情け容赦のない殺気と鋭利な視線に僕は怯む事なく無言で対峙する。

「エミリオ、お前の兄として私が躾直してあげよう。――…幽魔、来い」 

 アミールの持つ国宝の神剣が白々と輝き出す。

(―――どうせ散る命ならば、どんなに無謀であっても、勝率が低くとも、コイツに勝負を挑んで華々しく散った方が良い。)

 スノーホワイトの元から何も言わずに去って一人寂しく死んだら、きっと僕は彼女の記憶にも残らない。

(だって、そんなの悔しいじゃないか)

 しかし自分を懸けて命を散らした愚かな男がいたとすれば、その姿がどんなに格好が悪くとも、その戦いがどんなに無様であっても、彼女は生涯その男の事を忘れる事はないだろう。

王子兄弟って父がアレなので、ベルナデットさんが生きてたら笑えないレベルのマザコンに育ってそうです。 
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Siti Dara

Hi. I’m Designer of Blog Magic. I’m CEO/Founder of ThemeXpose. I’m Creative Art Director, Web Designer, UI/UX Designer, Interaction Designer, Industrial Designer, Web Developer, Business Enthusiast, StartUp Enthusiast, Speaker, Writer and Photographer. Inspired to make things looks better.

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