恋人6、Dopey
「私は君が欲しいんだ。スノーホワイトである君もスノーホワイトでない君も、――…身も心も魂も、君の全てが欲しい」
私の言葉にスノーホワイト――いや、ミウラアキラは、驚きのあまり声が出ない様だった。
「私はあちらの世界に行く事は出来ないし、産まれながらに背負っている物がある。そして私はそれらを捨てる事は出来ない。……ごめんね、とても不条理な事を言っている自覚はあるんだ。」
「…………。」
「向こうの君の人生や君が向こうで背負っていた物が私以下だとも今の君 以下だとは言わない。言わないけれど、それでも私は――、」
そこまで言って、私は大きく息を吐いた。
「ごめん、……とても勝手な言い分である事は自分でも理解している」
私が自己嫌悪でもう一度溜息を付くと、ぎくりと強張ったままだったスノーホワイト相貌に苦笑めいた物が浮かんでいた。
「――――…三浦晃はお前やスノーホワイトちゃんとは違う、ただの一般人だよ。お前達みたいに産まれながらに背負っているものがあった訳じゃない。お前達みたいに沢山の人達の期待を一身に受けて生まれ育った訳でもないし、誰もが必要としている特別な人間でもなかった。向こうの俺は何をさせても駄目な男だった。親や教師や親友の期待まで裏切って、いつも皆をがっかりさせる事しか出来ない、全てにおいて平均以下の男だった。……俺、あのままあっちに居たとしても、人並みに生きる事すら難しかったと思うんだ。多分、何かを成し遂げる事も出来ないまま、何者にもなれずにつまんねぇオッサンになって死んで行ったと思うよ」
「それでも私は向こうの君の人生や、ミウラアキラが築いて来たすべての物が私やスノーホワイトの物よりも軽い物だとは思わないよ。でも、私はとても我儘で自分勝手な男だから、――――…だから、それを踏まえた上でもう一度言わせてくれ。スノーホワイト、私はあなたの事が本当に好きなんだ。どうか私の物になってくれないか?」
「…………。」
アキラは何も言わなかった。
私がした求婚の返答を考えているのではなく、私の言葉に触発されて、アキラの人生とスノーホワイトの人生の重みについて考えている様だった。
私はしばらく沈黙を守り彼の次の言葉を待ったが、次第にその唇が開く瞬間が怖くなって行った。
「あの、さ……、」
だから私は、開きかけた唇を人差し指で塞ぐと、矢継ぎ早に続ける。
「そうだよ、私と結婚しよう?世界で一番幸せにしてあげるからYESと言って?ああ、駄目だよ、答えはYES以外許さないから。ねえ、それが良い。そうしようよ、ね?」
「え? あ……、」
「帰国して落ち着いたら、まずはあなたの美しい名前と芳しい雪肌にぴったりな、窈窕たる風情の白亜の宮殿をプレゼントしよう。我が国の王侯貴族は、日々の激務から心身を慰める為に郊外に無憂宮と称した物を幾つか構える風習があるんだ。だからどちらにせよ私は私の未来の可愛いお妃様の為に、いくつか離宮を用意しなくてはならない。だからあなたは何も気に病む事ないよ、遠慮なく受け取って欲しい」
「え、えと……、」
「一つ目はグリーンスタックの丘陵なんてどうかな。あの辺りは我が領土で一番避暑に最適な場所なんだ。きっとあなたも気に入ってくれると思う。結婚後はそこを私達の夏の離宮にして、毎年夏になったら二人でそこに涼みに行こうか? ああ、何だか考えたら楽しくなって来たよ。春の離宮はサンクルトゲッテンダルク高原、秋の離宮はマルロー・ローラの滝、冬の離宮はオーロラの見えるコールドポワール辺りに建てるのはどうだろう?」
「え、え、……ええっ!?」
スノーホワイトは素っ頓狂な声を上げるが、二人の結婚後の生活をこうやって口に出して語り出してみたら、何だかとても楽しくなって来た。
「それよりもまず一番最初に考えなければならないのは、ルジェルジェノサメールに帰ってからの事か。……そうだな、寝室は私と一緒で良いとして。あなたの部屋も必要だろうから城に帰ったら早急に部屋も作らせなくてはならないね。ああ、安心してね、国 で一番腕の良い職人に作らせるから」
「あ、いや、だ、だから……、」
「あなたの部屋のバルコニーからはいつも美しい庭園を眺める事が出来る様に、うちの|水界絵巻物(国宝)の様に典雅な余情をたたえた味わい深い庭園を造らせよう」
「な、アミ、ま、待、」
頭を振るスノーホワイトの真紅の薔薇よりも赤い唇を、私はうっとりとした表情でなぞる。
「この唇と同じ色の真紅の薔薇が溢れる庭園がいいね。私の仕事中にあなたが寂しくならない様に、あなたの心を慰める事の出来る様な優美な庭園を造らせよう。私達の結婚記念日には、毎年その庭園で朝摘みした薔薇達で抱えきれない程大きな花束を作ってプレゼントしてあげる。ああ、その花束で花の寝台を作ったり、花びらを浮かべた花風呂で愛し合うのも良いかもしれない。薔薇の寝台の上で真紅の花びらを美しい雪肌に纏い、羞恥に頬を染めるあなたは、きっとどんな美しい花達よりも甘く、可憐で、馥郁と香り立ち、私を魅惑するのだろうな」
「え、えっと……?」
「ねえ、お願いだから早く「はい」と言って首を縦に振ってくれないか? あなたが私の物になってくれるのならば、私は何だってするよ? あなたが望むのならば世界中の金銀財宝を搔き集めて来てもいい。あなたが望むのならば、私は世界だってこの手に掴んで来よう。そしてこの世で一番高い、まばゆい光の降り注ぐ場所から、世界で一番美しい光景をあなたに見せてあげる」
「アミール、おい、なあ、おい!」
「欲しいものがあるのなら何でも言ってくれ、私が全力で叶えてあげるから」
「だから!……いきなりそんな事言われても…俺……。」
狼狽の色が濃いその瞳に、私はまた微笑みかけた。
「そうだね、ではこれから毎日言うから真剣に考えてくれないか?」
彼女の頬が少し赤らんで見えるのは、私の気のせいだろうか?
案外私の自惚れでもない様な気もするのだが実際の所はどうなのだろう。
「そろそろ続きをしようか?――…これも私の本気 をあなたに理解して貰う為だ、今夜も朝まで離さないから覚悟してくれ」
スノーホワイト美しい相貌が見事に強張った瞬間だった。
****
本来ならば今晩は弟の夜だった。
しかし弟はルーカスを連れて外に出たまま、夜になっても戻らなかった。――…恐らく森の中で、ウンディーネの血と共に我が王家が脈々と受け継いだ水界の制約について話しているのだろう。その後弟は激昂しているルーカスを宥めているのかもしれない。
ルーカス・セレステン――いや、シモムラは、恐らく私達の体の話をスノーホワイトにはしないだろう。
―――打ち明けてしまったら最後、優しい彼女は激しく苦悩するだろうから。
そしてその後、優しい彼女はこちらに残ると言うだろう。
それはあの男の望む所ではないだろう。
私が言わないのも、その事で彼女の心を煩わせたくないからだった。
幼い時分に、母が制約の事を死んでも父に言わなかったのを見ていたからかもしれない。
恐らく私も母同様に、彼女が自分を選んでも選ばなくても制約について言う事はないだろう。
言ってしまえば例えスノーホワイトが私を選んでくれたとしても、いつか彼女を苦しませる事になるかもしれない。いずれ愛し合う行為そのものにも強制や義務感を感じて、苦痛に思う様になってしまうかもしれない。
どちらにせよ、彼女は一生知る必要のない事だと思っている。
奴の考えそうな答えは分かっている。
恐らく彼女に全てを委ねるのだ。
彼女に何も告げないまま、誰を恨んでも恨みっこなしと、私と男同士の勝負を続けるつもりなのだろう。
(シモムラ、しかしそれは私の想定の範囲内だ)
ふいに口元に浮かんだ笑みは、勝利を確信した笑みだった。
―――勝てる。恐らくこの勝負は私の勝利で幕を閉じるだろう。
彼女を愛している男なら、皆そうするしかない。――…現に他の恋人達もそうする事を選んだ。
誰もが言えない。言ったら最後自分が彼女を失う可能性が濃厚となる。
しかし彼女を諦めたくないのなら、私の作った私に都合の良い流れに身を任せ、ただただ流されるしかない。
あの後、私は家に残った部下達に我が王家に課せられた制約について話をした。
話した上で、私は彼女にこの事を話すつもりはない事、正々堂々と勝負をしたいので君達にも黙っていて欲しいと言う旨を告げた。
『……何故黙っていた?』
誰もが驚愕の事実に驚き押し黙る中、怒りを押し殺した声で私に詰め寄ったのはイルミナートだった。
私は馬鹿でもお人よしでもない。
この話をすれば、思い余った誰かに自分が寝首をかかれる可能性がある事は理解していた。
ならばどうするか?――…私を殺す事は、自殺行為であると言う事も同時に話すのだ。
イルミが怒っているのは、自分が王位を望む事とスノーホワイトを正妻として迎え入れる事も限りなく不可能に近いと悟ったからだろう。
彼が自身の野望を叶えるには私の義妹である第一王女のエスメラルダと結婚した後、私とエミリオ、そして私の腹違いの弟のロルフとロランを暗殺なり失脚なりして始末する必要があった。
しかしウンディーネの血を引く私とエミリオが消えてしまえば、リゲルブルクは水の女神の守護を失う事になる。国土は二千年分の加護のツケを払う事になり、あっという間に干上がって荒れ地の荒野と成り果てる。
リゲルブルクが滅びれば、現状闇の森を止める方法を知る国はない。
闇の森の世界浸食が始まり、リンゲインを残して世界のほとんどの国は森に飲まれて滅びる運命 にある。
つまりイルミがエスメラルダと結婚しても実は全く意味がなかった。
彼女と婚姻を結んでも彼は王位に就く事は出来ない。――何故ならば、ウンディーネが加護を与えるのは自分とディートフリート・リゲルの末裔だけで、それ以外が王位に就いたら水界に帰ると言っているのだから。
本当の話をしてしまえば、私の亡き母の姉妹の息子や娘が国内にいる事にはいるので、ウンディーネの血が途絶える事はない。よって私とエミリオが消えても僅かにウンディーネの加護は残る。
そう言う事で、本当は私達が死んでもリゲルブルクが滅びる事はないのだが、私はそれを伏せたまま話をしてイルミ達にミスリードを誘った。
自らの子孫に与える加護の配分についてウンディーネ本人に話を聞いてみた事かあるのだが、彼女からしてみると滅多に顔を見せない外孫と一緒に暮らしている内孫にやる小遣いの合計額の様な感覚らしい。
つまり彼女の気分による所もあり、かなり微妙な話になるのだ。
実際イルミが私の従兄弟達の存在を思い出したとしても、ウンディーネ本人と話した事のない彼からすれば一人では判断出来ない領域だろう。実際彼女にその話を聞いた私ですら良く判らないのが実情なのだ。彼女が水の神殿に顔を出さない外孫達に腹を立てて、遺産をどこかの施設に全額寄付する老人の様に彼等に与えるはずだった加護を適当に散らし、そのままリゲルブルクを干からびさせる可能性だってある。
そんな訳でイルミはどうあっても自分の代は宰相で頭打ちである事、そしてその事実を知りながら王位をチラつかせ、長年自分の事をこき使ってきた私に対して激怒していた。
いや、彼の一番の怒りの理由はスノーホワイトの事だろうか。
今のイルミからすれば、エルメラルダを正妻にしてスノーホワイトを愛妾にするなどもはやありえない話に違いない。そしてスノーホワイト本人も例えイルミによろめいたとしても、そんな待遇を望むとは思えない。一貴族の愛妾に身を落とすのならば、他の6人の恋人のいずれかの正妻になる事を選ぶだろう。イルミも恐らくその事を理解している。
スノーホワイトが欲しいのならば、彼はヴィスカルディの姓で宰相の地位のまま、私と彼女を巡って争う事になる。
彼は私の性格を良く知っている。
私の下で私の部下として働きながら、同じ女を射止める事がどれだけ厳しいかを理解している。
つまり彼は私から”お情け”を貰うしかない立場に甘んじなけれはならない。
そしてもう一つ。私は正々堂々と言ったが、彼はふざけるな!と思ったはずだ。
イルミは例え私の下で働きながら不利な条件下で彼女の心を射止める事に成功し、彼女を妻に娶る事が出来ても、定期的に妻の肉体を私に捧げなければならない。
貴族と言う生き物は得てして愛国心が高く、自国と自分の家に偏狭的な誇りを持っている。
国と家の事を考れば、彼は私に泣く泣く彼女の事を捧げなければならない。私だけでなく、弟も既にスノーホワイトと肉体関係を持っているので事態は最悪だ。
ここで彼の愛国心が試される事になる。
自国の事を思い、伯爵家の事を考えるのならば、彼は妻の体を私達兄弟に定期的に貸し出さなければならない。
いや、貴族の誇りを取るのならば、彼は実はここでスノーホワイトの事を諦めて、私か弟に彼女を譲るしかない状況だ。――だからこそ彼は激怒している。
しかしどんなにイルミが私が憎くとも、我が国がウンデーネと言う悪魔の様な女神の守護下にある限り、彼は私を暗殺する事は出来ない。
歴史ある伯爵家の当主である彼は、国も自分の家の事も捨てる事も出来ない。
私を殺してもエミリオがいるが、実はイルミはあまりエミリオと相性が良くないのだ。
イルミは理性的な話が出来ずすぐに感情的になる弟を毛嫌いしている節がある。弟の下で働くくらいなら、彼は私の下で渋々働き続ける事を選ぶだろう。
『何故って。これは私自身の問題だからだよ』
『お前だけの問題じゃない、我が国の命運まで関わっている』
『そうだね、しかしそれにしたって私からすれば自分の国の事だから』
さらりと言い切ると彼は鼻白む。
イルミは何か言いかけてすぐに口を閉ざした。
恐らく至極まっとうな正論でも吐こうと思ったのだろうが、今更自分が民の命の尊さを説き、国家とは誰の物かであるかと欺瞞に塗れた理想論を説いたとしても、笑い話にしかならない事を即座に理解したからだろう。
私もイルミも部下の能力や民の命を数字にして管理している側の人間だ。
例え話になるが、城で働くメイドとエルヴァミトーレの様な|高級官僚(バッチ付き)とでは、毎月支払われる給金の額が違う。一般兵と将軍では、戦死した場合遺族に払われる恩給の額にもかなりの差が出て来る。
今まで彼は他人の能力どころか命にまで値段を付けて、神の様に傲慢に管理して来た側の人間なのだ。――だからこそ彼は私に何も言えない。言えるはずがない。
そういった意味では私と彼は同類であり、共犯者でもあった。
『それに彼女に選ばれないなら死んだ様な物だから、どちらにせよ同じ事だから』
『そういう問題ではない!!自分が選ばれる自信があったのか!!?』
『自信かー、カルルコルム山脈の最高峰に届きそうな位ある日もあれば、全くない日もあったかなぁ』
『アミール!!』
頭を掻きながら笑っているとイルミナートに胸倉を掴まれて、私は真顔になった。
『……お前が私に何を言わせたいのか解らないが、こちらは命懸けだ。お前の言う通り国の命運も懸かっている。そう言った意味ではお前達とは覚悟の度合いが違う。だからこそお前達に負ける気はなかったと正直に言えばいいか?』
怒りのあまり青ざめ震える宰相殿の手を払うと、私はやれやれと肩を竦める。
『イルミには悪いけど、私が唯一脅威に思っていたのはエミリオくらいだよ。何故ならあれも私と同じく自分の命が懸かっているからね。それにエミリオは私の弟なだけあって美しいし、性格もとても素直で可愛いらしいから』
エルヴァミトーレの方から「ブラコン…」と聞き捨てならないぼやきが聞こえた様な気がしたので、真顔のままそちらに目をやれば、彼はさっと私から目をそらした。……まあ、いい。後で軽く〆ておこう。
皆、各々の反応を見せた。
イルミは私の胸倉を外した後、やりきれないと言った顔になり部屋の中を右往左往し始めた。
これは彼が考え事をしている時の癖だ。恐らく今宰相殿の頭の中では、スノーホワイトを自分の手中に収める為の策を練り直しているのだろう。
『確かに僕には命も何も懸かっていない。……でも、だからと言って僕は僕の彼女へ対する想いがアミー様に負けているとは思わない。彼女を愛する一人の男として、自分があなたの歯牙にも掛けられていなかったと聞けば腹も立つ。――――…分かりました、僕も今日から本気を出します』
エルヴァミトーレはキッ!と私と一睨みすると、鼻息荒くローブを脱ぎ捨てながら部屋を出て行った。
『これが僕の本気です。これなら流石のアミー様も僕を脅威に思わざるを得ないでしょう』
部屋に戻って来た時、何故か彼はピンクと白のギンガムチェックのメイド服を着ていた。
少し動けば下着が見えてしまいそうな位スカート丈が短いそのメイド服は、使用人の服装としてあまり実用的ではない。
勝ち誇った笑みを浮かべながら髪を掻きあげるエルヴァミトーレのその服装について、突っ込みを入れる者はその場には誰もいなかった。
私も彼をちらりと一瞥した後、見なかった事にする。
エルヴァミトーレは暗い目で含み笑いをしながら「悪いけど、これで僕の一人勝ち確定だ」「僕の初めてを捧げれば、スノーホワイトはきっと……」とか何とかブツブツ言っているが、彼はさっきから一体どうしたと言うのだろうか?もしや錯乱でもしたのだろうか?
イルミはエルのその格好どころか、彼が部屋を出て行った事にも戻って来た事にも気付かないまま、未だに部屋の中を右往左往している。
終始無言だったメルヒ殿はそのまま外に出ると、薪割を始めた様だった。
最初から最後まで顔色一つ変えずに話を聞いていた彼も実は動揺していたらしく、薪を割る音が少々乱れている。
―――そして、
『――――…アミー様、俺、真剣に考えたんだけどさ』
『何』
しばらく腕を組んだまま、何やら真剣な顔で考えていたヒルデベルトが口を開いた。
『俺、ケッコンとか、人間の国の決まりとかホーリツについて良くわかんないんだけど、……このまま皆で仲良く暮らして行けば良いんじゃない?』
『……え?』
『8人でケッコンするって言うのはどうだろう?』
真顔でそう言い切ったヒルデベルトに、部屋の中にいたメンバーは彼を振り返ると大きく溜息を付いた。
あの後ヒルデベルトが落ち着きを取り戻したので幽魔の中から解放したのだが、もう少し入れておけば良かったと私は内心後悔した。
『ヒルなりに頑張って考えたんだろうけど…、』
『どうしようもない馬鹿犬だ…』
『重婚は犯罪です』
『えっ、えっ!?なに!何その反応!?』
何も見なかった・聞かなかった事にして彼に背を向ける私達にヒルデベルトは慌てふためいた。
(しかし案外悪くない案なのかもしれないな……)
彼女を独占したい気持ちはあるが、私がここにいる他の恋人達を気に入っている事も事実なのだ。
****
「ふぁ……ぅ、っんん!」
悪戯に交わした口付けがいつしか貪る様に激しい物となり、情炎を掻き立てる様な物になるまで、そう時間はかからなかった。
言葉にならない言葉を、口に出来ない秘めた想いを彼女に受け取って欲しくて。そして彼女の中にまだまだ隠されているであろう秘密を暴きだす様に、私は執拗に彼女の朱脣を求め、皓歯を、舌を舐り続けた。
「ッあ、あみーさ、ま……、」
「ん?」
「つ、つら……ッい」
「ん、そうだね、でも今日は指だけにしておこうか?あなたはまだ覚悟が出来てないのでしょう?」
「そ、それ、は……、で、でもっ!」
何度も口付けを交わしながら髪の毛を一本一本愛おしむような丁寧な愛撫を施せば、桜色に染まり汗ばんだ肢体が寝台の上でみだらに踊る。
絶えず指で抽送を繰り返した場所からは、水溜りが水を弾く様に大きな水音が寝所に鳴り響き、彼女を辱めては追い立てる。
「は、……っぁ、はあ、……あみー、さま…っ!」
「どうしたの?そんな目をして」
「……お願い、です! はっ、はあ、……わ、私、避妊薬、飲んで、ます、から……!」
「そうだね。でもあなたが私の物になる覚悟が出来ていないのなら、今夜はここに私のペニスを入れてあげる事はできないよ」
「え?っ、ンン……、――…って、え、えっ? な、なんで……?」
目を白黒させる彼女の様子が可愛らしくて思わず吹き出してしまいそうになるが、私は必死に堪えながら彼女の秘めやかな場所から指を抜いた。
「そんな顔をしないの、今夜はおあずけだ。これは他でもないあなたの為なんだから」
私はまた彼女の隣に横になると、困った様な顔で微笑みながら彼女の頭を自分の腕に乗せて腕枕をする。
「では、さっきの話の続きをしようか?」
「え、え……?」
「どこまで話したかな?ああ、そうだ、弟と川に行って魚釣りをした時の話だったね。それでさ、その時――、」
スノーホワイトはしばらく放心した様に私の顔を見詰めていたが、今夜ベッドに入ってから私が何度も繰り返して来た寸止めをまた喰らわせられた事に気付いたのだろう。
噛み締めた歯裂の隙間から「ううっ」と嗚咽が漏れ始めた。
私は今まで通りそんな彼女の様子に意を返す事はせずに、とりとめのない話を始めた。
ややあって。――嗚咽をあげるスノーホワイトを慰める様に、彼女の汗ばんだ肌にそっと触れる。
「っん!……あっ、や、いや……、」
スノーホワイトはすぐにむずがる様に腰を揺らしだすが、私は彼女の中心部には一切触れずに、下肢の熱を持った部分へゆっくりと手を近づけて行くと言う悪魔的な愛撫を再開した。
「―――って言うんだよ、おかしいだろ?」
「っは、あ、ぁっん! や、やぁ……あぁ……ぅ…」
「もう、聞いてるのシュガー?」
「ひゃぅっっ!?」
咎める様に胸の浮動石を無遠慮に指で弾けば、彼女がギュッと目を瞑り一段と大きな叫び声を上げた。
彼女があまりにも大きく体を震わせたので、透明な涙の粒が宙に弾け飛ぶ。
―――そんな事を何度も繰り返し、5時間は経過しただろうか?
「あ……あ………っう、うぅ、……ふ、ぅ…っ、ひっく」
くすんくすんと鼻を鳴らしながら震えていたスノーホワイトが、わんわん泣きだしてしまった。
「シュ、シュガー……?」
今までと違ってどんなに宥めても賺しても泣き止む事がなく、今度は逆に私の方が戸惑ってしまった。
(困ったな、イジメ過ぎたか……?)
かれこれこの五時間、この手の焦らしと直前の寸止めを何度も何度も繰り返して来たのだ。
とうとうスノーホワイトの限界が来てしまったらしい。……かくいう私も実はもうかなりギリギリの状態なのだが。まあ、それでも私は彼女の胸や口を使って何度か慰めて貰ったし、先程一度射精もしたので彼女ほど辛くはないだろう。
「っく、ひっく、……こんな、の、もうやだぁ……っ!こんな、意地悪なアミーさまなんて、嫌いです……!!」
その言葉に思わず私の顔から笑みが消えた。
「お願い、私の大好きな、優しいあみーさまに、戻ってくださ、い……!」
少女の嗚咽と時計の針の音が夜の空気を震撼させる。
彼女の嘆きは時計の秒針の音と共に私の胸を突き刺して、私の中にある揺るがない支柱の様な物までもをグラグラと大きく揺さぶった。
(スノーホワイト……)
自分が今、何の為にこんな事をしているのか解らなくなって来た。
何故だか私も彼女と一緒に泣いてしまいたい気分だった。
「……私は、君が思っている様な男じゃない」
脳裏に浮かぶのはボマーラ草原に轟々と燃え広がる炎と、夜空に舞う干し草の焼ける匂い、――そして私が産まれて初めて人を殺した時の記憶だった。さっきまで動いていた人間の体から首だけを斬り落とすと言う行為は、酷く薄気味の悪い物だ。何の恨みもない蛮族の長 の首を叩き切った時に浴びた返り血は生温かく、目に入った血飛沫は染みた。
次に脳裏に浮かんだのは水の引いた川の上で跳ねる魚達の姿だった。
毒ガスが充満した鉄鉱山の内部から響くグデアグラマの兵士達の悲鳴。鉱山の入口を塞いだ鉄扉を叩く中の敵兵達に同情し、扉を開けようとした兵を殴り飛ばした時に聞こえた鈍い音は、彼の歯が折れた音だった。
地面に倒れた兵は私とそう年の変わらぬ少年兵だった。
彼の上に馬乗りになり、首元に剣を突きつけた時に自分の口から出た底冷えする様に冷たい声と冷徹な言葉に、私は自分で自分に驚いた。
そして最後にテントの中でシャンパンから弾ける黄金の泡が、コルクと共に軽快に弾ける音。
干上がったベーレ川。水と食料と求めて暴動を起こすグデアグラマの民を殺す敵兵達の様子を、高台から見下ろしながら祝杯を挙げた私の残酷な征服者としての顔を彼女は知らない。
私は恐らくこれからも沢山の人を殺すだろう。――…民と自分の国を守る為に沢山の人を殺すだろう。自分の故郷を、友を、愛する人を守りたいが為に兵に志願した、優しく勇敢な男達に敵国の人間を殺す事を命じるだろう。敵兵達も彼等と同様に、愛する人達を守る為に命を懸けている、心優しい勇敢な男達だと知りながら。
彼女の事は城の奥に造らせた薔薇の庭園にひっそりと閉じ込めて、一枚一枚薔薇の花弁を剥がして薔薇の花で砂糖漬けを作る時の様に、一枚一枚彼女の服も剥いて行き、卵白の海で蕩かせて溺れさせて、グラニュー糖の嘘を全身に甘く塗した後は、ガチガチに固めて|冷暗所(城の奥)に大事にしまっておくのだ。
そうやって城 では彼女に甘い嘘を付き続けて、外では沢山の人を殺し続けるのだろう。
外で何人殺しても、私は平然とした顔で剣の血を拭い、何事もなかった様な顔をして彼女の元へ帰って行くのだろう。
―――彼女のささやかな秘密よりも私の方がずっと罪深い。
「私は君以外の人間には案外冷たいし、誰に対しても優しい訳じゃないんだよ」
「え…?」
溜息と一緒に絞り出す様にして呟くと、私は彼女の脚を戒めていたロープを解いた。
膝を折り曲げたまま縛っていたせいもあって、彼女の脚はしびれて動けない様だった。
申訳ない気分になってスノーホワイトの脚をさすっていると、彼女は何やら低い声で呻く。
「そんな事、ない……」
顔を上げると彼女は張りつめた瞳で叫んだ。
「そんなこと、ない!アミー様はとってもお優しい方です!森でスライムに襲われていた私の事だって助けてくださいました!!……あの時だって、狐に襲われそうになった雲雀 の雛を私と一緒に守ってくれたじゃないですか!!」
「スノーホワイト…」
(覚えていてくれたんだ…)
決まりが悪く苦笑しながらも、心の奥から揺り動かされるような感奮を感じた。
「大分昔の話だし、もう覚えていないものだとばかりだと思っていたよ」
「……忘れる訳ないでしょう、私達が初めて出会った日の事です」
「…………。」
苦し気に吐き捨てる彼女を私はただ茫然と見つめた。
彼女と初めて出会ったあの日、二人で雲雀の雛が孵化した所を手に汗握りながら見守った事。雛達をしつこく狙う狐から雛達を守る為に、夜中寝室をこっそり抜け出して二人で落ち合い庭園に行った事。連日連夜そんな事を繰り返したせいでスノーホワイトが風邪を引いてしまい、父に大目玉を喰らった事。
あの日、あの時、あの夜。
一瞬で通り過ぎてしまった、もう帰る事の出来ない少年時代の憧憬。
二人で手を繋いで夜の庭を駆けて、笑いあった夏の夜。
王となる為に私が捨て去った沢山の物。本来ならば失ってはいけない、大事な何かを失くす前。子供らしくない子供だった私が、珍しく羽目を外してはしゃいだあの夏の日の思い出。
あの日の事を思い出した瞬間、ここしばらく私の胸の内で燻っていた黒いへどろの様な醜い何かが薄らいでいくのを感じた。
―――しばしの静寂の後、
「……いいよ」
「え……?」
スノーホワイトの上に覆いかぶさると、彼女はびくりと細い肩を震わせて、涙に濡れた瞳で私を見上げる。
「そんなに私が欲しいのなら、あげる」
「っ、っく、……ぅ、あ、あああああッッ―――!!」
彼女の中に一気に自分の熱を埋め込むと、彼女の熱さに半身が焼ける様だった。
甘美なうねりにすぐに持って行かれてしまいそうだ。
「可愛いな、……挿 れただけなのにもうイってしまったの?」
「あ、ああ……あ、ぅ、ぁ、」
「たくさんあげる。私の全てをあなたにあげるから、しっかりと味わって?」
「あみーさま、……あっ、あの!手の、はずして、くださ、い」
「ん?」
「だっこして、ほしいの、ぎゅっ、してほしい……!」
「もう、そんなに可愛いおねだりをして、あなたはどこまで私を虜にするつもりなの?」
手首の縄を解くと、彼女は縋り付く様に私の背中に手を伸ばした。
細い体を抱きしめて口づけを交わしながら、花芯に貼りつけたままの浮動石に手を伸ばす。
「っや!うぅッッ――!?」
一段と激しくなる中の締め付けと収縮に、額から汗が滴った。
「姫 は本当に分かりやすいね、ここでイクと小刻みに震えるからすぐに分かるよ」
「やああっ!やだぁ……そこ、いやぁ……!」
「嫌だと言っても朝まで離してあげない。こうやって私を受け入れたまま、あなたが私を締め付ければ、あなたの体も私の形を覚えやすいだろう?」
「あみ、さま、うごい……て?」
「……何故?」
「だ、だって……っ、っく、ぅぅっ!」
スノーホワイトの顔や髪にキスを落としながら花芯の浮動石を弄る私に、彼女は瞳に大粒の涙を溜めながら切なそうに訴える。
「だって。腰を動かしてしまったら、子種が漏れてしまうかもしれないじゃないか。あなたは私の子を産み育てる覚悟がないのでしょう?」
「な、ないけど、で、でも…!!」
「うん、じゃあ朝までずっとこのままでいようね?」
「きゃん!あっ、あ、イヤああああああ!!」
私は彼女の言葉に耳を貸さず、熱心に彼女の弱点を虐め続けた。
「私はあなたのここを自分の形にしたいだけで、快楽を貪りたい訳ではないんだよ。だから、今、私が腰を動かす必要はない」
「そん…な、」
爪先まで艶めかしい姫君の足が虚空を蹴れば、彼女の足の裏が白い蝶の翅の様にヒラヒラと宙を踊る。
それは蜘蛛の巣から命からがら逃れて来た蝶の最後の舞いの様に、儚くて美しい。――…今、この美しい蝶を補食しようとしている酷い蜘蛛 は一体誰だ?と自問自答し、自嘲気味に笑う。
「愛してるよ、スノーホワイト。早く私の形を覚えて、私だけの体 になってね」
「っは、ぁ!いや……!もう、や、だぁ!」
激しい締め付けと、彼女のみだれっぷりに流石の私も限界が近い。
しかし私はそれを表には出さずに、額に汗を拭いながらも余裕の笑みを浮かべ、イヤイヤ言って頭を振る姫君の顎に手をかけると自分の方へ引き戻して強引に唇を奪った。
「んんっ、……ふぁ…、ぁ…」
アルコールを入れているから持ちが良いとは言え、かなり辛い。
彼女も辛いだろうが私の方も拷問を受けている様だ。
―――しかし、ついに今夜のこの不毛な我慢比べが終わる時が来た様だ。
「ねえ、わかる?今、私の物がどこに当っているのか。あなたのここが、私を欲しい欲しいと言って、私の事をきゅうきゅう締め付けるから、少し辛いけど、……でも、こうやって抱き合っているだけで、とても気持ち良いね、とても幸せな気分だ」
「やっ……だ、やだ、うごいて、動いて、くださ…い…っ!」
「こら」
勝手に動き、私を貪ろうとする腰を「駄目だよ」と言って押さえる。
「そんな事をしてしまったら私も我慢がきかなくなってしまう。私が腰を動かして、ここ、ここにこうやって、ピッタリ先端を当てたまま射精して、奥へ、奥へと子種を押し込んでしまえば、きっとあなたは私の子を孕んでしまうよ。……いいの?」
「う、ぅぅ……っ、」
「――――…私に動いて欲しいのなら、何て言えばいいのか賢いシュガーなら分かるよね?」
駄々をこねる子供に優しく言い聞かせる様にジッと目を見つめて微笑むと、彼女の濡れた唇が震えた。
「でもあなたはまだ私の子を産む覚悟が出来ていないのでしょう?私は愛するあなたに無理強いなんてしたくないんだ。このまま抜いてしまおうか?」
「…………イ、イヤ、……ぬか…ないで、」
「そんな事言われても。……困ったねぇ、どうしようか。アキラ、このまま続けたら君は向こうに帰れなくなってしまうかもしれないよ?」
「…………いいの、もう、それでもいいから」
快楽に弱い彼女はもう私に何を言われているのか、自分が何を言っているのか判らなくなっているのかもしれない。
張りつめた糸がプツリと切れてしまった様に、口元に歪な笑みを浮かべながら泣き叫ぶ。
「お願いします、アミー様の子種を私にください!!ほしいの、もう、がまん、できないの!だから、だから……!!」
私は薄ら笑いを浮かべると、彼女の艶やかな髪を指に巻いて遊びながら、正気を失っている瞳を覗き込む。
「私の子供を産んでくれるの?」
「……うみ…ます、」
「聞こえなかったな、もっと大きい声で言ってくれる?」
「うみます、うみます、から……っ!!」
「王子も姫も沢山産んでくれる?」
「はい!!産みます、だから……っ!!」
「本当に?」
「はい!!」
何度も確認した後私が自身の熱を引き抜くと、またしても寸止めを喰らわせられると思ったらしい彼女はくしゃりと顔を歪ませた。
泣き出す寸前の顔になった彼女に私は冷酷に告げる。
「なら、言うんだ。自分で自分の太腿 を持って”どうかリンゲインの為に、ディートフリート・リゲルの血を引く正統なる王者の子種をお授けください”と」
「嘘、そん、な……、」
「言えないのなら今夜はもう終わりだ。――さて、夜も更けたしそろそろ寝ようか」
「や、やだ!!アミー様、待って!!」
彼女に背中を向けて横になろうとする私に、スノーホワイトが縋り付く。
「お、おねがい!ほしいの!あなたが欲しいんです、お願いします!リンゲインの為に、アミー様の子種を私に授けてください!!」
―――陥落した。
「……偉いね。上手に言えたけど、でも私の言った通りではないな。ほら、自分で脚を持ち上げて、もう一度可愛く私におねだりしてごらん?」
私の言葉にスノーホワイトは自分の太腿を持ち上げると、歯を食いしばり、涙を千切りながら叫んだ。
「……どうか…リンゲインの為にっ!……ディートフリート・リゲルの血を引く正統なる王者の子種を、アミー様の精を、私にお授けください……っ!!」
―――陥落させた。
(ああ、ついに、ついにやった…!)
「愛してるよ、私の可愛いスノーホワイト。―――…もう二度と離してあげないから、覚悟して」
―――そして今宵も夜闇に紛れて、私達は深く愛し合う。
「やだ、ぁ、やだぁ……っぅ!も…、無理……っ!!」
一度吐精した体は悪魔的なまでに疲れ知らずで、私は様々な体位を試し彼女の美しい肢体を苛み尽くした。
「何を言っているの、あなたがあんなに私を欲しがっていたんでしょう。朝までしっかりと私の愛を受け取っておくれ」
「いや、嫌ああああああああああっ!!」
ひたりと閉じられた女肉をおのが肉で押し分けて、奥へ奥へと押し入って、彼女と深く繋がって、言葉通り彼女と一つになるこの感覚は、今夜も至高の極致だった。
体位を変えて愛してやろうと身体をひっくり返せば、無意識にシーツを掴んで寝台の上を這って快楽から逃れようとするしぐさを見せる彼女に、嗜虐的な笑みが浮かぶ。
「駄目だよ、私の子種が欲しいんだろう?」
「ひあ!?」
「今、出してあげるから。……ちゃんと、ぜんぶ、受け取って、ね?」
「きゃぁ!あ……っん、あっあああああ!!」
「……っ、出す、よ?」
腰を突き出し彼女の最奥を抉った瞬間、ドクドクと収縮した尿道から熱い物が溢れだす。
子種を彼女の胎に注ぎ込み、私の今夜の仕事は終了した。
スノーホワイトは私が精を吐き出している感覚にも感じているらしい。
私の物が彼女の中で脈動する度、彼女の細い肩がビクついて、喰いしばった歯裂の間から子猫が甘える様な可愛らしい呻きが洩れた。
未だ私を締め上げ離さない彼女の肉壁が、私の事を離したくないと言っている様でまたしても愛おしさが込み上げて来る。
「ありがとう、アキラ。……閨の中での一時の嘘でも嬉しかった」
ぐったりと死んだ様に寝台の上で横たわる彼女の中から自身の肉を引き抜くと、一瞬遅れて白い物がたらりと溢れだす。
私は彼女の体の上から身を起こすと、彼女の体に貼ってあるテープと浮動石を全て取り外した。
意識を手放した彼女だったが、その刺激ですぐに目を覚ました様だった。
浮動石を外し、濡らしたタオルで彼女の汗や自分が吐きだした物を拭き、後処理をする私を彼女はぼんやりとした瞳で見守る。
今更ながら縄の跡で赤くなっている手首や脚に、罪悪感で胸がうずいた。
「ごめんね。私はどうもあなたの事を愛し過ぎてしまっているらしい」
縄の後がついた手首を持ち上げてそっと口付けすると、彼女は無言で首を横に振った。
―――私の予定通り、今夜の凌辱は完璧に成し遂げられた。
今の謝罪は私が今からしようとしている事に対してだったが、彼女は縄の跡の事だと思ったらしい。
「――――…幽魔、来い」
寝台の脇で布をかぶされていた剣がぼんやりと光ると、私の手元に収まった。
「アミー様?」
私が立ち剣を鞘から抜くと、スノーホワイトは怪訝そうに首を傾げる。
「さっき約束しただろう?君には私の子を産んで貰う」
「え……?」
スノーホワイトはハッと息を飲み込んだ。
抜き身の剣をぶら下げたまま寝台の上でゆらりと立ち上がり、不敵に嗤う私を見て、彼女はやっと自分が置かれた状況に気付いたのだろう。
「終末の日 きらめく星々が大地に墜ちた日
月を喰らいし古いにしえの邪神、貪欲なる月の狗よ…」
スノーホワイトの顔がみるみる引き攣って行く。
「アミー様!? だ、誰か……!!」
助けを呼ぼうとする唇を掌で覆い、暴れる肢体を力でねじ伏せて封じ込め、私は詠唱を続ける。
「今盟約により幽冥への道を辿リ、我が元に来たりて、
太陽王の末裔 紅鏡の姫を、盈虚宮の牢獄へ誘 いたまえ!」
術が完成すると、目が眩む程眩い光が寝室に満ちた。
―――光が消えた時、彼女の姿も私の前から忽然と消えてなくなっていた。
男女の情交の跡を濃厚に残した寝台の上で、私は肩を震わせ笑っていた。
私は彼女が封じ込めた宝玉、『幽魔の牢獄』はまだ妖しい光を残している。
剣の飾りの様に柄についているその宝玉を、今しがた彼女に何度も施した愛撫の様に優しく撫でる。
「これであなたは私だけのものだ」
―――盈虚宮の牢獄は私でなければ開く事は出来ない。
例え誰かが私を殺したら、彼女は未来永劫この石の中から出る事が出来ないのだ。
「シモムラ。悪いけど、これでもう彼女は向こうには帰れないよ。…………ふふふふふ、あっははははははは!!」
(私の勝ちだ)
世間では失敗と言われている聖女ホナミの召喚だが、実は彼女の召喚は限りなく完璧に近い。
それに比べて、アキラ達の召喚は完全に失敗だった。
彼等は魂だけのとても不安定な状態でこちらに召喚された。
こちらの男の子を孕み、腹の中にもう一つの魂が入ってしまえば、彼の魂もこちらに固定されてしまう。その位不安定な召喚なのだ。
このまま明日の晩まで幽魔の中に彼女を閉じ込めて置けば、避妊薬の効果は切れて、彼女は私の子を孕むだろう。孕んだ後は堕胎出来ない時期まで幽魔の中に閉じ込めておけば良い。
もし今夜の種付けで彼女が孕まなければ、私が盈虚宮に出向いて彼女に再度種付けすれば良いだけだ。
それを何度か繰り返せば、若く健康な彼女はきっとすぐに私の子を孕むだろう。
(これでもうあなたは元の世界になんて帰れない。――――…私の物だ、これでもう、私だけものだよ、スノーホワイト。いや、聖女の子息 !!)
私は朝が来るまで狂った様に一人笑い続けた。
恋人6、終わり。
0 komentar:
Posting Komentar