epilogue2・ヴァルプルギスの夜の奇跡
目が覚めて彼女がまず一番最初に思ったのは、体が酷くだるく、頭がガンガンすると言う事だった。
「三浦さん、息子さん達の心臓が停止しました。そろそろ覚悟を決めてくれませんか?」
「お願いです、もう少しだけでいいんです!もう少しだけ待っては下さいませんか!?」
「しかしですねぇ、この機械も院に何台もある訳ではないんですよ」
「私、何でもしますから!!」
「……本当に何でもしてくれるんですか?」
「はい!」
「なら、ここで服を脱ぎなさい」
「え……?」
「息子さんと娘さん、助けて欲しいんでしょう?」
「そ、それで、二人を助けていただけるのでしたら……」
(……お母さん?)
―――目が覚めたら、目の前でとんでもない事が起こっていた。
俯きながらカーディガンのボタンに手をかける母に、その医者はいやらしい笑みを浮かべながら覆いかぶさる。
「穂波さん、初めてお会いした時からずっと好きでした」
「あ、ま、待って、やっぱりここでは……」
「うちのお母さんに何してんのよ、この変態!!」
ガンっ!!
口元に固定されていた呼吸器の様な物をその医者に投げつけて、彼女は身を起こした。
「アキ!?」
―――三浦亜姫が現世に戻って来た。
(私、帰って来たんだ……)
「クソ、また邪魔が!!―——…いいのか、息子の方がどうなっても!!?」
「あら、お父様。何をしていらっしゃるの?」
その冷たい声に、ハゲ散らかした頭を掻きむしりながら叫ぶ医者の顏が面白い程引き攣っていく。
「レイナちゃん!?ち、違うんだ、これは…」
「何が違うんですの? 息子の方とおっしゃいますと――、平凡受け、幼馴染cpと言う素晴らしい世界をわたくしに教え、導いて下さったマイラブリーエンジェルアキラ様の事でしょうか?」
物凄い迫力のある美人の口から、物凄く聞き捨てならない言葉の数々が飛び出して来た様な気がするのだが、まだ頭が正常に働いていないのだろうか?
病室の入口前で冷ややかな目をしながら、籠に入ったフルーツの盛り合わせを持って立っているその少女の顏に、亜姫は見覚えがあった。
「え、えっと。シゲ君の彼女の……綾小路さん…だっけ?」
「元彼女ですわ、アキラ様のお姉様」
「あ、アキラ様……?」
―――亜姫の質問にパチンと音の出そうなウインクで返すその少女は、今亜姫達が入院している大病院の一人娘、綾小路レイナだった。
****
その後亜姫は、自分よりも先に目覚めたらしいルーカスこと下村茂と話をした。
それから数日後、弟の晃も目を覚ました。
「そうだ!お母さん、あのね、私、お母さんに紹介したい人がいるの!!」
「え?」
亜姫は目を覚ました時、手に硬く握りしめていた真鍮製の鐘を鳴らす。
チリンチリン、
「あれ、おかしいな。なんで来ないんだろ?」
何度その鐘 を鳴らしても、病室に鏡が現れる事はなかった。
もしかしたら近くに良い鏡がないからだろうか?
「困ったな。お母さん、この辺りに大きい鏡ってないかな?確かトイレに全身鏡があったっけ?」
亜姫の様子に、車椅子で彼女の病室に遊びに来ていた弟が表情を曇らせる。
「亜姫。あのさ、実は…―――、」
「なに?」
その後、三浦亜姫は廃人になった。
退院しても、高校の卒業式はリハビリを言い訳にして結局出席もしなかった。
毎日暇さえあれば起動していた『白雪姫と7人の恋人』をする気力もなかった。……とは言っても、そちらのゲームの方は弟に貸したまま返って来ない。
高校時代の努力が実り、推薦で国公立に入れたので大学には惰性で通ってるがサボりがちだ。
幸い母親は異世界転移経験者で、理解がある。娘が大学をズル休みしても「留年しないで卒業してくれれば何でもいいわよ」と、そこまで厳しくないのが救いだ。
ただ母自身が学歴がなくて苦労した事もあり、卒業だけは絶対にするようにと口を酸っぱくして言われていた。
―――でも、将来の事なんてもうどうでもいい。
確かに今の世の中、大学くらい出ていた方が良いだろう。学歴がないと苦労するだろう。……うん、でも、そんなのどうでも良い。
単位? ああ、言われてみればそんな物もあったかも。でも何だっけソレ状態。
『この鐘を鳴らして戴ければ、私はいついかなる時でもあなたの元へ馳せ参じます』
チリン、チリン、
別れの時、男に貰った真鍮製の鐘をベッドの上で鳴らす。
何度鳴らしても、男が亜姫の目の前に現れる事はなかった。
「鏡の嘘つき…」
そう言えばすっかり忘れてた。―——…あの男がとっても嘘つきだと言う事を。
だからこそ彼は真実しか言えなくなる呪いをかけられて、リディアンネルの叔母に鏡の中に閉じ込められたのだ。
大好きだった城執事のコミックは押入れに閉まった。
と言うか、執事モノは今見るだけで泣けてくるので出来るだけ視界に入れない様にしている。
チリン、チリン、
もう一度ベッドの上で鐘を鳴らしてみる。
やはり、彼は現れない。
(鏡…寂しいよ……)
こちらの世界に戻ってきてから、何百回、何千回この鐘を鳴らしたかもう分からない。
(鏡、早く会いに来てよ……馬鹿)
弟の晃は、いつか絶対に鏡は迎えに来ると言っている。
でも、信じるのにも限界がある。
こちらの世界に亜姫達が戻ってきてから、もう1年近くの歳月が流れた。
「あら、アキ。お出かけ?」
コートを羽織って1階に降りると、おでんを煮込んでいたらしい母がキッチンから顔を出す。
「うん、ちょっと買い物行ってくる」
「気を付けてね」
家に居ても息がつまるので、亜姫はその辺りをふらふらして来る事にした。
そう言えばクリスマスが近い。
そのせいか街には寄り添って歩く恋人達の姿がちらほら目に付いた。
(やっぱり、外になんて出て来なきゃ良かったかな……)
余計、寂しさと恋しさが募る。
(鏡……)
―――その時、
「よう、アキ。買い物か?」
偶然街で幼馴染の下村茂に会った。
「シゲ君…」
光沢のあるドレスシャツの上にシルバーのジャケット、ブラックのパンツと言う出で立ちの幼馴染は東京の街――…六本木や新宿なら良く馴染むのだろうが、地元では少し悪目立ちしている。
シャツの上のボタンを3つも外しているせいで、やたらと開いている胸元が目の毒だ。下のボタンもろくにとめていないので、ゴツイブランドのロゴが入ったベルトの上から臍がチラチラ覗く。
しばらくぶりに会った幼馴染は相変わらず格好良かったが、やはり高校を卒業してからかなり派手になった様に感じる。派手…と言うよりも、少し夜 っぽい雰囲気になったと言った方が適当かもしれない。
服装は以前からこんな感じだったが、髪を以前よりも明るく染めて襟足を伸ばしているので、そのせいもあるのだろう。
今、彼はバーテンダーの専門学校に通いながら都内のバーでアルバイトをしている。
一年前綾小路さんに刺されて生死の境をさ迷ったシゲ君だったが、示談と言う事で彼女の家からかなりの額を受け取ったのだそうだ。何でも学校を卒業したらそのお金を元手に自分の店を持つ計画らしい。
ちなみに弟の晃は公務員試験に落ちた後、調理師の専門学校に通っている。
なんでもスノーホワイト時代の名残で、弟は料理をはじめとした家事が全般が好きになったらしい。
こちらに帰ってきてから驚く程家の事を手伝ってくれる様になり、亜姫も母もとても助かっている。
ただ、亜姫には頭の痛い問題があった。
今思えば公務員試験に落ちて凹んでいる弟に、シゲ君が「お前の事は俺が一生面倒みてやるよ、俺の店で雇ってやるから安心しろ」なんて馬鹿な事を言って慰めたのがいけなかった。
その一言が弟の進路を大きく変えてしまったのだ。
弟は調理師の専門学校に通い出し、卒業後は本当にシゲ君の店で働く事に決めたらしい。
まだ開店もしていない、軌道に乗るかも不透明な店の経営に夢を見る男二人と、それを無邪気に応援する母の様子に、リアリストの亜姫は胃が痛い。
消費者の財布の紐が固くなっている今の時代、飲食店経営など無謀でしかない。
飲食店は開業後、3年以内に潰れる店が70%超と統計が出ているのだ。
亜姫は弟達に飲食店の廃業率の高さを何度も繰り返し説いてみたが「夜はシゲの店で、昼間は俺の漫画喫茶にするんだ!」なんてキラキラした目で語る弟達には、彼女の言葉は馬の耳に念仏状態だった。
「特に買い物って訳でもないんだけど…、」
「じゃ、ちょっと俺に付き合えよ」
「いいよ」
そのまま二人で近くの喫茶店に入り、世間話ついでにお互いの近状報告をした。
とは言っても、やはり最終的に話すのはいつも通り向こうの世界の事になる。
「あのさ、もう一回確認したいんだけど…、」
彼が亜姫にしたい話は分かっている。
―――やはりと言うか、話はいつも通りにリゲルブルクの王家にかけられた”呪い”の話になった。
しかしどんなに彼に聞かれても、亜姫は分からないとしか言いようがないのだ。
実際、攻略本やファンブック、ネットの攻略サイトから公式サイトを読み直してシゲ君にも見せたのだが、彼はまだ納得していない様子だった。
ゲーム『白雪姫と7人の恋人』では、シゲ君が言っている様な呪い―――…恋に破れると、王兄弟の体が水の泡となって消えると言う呪いは存在しない。
確かにゲーム中にも呪いは存在した。
しかしそれはそんな大層な物ではない。
継母リディアンネルが、ヒロイン白雪姫 に魅了された者は自分に魅了される様に、彼女を愛した者は全て自分を愛する様になると言う呪いをかけるのだ。
しかしそれは、OPでスノーホワイトが再会した初恋の王子様のキスにより解除される。
「アキラ君の言う通り、あの世界は『白雪姫と7人の恋人』とは全く違う世界なんだと思う」
「じゃあ、やっぱりエミリオ様とアミール王子は…、」
暗い顏になる幼馴染を見て、亜姫の表情も暗くなる。
自分の最萌キャラと同じ名前で顏も性格も良く似た王子様達が、弟の命と引き換えに不幸になったのだと思うとやはり気分は滅入る。
「アキラにはやっぱ言わない方がいいんだろうな」
自分がこちらに帰って来た事により、恋人が2人不幸になったと聞いたら弟はどうなるか、想像に難くない。
(私、こいつのこういう所、好きだったんだよなぁ)
ふと、懐かしい恋心を思い出す。
「シゲ……ありがとうね」
「何が?」
「ううん」
こちらに帰ってきて彼女が驚いた事の一つに、父親のラインハルトの事があった。
亜姫達よりも先に目覚めた幼馴染は、自分達の身に起こった事や、亜姫や弟の状況を異世界転移経験者の母に説明したらしい。
しかしその際、彼はラインハルトが亡くなった事は頑なに言わなかった。
二人のやり取りを全く知らなかった亜姫が、父の死に際に会えなかった話をした時、彼女の母は「シゲ君は本当に優しい子ね…」と苦笑を漏らした。
そして亜姫は幼馴染が母親に父の死を伏せていた事を知った。
―——しかし今、亜姫の心の中にいるのは彼ではない。
色々吹っ切れたからだろう。
亜姫は長年の恋心を幼馴染に告げる事にした。
「シゲ君」
「ん?」
「今だから言うけど、私、あなたの事がずっと好きだったんだ」
「へ?マジ?」
****
―――蠍の月の第二週の一日、ヴァルプルギスの夜。
あんなに暑かった夏はあっと言う間に過ぎ去って秋が来た。
毎年蠍の月になると、人の街はどの街もヴァルプルギスの夜の対策をする様になる。
夜のなると街の中央で大きな篝火を焚き、人の世を歩き回る死者を追い払う対策をするのだ。
それでも稀に、篝火を焚いた街の中に死者が迷い込んでしまう事がある。
その対策として街に現れた死者達に「自分達も死者 なので襲わないで下さいね」と言う下らない意味合いを込めて、人間は死者達の仮装をするらしい。
くり抜きカボチャで飾られた街灯が光る時間、その男はリゲルブルクの首都ドゥ・ネストヴィアーナを一人で歩いていた。
民家の窓はカボチャや魔女のジェリーシールが貼られて彩られ、街頭には魔女の格好をした老女がお菓子を配り、お化けの格好をした子供達の笑い声が聞こえる。
別名カボチャ祭りとも言われているこの夜祭は、カボチャの収穫時期と重なるらしい。その為、街の至る所からパンプキンパイの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
郷に入りてはと言う訳でもないのだが、その男の装いも今夜は普段の燕尾服ではなかった。
男は吸血鬼の衣装に仮装して、マントの中にある魔女の頭蓋骨をって歩いていた。
以前は常に持ち歩いていた頭蓋骨だったが、これをこの手に持って歩くのはかなり久しい事を男は思い出す。
街外れまで来ると、彼は夜空を見上げた。
いつもよりも大く見える紅い月に、どこからともなく飛んできた蝙蝠の群れが黒い影を作る。
夜空を羽ばたいているのは何も蝙蝠達だけでなはない。けたたましい笑い声を上げながら飛び回る幽霊 や魔女もいる。
今夜は魔女の世界でも祭りの夜なのだ。
人間達が焚いた篝火を嘲笑う様に、箒に乗って火の粉の上を飛び回っている魔女達の姿に、ついつい”彼女”を探してしまう。
去年のヴァルプルギスの夜までは、自分が探していた魔女が”彼女”ではなかった事を思い出す。
(アキ様……)
男の足は、自然と篝火の少ない郊外へ向かった。
―――その時、
「久しぶりね、エンディー」
「リディアメルダ……?」
仮装をして馬鹿騒ぎをしている人間の街で、彼は懐かしい過去の亡霊と再会した。
「200年ぶりになるかしら」
魔女の仮装をした少女達が、本物の魔女の亡霊の脇を駆け抜けていく。
今、目の前に在る物が信じられなかった。
背中に箒を隠し持って微笑むその魔女のその姿は、彼が彼女と出会った頃の美しい娘の姿のままで、——…そして、彼の愛する魔女と良く似ていた。
「―——…まさか、今年、この晩、君に会えるとは思わなかった」
ヴァルプルギスの夜、それは死者を囲い込む夜。
死者と生者との境が弱くなるこの夜は、運さえあれば死んでしまった愛しい人と再会する事も可能だ。
だから人は死者の仮装をするらしい。―——…向こうに逝ってしまった愛おしい人に、この夜だけでも自分の元へ帰ってきてほしいと言う願いを込めて。
「会いたかった。……毎年、ヴァルプルギスの夜は朝になるまで君の事を探し歩いていた」
「ええ、知ってるわ」
「知っていたのなら、……何故今まで会いに来てくれなかったんだ?」
「ごめんなさいね。死後の世界にも色々制約があるのよ、悪く思わないで」
苦虫を噛み潰したような顔になる男を見て、女はクスクスと笑う。
「俺がどれほど君に会いたかったか…」
「でも今あなたが一番会いたいのは、私ではないでしょう?」
不貞腐れた顏になる男を見てクスクス笑いながらそう言う魔女の言葉に、彼は虚を突かれた顏になる。
「すまない…」
「謝らないで。早くあなたに愛する人が出来る様に、あなたが幸せになる様に、ずっと祈っていたんだから。―——…ねえ、エンディー。やっと出会えたのね」
「ああ」
男がしっかりと頷くと魔女はとても嬉しそうに微笑んだ。
200年の長い付き合いがあったからこそ、魔女には目の前の嘘つき男の嘘と本音の区別がつくのだ。
「きゃはははは!」
「おばけだぞー!」
「まてー!!」
二人の間をお化けの仮装をした子供たちが駆け抜けて行く。
子供達が通り過ぎると、星が瞬く音が聞こえてきそうな静寂が辺りに満ちた。
「ヴァルプルギスの夜、いつか君に出会えたら言おうと思っていた言葉がある」
冬の気配を感じる夜空でどうやら凍ってしまったらしい星達が、冷え冷えとした光を撒き散らしながら地上に降り注ぐ中、男は200年前に言えなかった言葉を口にした。
「愛してた」
「私もよ」
「妖魔の森で君と暮らした時間は、俺にとって幸せの時間だった」
「ふふ、でも過去形なのね」
「すまない…」
しょぼくれた顔になる男に、魔女は慈愛に満ちた瞳で優しく微笑む。
「だから謝らないで。責めてるんじゃないの、あのエンディーに心から愛する人が出来て私も嬉しいの」
「俺が馬鹿だったんだ。君が生きている間に自分の気持ちに気付く事が出来たら良かったのに」
「大丈夫よ、私はあなたの気持ちを知っていたから。―——…で、その彼女に会いに行かなくていいの?」
「行けるものならとうに会いに行っている」
「そうだわ、大事な事を忘れてた」
魔女がポンと手を叩くと、男が隠し持っていた頭蓋骨がマントの中から飛び出した。
薄らぼんやりと光りを放ちながら、その頭蓋骨は宙を漂う。
「―——…200年前、私があなたを鏡に閉じ込めた時、半分に割って奪ったあなたの”玉”を返すわ」
頭蓋骨の形が鏡に変化して行く。
光りの中で、妖狐との戦いで罅の入った鏡が修復して行った。
「ほら、早く会いにいっておやりなさい」
「リディア…」
悪戯っぽい笑みを浮かべて笑う魔女の目が、ふと真剣味を帯びる物となった。
「一つだけ忠告するわ。こちらの世界の、……特にあなたの様な魔の物が、人の形を留めたまま向こうに渡れる可能性は極めて低い。いくつか前例を知っているけれど、こちらの姿と同じ姿のまま向こうに行けた者を私は知らない」
魔の世界に通じたこの魔女がそういうのだから、恐らくそれは事実なのだろう。
「もしかしたら向こうに渡ったあなたは、魔の物の本性の姿のままかもしれない。もしかしたら魔獣の様に理性もなく暴れ狂うだけの存在に成り果てて、彼女の事も忘れ去ってしまうかもしれない。そしてそのまま向こうの人間達に討伐される運命かもしれない」
「…………。」
「もしかしたらあなたは形のない影の様な存在になるかもしれない。例え彼女を見付ける事が出来ても、あなたの存在も、声も彼女には届かないかもしれない」
「…………。」
「理性が消えてしまった場合も、肉が消えてしまった場合も、その鏡を使ってこちらに帰って来る事も出来ないわ。—―—…それでも行く?」
「ああ」
膠も無く頷くと、その魔女はとても満足そうな顏で微笑んだ。
「エンディー」
「なんだ?」
「あなたの幸せを祈ってる」
「リディア…」
「……これが言えたから、私はやっと次の生に行けそう」
「ありがとう、君もどうか良い来世を」
男は光となって星空に消えて行く魔女の姿を見送った。
―――これでこちらの世界に未練も何もなくなった。
(アキ様)
『鏡の馬鹿!嘘つき!約束したの…っに!……なんで、なんで会いに来てくれないの…っ』
鏡の中には、ベッドの上で布団を被りながら嗚咽を押し殺す彼の主の姿が映っている。
(……アキ様、今行きます)
―――光りの中、男は鏡を潜った。
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