『Shirayukihime to 7 Nin no Koibito』to iu 18 kin Otomege Heroin ni Tenseishiteshimatta Ore ga Zenryoku de Oujitachi kara Nigeru Hanashi epilogue 2

epilogue1・ある魔女の祝福
「亜姫様、そろそろ向こうの世界に帰るお時間です」
「鏡…」
「今なら帰れます」

 鏡は笑顔だった。

 その笑顔は妙に晴れやかで。———…だからこそ、その笑顔が無理に押し出したような作り笑いに見えて、俺は二人のやり取りを固唾を飲んで見守る。

「で、でも、」

 アキも俺と同じ事を感じたのかもしれない。
 彼女は自分の使い魔と鏡の中のお袋を見比べた後、しばし目を瞑って何か考えていた様だった。

「鏡」
「はい」
「あなたにはとっても便利な魔法の鏡があるもの。……私が向こう世界に帰っても、また会いに来てくれるわよね?」
「はい」

 アキの今にも壊れそうな笑顔に、「俺が行くよ」と言う言葉が喉元まで出掛けるが、俺はそれを寸前の所で飲み込んでしまった。

 背中に集まる恋人達の不安そうな視線に気付いたからだ。

(俺は……選ばなくちゃならないんだ…)

 今日、この日が来る事は分かっていた。

 分かっていたのに、俺は未だに答えが出せていない。
 多分、俺は今までずっと無意識の内に考えない様にしていたんだと思う。———…あっちの世界も、こっちの世界も同じくらい大切だから。どっちか一つなんて俺には選べないから。

「……鏡よ鏡、鏡さん、」
「はい」
「今の言葉に嘘偽りはないわよね?」
「……ええ、私はあなたに嘘はつけません」
「分かった。じゃあ行くよ、私シゲ君を連れて帰る」
「ええ」
「おいで、シゲ君」

 アキの声と共に、ルーカスの胸の辺りから光の玉が浮き出てリディアンネルの手の元に収まった。

(魂……)

 俺は生まれて初めて見る人の魂に驚いたが、アキは驚いた様子もない。
 恐らく魔女リディアンネルとして生きて来た間に培った知識や人生経験があるからだろう。

「鏡、じゃあまた後で。落ち着いた頃に会いに来て」

 鏡を潜ろうとした主に、その執事は何か思い出した様に懐から取り出した真鍮製のベルを渡した。

「アキ様、これを」
「これは?」

 きょとんとする主に、その執事は春の芝生のように明るく笑った。

「この鐘を鳴らして戴ければ、私はいついかなる時でもあなたの元へ馳せ参じます」
「うん」

 そのまま鏡の前で抱擁を交わす男女の姿に、俺は喉元でずっとつっかえていたその言葉をついに吐き出した。

「アキ!シゲは俺のせいで…。だ、だからお前が無理に行かなくても、俺が――、」

 恋人達と鏡の中の母親を見比べるに俺に、アキは微笑んだ。

「大丈夫だよ、シゲ君とお母さんの事は私に任せて」
「で、でもよ」
「アキラ君は、スノーホワイトちゃんなんだもん。国の事とか色々考える事があるでしょ?ちゃんと話し合ってから来るんだよ」

 アキは「うちの弟の事をよろしくお願いします」と言って、6人になった恋人達に深く頭を下げた。
 アキが鏡の中に消えた瞬間、俺の膝の上のルーカスの体も光りになって消えて行く。

「えっ!?なに、何なんだよこれ!!」

 光の粒を掴みながら半狂乱で叫ぶ俺の前に、別の新たな光が現れた。

『———それは今から私が説明するわ』

 俺達の前に光と共に現れたのは、いつか俺が『盈虚宮の牢獄』の中で会ったウンディーネだった。

「ウンディーネ!?」
「彼女が女神様…?」
「なんで、僕にも見えるんだ…?」

 どうやら彼女が見えているのは、今回は俺とアミール王子に限った話ではないらしい。
 いきなり現れたその女神様に動揺している他の恋人達の様子に、俺とアミール王子は顔を見合わせる。

「ウンディーネ、これはどういう事だ?」
『昨日はマナの祝祭日だったからね。青の月の光りを沢山吸収する事が出来たから、今ならこの程度の事なら出来るのよ』

 アミール王子の問いに彼女は、宙でふわりと回りながら答えた。
 水色の長い髪と長いスカートが揺れる。

 マナの祝祭日前後は青の満月が1週間続く。
 月の満ちが早く、欠けるのが遅くなるのだ。この時期は、月の大きさも普段よりも大きい。一番月が大きく見えるのがマナの祝祭日だ。
 人である俺にもスノーホワイトにもその良く分からないが、ウンディーネの話を聞くにその月の力が精霊達にとって何らかの効果があるのだろう。

―――でも、今はそんな事はどうでもいい。

「ウンディーネ!シゲの、ルーカスの体はどうなったんだ!?」

 スノーホワイトのドレスを濡らしていた騎士の血まで消えてしまった。———まるで、最初からこの世界に存在していなかった様に忽然と。

『そうね。少し長くなるけど…』 

 彼女は目を瞑り、胸の前で祈る様に手を組むと歌う様に語りだした。

『昔、昔、あるところに子供に恵まれない国王夫妻がおりました。その日も早産で産まれたばかりの赤子が息を引き取ろうとしていました。———…長年繰り返された近親婚により弱ったお妃様の身体は、健康な赤子を産める身体ではなかったのです』

 その場にいる誰もが理解していた。——…それがいつの時代の、どこの国の出来事かという事を。

『その王妃様は自分の命はどうなってもいいから娘を助けてほしいと、流れ星に願いをかけました。彼女の願いを聞き届けた女神様ほしは、王妃様の魂を贄にしてその赤子の命を延命させたのです。——…スノーホワイト、それがあなたよ』
「………。」

 絶句するスノーホワイトの後で、メルヒが愕然と「ミュルシーナ…」と呟く。

『私はミュルシーナと契約したの。これからリゲルブルクに苦難が訪れるのは分かりきっていた。しかし私だけでは聖女を召喚する事は出来ない。ホナミを召喚した時の様に魔力に恵まれた王女も王室にもいなかった。———…でも、魂だけなら私だけでもかろうじてこちらに引っ張ってくる事ができる』

 それが俺達の事なのだろう。
 俺はただ阿呆の様に口を開きながら彼女の話を聞く事しか出来なかった。

『この赤子の肉を、いつかこの地に降臨する聖女の器として使っても良いのならば彼女の命を救いましょう。その代償として、数多の幸が彼女に訪れる事を約束しましょう。彼女が誰よりも美しく、聡明で、心優しい少女となる様に祝福を捧げましょう。そう取引を持ち掛けると、ミュルシーナは二つ返事で頷いた。そして女神の祝福とミュルシーナの母の愛により、その赤子は延命した』

(お母様…)

 胸が痛んで泣きそうになるのは、スノーホワイトの母親へ対しての思慕の念なのだろう。
 ウンディーネは涙ぐむスノーホワイトを一瞥した後、「そうそう」と思い出したかの様に話を続ける。

『たまに私達が見える人間っているのよね。あの時もそうだった。——…昔、教会の神父に化けた妖魔がいてね。その妖魔に食い殺された可哀想な子供がいたの。寸前の所で助ける事の出来なかった子供の亡骸の前で、悲しみに打ちひしがれる騎士がいた。……私は彼とも契約を結んだ。あなたの一番大切な物と引き換えに、その子供の命を助けましょうと』
「まさか…」
『その男はとても優秀な騎士だった。彼の一番大切な物はその利き腕だった。その男の腕の代わりに、その子供は息を吹き返した。——…それがルーカス・セレスティン。下村茂の器となった騎士よ』

 ウンディーネは鏡の中で眠る亜姫を見つめながら話を続ける。

『あの魔女もそう。昔、魔女狩りに遭って死にかけていた魔女を助けた事があったの』

 ウンディーネはふと真面目な顔になって俺を振り返る。

『アキラ、いいえ、スノーホワイト。あなたは私とミュルシーナの契約通り、聖女となりリゲルブルクを救ってくれたわ。この国の女神として、お礼を言わせて頂戴』
「え…あ、」
『その身体でこの地で生きるのも良し、向こうに帰って三浦晃の生を全うするのも良し』
「……帰ったら、スノーホワイトの身体はどうなるんだ?」
『あの魔女や騎士の体の様に消えるわ。元々その身体は、死にかけの赤子に簡易的な魔法をかけただけの物に過ぎない。今のあなたの身体を構成する物のほとんどは、私が用意した水の泡なのよ。……向こうに世界に帰ればその魔法は解けて、スノーホワイトの肉体は消滅する』

 いつかアミール王子の言っていた事は本当だった。
 絶句する俺に、ウンディーネは気の毒そうに眉を顰める。

『でも、帰らなければ壊れかけた赤子の肉にかけた水の魔法は続く。あなたの魂はその健康で美しい、完璧な肉体に定着して、本来ならばミュルシーナが生きるはずだった残りの時間を生きる事が出来る』
「そんな…、」

 どうすれば良いのか分からなかった。

 今日中にあちらに戻らなければ三浦晃の身体は死ぬ。
 しかし戻ったら戻ったで、三浦晃の肉体の代わりにスノーホワイトの肉体は消滅するのだ。

 誰も何も言わなかった。

 鏡の中ではシゲが目覚めて、うちの母親に振り上げた下村のおばさんの手を掴んで、彼女を諫めている様子が映っている。

(シゲ、ありがとう…、お前には本当に助けられてばっかだ……)

 うちの母親を助けてくれた幼馴染を見て、思わず涙ぐむ。
 亜姫の方と言えば、まだこちらは眠り続けているようだ。

 ふと、俺は鏡の前で眠り続ける己の主を見つめる執事の存在を思い出した。

「鏡、あのさ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「何でしょう?」
「あんたの力を借りれば、向こうに帰っても三浦晃の身体でこっちに遊びに来る事は出来るんだよな?」

 するとその執事服の妖魔は沈痛な表情になって、頭を振る。

「可能です。ただしそれは数百年後になります」
「え、どういう事?」
「先程の妖狐との戦いで鏡に皹が入りました。亜姫様はなんとか向こうに帰しましたが、それでまた罅が大きくなった。……これを完全に修復するのには、恐らく数百年はかかる」

 確かに入った亀裂を撫でながら、彼は憂いの濃い色の目を伏せる。

「恐らくあと1度が限度です。……正直あなたをちゃんと向こうに帰せるかも怪しい」
『それは大丈夫よ、それは私が手伝ってあげるから』
「それは助かります。私だけでは、鏡が割れてしまう可能性もあった」
『その鏡、もしかしてあんたの玉?だったら割れたらまずいもんねぇ』
「それは秘密です」

 女神様と鏡の間で話が進んでいく。

「アキラ様、どうなさいますか?今、ウンディーネの力を借りれば、あなたを向こうに帰す事が出来ます」

(え?それって……、)

 その時、俺はとんでもない事に気付いてしまう。

「ちょ、ちょっと待てよ!じゃ、じゃあさっきあんたがアキに言ってたのは何なんだよ!?あんたも鏡で向こうに行けないって事か!?」
「はい」
「え!?嘘だったの!?あんたって真実の鏡だろう!?真実しか話せないんじゃないの!?」
「私は嘘はついてはおりません。ただ、真実を申し上げてもいない」

 鏡は涼しい顔で言い切った。

『……鏡よ鏡、鏡さん、』
『はい』
『今の言葉に嘘偽りはないわよね?』
『……ええ、私はあなたに嘘はつけません』

 あっと俺は息を飲む。
 言われてみれば嘘はついていない。

「なんで……そんな事したんだよ」

 俺は脱力しながら、鏡の中で何も知らずに眠り続ける姉の寝顔を見つめる。

「アキ様…いえ、リディア様はこの後、制裁に遭う。あちらに戻らなければどの道殺されてしまう運命でした」
「えっ?でも俺……スノーホワイトはアキを懲らしめる気なんてないぞ?」
「あなたになくても国民感情は違う。今回の件でこれからスノーホワイトは、リンゲイン・リゲル両国から伝説の太陽王の称号を継ぐ、現人神の様な存在までに成り上がります。そんな彼女を長年虐め倒して来た継母は、民達の憎悪の標的となる運命なのです。———…どちらにせよ、こちらにこのまま留まっていれば不幸になる未来しか見えなかった。だから、帰した」
「…………あんた」

 ふざけるな!と言って殴ってやろうかと思った。
 ただその男の肺腑をえぐられた様な顔を見てしまったら、俺は握りしめた拳を下に降ろさざるを得なかった。

「……私は人間ではない。どちらにせよ、いつか別れは来るのです。それが少し早まっただけだ。向こうのアキ様には未来がある。彼女は普通の人間の男と結婚して、極々普通の、穏やかで平凡な幸せを手に入れるべきだ」

 悲しげに苦笑を漏らしながらしたり顏でそう言う男に、俺は猛烈に腹が立った。

(こいつ……)

 やっぱり駄目だ。
 殴っていいだろうか?

「お前、馬鹿じゃねーの? あんたは本当にアキの事好きなのか?」
「は?好きだからこそ、」
「あんたはアキの事を何もわかっちゃいない!!」

 些かムッとした表情になる男の胸倉を掴み上げると、彼は目を剥いた。

「アキはあれでもしつこいんだぞ!なんたって初恋の男を18年間一筋想い続けた、気持ち悪いストーカーみたいな女なんだからな!……さっきのあんた達の様子見て確信したよ。あいつ、ババアになってもあんたの事待ち続けるぞ!!」
「え…?」
「他の男と結婚して幸せに?お前、馬鹿じゃねーの!?あんたがいるのにアキが他の男と結婚なんてする訳ねぇだろ!!あんた、俺の姉ちゃんの事何もわかってねぇよ!!」
「そん、な」
「多分、毎晩泣くぞ。あんたの事思い出して、毎晩泣くぞ」
「亜姫様…」

 胸倉を掴んでいた手を放すと、執事服の妖魔は力なく鏡を振り返った。
 ベッドではまだ眠り続けている亜姫が映っている。

「何が何でもあっちの世界に行く方法を探してアキんところに行け。俺の姉ちゃんの事不幸にしたら、絶対許さねぇからな」
「アキラ様」

 鏡は痛歎に満ちた目で、弱弱しく頷いた。

『三浦さん、息子さん達の心臓が停止しました。そろそろ覚悟を決めてくれませんか?』

 一難去ってまた一難と言うか、鏡の中ではまた面倒臭そうな事が起きている。
 いやらしい笑みを浮かべる医者の前で、母が何度も頭を下げている。

『お願いです、もう少しだけでいいんです!もう少しだけ待っては下さいませんか!?』
『しかしですねぇ、この機械も院に何台もある訳ではないんですよ』
『私、何でもしますから!!』
『……本当に何でもしてくれるんですか?』

 不穏な空気に鏡の前で歯を食いしばる。

(母さん……)

―――まだ亜姫が目覚める気配はない。



「———…アキラ、お前は元の世界に帰るんだ」

 その時、背後からかけられた声は恐ろしく冷たい物だった。

(え……?)

 俺はここ数日間で、急速に仲良くなれた物だとばかり思っていた王子様を振り返る。

「―――…母上が心配なんだろう。早く向こうへ帰って、安心させてやれ」
「エミリオ!?……で、でも俺が帰ったらリンゲインが…、」

 やれやれと肩を竦めるエミリオ王子の肩章が小刻みに震えていた。
 目を伏せると、彼の鼻の付け根に神経質な線が寄る。

「お前がいなくともウラジミール殿がいるだろう。太陽王の血が途絶えても、リンゲインと言う国が亡びる事はない。何が何でもお前が必要と言う訳ではないんだ」

 そう言うと王子様は唇を皮肉気に曲げて笑った。

 彼のその言葉は、謁見の間だけでなくスノーホワイトの頭の中にも冷たく響く。

(私、いなくてもいいの……?)

 スノーホワイトの視界がぐにゃりと歪む。

「でも!俺、帰りたくないんだ!!……俺、この世界の事と、お前達の事が、好き…なんだよ……」

 咄嗟に口から零れた自分の本音に自分自身で愕然としながら、慌てて口元を抑える。

(ついに言ってしまった……)

 しかし王子様は冷ややかな目付きで、冷たく俺を突き放す。

「少し可愛いからってあまり調子に乗るな。僕は別にお前の事なんか好きじゃない。……僕の人生にだってお前など必要ない。お前の様に7人も恋人がいる身持ちの悪い女なんて、僕の后には相応しくないからな」
「エミリオ…」
「うぬぼれるな、お前の代わりなんていくらでもいる。この僕が、お前の様な田舎くさい小国の姫を本気で相手にする訳がないだろう?……まさか、本気にしたのか?」

 彼の目元に光る物——、アクアマリンの瞳をうっすら覆う涙に気付き、俺は彼に恐る恐る手を伸ばす。

「僕に触れるな!」

パン!

 払い除けられた掌がジン、と痛んだ。

「エミリオ、俺は…、」
「さっさと帰れ!!お前の事なんか大嫌いだ!!」

 最後の俺の事を「大嫌い」と叫んだ王子様の目から、大粒の涙が溢れだす。
 彼はそれを隠す様に俺に背を向けると、謁見の間から走り去った。

バタン!

 謁見の間の扉が、空しい音を立てて閉まる。

「あ…」

 王子様の背中に伸ばした手が、だらんと力なく下に下がった。

(エミリオ…)

 ただ、悲しかった。

 本心ではない事は分かってはいるが、繊細なスノーホワイトの心は確かに彼の言葉に傷付いていた。
 そして俺は俺で彼にあんな事言わせてしまった自分の不甲斐なさに、嫌気がさしていた。

 その時、俺の肩にポンと手が置かれる。

「アキラ、私の弟がごめんね。あれは昔から本当に素直じゃなくて。……兄の私からすれば、そんな所も目に入れても痛くない位可愛いのだけれど、あなたにとってはそうじゃないよね。本当にごめん」

 苦笑混じりに弟の非礼を詫びるアミール王子に、俺は静かに首を横に振った。

「最初は苦手だったけど、……今はあいつはああ言う所、凄くいいなって思ってるよ」
「本当に?」
「ああ」
「嫌いじゃない?」
「俺、お前の弟の事大好きだよ」

 何度も頷いて見せると、彼は弟の消えて行った扉の方に苦笑混じりに目をやりながら「ありがとう」と呟いた。

「シュガー、帰りたいんだろう?あなたの好きにするといい」
「えっ?」
「リンゲインの事は気にしないで? 私が全て上手くやるから。―——…約束するよ。この命尽きるその日まで、私は全力でリンゲインを守り抜こう」

 意外な男からの意外な言葉に、俺は大きく目を見開いた。

―――この王子様は、俺の事を向こうに帰したくないがあまりに『盈虚宮の牢獄』に閉じ込めた前科がある。

 俺は自分が「帰る」と言えば、他の恋人が何と言おうとこの王子様には絶対に止められる物だとばかり思っていた。

 もう俺の事なんかどうでも良くなったのだろうか?

 エミリオ王子に続いて、アミール王子にも見捨てられた様な気がした。
 俺の事なんかもういらない、愛していないと言われた様な気がした。

「アミール……なんで…?」

 世界がぐらつき、足がよろめく。
 背中が何かにトンと当たる。

「イルミ様、」

 ぶつかったのはイルミナートの胸板だった。
 涙目のまま後を振り返ると、彼は眼鏡を指で上げて直しながら淡々と言う。

「……女など星の数ほどいる。変な気など回さず行きなさい」

 こちらの目を見ようともせず、ぶっきらぼうに言い切った宰相の言葉に俺はようやく気付いた。

(ああ、そうか、こいつら……)

 ポーカーフェイスな王子様の笑顔では、俺には解らなかった。
 しかしイルミナートの落ち着き払っているのにどこか空々しいこの態度は逆に解りやすかった。

 この時になって俺は、二人の気持ちが痛いくらい解ってしまった。

―――その時、

「やだやだやだやだ!!行っちゃ駄目!!スノーホワイト!!おれ、おれ!!もう君と離れたくないっ!!折角また会えたのに!!」

 泣き喚きながらスノーホワイトに抱きつくヒルデベルトに、大人の挨拶をした2人の恋人が肩をガクリと落とす。

「あのさぁ、ヒル…」
「本当にどうしようもない駄犬ですね…」
「お前も男なんだから。ここは男なら格好をつける所だろう?」

 呆れ口調の二人をヒルデベルトがキッ!と睨む。

「うるさいな、俺は王子とイルミと違って大人じゃないんだ!別に良い男になりたいとも、格好良くなりたいとも思ってない!!そんな事よりもスノーホワイトとずっと一緒にいる事の方が大事だ!!」
「ヒル…」

 ヒルデベルトのその悲痛な台詞に、二人は言葉を失った。

「鏡、何か方法はないの!? 俺も向こうに行く!!」
「この皹を見てください。あと一回、一人が限度なのです」
「そんな!!ウンディーネ!!」
『ごめんね、悪いけど私の力を使っても無理なんだわ』

 二人に食って掛かろうとするヒルデベルトの肩を掴んで、首を横に振ったのはエルヴァミトーレだった。
 宝石のような光沢を持った翡翠の瞳には、涙がいっぱいに溜まっている。

「こら、ヒル、ここは笑顔で送り出す所だろ。もうやめろよ、みっともない…」
「みっともないのはそっちだろ!エルだってひっどい顔してる癖に!!」
「……ヒル、気持ちは分かるよ。でも、」
「絶対分かってない!!エルのウスラトンカチ!冷酷人間!腹黒陰険性悪サディストの変態女装子!!」
「は、はああああ!?誰が冷酷人間で腹黒陰険性悪サディストだって!?そ、それに僕には女装癖なんかない!!あ、あれはスノーホワイトが好きだっていうから仕方なく……、」
「嘘つくなよ!!最近毎晩夜になるといそいそと女装して、鏡の前で悦に入った表情で一人ワンマンショーしてるの、俺知ってるんだからな!!」
「み、見てたの!?―——…あ、ああ、もう生かしておけない。死んで。ヒル、ここで死んで」

 そのまま泣き喚きながらポカスカ殴り合う二人の姿を見ていたら、鼻の奥がツーンとして来た。

「ヒル、エル……やめろって」
「姫様」

 いつもの様に二人の喧嘩を止めようとする俺の前に来て、頭を下げたのはメルヒだった。

「私は、……姫様の選択を尊重します」
「メルヒ」

 メルヒの声は眠る街を守る様に打ち寄せる、夜の波の音の様に静かで穏やかだった。
 子煩悩な父親のような慈愛の色で光る琥珀色の瞳を見ていたら、俺の決意も自然と固まった。

(帰ろう……)

 でも、その前に俺は彼らに伝えなければならない事がある。

―――俺はまだ、こいつらに一度も自分の気持ちを告げた事がない。

 俺はまずは第1の恋人に挨拶をする事にした。

「アミール」
「ん?」

 ふざけた所もあるけれど、非道な所もあるけれど、どこか憎めない王子様。
 その風薫る爽やか笑顔でいつもスノーホワイトを惑わしては逸かし、翻弄しては煙に巻いた浮雲の様に掴み所のない恋人、Dopey。

「俺さ、最初あんたの事が大嫌いだった」
「えー、嘘」
「嘘じゃない、嫌いだった。多分、恋人達の中で一番嫌いだったと思う」

 顔色を変える事もなく真顔のまま告げると、アミール王子は苦笑いした。

「酷いなぁ、シュガーは。この場面でそんな事言っちゃう?」
「だってお前完璧すぎるんだもん。存在自体が嫌味だと思った。スノーホワイトの女目線で見ても、三浦晃の男目線で見ても、あんたはいつだって完璧な王子様だった。あんたみたいな男に産まれる事が出来たら、人生、さぞかし楽しいんだろうなって思った。――…だから俺、あんたの事が嫌いだったんだ」

 俺の言葉にアミール王子は苦笑に苦笑を重ねる。

「……アキラ。私はそんなに完璧な男じゃないよ、失敗だってするし、醜い嫉妬だってする。あなただってそれは良く知っているでしょう?」
「ああ、知ってる。あんたは実に嫉妬深い」

 そのまま王子様の胸に顔を埋めると、彼はいつもの様に優しくスノーホワイトの背中に手を回してくれた。
 アミール王子の心臓の音が聞こえる。
 目を閉じて彼の鼓動の音を聞いていると、嵐の海の様に荒れ狂っていた感情の波が収まって、心が落ち着きを取り戻して行く。
 もうこの音を聞く事は二度とないのだろうと思うと、居ても立ってもいられない様なもどかしさで胸が締め付けられた。

「完璧な王子様の顔からたまに垣間見えるあんたのそういう人間くさい所、結構好きだったよ。多分、俺、女だったら完璧にあんたに惚れてたと思う」
「ええー、アキラは私の事を愛していないの? 酷いよ、私はこんなにあなたにメロメロなのに」
「や、その、まあ、うん」

 赤面する俺の額に、彼はいつもの様に額をごっつんこさせると「分かってるよ」と言う様に柔らかく微笑んだ。
 目を閉じると、スノーホワイトの唇にそっと口付けられる。

―――最後のキスは、彼お得意の全てを奪いつくす様な激しいキスではなかった。

 ある意味王子様らしいとも言える、彼のこの顏にとても良く似合う、甘くて優しいキスだった。

 少しずつ、しかし確実に過ぎ去っていく時間を止める魔法をかける様な、そんなキス。

 唇が離れて行く気配に目を開くと、切れ長だが柔和な瞳がすぐ目の前にあった。
 微笑みをたたえる蒼い瞳は、初夏の澄みわたる空の様に今日も美しい。
 全てを包みこむような、深いいたわりが込められた眼差しに自然と唇が綻びる。

「アミール、好きだよ」

 俺が初めて自発的に口にしたその言葉に、王子様の顔が驚愕で満ちる。
 余程驚いたらしく、彼はゼンマイ仕掛けの人形の様にギクシャクとしたぎこちない顔で笑った。

「参ったな…」
「今までありがとう」
「それは……私の台詞だよ。あなたと過ごした時間は、何物にも代えがたい私の至高の財産だ」

 スノーホワイトの身体がこの男と離れるのを嫌がっている。
 しかし俺にはもう時間がない。

 俺は彼から離れると、第2の恋人の前に行く。

「イルミ様」

 眼鏡のレンズ越しであっても一切鈍る事のないその鋭い眼光は、いつだって高圧的で挑戦的だった。
 最初、俺は彼に試されていた様に思う。
 何があってもどこ吹く風と言った顔で、一歩も退かないこの恋人の性分に、出会った当初のスノーホワイトは怯えていた。
 でも、いつからだろう。気が付いたら博識な彼と一緒に本を読み、知識を教授して貰う午後の一時が、とても楽しみになっていた。尊大で傲慢不適な恋人、Doc。

「……なんですか?」

 つんけんどんな口調でそっぽ向く男の様子に、彼の心中を察して俺は苦笑を浮かべる。

「俺にとってもスノーホワイトにとっても、イルミ様はいつだってイルミ様でした」
「……意味が判りません」
「尊敬の対象と言いますか、つまりイルミ様はイルミ様なので、ええっと…、」
「ならば、こちらに残って私の妻になりますか?」

 本気とも冗談ともつかない口調で顎を持ち上げられて、俺は目を伏せて微笑んだ。

「そうやって悪ぶろうとしてもあなたが本当は優しい人だって事、俺が誰よりも知ってます。でも、立場上そう見られた方が便利だから、いつもわざとそうやっているんですよね?」
「…………。」
「あなたのそういう不器用な所とか、周りに反感を買っても全く意に介さない図太い所とか、実はすっげー好きでした。多分、あなたは俺の憧れでした。……でもあなたが皆に誤解されてると、俺はとっても辛くて。いつもそれを解いてやりたいって密かに思っていたんですよ」

 目を開くと、ふいを突かれたのか、レンズの向こうにある青みのかかった黒い瞳が揺らいでいた。

「きっとあなたは父親を超えて歴史に名を残す人になるでしょう。そんなあなたを生涯隣で傍で支える事が出来るのならば、それはとても幸せな事だろうと思った事もありました」
「……もう、やめなさい。これ以上続けられたら決意が鈍る」

 苦笑しながら唇を重ねられる。
 そう言えばこの男、以前は頑なにキスだけはしない男だったのだが、何か心境の変化があっただろう。ある日を境に恋人一のキス魔になった。
 それは俺がいつも戸惑う位優しいキスで、この男の普段の高慢な態度や横暴が笑って許せてしまう位優しいキスだった。    

「さて、と」

 俺は抱き合ったまま泣いている第3と第4の恋人を振り返る。
 何だかんだで年も近いし仲が良い二人だった様な気がする。

「エル」

 しゃがみこんで、しゃっくりを上げて鼻水をすする第3の恋人の涙を拭う。

 このプリティーフェイスにもう何度騙されたか判らない。天使の様に愛くるしい顔をしているのに、その実はドSだわ腹黒いわ計算高いわ嫉妬深いわで、ある意味一番厄介な恋人だった様な気もする。
 だけどとっても優しくて、スノーホワイトが困っているといつだって最初に気が付いてくれるのは彼だった。くしゃみまで可愛い恋人、Sneezy。

「俺、エルの作ったグラタンが好きだ。この世界の食べ物の中で一番大好きな食べ物がエルの作ったグラタンだ」

 俺の言葉にエルの目からブワッと涙が溢れ出す。

「もっと早く言ってくれれば…。そんなに好きだって知っていたら、僕、毎日だって君にグラタン焼いてあげたのに…!」
「だってあの山小屋じゃ、グラタン高級品じゃん」
「そうだね。そう、だったね。君はそういう、優しい子だった…」

 さっき仕返しのつもりか、エルヴァミトーレはヒルデベルトのマントでチーンと鼻をかむ。
 幸い先程からずっと赤子の様に大口を開けて泣き散らしているヒルデベルトは気付いていない様子だったので、俺も見なかった事にした。

「僕も、君の作ったポテトサラダが、世界で一番大好きだよ。サンドイッチに挟んだり、パンの上にチーズと乗せて焼いてピザにして。ああ、リゾットにしても美味しかったよね、……本当に、好きだった」
「毎日二人で一緒に料理作ってさ、食べ物がない時もない時なりに二人で色々なメニュー考えたりして、すっげー楽しかったよな。俺、エルのお陰であの小屋での生活がとっても楽しかったよ」
「うん」

 目元を拭ってはにかむエルヴァミトーレはやはり美少女だった。名残惜しい位美少女だ。

(そ、そうだ……)

 俺はふと神妙な顔付きになる。

「エル、最後にお願いがあるんだ」
「なに、僕の出来る事なら何でも言って?」

 無警戒なウサギの様な瞳で微笑む美少女(♂)の肩に手を置いて、俺は真顔で言う。

「最後にもう一度だけ、木に縛られてくれないか?」
「は?」
「あの夜の続きがしたい、真剣にしたい。そ、それで、修道女妹姫シスタープリンセスエルにゃんをマジックトリュフで――、」

 ふと気が付くと、寂しそうに澄んだ翡翠の瞳は侮蔑の色に染まりきっている。

「まだ懲りてなかったのか、さっさと向こうに帰れよ変態」
「ええええええええ!?エルにゃんが冷たい!!」
「うるさいな!!中身が男だって知って色々納得したよ!!」
「そんなぁ!!」

 狼狽えながら俺が何か叫びかけたその瞬間——、

「でも、大好き」

 ふいに唇を奪われる。

(え……?)

「あ、あわ…、」

 スノーホワイトの頬がみるみる内に紅潮して行く。
 エルヴァミトーレは真っ赤になって固まった俺にガバッと抱き着いた。

「君が男でも女でも構わない。―——…好き。好き。大好き、アキラ、好き、好きだよ。大好き、……ッなん、だ。お願い。いかない、で、行かないで、おねがっ…い、……ほ、本当は、行かないでって言いたいんだ、よ?」

 感情が堰を切って漏れ出したらしく、嗚咽を上げながら懸命に話す可愛い恋人の背中にそっと手を伸ばす。

「ひっく、……で、でも、そんな事言ったら、あいつ等より、格好悪い、から、……だから、ぜったい、言わない。……ッ、がまん、する……!」

 エルヴァミトーレが涙で濡れている顔でアミール王子とイルミナートを睨みながら言うと、二人は苦笑を浮かべた。

「アキラ。むこうで、しあわせ、に……」
「エル…ごめんな」
「僕こそ、泣いちゃってごめん。……笑顔で、見送ってあげたかったのに」

 もう一度硬く抱擁しあった後、俺はさっきから隣で誰はばかることなく子供の様に大号泣している第4の恋人の頭に手を置いた。

「さて、と。ヒル?」

 毎日家事をするスノーホワイトの後にくっ付いてきて、最初は正直「うぜー」と思っていた。
 でも気が付いた時には、彼のその天真爛漫で無邪気な犬っころみたいな所が可愛いと思ってた。
 たまに話が通じなくてムカつく事もあったけど、その人懐っこい笑顔に免じて何でも許せてしまう不思議な魅力のある恋人だった。 
 甘ったれた子供みたいな奴だと思えば意外にも男らしい一面もあって、ただの馬鹿だと思えば何事にも物怖じしない勇敢な一面もあって、そのギャップに俺とスノーホワイトを翻弄しまくった恋人、Happy。

―――あの時も、強敵にたった一人で立ち向かって俺達を逃がしてくれた。

 あの時、全てを覚悟した彼が見せた、一点の濁りもない透き通った笑顔を俺は多分一生忘れない。

「うわあああああああああ!!嫌だ、おれ、君と離れ離れになるなんて、絶対嫌だ!!」

 そのまま抱き着かれて床に押し倒される。
 俺は苦笑しながらそんな子供っぽい騎士の背中をポンポンと叩いた。

「まだちゃんとお礼言えてなかったよな。あの時はミカエラ達から俺達の事を逃がしてくれてありがとうな。お前は本当に強くて、勇敢で、頼りになる騎士だよ。あんなに小さくて可愛かったぽてとがこんなに立派な騎士になってるなんて、俺、本当に驚いたよ」
「アキラ…」
「……でも、あの時。残して来たお前が殺されていたら、俺も一緒に死のうと思ってたよ。お前が死んだら生きてけないって思った」

 俺は身を起こすと、大粒の涙と鼻水が溢れ、酷い顔をしている騎士の顔をハンカチで拭いてやった。
 しかし何度拭いてやっても、すぐに瞼の裏側に涙が溜まって来るのできりがない。

「ヒル、本当にありがとな。俺もスノーホワイトも、いつも明るくて前向きなお前に救われてたよ。個人的にお前とはアキラの方で出会っても、とっても良い友達になれたんだろうなって思いながら接してた」
「アキラ……俺、俺、」
「うん?」

 真っ赤に泣きはらした目で、すがりつくように訴えかけてくるヒルデベルトに俺は首を傾げる。

「アキラとも友達じゃなくて、恋人がいい」
「あ、ああ、うん……そだね…」

 がっしり抱きつかれたまま、BLあれな事を言われた俺は遠い目になった。

「姫様…」

 その時、第5の恋人と目が合った。
 スノーホワイトが父性に似た淡い憧れを抱いていた恋人。正直、スノーホワイトの初恋があの王子様なのか、この男なのか、俺には判別が付きかねる所がある。それ程までに彼は幼少期のスノーホワイトの心の支えであり、頼もしい味方でもあった。
 口数が少なく、感情の表現が苦手で、これもまたイルミナートとはまた違った意味で不器用な男だった。実はシャイで照れ屋なだけなのだが、厳めしい顔付きと見上げるほどの巨躯に圧倒されるせいか、その事実に気付ける者は滅多にいない。
 小さい頃からスノーホワイトを傍でずっと守ってくれた、誰よりも信頼していた恋人、Bashful。

 スノーホワイトの体を離そうとしないヒルデベルトに抱き着かれたまま、俺はメルヒに告げる。

「メルヒ、」
「はい」
「ウラジミール叔父様とリンゲインの事任せていいですか?」

 彼と話していると三浦晃よりもスノーホワイトの方が前面に出てくるのは、やはり彼とはスノーホワイトとして接してきた時間が長いからだろう。

「私が、ですか?」
「ええ」

 正直ウラジミール叔父様はお人好し過ぎて、外交と言う高度な心理的駆け引きやテクニックが必要となる頭脳戦の場では少し……いや、かなり頼りない。
 有事の際、ウラジミール叔父様がアミール王子とイルミナートとが対談している席を想像して貰いたい。
 恐ろしい程、頼りないのがお解りになるだろうか?

 アミール王子は約束通り、スノーホワイトが消えてもリンゲインの事を守ってくれるだろう。
 しかし彼はリンゲインの人間ではない。そして彼はリゲルブルクの国王陛下となる男だ。
 有事の際、自国とリンゲインと天秤にかけた時、彼が選ぶのはリゲルブルクだと解りきっている。
 恐らく、その時彼は苦渋の決断に迫られるだろう。血涙を流しながら自国を選ぶ彼の心情を汲んでやる事は出来るが、それでもリンゲイン的には困った事態に陥るのは必須である。

―――しかしメルヒは違う。

 メルヒはリンゲイン独立共和国で産まれた、正真正銘のリンゲインの人間だ。
 彼ならばリゲルブルクではなくリンゲインを第一に優先してくれるだろう。メルヒなら命懸けでリンゲインを守ってくれるはずだ。

「お前になら任せられる。お前は実直で信頼出来る男だから」
「姫様…」
「それにお前は民達の暮らしぶりを良く知ってる。お前が傍についていれば、ウラジミールも道を間違う事はないと思うんだ」
「姫様のご用命であれば、この命尽きるまでリンゲインに尽くしましょう。……こら、そろそろ姫様から離れろ」
「ぅっ……ひっく、」

 スノーホワイトの身体に蛸の様に絡みついて離れないヒルデベルトをメルヒが引っぺがす。
 俺は立ち上がるとスカートの埃を叩いた。

(エミリオにも挨拶したかったけど……、)

 彼の最後の言葉――…「大嫌い」が、鋭い刃の様にスノーホワイトの胸に突き刺さったままだった。

「アミール、エミリオによろしく伝えておいてくれないか?」
「ああ、分かった。弟に何か言付けはあるかい?」
「言付け…」

 言われて何を託すべきか考える。

―――思い出すのは、燃え上がる古城での彼が見せたあの真っ直ぐでひたむきな目だった。

『待ってろ、今僕がお前の縄も外してやるからな!』

 炎の迫る中、不器用な手付きで縄を解いてくれた王子様。

『エミリオ様。もう、無理です。お願いです、どうかあなただけでもお逃げになって下さい』

 一人なら逃げる事も出来ただろうに、彼は決して俺を置いて逃げる事はしなかった。

『最期まで諦めるな、絶対に助かる』
『でも、無理よ、もう無理に決まってる。だからあなただけでも、』
『無理だったらその時はその時だ、僕が一緒に死んでやる』
『エミリオ…』

 ずっと嫌われている物だとばかり思ってた。
 ずっと疎まれている物だとばかり思ってた。

『ありがとな、俺、今はこっちの世界に来る事が出来て本当に良かったと思ってるんだ。お前に出会う事が出来たから』
『アキラ…』
『僕もだ。お前に会えて本当に良かった』

(エミリオ…。)

 いつも眉と目尻を釣り上げてプンスカしていた癇癪玉の様な恋人、Grumpy。
 実は俺はこの王子様の事がずっと苦手だった。
 彼を怒らせない様にいつも一人で気を揉んでいた物だ。しかしそれはいつだって徒労に終わり、俺は毎日の様に彼に嚙みつかれて、密に胃を痛める日々を送っていた。

―――でも。あの時、あいつとは心の一番深い所で繋がる事が出来たと思った。

 とても良い友達になれたと思っていた。

 だからこそあの「大嫌い」が痛かった。

 恐らくあれは俺を向こうに帰す為の彼の不器用な優しさだろう。
 分かってる、分かってるんだ。―——…でも、もしかしたら。ひょっとしたら、こちらを選ばなかった事でまた彼を怒らせてしまったのかもしれない。本当に嫌われてしまったのかもしれない。そう思うと、名状しがたい絶望感で前が見えなくなる。

 本当なら直接挨拶がしたかった。
 あの時のお礼も言えていないし、自分の気持ちもちゃんと伝えていない。

「あ…」

 ふいに溢れだした熱い涙がスノーホワイトの頬を伝う。

 最初の涙が一粒零れてしまうと、次から次へと新しい涙は溢れだし、もうしばらく止まりそうになかった。
 アミール王子は無言で肩を震わせるスノーホワイトを見て、もう一度だけ「私の弟が、ごめんね…」と言って萎れた花のように項垂れた。
 ここで兄に伝言を頼む事も出来るが、それも何か違う気がする。

「前に、約束したんだ…」

 俺は目元を拭うと顔を上げる。

「エミリオが城に帰ったら俺の肖像画描いてくれるって言っていて。モデルになる約束守れなくてゴメンなって」
「ああ、ちゃんと伝えておくよ。それだけでいいの?」
「うん、あと、…………ありがとう、って。あの時、お前が居てくれたから怖くなかった。お前が居てくれたからとっても心強かった。死ぬのも怖くなかった。お前と出会えて、本当に良かったって」
「分かった」

 王子様は屈託ない様子で目を細めると満足そうに微笑んだ。

『あちゃー、本当ね、こりゃあかんわ』
「でしょう、このままだと割れてしまう」
『ここは私が力を貸しましょう。マナの祝祭日で溜まった力があるから、あとは太陽の力を借りればなんとかなるわ』

 向こうではウンディーネと鏡が罅の入った鏡をコンコンやりながら、人間の俺達には良く分からない話をしている。

『そろそろいいかしら?じゃ、向こうへの帰り方の説明をするわね』


****


『向こうとこっちの空は繋がってるのよ。空間の裂け目となるのは力の根源となる太陽ね。今からこの鏡を媒介にして、私が入口を作るわ。幸いスノーホワイトは太陽神の加護があるから、太陽ととても相性が良いの』

 謁見の間の扉の外には、エミリオ王子が居た。
 エミリオ王子はずっと廊下で膝を抱えながら座っていたが、ウンディーネの説明の途中でハッと顔を上げる。

(そうだ……!)

 エミリオ王子は勢い良く立ち上がると、息を切らせて廊下を走り出す。

「エミリオ様!?」
「どうなされたのですか!」

 途中で何人かレジスタンスのメンバーやら、城の様子を見に戻って来たらしい城の者達とすれ違うが、彼は一目散に走った。

ザッ…!

「っく、」

 途中、瓦礫に躓いて転倒する。
 唇を咬んだらく、口の中に鉄の味が広がって行く。

(アキラ……、)

 エミリオ王子は唇を噛み締めた。
 気を抜いたら泣いてしまいそうだった。

(僕は……。)

 ギュッと拳を握りしめると、砂となった瓦礫の破片がジャリっと手の中で音を立てた。
 国境の最前線で剣を振るった。その後は森の中で魔獣と戦い、最後にミカエラ達と闘った。連日の溜まりに溜まった疲労もあって、全身がボロボロだった。体中のあちらこちらが痛かった。
 口の中に溜まった血を吐いて立ち上がると、ズボンの布が破けて膝の皮がズル剥けになっていた。

「痛い…」

 思わず心の声がそのまま口から漏れてしまう。

―――でも、今一番痛いのは体ではない。

(こんなの、なんて事はない……)

「エミリオ様、大丈夫ですか!?お怪我は…、」
「うるさい、離せ!!」

 手当をしようと近寄って来た城の者を八つ当たり気味に突き飛ばして、ふらつきながらも彼はまた走り出した。

(アキラ、アキラ、アキラ……!!)

 気が付いたら涙が堰を切ったように流れていた。
 彼がやって来たのは、ルジェルジェノサメール城にある太陽の棟と呼ばれる細長い塔だった。

カンカンカンカン!!

 最上階まで螺旋上に連なっている階段を駆け上る。
 途中、また何度か転倒した。

 しかし、その時、彼の涙は止まっていた。———…ゴールはもう、目の前だったから。

バン!!

 最上階にある扉を開くと、中は昔彼がフロリアナに軟禁された時のままだった。

「これだ!!」

 埃を被った倉庫の中に入ると、記憶通りに壁に立てかけられているリンゲイン独立共和国の旗を見つけて彼は破顔する。
 この旗は、毎年リゲルブルクとリンゲインが友好条約を結んだその日に、リゲルブルクの旗の隣に上げる旗だ。

(アキラ、待ってろよ……)

 エミリオ王子は自身の身の丈よりも高い旗を腰のベルトに固定して背中に背負うと、倉庫の窓から城の屋根に降りて、外壁をよじ登り出した。

「きゃああああああ!!エミリオ様が!!エミリオ様が!?」
「エミリオ様!何をなさっているのですか!?お止め下さい!!」
「危険です、下に降りて来てください!!」
「うるさい!!」

 棟の下で騒ぐ城の者達を一喝すると、彼はまた煉瓦に打ち付けられた細くて頼りないに鉄の取っ手に手をかけた。

―――あとはてっぺんまで登り切るだけだ。



「では、始めますよ」

 天井のなくなった謁見の間から、鏡の妖魔が空に放り投げた鏡が、太陽と重なる。

『アキラ、ここへ』
「ああ」

 鏡から降り注ぐ光の上に立つと、スノーホワイトの身体が眩い光に包まれる。
 彼女の体はそのまま上へ、上へと昇って行った。
 彼女の恋人達が静かにその様子を見守っていたその時の事だ。

バン!

 謁見の間の扉が激しく開かれる。

「アミール様!大変です!!」
「なんだ、この忙しい時に」

 駆け込んできた兵士に、アミール王子が露骨に顔を顰めた。

「エミリオ様が、エミリオ様が!!太陽の棟にある国旗を折りました!」
「は?」
「そして、そこにリンゲインの旗を立てています!!」

 光が降り注ぐ中、誰もが言葉を失って呆けた顔をしていた。
 スノーホワイトの見送りもせずに一体何をしているのだとその場にいる誰もが思った。

―――しかし、次の瞬間、

「あっ」

 アミール王子がしてやられたと言った顏になり、口元を掌で覆う。

「やられた」
「そういう事か…」

 一番最初にエミリオ王子の行動の意味に気付いたのは、アミール王子とイルミナートだった。
 アミール王子は苦々しい顔付きになり、イルミナートは舌打ちする。

「あの坊やに一本とられましたね」
「憎い演出だな…、私達もすぐに向かおう」

 二人は顔を見合わせると、一目散に走り出した。
 謁見の間に残された恋人達はしばしポカンとした表情を浮かべていたが、彼等も顔を見合わせ、頷き合うと二人の後を追う。

「ああ、そうか。なるほど!……エミリオ様らしいと言えばらしいね」

 走りながらエルヴァミトーレはポン!と手を打った。

「え?なになに、どういう事?」
「太陽の棟は、ルジェルジェノサメール城で一番高い塔なんだ」
「姫様を見送るには一番適した場所……と言う訳ですね」
「それだけじゃない。―——…敵国の城を落としたら、まず一番最初に何をする?」

 エルヴァミトーレが人差し指を立てると、ヒルデベルトが「俺、知ってる!」と挙手をする。

「旗を燃やして自分の国の旗を立てるんだ!」
「そう。つまりエミリオ様がリンゲインの国旗をルジェルジェノサメール城で一番高い太陽の塔の上に立てる事により、この国も、自分の心も、スノーホワイトに完全に落とされたと言う意思表示になるんだ」

 そこでメルヒが「ああ…」と呟き、上空で小さな光となって行くスノーホワイトを仰ぎ見た。

「……うーん、これは王子様にしか出来ない愛の告白だね、ちょっと悔しい」

 エルヴァミトーレが唇を尖らせる。

「最後に良い所を全部エミリオ様に持ってかれたら堪らないな」
「急げ急げ!!」
「とりあえず、前の二人を抜きましょう」

 前方を走るアミール王子とイルミナートの背中を三人は追う。
 二人が太陽の塔の中に入ったのが見えた。

―――目指すは瓦礫の山の向こうのにある太陽の棟の最上階。


****


 その光はまるで羊水の様に優しく、穏やかで、温かかった。
 睡魔を誘う光に包まれて目を瞑る。
 きっとこの優しい眠りから覚めた時、向こうの俺は目を覚ますのだろう。

「―———っ!!」

 ふと、誰かに呼ばれた様な気がした。
 目を開くと、驚く物が視界に飛び込んできた。

「アキラ!!」

 丁度今、スノーホワイトの足元にある高い塔のてっぺんに立ち、バサバサと風に煽られる大きな旗を持っているのは――、

「エミリオ!?」

 エミリオ王子の持つ旗は何故かリゲルブルクの物ではなかった。
 赤い盾の中に描かれた金色の龍の紋章は、リンゲインの物だ。

(なんで…?) 

 頭の中がクエスチョンマークで埋まる。

―――でも、今はそれどころではない。

 三角錐の屋根のてっぺんには旗を挿す場所しか存在しない。
 つまり、人が立つのは明らかに危うい形の屋根なのだ。

 そして、ここから落ちたらまず命はない。

「エミリオ、そんな所に立ってると危ないぞ!!」

 光の膜の様な透明な壁を叩きながら、最後の恋人に向かって叫ぶ。

「アキラ、これが僕の気持ちだ!!ぼ、僕は、おま、お前の事が、だ、だ、大、…………!!!!!!」

 口の動きから、彼が何か大声で叫んでいるのは分かった。
 しかし次の瞬間、光の渦に飲み込まれた俺は、その言葉を全て聞く事は出来なかった。

(あー……やっぱ大嫌いって言われたんだろうなぁ…)

 折角友達になれたと思ったのに、やっぱり嫌われちゃったのかも。

―――それがこちらの世界での俺が最後の記憶だった。


*****


 一足遅れて太陽の塔に到着した恋人達は、屋根の上に這い上がる。
 全員が、太陽の中に消えて行くスノーホワイトを無事見送る事が出来た。
 三角錐の屋根の上にかろうじて立ちながら、肩で荒い呼吸を繰り返す弟に、アミール王子が手を差し出した。
 尖った部分の下にある屋根の上に弟を下すと、彼は旗を持ったまま屋根の淵に座り込んだ。

「エミリオ、良く我慢したね」
「……母上が生きているのなら、大事にしてやるべきだ」

 風にはためく旗と共に吹かれる弟の金の髪の合間から、風に流されていく透明な滴に彼は気付く。

「ああ、そうだね…」

 隣に座ると、彼は幼い頃によくした様にそっと弟の肩を抱いた。
 いつもの様にその手が払われる事はなかった。

「エミリオ、お前がいてくれて本当に良かった。お前がいなかったら私は道を踏み外して、彼女を悲しませていたかもしれない」
「すまな、い。アミール、……お前の命もこれで」

 涙目で自分を見上げる弟に、アミール王子は柔らかく目を細めて微笑んだ。

「いいんだ、私もお前と同じ気持ちだよ。―――……自分の命よりも、彼女の幸せの方が大切だ」
「…アミール……っ!!」

 アミール王子は火が付いた様に泣きだした弟の頭を撫でながら、目を伏せた。
 下にいる恋人達も誰も何も言わなかった。
 たら自分達の姫君が消えた太陽をずっと見上げていた。

―――ややあって。

 アミール王子はスッと目を開く。
 今まで弟の頭を撫でていた優しい目から一変して、冴え冴えとした冷たい光が彼の瞳に宿っていた。

「イルミ。今すぐ私の第二婚約者以下の全ての婚約者を城に連れて来い」
「は?」
「伽を執り行う」

 アミール王子の言葉に、流石のイルミナートも驚愕の色を示す。
 そんな事をすれば、この王子様の体がどうなるか彼だけではなく、ここにいる全ての者達は知っていた。

「私にはもう時間がない、世継ぎを作らなくては」
「アミール…」

 その使命感溢れる毅然とした瞳に、イルミナートはその場で膝を付き頭を下げた。

「いいえ、アミール国王陛下、畏まりました」

 兄達の会話の意味を察したエミリオ王子の顏がみるみる青ざめる。

「アミール、お前、まさか」
「エミリオ、後の事はお前に任せたよ」
「しかし……!」
「弟のお前にここまでさせたんだ、次は私が頑張る番だよ」

 悠然と微笑みながら、彼は弟を安心させる様に彼の肩に手を置いた。

「母上や歴代の王の事例を見る限り、女神との定期的な契りがなくても、他の女と性的接触を持たなければ、お前はあと2、3年は生き長らえる事が出来るだろう。運が良ければ……いや、愛が消えなければ、5年は持つ」
「しかし!お前はどうなる!?」
「……まあ、3ヶ月持て良い方だろうねぇ」

 ヘラヘラと笑いながら肩を竦める兄に、彼は脱力する。

「アミール…」
「大丈夫だよ、お前が王になっても不自由しない様に手はずを整えてから逝こう」

 青ざめたエミリオ王子の顏から感情が抜け落ちていく。
 しかし兄の方はと言えば、どこか満ち足りた表情をしていた。

『エミリオの事は任せましたよ』

 死に際の母の言葉が、アミール王子の脳裏に蘇る。

―――やっと、彼女の期待に応える事が出来た様な気がする。

 生まれ落ちたその瞬間から、アミール王子は母のベルナデットに父との間を取り持つ事を望まれて来た。
 しかし、どんなに努力してもアミール王子は彼等の溝を埋める事が出来なかった。
 彼を見る母の目は、いつも諦めと失望が折り混じった物だった。

(これで少し気が楽になったな)

 アミール王子の表情はどこか晴れやかだった。

「イルミ、後の事は任せたぞ」
「任せられましたよ。……やれやれ、これは今日から10年は私はろくに睡眠時間もとれなさそうですねぇ」

 肩をすくめるイルミナートは、そんな彼に最後まで付き合う事にしたらしい。

「エルヴァミトーレ、お前はエミリオと年も近い。弟の良き友人となり、相談相手となり、彼の支えになってはくれないか?」
「畏まりました…」

 エルヴァミトーレは唇を噛み締めると、赤い目のまま頷いた。

「ヒルデベルト、お前にはルーカスの代わりに弟を守ってやって欲しいんだ」
「分かった…」

 ヒルデベルトは沈痛な表情で頷く。

「メルヒ殿」
「……はい」
「引き続き仕事を任せられるだろうか?」
「一度引き受けた仕事は、最後まで必ず遂行します」
「助かるよ。後で報告書を頼む。……あ、そうだ。ウラジミール殿と連絡が取れるか?」
「ええ」
「こうなってしまっては、彼を玉座に引っ張りあげるしかない。彼との橋渡しを頼んで良いだろうか?」
「はい」
「我が国は今後も全力でリンゲインをバックアップする。スノーホワイトが消えても関係ない。彼女が愛した国も、彼女が産まれ育った故郷も、私にとってかけがえのない財産だ」
「お心使い、感謝します」



ガランガラン、

 教会の鐘が鳴る。

 鐘の下には一人の少女が、足をプランプランさせながら座っていた。
 血の通った気配のない、人形の様な少女の白い指先が茶色い背表紙の絵本をめくる。

「――—…王子様とお姫様は末永く暮らしましたとさ、めでたしめでたし」

 人には決して現れない色の白銀プラチナブロンドの髪に蒼い瞳。———夜の魔女リリスだ。

「やっぱり物語の最後は、こうでなくっちゃ」

 赤い林檎を持ったお姫様が表紙に描かれている寓話集をパタンと閉じると、リリスは大きく伸びをして、気持ち良さそうな顔をしながら背骨をポキポキ言わせた。

「人の世に降りるのは久しぶりね」

 リリスはスノーホワイトが消えて行った太陽を見上げると、目を細めて妖しく微笑んだ。

「スノーホワイトに会いに来たんだけど、お取込み中みたいだから出直しましょう」

 黄塵万丈の風が半壊し瓦礫の山となった城から吹き付ける。
 傘がひっくり返ってしまうくらい激しい風の中、はじまりの人の一人である”夜の魔女”は悠然と屋根の上に立ち上がった。

 月の様に蒼いリリスの瞳が、血の様に真っ赤な物に変化して行く。

「———…巡り巡れ言の葉よ、廻り廻れ言の葉よ。夜の魔女リリスの名において、時空を超えて舞い踊れ。白き祈りの言の葉よ」

 リリスの持った寓話集が白い光りに包まれる。

「王子様の甘いキスで魔女の毒林檎のろいは解けて、お姫様はきっと目を覚ますでしょう。恋人達を繋ぐ赤い糸は何よりも太く、強固な物へ。―——…白雪姫と7人の恋人達に祝福を」

 その光はスノーホワイトが残した光の残像を追いかけて、太陽の光の中へと消えて行く。

ギチギチ…

 青空が、空間が、そして約束された運命が、音を立てて捻じれていく。

「白雪姫と7人の恋人達は末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」

(スノーホワイト、また私とお茶しましょうね)


―――人類最古の魔女の言霊いのりが発動する。

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Siti Dara

Hi. I’m Designer of Blog Magic. I’m CEO/Founder of ThemeXpose. I’m Creative Art Director, Web Designer, UI/UX Designer, Interaction Designer, Industrial Designer, Web Developer, Business Enthusiast, StartUp Enthusiast, Speaker, Writer and Photographer. Inspired to make things looks better.

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