『Shirayukihime to 7 Nin no Koibito』to iu 18 kin Otomege Heroin ni Tenseishiteshimatta Ore ga Zenryoku de Oujitachi kara Nigeru Hanashi epilogue 1

epilogue1・ある魔女の言霊
「行ってきま~っす!」
「行ってらっしゃい茂、お母さん達も後で行くからね!」
「お兄ちゃん!ボタン全部毟られて風邪引いて帰って来るといいよ!!」
「うっせ!」

―――今日は卒業式だった。

 目が覚めた後もリハビリ等であまり行けていなかった学校だったが、卒業式となるとこう、胸に迫る物がある。

(俺、本当にこっちに帰って来たんだ……)

 蕾をつけ始めた桜並木を歩きながら、下村茂しもむらしげるはあの日の事を思い出した。


****


「本当に何でもするのね?」
「え、ええ、私に出来る事なら…、」

 一番最初に戻ったのは聴覚だった。
 ヒステリックに怒鳴り続ける女の声には聞き覚えがあった。

「お兄ちゃん…、戻ってきてよぉ…!」

 近くですすり泣く少女の声にも聞き覚えがあった。

 次に戻ったのは嗅覚だった。
 消毒液くさい病院独特の匂いに、ぼんやりとだが「まさか…?」と思う。

「なら、———…うちの息子が死んだら、あんたの息子の生命維持装置をその手で切りなさい」
「えっ!?」

 混濁した意識の中、耳に入ってきたのはうちのババアの低い声と、嗚咽混じりにしゃっくりを上げる三浦のおばさんの声だった。

(うちのババア、何言ってんだ……?)

「大好きな晃君と一緒に天国に行ければ、きっと茂も喜ぶわ!昔からあの子達は何をするにも一緒だったから!!」
「私になら何をして下さってもかまいません!でも、どうか子供達だけは……!!」
「何よ、なんでもするって言ったのはあんたでしょう!?それとも何!嘘を付いたの!?」

 ババアが手を振り上げ、三浦さんが目を瞑るのが視界の片隅に映る。

ガッ!!

「何やってんだよ、クソババア」

 振り上げられた手を寸前の所で掴んだ。
 自分の母親ではあるが、あまりにもアレ過ぎて思わず殴りかかりたい衝動に駆られる。

 しかし久しぶりに立ったせいか、どうも足がおかしい。
 まっすぐに立っているのも難しくて、すぐに床に倒れ込んでしまった。

「シゲル君……!?」

ガシャン!

 そして眠かった。

 倒れた弾みでブチブチ剥がれた心電図をそのまま剥がしながら欠伸を噛み殺すと、三浦のおばさんが口元を覆う。

「お兄ちゃん…?」
「茂…!」

 足元がまだふらついたが、妹のシゲミと父が驚愕の声を上げる中、自分の足で何とか立ち上がる。
 久々にしゃべるせいか喉と舌に違和感があった。舌がもつれ、話をする事も難しい。

「……なに阿呆な事ほざいてんだ、少しは落ち着けよ」

 ドスの利かせた声でそう言うと、ババアとシゲミの目から涙が溢れ出す。

「茂!?あんた…!」
「嘘、お兄ちゃん!?」
「お、おい…」

 二人に突撃するように抱き着かれて、俺はまたしてもベッドの上に倒れ込んでしまった。

「本当にいつも心配ばっかりかけて!!」
「お、お兄ちゃーん!!」
「……ごめん」

 二人の背中をポンポン叩きながら、向こうであった最後の事を思い出す。

(俺、帰ってきたのか…?)

 ルーカスの身体が死んだからこちらに戻ってきたと言う事なのだろうか?
 霞がかかったように巡りの悪い頭で考える。

「茂、」
「おう」

 別に仲が悪いと言う訳でもないのだが、中学に入ってからあまり話さなくなった父もいた。
 男同士の会話と言えばそれだけだった。
 しかしその短いやりとりだけで充分だった。充分伝わった。

「あ…」

 その時になって俺は、未だ床に膝を突き、手で口元を覆いながら震えている幼馴染の母親の姿に気付いた。
 涙でボロボロの彼女の顔に、猛烈な罪悪感に襲われて胸が痛くなる。

「三浦さん、うちのヒスババアがマジですみませんでした」
「ババアっていうな!!親にこんなに心配かけて!!この親不幸者!!」
「ババアはババアだろうが、クソババア!」
「お兄ちゃん、本当に良かったよおお!!」

 その後、すぐに看護師と医師が駆けつけて俺は精密検査をする事になった。
 そっと病室から姿を消そうとする幼馴染の母を俺は呼び止める。

「おばさん、ちょっと話したい事があるんですけどいいッスか?」
「え?ええ…」

 その後、うちの家族は家に一旦家に帰って行った。
 何やら親戚や学校等に諸連絡があるらしい。腹なんて減ってないと言っているのに、目が覚めた息子に食べさせたい物が沢山あるらしい。
 本当にうちのババアは人の話を聞かない。

「シゲ君、うちのアキラの事助けてくれてありがとね」
「や、あれは元々俺が悪いんですよ。アキラは関係ないんで」

 綾小路に刺されたのは、俺の自業自得が占める割合が大きい。
 今の俺にはチャラ男騎士ルーカスとして生きた26年間の記憶があるせいだろう。何故もっと綺麗に綾小路と別れられなかったのかと、当時の自分の未熟さを愚かしく思う。

「———…おばさんに話って、何?」

 ベッドの隣の椅子に座る幼馴染の母の腫れ上がった目元に、改めて罪悪感で胸が疼く。
 さっきのはどう見ても完全にうちの母親ババアの八つ当たりだ。
 最後に会った時よりドッと老けた彼女の顔に、申し訳なさで胸がいっぱいになった。

「穂波さん、俺、リゲルブルクに行ってきましたよ。あいつらの父親、ラインハルトにも会ってきました」
「え……?」
「今、アキとアキラも向こうにいます」

 彼女は俺の言葉に目を大きく見開くとしばらく固まっていたが、ふと自虐的な笑みを浮かべた。

「帰ってくると思う?」
「え?」
「帰って来ると、思う?」
「それ、は……」

 言葉につまる俺を見て、彼女は俯き気味に微笑みながら話しはじめた。

「……私は、こっちの世界になんか帰ってきたくなかった。だってこっちの世界ってつまらないじゃない?学生時代は毎日勉強勉強勉強で、どんなに頑張っても一度レールから外れてしまえば敗者復活戦は難しい。そりゃ努力次第でどうにかなる人もいるし、女は結婚って逃げ道もあるけれど、それも失敗したら本当に人生終わるのよね。自分はそこそこ幸せで暮らしてるつもりでも、周りはそうじゃない。うちみたいな片親家庭なんていつだって嘲笑の的で。あの子達を産む時だってそう。看護師さんや助産師さんにまで『本当は不倫なんでしょう?最低ね』『やましい事がないなら、何故父親の話が出来ないの?』なんて言われたりして、わざと注射を痛く刺されたり、入院中は沢山意地悪されたっけ。そのせいで今も病院は苦手。……この18年、どんなに頑張ってあの子達を育てても、私の頑張りが認められる事なんてなかった」

 隣の芝生は青いと言う奴なのか。
 父がなくとも、幸せそうに映っていた幼馴染の家庭の実情に、俺は相槌も打てない程のショックを受けた。

「あっちは科学が発達していない分不便だったけど、こっちの世界よりもずっと生きやすかった。世間体とか、この国独特の閉鎖的な村社会って奴がなかったからかも。出る杭が打たれる事はなく、長い物には巻かれなくても良い。流れに棹を差さなくても良い。皆一緒に横並びにならなくても責められる事もない。余所者でも困っていれば、いつだって誰かが助けてくれた。道で転んで膝を擦り剥けば、名前も知らない通りすがりの誰かがいつも助けてくれた。とても優しい世界だった。私は向こうの世界が大好きだった。少なくとも私には向こうの世界の方が合っていた。友達も恋人も出来て、ずっとこっちの世界で生きて行きたいって思ってたのに」
「穂波さん…」

 俯きながら話す彼女の表情は判らない。
 ただ、彼女の声は震えていた。
 俺はその時になって、彼女の膝に水滴がポタポタと落ちて、スカートに染みを作っているのに気付く。

「でも、気が付いたらこちらの世界に戻ってきてて。……私、本当に帰って来たくなんかなかった。ずっと向こうに居たかった。ずっとハルと一緒にいたかった。何度あっちに帰りたいって願ったか分からない。また事故に遭えば向こうに帰れるんじゃないかって、赤ちゃんだったあの二人を抱っこしたまま、歩道橋の上から何度飛び降りようとしたか分からない」
「穂波さん、」

 無意識だった。
 無意識のまま、震える幼馴染の母親の肩を抱きしめる。

「本当はいつだってギリギリだった。ギリギリの精神状態の中で、たった一人であの子達を育ててきた。何度限界を迎えたか分からない。でも、子供の前で泣ける訳ないじゃない。子供の前で弱音吐ける訳ないじゃない。だって、あの子達には私しかいないんだから」
「うん、そうだね…、そうだね、穂波さん」

 泣き崩れる彼女の背中をそのまま掻き抱いた。

「……帰りたかった。帰りたかったの、あっちの世界が、あの人が、本当に好きだった……会いたい、よ、会いたいよ、ハル……っ、」

 なんだかんだで18年と26年分の人生経験はあるが、俺はこちらの世界ではまだ未成年で学生だ。社会人経験もない。
 そんな自分が今何を言っても薄っぺらく感じてしまうだろうと思い、俺は何も言う事が出来なかった。
 だから黙ったまま、彼女の涙が止まるまで彼女を抱き締めていた。

「ごめんね、今のなし。見なかった事にしてやって」
「はい」

 その後、すぐに穂波さんは泣き止んだ。

「そうだ、ハル……ラインハルトに会ったんだって?」

 目元を拭うと、彼女は照れ臭そうに笑う。

「あの人元気だった?どんな感じ?やっぱり少し老けたのかな?」

 少女の様に目をキラキラと輝かせて微笑む幼馴染の母に、俺はシーツの上の拳を硬く握りしめた。

(言える訳ねぇよ、畜生…)

―――今のこの人にラインハルトがもう生きていないだなんて、言える訳がない。

 あいつ等の父親がもう生きていないと知ったら、今まで18年間一人で頑張り続けたこの人の張りつめた糸がプツリと切れてしまいそうで怖かった。
 しかし今、ここで俺が嘘を付いても彼女にはバレはしないだろう。

 だから俺は嘘をついた。

「元気でしたよ」

 あっけらかんとした口調で笑いながらそう言うと、幼馴染の母はとても晴れやかな笑顔となった。

「そっかぁ、元気か、良かったぁ」

 しみじみと噛みしめる様に頷いた後、彼女は窓を見上げた。
 風に揺れる白いレースのカーテンの向こうにある青い空を見上げながら、彼女は目を細める。

「……あの子達、帰って来ると思う?」
「帰ってきますよ、絶対に」
「なんで、そう思うの?」

 言い切ってやると幼馴染の母親は怪訝そうに眉を顰める。

「アキラは隠してるつもりなんでしょうけど、あいつって昔から重度のマザコンでシスコンなんです」

俺の言葉に彼女は吹き出した。

「知ってる」
「それにアキは昔から家族想いの優しい子でしたから。学校では人付き合い悪いって言われてましたけど、それっていつも家の事を優先させていたからなんですよね。クラスの女子がファッション雑誌見て騒いでる中、一人でスーパーのチラシを血眼で眺めてたり。同級生の女子がマックでだべってる間に、卵の特売を買いに走ったり。俺、あいつのそういう所、すっげー尊敬してました」
「……お姉ちゃんにはいつも無理ばかりさせてたから、帰ってきたら沢山甘やかしてあげたい」
「それよりも何よりもアイツ等オタクじゃないですか。PCのあるこっちの世界じゃなきゃ生きてけませんよ」

 肩をすくめながらそう言うと、穂波さんはケラケラと笑い出した。 

「多分ハルに似たんでしょうねぇ。あの人、こっちの世界に生まれていたら絶対オタクだったと思うのよ。鉄オタとかカメラオタクとかあの辺り。向こうの世界でも言語オタクって言われていたし」
「あー、確かにそんな感じでしたね」
「そうね、帰ってくるわよね。アキラはそろそろ秋葉原に、アキは池袋に行きたくて叫んでそうだわ」
「はい」

ガシャン!

 ガラスの割れる音に振り返ると、そこには花瓶を落としたまま固まっている制服の少女がいた。
 長い金髪ブロンドをクリンクリンに巻いた特徴的な縦ロールに、日本人離れしたプロポーション。整った顔立ち。
 あの日、俺を刺した元彼女の綾小路レイナだった。

「シゲ様あああああああああ!!」

 まるで幽霊でも見たような顔で突っ立っていた綾小路の瞳から、みるみる涙が溢れ出す。

「あ、綾小路!?なんでここに!!」
「良かった、本当に良かったですわ!!」

 そのままベッドに突進してきた彼女に抱き着かれ、狼狽える俺に穂波さんが言う。

「レイナちゃんは反省して、あれから毎日シゲ君やアキラ達のお見舞いに来てくれていたのよ」
「シゲ様、わたくしが間違っておりました!!どうか、どうかお許し下さい!!」

 泣きじゃくる元カノの様子をしばし呆然と見つめていたが、当時は面倒なだけだった彼女に対しても罪悪感が芽生えた。

(お袋にシゲミに綾小路に、こんなに沢山女泣かせて、……俺、馬鹿だわ)

 こんな場面をスノーちゃんに見られたら、潔癖なあの子は二度と俺と口利いてくれないんだろう。

「綾小路、……いいよ、俺が悪かったんだ」
「いいえ、私が悪かったのです。……でも今はシゲ様達の愛をきちんと理解いたしましたから!!」
「は?」
「あの時は男同士の恋愛なんて汚らわしい!……と取り乱してしまったのですが、わたくし、あれからシゲ様達の事を理解しようと沢山勉強したのですわ。私が間違っておりました。男同士ボーイズ恋愛ラブとはとても美しい、耽美的な世界でした」

 涙を拭いながら綾小路がスクールバックから取り出した薄い本の数々に、俺の顔が引きつった。
 何だか……やたら肌色の面積が多い表紙だ。
 表紙で裸で絡み合ってるのは男同士に見えるのだが、これは一体何の本なのだろうか。

「アキラ様のお母様に、お二人が産まれた当時から今までの成長過程の写真をお見せ戴きながら、お二人の微笑ましいエピソードを聞いていたら、わたくし、わ、わたくし……、今ではすっかりシゲアキで、アキシゲで」

 真っ赤な顔でモジモジしながら上目遣いで俺を見上げる元カノは、相変わらず美人だった。
 この俺が苦戦して、口説くのに半年もかけた女だけの事はある。そりゃ流石に世界一の美少女、スノーホワイトちゃんと比べてしまえば多少は見劣りするが、それでもかなりの美少女だ。———しかしながら、その上気した頬と、熱に浮かされた瞳に、猛烈に嫌な予感と寒気の様な物が俺を襲う。

―――俺は今、何か、とてつもなく嫌な事を思い出しかけている。

「わたくし、眠り続けるシゲ様達の寝顔を見つめながらずっと、ずっと考えていたのです。シゲ様、シゲ様は受けなのですか?攻めなのですか?」
「あっ、それおばさんも気になってた。うちの息子って攻めてるの?受けてるの?」
「は……?」

(マジかよ…)

―――俺はこちらの世界で気を失った時、この二人がしていた会話の内容を思い出した。


****


 あれから二人の誤解を解くのにとても骨が折れた。
 三浦のおばさんの誤解は解けた様な気がするが、綾小路の誤解は多分まだ解けていない。
 今年の冬はシゲアキ本を作って、有明デビューするのだと鼻息荒く語っていた元カノの様子を思い出してまた頭が痛くなった。

「えー、であるからにしてぇ、」

 それにしても眠い。

 卒業と思うと感動もひとしおだったが、この手の式が始まってしまうとやはり退屈でしかない。
 長ったるい校長ハゲの正直別にありがたくもない話に、俺は向こうの世界の騎士団長の顔を思い出した。
 偉い人と言うのは大抵ハゲてるオッサンで、そのハゲのありがたい話とは何の趣もなく、眠気を誘うだけの物だと言うのは、もしかしたらどこの世界でも共通事項なのかもしれない。

「ふわ…、くそねみ」

 欠伸を噛み殺した瞬間、近くの列に並んでいるアイツと目が合った。
 軽く会釈をされ、少し戸惑った後、俺は小さく手を上げて返した。

 アキラは目を覚ましたのは俺よりも少し後だ。
 アキラもリハビリに長い時間がかかり、その後も体調不良と言う事でずっと高校を欠席していたが、流石に卒業式は出席したらしい。

 バーコードタイプの校長ハゲの話が延々と続く中、俺は向こうでの生活を思い出した。

―—―あちらの世界を事を思い出さない日はない。

(エミリオ様、俺がいなくても大丈夫かな…)

 やはり一番気がかりなのは、ルーカスの主であるエミリオ王子殿下の事だった。
 あの王子様は芸術家肌とでも言うか、大変気難しい。
 自分以外の騎士と上手くやっている姿が想像出来なかった。 

「シゲー、カラオケ行こうぜ」
「カラオケ行ってナンパしようよ!俺良いナンパスポット見付けたんだよ!」

 いつメンに肩を抱かれ、気が付いたらハゲの長い話が終わっていた事に気付く。

「ごめん、俺帰るわ」
「ええー、なんでだよ?付き合い悪いなぁ」
「そうだよシゲー、南は留学するし、佐野は関西の大学行くし、次皆でいつ集まれるのか分からないのに」
「悪いな」

(アキラ……!)

 打上げを断った俺は、涙ぐむ生徒達で溢れる校舎の中を小走りに駆け抜けて幼馴染の姿を探す。

「下村先輩!思い出に第二ボタン下さい!!」
「やーん!シゲの第二ボタンは私が貰うのー!」
「何言ってるの、シゲ君のボタンはノンちゃんの物なんだからー!!」

 行く先々で、過去の女やら後輩達にボタンやら校章やらネクタイやらを毟り取られて、揉みくちゃにされ散々な目に遭った。

ドン!

 廊下を曲がった所でぶつかったのは綾小路だった。

「悪ィ。大丈夫か?」
「いえ、こちらこそ」
「じゃ、俺急ぐから」

 すぐに走り出す俺の背中に綾小路が叫ぶ。

「シゲ様!クラスの打上げには参加しないのですか?」
「ああ、アキラが久しぶりに学校に来てたから」
「そうですか…」

 たおやかな笑みを浮かべる綾小路モトカノの目に、何やら不穏な物を感じるのは何故なのか。

「シゲ君ー、待ってー!!」
「ノンちゃんと遊びに行こうよー!!」
「げっ」

 追いかけてきた女達の前に綾小路が立ち塞がる。

「皆さん、シゲ様を行かせてあげて下さいまし!!」
「ええ!?なんでぇ!!」
「邪魔しないで下さいよ綾小路さん!!」
「シゲ様とアキラ様が築く耽美で耽溺で倒錯的な世界を邪魔する者は、この私綾小路レイナが絶対に許しませんわ!!」
「意味わかんない!!そこどきなさいよ!!」
「シゲ様!行って下さい!!ここは私が命を懸けてでも食い止めますわ!!」
「お、おう…」

 やはり何やら勘違いされている感はあるが、今は純粋に有り難い。
 綾小路の好意(?)に感謝しながら、俺は幼馴染探しに戻った。

(あいつが学校来てるんなら少しでもあいつと一緒にいたい。今日くらいあいつと一緒に帰りたい)

 二回死に掛けて色々解った事がある。

―――大切な物は絶対手放しちゃいけない。

 それがどんなにダサくても、周りからは価値がないガラクタに思われていても、自分にとってそれが大切な宝物なら絶対に離しちゃいけないんだ。

 人間いつ死ぬか判らない。

 集団の価値観に染まって生きるのは確かに楽だ。誰にも非難されないから。”同じ”なら疎外される事はないから。
 でも、これは俺の人生なんだ。
 周りに振り回されて、好きな物を好きだと言えず、欲しい物を欲しいと言わなかったら、一番最後に後悔するのは他でもない自分だと言う事を今の俺は痛い位知っている。

「あ!」

 校舎裏に回ると、すぐにアキラを見つける事が出来た。
 アキラは女子生徒と二人で校舎裏に立っていた。
 二人を包む空気は何やら不穏な物だ。

パン!

(うわ、修羅場!)

 幼馴染の頬を叩き、何か叫びながら走り去っていく女子を見て、俺はアキラに声を掛けるタイミングを完全に見失ってしまった。
 アキラもクラスの打上げに参加しないのだろうか?
 真っ赤になった頬を押さえ、溜息を付きながら一人で校門を出る幼馴染の背中をそっと付ける。

(アキラ…)

 幼馴染がやってきたのは、俺達が子供の頃毎日一緒に遊んだ近所の公園だった。
 いつも二人で漕いでいたブランコに座り、空を仰ぎながら嘆息する幼馴染の姿にふっと笑みが零れた。
 足を忍ばせてブランコの後に回り込むと、近くの自販機で買ってきた缶ジュースをアキラの頬にくっ付ける。

「うわ!つべてっ」
「よ、色男。失恋でもしたの?」
「見てたのか」
「見るつもりはなかったんだけど、偶然ね」

 そのまま缶ジュースを渡して隣のブランコに座ると、アキラは何とも言い難い顔をした。

「色男はそっちだろ、何だよその格好。第二ボタンどころか制服のボタン全部ないじゃん」
「あ、うん、なんか気が付いたら全部毟り取られてた」
「相変らずシゲはモテるなぁ」
「まね。そういうお前だって、校舎裏で女と何か怪しい雰囲気だったじゃん。で、なんだったんだよ、あの女?」
「……告白された」
「ま、マジ!?」

 彼女いない歴年齢の幼馴染の言葉に驚きつつも、俺は内心納得していた。

 今のアキラなら、女子に告白される理由も何となく理解出来るのだ。
 こちらへ帰って来てから、アキラは以前と変わって落ち着いた雰囲気を見せ、妙に大人っぽくなった。
 色々あって成長したのも、変わったのも俺だけではない。恐らくスノーホワイトとして生きた18年で、アキラの中にも沢山の変化があったのだろう。

「で、OKしたの?」

 気がそぞろなのは何故だろう。

「断った」
「なんで!?」

 素っ頓狂な声を上げながらも内心安堵していたのは事実だ。

 アキラに彼女が出来る所なんて見たくない。
 自分が幼馴染に持っているこの謎の独占欲は、向こうでルーカスがスノーホワイトに感じていた熱い激情とは少々違う気がする。でも、こいつに彼女が出来る所なんて絶対に見たくない。

「俺さ、今恋愛する気分じゃないんだよ」

 昔のアキラの口からは絶対に出てこない言葉だった。

「勿体ねぇ!結構可愛かったじゃん!!あんなチャンス二度とあるかわかんねーぞ!!」

 そう叫びながらも、何故か俺はとてもほっとしている。

「俺もそう思う。向こうもそう思ってたみたいだ。――…だからキレられた」
「は?」
「3組の三河さん。結構可愛いじゃん?まさか俺みたいな陰キャラに告って、断られるとは思わなかったんだろ。オタクの分際で生意気!調子乗ってんじゃねぇよ!って殴られたわ」
「そ、それは…」

 三河とは付き合った事はないが、何度か告白された事がある。
 しかしそこまで裏表がある女だったとは…。
 「そんな女と付き合わなくて良かったじゃん」と、慰めの言葉でも入れておくべきなのかと悩んでいると幼馴染は苦笑混じりに続ける。

「あんな可愛い子に告られたらさ、多分今までの俺だったら涙を流して喜んだんだろうなって思う。……でも、スノーホワイトの体で18年生きて来たから、色々思う所があってさ」
「つまり?」
「ぶっちゃけスノーホワイトの方が何千倍も可愛かったから、可愛いとも何とも思えなかった」
「た、確かにそうだけどよ…」

 それを言ってしまったら、この先、一生アキラに彼女なんて出来やしないだろう。
 何たってスノーホワイトちゃんは世界一の美少女だ。
 思わず引きつった笑みを浮かべる俺を見て、幼馴染は吹きだした。

「てのは半分冗談なんだけど。……女の子は本当に好きじゃない相手となんか、付き合っちゃ駄目なんだよ。彼女が本気なら俺ももっと真剣に考えたかもしんねぇけど、……でも三河さん、俺の事好きじゃないってのが見え見えで」
「ま、まあ、そうだろうな。次の男が出来るまでの繋ぎか何かなんじゃね?」

 ブランコを漕ぐ幼馴染の真面目な横顔に俺は頷く。

「多分、俺――…ってか、スノーホワイトちゃんが、あいつらと出会う前にどうでも良い男と適当な恋愛してたらさ、あいつら、絶対マジ泣きしたと思うんだ」
「……だろうね」

 大地を蹴り、ブランコを高く漕いで、空を見上げながら話すアキラを横目で見ながら、俺も自分用に買って来たサイダーのタブを開ける。

 俺にもその様子は簡単に想像できた。
 あのわんこ君とかフッツーに号泣するだろうな。猟師のオッサンとかも涙ぐんでそう。

「でもって、恋人の内の何人かは昔の男を殺しに行くと思う」
「あー、うん、だろうね…」

 エミリオ様はそれはそれは大層お怒りになられるだろう。
 でもって兄ちゃんの方は普通に殺りに行きそうだから怖い…。

「更にスノーホワイトちゃんはお仕置きされると思う。性的な意味で。……考えてみただけでも恐ろしい」
「だろうね…」

 鬼畜宰相と文官の黒い笑顔が浮かぶ。

「一度ああいうの経験しちゃうとさ、もう駄目だよな。俺なんかの事を本気で愛してくれたあいつ等に申し訳ないから、適当な恋愛なんて俺にはもう一生出来ないよ」

 そう言って切なそうに微笑むアキラは、やはりまだ向こうの事を引き摺っているのだろう。

「お前、――…ルーカスとか、あとイルミナート辺りは、結構遊んで来たんだろうなって思うんだよ。公式設定でもそうだったし」
「うん、まあ、う、うん…」

 気まずい。

 ルーカスのヤリチン歴は本来ならば俺とは無関係のはずなのだが、何だか無性に気まずくて俺はアキラから視線を反らした。

「ああいうのってさー、付き合ってると結構心に来るものがあるんだよな。お前等は女慣れしてたから、スノーホワイトちゃんの前で上手い具合に隠してくれてはいたけど、たまにスノーホワイトな俺も思ってた訳よ。今までの女と自分の何がどう違うんだろう?って。ルーカスにどんなに『可愛い』『愛してる』って言われてもさ、昔の女達にも同じ事言いながら抱いてたんだろうなって思うと、すげー泣きたくなるのな。凄い悲しくて、寂しい気持ちになるのな。お前にスノーホワイトが冷たかった理由って主にそれなんだわ」
「…………。宰相殿はどうなんだよ?」
「ん? ああ、あの人はイルミ様じゃん?イルミ様だし仕方ないなって」
「はあ?なんだよそれ」

 散々遊び倒して来たのはあの男だって同じはずなのに、それはおかしい。不公平だ。

「あの人は何だかんだで純粋だし、これと決めたら結構一途だから」
「……俺、いや、ルーカスだってそう言った意味じゃ一途だったと思うけど」
「どっちにせよお前やイルミナートのルートに入ったら、結構しんどいんだろうなって思ってたよ」
「…………。」

 そう言われてしまったら返す言葉もない。

「上手く言えないけど、俺がこっちで適当な女と適当に付き合ってたら、俺なんかの事を命がけで愛してくれたあいつらに失礼な気がするんだ」
「……まあ、そうかもな」
「それに、この先三河さんに本当に好きな男が出来た時にさ、俺みたいなどうでも良い男と適当に付き合った過去があったら後悔すると思うんだよ」
「…………。」

 大人の階段を一人で何段も駆け上がって行ってしまったらしい幼馴染の言葉に、何だか寂しい気分になった。
 しばらく俺達は無言でブランコを漕いでいた。
 サイダーを口に含む。
 口腔内で弾ける炭酸に触発されたのか、俺の中にポップな名案が浮かぶ。

「じゃあさ、今からナンパしに行かね!?」

 自分の最高の案に、何故か幼馴染は露骨に顔を顰めた。

「なんでそうなるんだ?」
「女を忘れるには女!常識だろうが!!」
「……は?」
「いいかアキラ!今年の夏は俺達二人で千葉の海を荒らすぞ、荒らしまくるぞ!!!何人女が口説けるか勝負しようぜ!」
「……お前さ、俺の話ちゃんと聴いてたか…?」
「聞いてたからこそだよ。約束しただろ?九十九里行って花火してスイカ割りするって」
「や、九十九里は行くよ?そう言う約束だし、俺も久しぶりに海行きたいし。……でも、ナンパはちょっと」
「こういう時こそ馬鹿騒ぎしてパーッと忘れるのがいいんだよ!———…お前、まだ向こうの事引きずってんだろ?」

 ブランコから立ち上がり様にそう言うと、図星だったらしいアキラはうっと言葉につまる。

「確かにその通りなんだけど、そう言われてもなぁ。……俺、ナンパなんてした事ねぇし」
「だから今から俺が教えてやるよ」
「や…でも、……いいよ。俺、海に着て行く服も水着もねぇし」
「じゃあ、今から東京に買いに行こうぜ!ついでにナンパの仕方も教えてやるよ!!」
「……なんでわざわざ東京に。地元の島村かEオンでいいだろ?そもそも夏なんてまだまだ先じゃん」
「こういうのは勢いが大事なの!!ほら、善は急げだ!さっさと行くぞ!!」

 そんなこんなで高校の卒業式の日、俺達は突発的に松戸から東京まで電車で出かける事になった。



―――一時間後、俺達はJR原宿駅に居た。

「……時にシゲよ。何故俺達はこんなシャレオツな街にいるのだ…?」

 この手の街が苦手らしいアキラの顔には冷汗が浮いている。
 一体何が怖いのか分からないが、すれ違うギャルの集団に怯え、スススッと自分の背中に隠れる幼馴染の様子に思わず吹き出しそうになってしまった。
 この様子を見るに、渋谷ではなく原宿を選んで正解だったかもしれない。

「馬鹿だなー、お前。渋谷の影に隠れてるけど、ここって超穴場なナンパスポットなんだぜ?」
「お、おう…」
「土日は近県から遊びに来てる、ナンパ慣れしてない芋娘が多いんだよ。芋娘言えどもわざわざ原宿まで買い物に来る様な女は、大体お洒落でレベルが高い。ここでナンパすっとたまにモデルとか芸能人の卵が引っ掛かるからマジでお勧めだよ。あ、ここな、ここが良いの。宮下公園からラフォーレに続く道。お前にだけ特別に教えてやるわ」
「…………。シゲ、やっぱり俺達は住む世界が違い過ぎる気が」

 俺の中で最早トラウマになっている言葉を、アキラがまたしても口にする。
 思わず俺は咳込み、竹下通りで買ったバジルピザポテトクレープを喉に詰まらせてしまった。

「そんな事言わないでアキラ君!!俺達親友だろ!?」

 言ってから「違うよ」と言われたらどうしようと、今更ながら俺の顔が引き攣った。

「……あれってさ、全部夢じゃなかったんだよなぁ」

 しかしアキラはその言葉には触れずに、どこか遠くを見つめながら話し始めた。

「……なんか、本当に色々あったよな」

 むしゃむしゃと照り焼きチキンマヨクレープを食べている幼馴染の横顔を見ていたら、何だか無性は恥ずかしさが込み上げて来た。

「……あのよ」
「あ?」
「俺……ってかルーカスがあっちの世界でスノーホワイトちゃんに言った事とかした事とか、全部忘れて欲しいんだけど」
「あ、それは俺もだわ。あっちの世界の俺は俺じゃなく、スノーホワイトちゃんって事でよろしく」

 しばし真顔で見つめ合った後、俺達は同時に吹き出した。

「本当に色々あったよなぁ」
「あったな」
「ぶっちゃけ、まだお前と真正面から顔合わせるのは恥ずかしくてキッツイわ」
「それは俺もだっつーの。まさかお前がスノーホワイトちゃんだとかよー、がっかりも良い所だわ」
「なんだと? お前こそルーカスって何だよ、下の村で茂ってる分際でよ」
「あ?やんのかテメ」
「やれるもんならやってみろよ、あんなに俺にメロメロだった癖に」
「だ、だからあれはお前じゃなくて、スノーホワイトちゃんにであって!!」

 くだらない事を言い合いながら雑踏の中を歩く。
 そんな事をやっていると、ふとアキラの顔が真剣味を帯びた。

「なんか、こうやってお前と一緒に歩くのって本当に久しぶりだな」
「ん?ああ」
「お袋に聞いたよ。お前、こっちでも俺の事助けてくれたんだって?」
「まあ、成り行きっつーか。たいした意味はねぇよ」
「そっか」

 その言葉を最後に、アキラは口を噤む。
 しばしの沈黙の後、アキラは意を決した様に唾を飲み込んだ。

「シゲ、……あのさ、お前に頼みがあるんだけど」
「あ?」
「駄目ならいいんだ。無理にとは言わねぇんだけど、その…」
「飯なら奢んねぇぞ」
「違う。———…そうじゃなくて。そのだな、えっと、その、あー、なんだ、……おれ、俺と、」
「なんだよ?」
「ま、また、俺と、……友達になってくれないか?」

(え……?)

 思わず足が止まってしまった。

 餌を見つけたのか、頭上の電線の上からカラスがカアカアと鳴きながらどこかへ飛んで行く。
 歩みを止めた俺に気付いたらしいアキラも足を止めてこちらを振り返る。
 すれ違うゴスロリ少女達の笑い声が小さくなって行った後、アキラは口を開いた。

「あっちでもこっちでも色々あって、俺、改めて考えたんだよ。……確かに俺達の住む世界は全然違う。でも、それでもやっぱり、俺にとってお前は大切な友達なんだ。掛け替えのない友達なんだ。俺の親友は世界でただ一人、お前だけなんだ」
「アキラ……」
「だ、駄目かな……?」

 幼馴染は耳まで真っ赤になっていた。
 それだけでなく涙目で、呼吸も荒い。カタカタ震えながら変な汗までかいていて、すれ違う女の子達がそんな彼の様子を遠巻きに笑う声が耳に入った。

「なにあのオタク、キッモー」
「友達だって、マジウケルぅ」
「どう考えても隣のイケメンと釣り合ってないじゃん」
「てゆーか、あのオタク、なんで秋葉原に行かなかったの?なんでこんな所にいるの?来る所間違えちゃった?」

 彼女達の言葉に、俺は改めて今のアキラの格好を思い出した。

 か、顔は別にそこまで悪くないと思うんだ。……でも、やっぱりこいつダサいんだな…。
 今日のシャツもやっぱりチェックだし、少し長いズボンの裾を折ってるのもまたダサい。折られた布地はやっぱりと言うかチェックだし。高性能のカメラ付きのスマホがあるのに、なんで首にもカメラを提げて持って来ているのか理解に苦しむ。そもそも何故バッグがリュックサック一択なのか俺には解らない。リュックに刺さってる謎のポスターも……あー、うん。
 何はともあれ原宿に来る格好じゃない。
 多分今、一番この街でダサくて浮いてるのはコイツだ。
 実際俺も今、コイツと歩いてるのが少し……いや、結構恥ずかしい。
 左手には、なんかアニメの女の子の絵が描かれた紙袋まで下げてるし…。

―――でも、それでも俺はこいつの事が大好きなんだ。アキラは世界でたった一人しかいない、俺の大切な親友なんだ。

「るせーなブス!人のダチの事悪く言ってんじゃねぇよ!!こいつは俺の親友なんだ!何か文句あっか!?あ!?」
「え……やだ、なに?」
「行こ行こ…」

 ギロリと睨み付けて凄んで見せると、アキラの事をクスクス笑っていた女達はバラバラと蜘蛛の子が散る様に雑踏の中に消えて行った。

「シゲ…」

 振り返るとアキラは半泣きになっていたが、何だか俺も泣いてしまいそうだった。

「お前、馬鹿じゃねーの!?お前はともかく、俺はお前と友達やめた事なんかねぇよ!!」
「う、うん…」
「行くぞ馬鹿」

 妙に気恥ずかしくて、そのままポケットに手を突っ込んで歩き出す。
 アキラは慌てて追いかけて来た。
 しばらく無言で歩いたが、ふと横目で幼馴染の顔を盗み見すると何故か彼の顔が少し青ざめている。

「どうした?腹でも痛ぇのか?」
「し、シゲ……あ、あの」
「何?」
「お、俺、俺さ、BLは…BLは……無理だからな…?」
「ばっ!馬鹿かよテメー!!それは俺も同じだから!!」



 あっという間に日は暮れて、気が付いたら裏原宿ウラハラの街灯がボチボチと光り出した。
 水着は買った。
 服も買った。……俺がマシな服を選んでやったので、次出かける時は今日みたいな事もないだろう。多分。
 まあ、また誰かが何かイチャモン付けて来ても別に問題ない。こいつには俺がついてるし。

「これで今年の夏の準備はバッチリだな!」
「…………。」
「海、早く行きてぇな、マジ楽しみだわ!」
「…………。」
「打ち上げ花火もしような!沢山買い込んでさ、」
「…………。」
「アキラ?」
「え……あ、うん」

 今日一日一緒に居て改めて思ったが、やはりアキラは心ここにあらずと言った様子でぼーっとしている事が多かった。

「……あっちの世界が気になんのか?」

 駅に戻る道すがら。
 腕にかけたショップの袋をサッカーボールの様に蹴って遊んで歩きながら、聞いてみる。

「……そらな」
「俺もだよ、あっちの世界の事を思い出さない日はない」

 俺の言葉に、アキラは今にも泣きだしそうな顔でこちらを振り返った。

「あいつら、俺がいなくても大丈夫かな。親父みたいに腑抜けになって、抜け殻になってないかな?」
「アキラ…」


****


『———…アキラ、お前は元の世界に帰るんだ』

―――忘れない。

『うぬぼれるな、お前の代わりなんていくらでもいる。この僕が、お前の様な田舎くさい小国の姫を本気で相手にする訳がないだろう?……まさか、本気にしたのか?』

―――忘れる訳がない。

『エミリオ、俺は…、』
『さっさと帰れ!!お前の事なんか大嫌いだ!!』

 涙を千切りながら叫んで部屋を出て行ったあいつの顔。

―――忘れる事なんて、出来る訳がない。

 いつだって気が付けば向こうの事を、———…向こうに残して来た恋人達の事ばかり考えている。
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Siti Dara

Hi. I’m Designer of Blog Magic. I’m CEO/Founder of ThemeXpose. I’m Creative Art Director, Web Designer, UI/UX Designer, Interaction Designer, Industrial Designer, Web Developer, Business Enthusiast, StartUp Enthusiast, Speaker, Writer and Photographer. Inspired to make things looks better.

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