『Shirayukihime to 7 Nin no Koibito』to iu 18 kin Otomege Heroin ni Tenseishiteshimatta Ore ga Zenryoku de Oujitachi kara Nigeru Hanashi chapter 83

1・冷静と情熱の間で惑ってる
ギチギチギチ……ゲッゲッゲ…、
アオーン!

 あっと言う間に陽は落ちて、俺達は森の生き物達の声を聴きながら今夜の寝床の準備に取り掛かっていた。

「野営は久しぶりだな」
「そうですね。じゃあスノーちゃんには森で過ごす夜の基本を話すよ」
「お、おい!分からない事がったら僕に聞いても良いんだからな!」
「は、はい」

 二人を手伝いながら、ルーカスに森での夜の過ごし方についての指導を受ける。
 森での野営の方法について話す騎士の真剣なその顔は、俺の良く知る幼馴染シゲの物ではなく、この世界で何度も死線をかいくぐって来た男の物だった。
 そんな野性味あふれる大人の男の顔にキュンキュン言っている箱入り王女スノーホワイトちゃんに「やめろやめろコイツはヤリチンだ!でもって下村だ!」と俺がストップをかける。

 ルーカス曰く、森での夜は絶対に火を熾してはいけないのだと言う。
 火を熾すと、魔獣は寄ってこないが光に吸い寄せられる虫のように妖魔達が集まってくるのだとか。
 寝巻には着替えず普段着のまま就寝が基本。武器は手元に、貴重品と小分けにした食料を外套に包んで枕にし、何かあった時にすぐに持ち逃げ出来る様にとの事だった。

 森には魔物が苦手な匂いの樹液を出す木がある。
 昼間の内にその木を見付けて、その木の下で寝る様にと指導を受けた。
 火を使わない。木を見付ける。その二点を守る事で、森の夜での生存率がグンと高まるらしい。

「例えば俺達が今夜の寝床に選んだこの香木こうぼく白椛栴檀しらかばせんだんって樹だけど、白檀みたいな良い匂いがすっだろ?魔獣はこの匂いが苦手なんだ。もっとも妖魔辺りになると、効き目はあんましないみたいだがな」

 向こうの世界の寺院や線香くさい婆ちゃんの家を彷彿させるその特徴的な匂いは、木の幹に鼻を近づける事をせずともこちらまで届いていた。 
 この手の香木はいくつか種類があるらしく、その見分け方について教わったが、出来るならこの知識を使う機会がない事を願うのみだ。

「お守りの香りがするわ」
「正解。魔物避けのお守りには大体この手の香木が入ってる」
「なるほど…」
「魔物達は鼻は良いからこそこの木の近くには滅多に来ない。魔物達が凶暴化する紅い月の夜でない限り、香木さえ見つけておけば安全だ」

 空を見上げると蒼い月が満ちようとしている。――マナの祝祭日が近い。

「もし香木が見つからなかったらどうすれば良いのですか?」
「土や落ち葉を全身に被って、泥を肌に塗りつけたりして出来るだけ人の臭いを消す。香木でなくとも出来るだけ大きい木の下がいいな。そして火は絶対に熾さない」

 妖魔や魔獣は目がそんなに良くないらしい。なので出来るだけ大きな木の下で寝ると良いらしい。

「星月がある夜は自然と暗闇に目が慣れて来るからそれを待つ。人間、不思議なモンで暗い森の中にいると感覚が研ぎ澄まされるんだろうな。聴覚や嗅覚も優れて来るんだよ。何かが近づいて来たら割とすぐに判る様になる」

 感心してふむふむと頷いていると、エミリオ王子が半眼で突っ込みを入れる。

「スノーホワイト、あまり真剣にそいつの話を聞く必要はないぞ」
「えっ?」
「こいつやアミールの騎士の第六感は人間を越えている、普通は無理だ」
「…………。」

 言われてみれば。――…半分獣のヒルデベルトと、それと同等の強さを持つエリート騎士に出来る事がスノーホワイトに出来るか?と言われてみれば難しいだろう。

「では星月がない夜はどうすれば良いのですか?」
「早く陽が昇る様に天に祈るしかない。星月のない夜に魔獣に襲われたら流石に魔術の光なり、何かしらの灯りを出すしかないが、そうするとすぐに妖魔がやって来て生存確率が一気に低くなる。その時は速攻魔獣を倒して、光をその場に置いて全力で逃げろ」
「…………。」

 なんか……想像以上にハードだ…。
 と言うか、これ、普通の男でも……いや、普通の騎士でも無理だろ…。 

「ま、俺なら灯りがなくても魔獣くらい余裕で倒すけどな」

 改めて自分の恋人達のスペックの高さに関心する俺に、ルーカスがウインクを一つ投げてくる。

「安心しろよ、スノーちゃんの事は俺が守ってやるからさ。って事で、今夜はオニーサンが添い寝してあげるね?」

 「確かにその方が安全なのかもしれない…」と思い頷かけるが、背後で噴火寸前の活火山の様な形相になっているエミリオ王子の存在に気付く。
 俺は咳ばらいをすると話を戻す事にした。

「と、ところでルーカスさん。妖精ピクシーの光の羽などを灯りにするのはどうなのでしょう?」
「ああ、その手の自然光なら使っても妖魔はやってこない。スノーちゃんの知っての通りこの森の湖にも妖精ピクシーが出現する。蒼の月の夜限定だがね。ピクシーや蛍みたいに発光する虫を捕まえるか、洞窟に入って光苔を削いで持って歩くと言う手もあるっちゃあるんだが、……その辺りになるともう運の領域だよなぁ。今の俺達みたいに森の地図が頭に入ってるなら別だけどさ、大体の人間は森ン中で迷ったからこそ夜になっても里に出て来れない訳で」
「例えばの話ですが、私達の様にその森の地理を理解した人間が前もって光苔や妖精の羽根を用意して、計画的に森を渡ると言うのは可能なのでしょうか?」
「なしだな。光苔も洞窟や崖から剥いだ後は一晩で枯れて効力を失っちまう。ピクシーも人に捕まえればそう長くは生きられない。もって2,3日だ。そもそも人里離れた森の奥や危険な渓谷にでも行かないとどちらも手には入らない。一般人が事前に用意するのは不可能に近い」
「…………。」

 なるほど。となるとやはり現地調達、時の運と言う事になるらしい。

「じゃそろそろ飯にすっか。完全に陽が落ちる前に喰うぞ」

 ルーカスが荷物袋の中から取り出した黄色いその箱は、前世でお馴染みのカロローメイトを思い出す品だった。
 箱を開けてみると中も例に漏れず、二つの包みが入っており、それを開けるとショートブレッドと良く似た形のバランス栄養食が入っている。

 まさかこちらの世界にカロローメイトの類似商品があったとは。

「火がNGの森の飯は基本コレな」
「うおおおおお!懐かしいな!俺、これのベジタブル味とポテト味が大好きだったんだよ!!」

 エルヴァミトーレに渡された袋の中に沢山入っているカロローメイトもどきにテンションが上がる。

「確かに言われてみれば向こうのアレに似てるなぁ」
「俺が好きなフレーバーっていつも発売停止になっちゃうんだよなー、なんなのあのジンクス。メープル味も愛してたのに」
「俺はチーズとかチョコとか定番の奴が好きだったわ」
「ったく、僕の分からない話ばかりして…」

 三人で袋の中からカロローメイトもどきを取り出して、選び始める。

「おお!すんげー沢山種類あるじゃん!これ何味だ?」
「んー、確かそれはオムライス味かコンポタ味だった様な」
「アキラ、水を刺す様だが食べるなら1、2本にしておいた方が良いぞ。これは1本1000カロリーあるからな」
「げっ!向こうの10倍のカロリー!?」
「だってこれ、元々軍人用の携帯食料だもん。俺も新兵時代、カルルコルム山脈横断ン時に持たされたわ」
「え、あの山、横断しちゃうんだ…」

 暗闇の中、森の木々の間を突き抜けて、天まで届きそうなカルルコルム山脈を呆然と見上げる。

「リゲルブルクの軍事訓練は西の大陸一の厳しさって言われてるんだぜ? テストも超厳しくてよー、第一試験は終わりの山で二週間生き延びる事。第二試験はカルルコルム山脈で一カ月生き残る事。第三試験はあの山のてっぺんに自分の名前を書いた旗を刺して来る事。第三試験まで受かんねぇと、禁門府の近衛騎士にはなれねぇから皆必死よ」
「想像以上にハードな試験だな。絶対それ、死人出るだろ…」
「試験官がついてるから死人は滅多に出ないが、試験を受けに来た八割は第一試験で落ちる。残り一割も第二試験で落ちる。第三試験をくぐったエリート騎士がこの俺ね」

 「惚れ直してくれてもいいのよ?」と冗談めかした事を言うルーカスに、呆れ顔を作って見せながらも内心関心してしまう。
 ルーカスの話によるとカルルコルム山脈の高さはエベレスト並らしい。
 しかし酸素装備を持たずに山頂まで登れると言う話なので、恐らくだがこちらと向こうでは酸素の濃度等が違うのかもしれない。
 言われてみればだが、こちらの世界は向こうよりもやや体が軽い気がするのだ。
 確認がてら聞いてみるとシゲもそれは体感していたらしい。
 もしかしたらこちらとあちらでは重力も違うのかもしれないと言った話をしながら、サクサクとカロローメイトもどきを頬張った。

 向こうの世界の話を交えた話になると、エミリオ王子は必然的に会話に入る事が出来ない。
 その事を思い出してエミリオ王子の方を振り向くと、彼は明らかに不機嫌オーラを醸し出していた。

「お、美味しいですか、エミリオ様?」
「まずい」

 声を掛けると、彼はムスッとしたまま答える。

 緑色の携帯食料をもそもそ食べる主を見て、ルーカスが苦笑した。

「あちゃー、エミリオ様、グリーンピース味引いちゃったんですね」
「…………。」
「エミリオ様、グリーンピースがお嫌いなんですか?」
「…………。」
「うん、この人昔からグリーンピースは嫌いなんスよ」
「ルーカス!スノーホワイトの前で余計な事を言うな!」
「あ、サーセン」

 益々不機嫌オーラを纏う王子様に俺とルーカスは目を合わせる。

「エミリオ様」
「……なんだ」
「私のオムライス味の携帯食料と1本交換しませんか?」
「…………。もらう」

 なるほど。ムスッとした顔のまま俺の差し出した携帯食料を受け取る王子様に、こりゃツンツンされても兄ちゃんも構い倒したくなる訳だわと納得した。
 この王子様は何だかシゲの家の抱っこ嫌いのペルシャ猫のココちゃんに似てる。気位の高い女王様猫に「抱っこさせてあげてもいのよ?」と言われた様な、そんな謎の胸熱感があった。

「でもエミリオは偉いなー、嫌いな味でも残さないなんて」

 俺が苦手なフレーバーに当たったら、スノーホワイトちゃんモードを全開にしてシゲ辺りに押し付ける。

「馬鹿にするな、僕だって新兵修練基地マル・バーチンで兵役を積んでいる。それが民にとってどれだけ高価なものか理解している」
「これってそんなに高いの?」
「おう、一箱二千マルク」
「高っ!!」

 カロリーだけでなく値段も前世の10倍だったとは…。

「こっちは工場での大量生産が出来る向こうとは違う。一つ一つ手作りだからどうしても高くなっちまうんだよ」
「なるほどな…」
「だからまずくてもちゃんと味わって食べろよ、こっちだと軍人が戦争ン時位しか口に出来ない、高価なものなんだから」
「うん…」

 改めて、袋いっぱいにつめられた携帯食料を見て胸が痛くなった。
 一体何十万マルク分入っているのだろう。

(大切に食べなきゃ…)

「では今後の話ですが、国境軍と合流した後、彼等に事情を説明して私はヒルとリンゲインに戻ります。そしうて兵を募ろうと思っています。その間、エミリオ様とルーカスさんには国境を任せてよろしいでしょうか?」
「その為に僕達は来たんだ」
「おうよ。教皇国の軍が来たら、ゆっくり退却な」
「ええ、アポレッソ旧市街から援軍が来るのに、最短でも5日かかります。それまでどうか、ゆっくり後退して時間を稼いで下さい」


―――ミュルクヴィズの夜が静かに更けて行く。


****


 こちらも太陽が続いても戦いは続いていた。

「相手は一人だ、何を怯んでいる!!かかれ、こちらは1万の兵がいるんだ、負ける訳がない!!」
「ヒルデベルト……まさか、あいつは先の戦いでラミアルックを血で染めたと言う、リゲルブルクの王太子付きの騎士、血塗れ屍骸製造機ブラッディ・オートマチックか!?」
「ば、馬鹿を言え!!数ではこちらは圧倒的に有利なんだ!!攻めろ、攻めろ!!」

(流石に、そろそろ厳しいな…)

 青かったマントが赤黒く染まり、銀の甲冑が月の光を反射して鈍色に光る頃合いになると流石にヒルデベルトの息も上がっていた。
 剣の腕が立つ者がどんな高価な剣を振るったとしても、剣と言う物は血を吸い過ぎると使い物にならなくなる。――…それこそ血を吸わせれば吸わせる程切れ味の増す魔剣や妖剣と言われる物でもない限り。

 自分の剣はとうに捨てた。

 その後は拾った剣や奪った剣で戦いを続けていたが、欠けた刃の切っ先に気付いてヒルデベルトはそれを地面に捨てて、草原の中に入った。

ザッ!

「逃げたぞ!追え、追え!!」

 ボマーラ草原は背の高い草が多い。
 街道となっている路面以外は、大人の腰から頭程度の高さの草が生い茂っている。

「消えた!?どこだ」
「どこだ、出て来い!!」

 四本足の獣の姿になればおのずと頭身は低くなり、ここには身を隠す場所は沢山あった。
 息を殺し、気配を殺し、彼等の背後から忍び寄る。

「ぎゃああああああああああああああああ!!」
「後です、後軍に巨大な狼が現れました!!」
「クッ……なんだ!血塗れ屍骸製造機ブラッディ・オートマチックはビーストマスターだったのか!?」

―――ボマーラ草原のこの地形と夜闇がヒルデベルトに功をなした。

 あとは草の中から混乱に陥った軍を、端からジリジリと削って行くだけだった。

「いやだ、もう国に帰りたい!!」
「ここで帰れば恩賞は出ないぞ!!いいのか!?」
「くっそおおおおおおお!!」

(朝まで、何匹削れるかな…?)

 しかしそれでも朝陽が登れば勝機は薄くなる。

―――次第にヒルデベルトの中に焦りが生じ出したその時、

グルルルル…

(え…?)

 人の血と悲鳴に引き寄せられた魔獣達が、闇の森から群れをなしてやってきた。

「ひい!無理です!!魔獣です、魔獣の大群です!!」
「逃げろお!!」

 夜が明ける頃には、死亡者、負傷者、そして敗走した兵で教皇国の軍は1万を切っていた。

「撤退しましょう隊長!もう無理です!!」
「撤退したければすれば良い!!ミカエラ様に首を刎ねられる覚悟があるのならな!!」
「うう…もう無理だ…!!」
「お、おい、お前等!待て!!待つんだ!!」

 わずかに残った兵士達の士気はどんどん下がって行った。
 太陽が昇りきり、赤で染まり臓物で飾られた草原内にところ狭しと転がる同胞達の骸が日の下に晒されてしまえば、兵士達の恐れはピークに達した。

「化け物が相手だなんて聞いてない!!」
「もうこんなの嫌だ!!」

―――教皇国の軍はボマーラ草原から撤退した。


*****


 結局、その晩は魔物の類と遭遇する事もなく俺達は闇の森を出た。

「スノーホワイト!!良かった、無事だったんだ!!」
「ヒル!?」

 森を出て馬から降りた瞬間、弾丸の様な勢いでどこかからすっ飛んできたのはお馴染みワンコ騎士ことヒルデベルトだった。

「怪我はない?元気だった?昨日はちゃんと眠れた?俺がいなくて寂しくなかった?俺は君と離れててとっても寂しかった!」
「ヒルったら大袈裟ね、たった一晩離れていただけでしょう?」

 そのまま抱き上げられてクルクルと回りながら矢継ぎ早にそんな事を言われて、スノーホワイトの目元が緩む。

「あ、そうだ!悪い奴等なら俺が全部追い払ったよ!!」

「マジで!?」
「嘘だろう…?」

 ヒルデベルトの言葉に馬を繋いでいたエミリオ王子とルーカスが目を剥くが、まあ、ヒルデベルトのこの表情を見るに恐らくそれは事実だろう。
 たった一人でどうやって三万の軍勢を撤退させたかは謎だが、現に草原の向こうに目を凝らしてみても、教皇国の軍らしき物は見当たらない。

「ヒル、頑張ったのね」
「うん!」

 ヒルデベルト腕を離すとスノーホワイトの体が彼の胸の上へと落ちる。
 そのまましっかり抱き留められ、犬がスンスン匂いを嗅ぐみたいに首元に顔を埋められて、くすぐったさに笑ってしまう。

「もう、なんなのさっきから」

 今日のヒルデベルトはいつもに増して甘えただ。
 「仕方ないなぁ」と思いながら頭を撫でてやると、ヒルデベルトは顔を上げてえへへと笑う。
 俺達の間を甘ったるい空気が流れだす。

「ご褒美のキスして?」
「えっ、今ここで?」
「うん!今ここで!」

 ごほん!ごほん!とエミリオ王子がわざとらしい咳ばらいをするが、相手はヒルデベルトだ。
 空気は読めているがあえて読まないふりをする事もあるご主人様の方と違って、こいつの場合は純粋に空気が読めていない。

―――しかし、

「たった一人で三万の軍を」
「夜見回りに行った兵の話だと、魔物達を自在に使ったと言う話だぞ…」

 流石のヒルデベルトも、こちらを遠巻きに見守る国境軍の嫌な空気には気付いたらしい。

 気まずそうな顔でスノーホワイトの体から離れると、ヒルデベルトは後頭を掻きながら昨夜の事を説明する。

「あー…あのさ、途中で血の臭いに釣られた魔物達が森から出てきたんだよ。それもあって兵は二万くらい削れた。残り1万弱は退却したけど、多分半分くらいはあとで来る援軍と混じってまた戻ってくるんじゃないかな」

 それにしても充分過ぎる成果だ。
 俺達の後で「なるほど、だから昨晩森に魔獣が少なかったって訳か」と言ってルーカスがポン!と手を叩く。

 そんなこんなをやっていると、遠巻きにこちらを見守るだけだった国境軍の中から下っ端の兵士らしき男達が何人かやってきた。

「お前等もこの化け物の仲間か?」
「森から出て来たし、人妖か何かか?」

 その言葉にエミリオ王子は眉を吊り上げると、鋭い声で一喝する。

「無礼者!」
「なんだ、この坊やは」
「この僕の顔を知らんとはとんだ国賊だな、名を名乗れ。いや、お前の上司の名前を言え」
「はあ?なんだこの偉そうな坊ちゃんは」

 不遜な態度で腕を組む王子様を胡散臭そうな目で見つめる兵士達の間に、ルーカスがしゃしゃり出る。

「静まれ静まれーい!この印籠が眼に入らぬか!此方におわす方をどなたと心得る!畏れ多くも先の副将軍、エミリオ・バイエ・バシュラール・テニエ・フォン・リゲルブルク殿下にあらせられるぞ!!」

 エミリオ王子はルーカスの言葉に、腰に手を当て胸を反らすと得意げな顔でフンと鼻を鳴らすが、自分の騎士の台詞がおかしい事に気付いたらしく「僕は副将軍ではないのだが…」とごもっともな突っ込みを入れる。

「御老公の御前である!頭が高い!控え居ろう、控え居ろう!」
「おいルーカス、僕はまだ御老公などと呼ばれる様な年ではないぞ」

 この場で唯一水戸の黄門様ネタが通じる俺は、どんな顔をして良いのか判らない…。

 ルーカスが兵士達の前に掲げたのは印籠ではなく、自分の詰襟に付けられていた盾の形のバッチだった。

「はあ?エミリオ王子殿下がこんな所にいる訳が…、」
「ま、待て。その盾のバッチは禁門府の王室警護の物じゃなのか……?」
「そんなまさか!」
「しかし、水の女神が描かれた濃紺色の盾のこの紋章は、王族付きの騎士しか持てないと言う…、」
「ま、まさか」

「そのまさかだ、頭が高いぞ下郎ども」

 王子様の言葉に、紙の様に青ざめた兵士達は一斉に地面に跪く。

「僕の顔も知らん様な下っ端は知らん顔なのだろうが、お前等が化け物と言っていたコレは、兄のアミール付きの騎士だ」
「殿下でしたか!!数々のご無礼、どうかお許し下さい!!」
「エミリオ様が!!エミリオ様がいらっしゃったぞ!!禁門府の騎士の方々も一緒だ!!」
「お前等、集まれ!!エミリオ様がいらっしゃったぞ!!」

 ほっと一息付くヒルデベルトに「おまいもちゃんとバッチつけとけよ」とルーカスが耳打ちするが、恐らく獣化した時にどこかに落としたのだろう。

 リンゲインの兵達の様子に、リゲルブルクの兵士達の間にも動揺が走る。

 あっと言う間に俺達の前に1万のリゲルブルクの兵士達が整列した。

「エミリオ王子殿下に敬礼!」
「敬礼!!」

 一糸乱れぬ鮮やかな敬礼を見せる軍隊に、リゲルの王室人気を改めて再認識する。

 近年、中々王子が産まれなかったと言う王室の事情から、アミール王子とエミリオの誕生には民達は文字通り踊り狂い、涙を流して喜んだと聞く。毎年彼等の生誕祭は民達もそれはそれは派手にやるらしい。

 今国がこんな事になっていても、彼等が民に敬愛されていると言う事実は変わらないらしい。

 チクリと胸が痛むのは、エミリオ王子への軽い羨望か。
 リゲルの軍隊の隣に釣られる様にして、戸惑いがちに整列した自国の兵達の様子を見つめる。
 自分スノーホワイトもまだ彼の様に民に愛されているのだろうか?今の今までリンゲインの国政に携わった事もなかった小娘の自分が立ち上がったとしても、ついて来てくれる兵など存在するのだろうか?

(お父様…、何故亡くなってしまったの?)

 その時、所在無げにエミリオ王子の後で俯くスノーホワイトの存在に兵士達が気付き出す。

「あれは姫様ではないか?」
「姫様!!何故この様な所に!?」

 リンゲインの国境軍の責任者らしき初老の男がスノーホワイトの前に来る。

「姫殿下、一体今までどちらにおられたのですか?姫殿下が消えたと言うので、それはそれは城内城下国中大騒ぎで…」
「ええっと、」

 「継母に森へ…」と正直に言いかけるが、リディアンネルの中身がアキと知った以上、あまり彼女に対しての反感を煽る様な事を言うべきではない。

(何て言えば良い…?)

「姫殿下?」

 頭の中が真っ白になった。 

 国政の事など何も教えてくれずに、早くに亡くなった両親を責めたい気持ちで胸がいっぱいになる。

 スノーホワイトは、リンゲインの血くらいしか持っていない。

(―――…いいえ、そんな事ないわ…)

 ふと、自分があの森の生活で沢山の事を学んだ事を思い出す。
 様々な分野のプロフェッショナルが揃った、やたらとスペックが高い7人の恋人達とスノーホワイトが過ごした日々で吸収した物は決して少なくはない。

(自信を持とう、私にだってきっと出来るはず)

「わ、私は…」

 その時、エミリオ王子と目が合った。
 そのその力強い瞳は、お前なら絶対に出来ると言っていた。

 彼に一つ頷いて返すと、覚悟を決めて一歩前に出る。

「心配をおかけしてしまい申訳ありませんでした。教皇国の目もあり、私は隠密に行動するしかなかったのです」

 1万5千人の視線が自分の集まっているのを肌で感じながら、バクバクうるさい心臓に気づかないふりをして声を張り上げる。

「リンゲインに教皇国の魔の手が迫っています!!昨晩こちらの騎士様が奇跡的な剣術で3万の兵を追い返してくれましたが、残りの1万と、5万の主力部隊がすぐにやってきます…!!」

ザワッ!!

「そんな、嘘だろう…?」
「5万、いや、6万の軍からどうやって国境を守れば良いんだ…!?」

 想像通り兵士達はざわめき出した。

「私はリンゲインの王女として、単身リゲルブルクに赴き、軍隊を貸して欲しいと嘆願して参りました!次期国王陛下のアミール王太殿下は、私に10万の兵を貸してくれると約束して下さいました…!!」

「10万も!?こりゃたまげた!」
「しかし、本当なのか…?」
「アミール様は王位継承権を剥奪され、国を追放されたと言う話だろう?」

 半信半疑と言った兵士達の反応、ここまでは俺達の予想通りだ。

「アミール王太子殿下は諸事情により、こちらへは来る事は出来ませんでした。しかし彼の命により、エミリオ王子殿下が指揮官として私と国境へ赴いて下さったのです!!」

 エミリオ王子の方を振り返ると、彼は無言で頷いた。
 兵士達のざわめきが止み、不気味な沈黙が国境に満ちる中、エミリオ王子は列の先頭に立っている兵士の前までスタスタと歩いて行った。
 何をするのかと思えば兵士が持っていた大きな国旗を奪って俺の隣まで戻ってくると、彼は棒の先をザッ!と勢い良く大地に突き刺した。

ザアアアアッ!

 右手にある海岸からボマーラ草原へ、スノーホワイトの足元がよろける程強い風が吹き付ける。

「リンゲインの正式な要請を受け、この私、エミリオ・バイエ・バシュラール・テニエ・フォン・リゲルブルクが国境軍の指揮官として派遣された!――…恥ずかしい話だが、皆の知っての通り我が国は今乱れている」

 エミリオ王子の白い軍服と、彼が手に握る水の女神が描かれたリゲルブルクの脳紺色の国旗がバサバサと潮風にたなびく。

「しかしそんな切迫した状況下でも、長きに渡る友好国の危機を見逃す事は出来ない!誇り高きディートフリート・リゲルの末裔として、かつての侵略の歴史を看過する事は出来ない!父上も兄上も関係ない、ここに来たのは僕の独断だ!!」

 その場にいる誰もが食い入る様にエミリオ王子に見入っていた。

(僕の独断とか言っちゃったよ…)

 俺達も当初予定としていた物と、全く違う事を言い出した王子様に度肝を抜かしていた。

「気高きリゲルの戦士達よ、僕についてこい!!カルヴァリオの次の狙いはうちだ!!リンゲインを守るんだ!!リンゲインと共にこの国難に立ち向かうぞ!!」

 不気味な静寂に、天に祈るような気持ちになる。

(駄目か…?)

 やはり駄目なのだろうか?
 何故ならこれは、ラインハルト国王陛下の正式な命令ではないのだ。

―――次の瞬間、

オオオオオオオオオオオオオオ!!!!!

 一瞬遅れて辺りに響き渡った耳を劈く兵士達の鯨波に、腰が抜けそうになった。

(や、やった…!?)

「よっと、大丈夫かいスノーちゃん」
「スノーホワイト、立てる?」
「う、うん」

 フンと鼻を鳴らしながら「次はお前の番だ」と言いたげな目でこちらを振り返るエミリオ王子に、俺は大きく深呼吸した。

「私は……この国の王女としてリンゲインを守りたい」

 吐いた息と共に口から零れたその言葉は、紛れもない本音だった。

 胸に渦巻いて行く熱い炎は、ロードルト・リンゲインがかつて勝ち取った独立権をまたしても奪い返そうとしている侵略国家へ対しての怒りなのかもしれない。
 リンゲインの王女であるスノーホワイトは、かつて自国が教皇国に支配されていた時代の悲劇を、この場にいる他の誰よりも詳しく知っている。
 これはリンゲインの王女としての、スノーホワイトの怒りなのかもしれない。
 そして何度も戦争を繰り返す人類に対してのやるせなさも含まれているのかもしれない。

「侵略の歴史を、暴君の横暴を、理不尽な搾取を、屈辱を、痛みを、涙を思い出して下さい!私達は愛する者達を守る為に、今一度立ち上がらなければなりません…!!」

 目に少しずつ溜まっていく涙を零さないように顎を上げて、歯を食いしばる。

「祖ロードルト=リンゲインが教皇国から勝ち取った独立は、自由は、未来も、希望だって! 私達が今、戦わなければ守れない…!!」

 この時、俺――…いや、スノーホワイトの緊張はすっかり消えていた。

「勇敢な兵士の皆さん、どうか私に力を貸してください!! 私達の愛する国を、リンゲインを一緒に守りましょう……!!」

オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!

 兵士達のその巨大な歓声に、またしても腰が抜けそうになる。

「リンゲイン万歳!スノーホワイト姫殿下万歳!!」
「太陽王に光りあれ!!」
「紅鏡の姫に栄光を!!」

―――まだ、スノーホワイトは彼等にリンゲインの王女として認められていたのだ。

 国境軍の士気が高まる中、ついに零れてしまった涙を拭っていると、エミリオ王子にポンと背中を叩かれた。

「良くやった。まさかお前が兵の士気の鼓舞まで得意としているとは思わなかった」
「いいえ、あなたが私に見本を見せてくださったからだわ」
「そんな事はない、これはお前の実力だ。流石は僕の見込んだ女だ」
「エミリオ様…」

 純粋な感謝の気持ちと、兵士達の前でのプロモーションの意味も兼ねて王子様に手を差し出すと、彼は少し戸惑った後、スノーホワイトの手を固く握り返してくれた。
 双国のうら若き指導者が改めて見せる友好表明に、兵士達の雄叫びの様な声が更に昂揚して行く。

 まさに大船に乗った気分だった。

 きっとすべてが上手く行く。
 勝つのは絶対に俺達だ。負ける訳がない。――…俺だけじゃない。きっとこの時、この場にいる誰もがそう思っていただろう。

「エミリオ、マジでありがとな。お前が来てくれて本当に良かった」
「か、勘違いするなよ!僕は別にお前の為にここに来た訳ではない、僕はリゲルブルクの王子として友好国の危機を見過ごす事が出来なかっただけで!!」
「うん、分かってる。それでも助かったよ、本当にありがとう」
「その顔、絶対判ってないだろう!!」
「うん」

 兵士達の大歓声の中、俺達がしていた会話と言えばそんな間の抜けた物だった。
 赤い頬を掻き、虚空を見上げながら王子様は咳払いをする。

「ま、まあ、……今回だけなら、勘違いしても良いぞ」
「ん?」
「お前の事は、僕が守ってやる」
「期待してるぜ王子様」
「ああ、この命に懸けて」

 茶化した返しに真顔で頷かれてしまい、今度は俺が困ってしまう番だった。

「えっと…、」

 真正面にある真剣なその瞳に、返答につまる。

 大歓声の中、エミリオ王子と握手をしたまま見つめあい、その微妙な沈黙に俺が戸惑っていたその時の事だ。

 綺麗に整列した兵士達の後方が何やらやかましい。
 異変を感じて前列の兵士達も、そして俺達も誰もそちらを振り返る。

「姫殿下だ、姫殿下がいらっしゃるぞ!!」
「姫様!ご無事だったのですか!?」
「じいや、皆、何故ここに…?」

 列を割って現れたのは、スノーホワイトが良く見知った顔の――シャンティエルゴーダの城の住人達だった。
 皆煤汚れた姿で、大きな鞄を手に持ち風呂敷を背負っている。

 彼等は転がる様に俺達の前まで来ると、涙を流しながら語りだす。

「姫様、シャンティエルゴーダを守る事が出来ずすみませんでした!」
「バルジャジーアです!バルジャジーアが休戦協定を破ったのです!!」

(え…?)

「光が、光が城中に溢れて!」
「その後化け物が現れて、城の中が滅茶苦茶に!!」

 その光と化け物が妖狐とアキの使い魔だと判らない俺達は、ただ茫然と彼等の話を聞くことしか出来なかった。
 しかしメイド達のこの言葉に、俺達は大体の事情を把握する。

「お妃様も消えてしまわれたんです!」
「きっとお妃様はあの化物に…!!」

 なるほど。恐らくその光と化物と言うのがアキを連れ去った妖狐か、もしくはあの使い魔辺りなのだろう。

「その後、すぐにバルジャジーアの鉄鋼船がシャンティエルダ湾に上陸したのです!!」
「5万です、5万の大軍です!!あっと言う間に城は落とされて…、」
「きっとあの光も化物もバルジャジーアの仕業だ!なんて汚い奴等なんだ!!」

 泣き崩れる女官の肩を抱きながら、スノーホワイトは励ます様に明るい声を出す。

「皆、大丈夫よ、安心して。きっとすぐにシャンティエルゴーダは取り戻せるわ、お義母様もきっと無事よ!何故なら今からリゲルブルクから10万の援軍が…、」

 そこまで言いかけて、ハッと口を噤む。

 今、このタイミングでバルジャジーアが休戦協定を破ったのは何故か。
 それを考えるとおのずと全てが見えてくる。

―――バルジャジーアが協定を破ったのはリンゲインだけではない。

「バルジャジーアの真の狙いはリンゲインじゃない、リゲルブルクだわ…」

 俺の言葉に状況を理解したらしいエミリオ王子とルーカスの顔色が変わった。
 バルジャジーアの本軍は今、恐らくリゲルブルクに向かっている。
 教皇国とバルジャジーアが協定を結んだのなら、バルジャジーアは教皇国の植民地である西デリマを北上し、既にリゲルブルクの国境に入っている可能性が高い。

 西デリマとの国境が破られた場合、とても良い位置に10万の大軍がいる。――…そう、昨日まで旧アポレッソ旧市街に待機していた10万の軍。今、終わりの山に向かっている最中の10万の軍だ。

(援軍は、来ない…)

 想像を絶する絶望的な状況に、乾いた笑いが漏れた。

(アミールはきっと、軍を撤退させてバルジャジーアにあてる)

 あの王子様は感情に左右される事もなく、私情に流される事もなく、いつだって冷静に物事を見通す事が出来る根っからの為政者だ。
 あの王子様はスノーホワイトの恋人である前にリゲルブルクの第一王子だ。大国リゲルブルクの次期国王陛下となる為に、彼が長年積み上げて来た物がある事を俺も知っている。

 あの森での生活で、あの王子様はいつだってスノーホワイトに優しかった。
 彼のその言動は全てが甘ったるくて、俺を砂糖まみれにして砂糖漬けにするのが目的なのかと疑がってしまうくらい、甘くて甘い王子様だった。

―――しかし彼は一皮剥けば恐ろしい程冷徹で、理知的で、合理的で、時に非情なまでに無慈悲な王者となり果てる。


*****


―――サンクルトゲッテンダルクの洞窟にて。

「リンゲインが落ちた…」
「バルジャジーアが教皇国に寝返った、だと…?」
「どうやって教皇国は剣王を味方に引き入れたのだ?」
「今それを考えてもどうにもならん!今は対策を!」

 諜報員の知らせに、洞窟内のメンバーに緊張が走る。

(まさかミカエラが剣王と12剣聖までを動かすとは…)

 解放軍レジスタンスの重鎮達が混乱する中、アミール王子は椅子から立ち上がる。

「終わりの山に向かっている部隊に大至急伝令を出せ。今すぐ引き返し、西デリマの国境を突破したバルジャジーア軍にあたる様にと」
「は、はい!畏まりました!!」

ガタン、

 彼がテキパキと部下達に指示を出す中、ゆらりと立ち上がった大男は――この場で唯一のリンゲインの人間、メルヒだった。

「小僧、貴様!……リンゲインを、姫様を見捨てるつもりか…!?」

 普段は表情の乏しい大男のその鬼神の様な表情に、本来ならばアミール王子を守るはずの兵士達も圧倒されて動けない。
 アミール王子は自分の胸倉を掴み上げ、罵声を浴びせる大男を恐ろしい程冷たい目線で一瞥した。

「だったら何だ?」
「貴様…!!」

 一触即発の空気に、ただでさえ冷たい洞窟内の空気が肌を刺す棘の様な質感に変化する。

 誰も動かなかった。
 洞窟内空気どころか、時間までもが凍りついたようだった
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Siti Dara

Hi. I’m Designer of Blog Magic. I’m CEO/Founder of ThemeXpose. I’m Creative Art Director, Web Designer, UI/UX Designer, Interaction Designer, Industrial Designer, Web Developer, Business Enthusiast, StartUp Enthusiast, Speaker, Writer and Photographer. Inspired to make things looks better.

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