『Shirayukihime to 7 Nin no Koibito』to iu 18 kin Otomege Heroin ni Tenseishiteshimatta Ore ga Zenryoku de Oujitachi kara Nigeru Hanashi chapter 84
「小僧!……姫様を守ると言う約束はどうした!」
「リンゲインと共倒れになってしまっては助ける物も助けられない」
「貴様!」
珍しく声を荒げる大男に、アミール王子は冷静な口調で返す。
「貴殿に約束する、私が必ずリンゲインを取り戻そう。……ただ、まずは城を取り戻し、リゲルブルクを守り切らなければリンゲインを守る事も出来ない。メルヒ殿、どうか解ってくれ」
「…………。」
男はその無機質な瞳で値踏みする様に、正面のアミール王子の蒼い瞳を見つめた。
ややあって。――メルヒはアミール王子の胸倉から手を放すと、猟銃を肩に担いで彼等に背を向ける。
「小僧。姫様にもしもの事があったら、ただでは済まないからな。覚悟しておけ」
バタン!
メルヒはいささか乱暴に扉を閉めて部屋を出て行った。
「ふう、参ったね」と苦笑混じりに肩の骨を鳴らす王太子殿下に、石の様に固まっていた兵士達が立ち上がった。
「あの男!アミール様になんたる事を!」
「不敬だ!不敬だ!!今すぐ首を叩き斬れ!!」
「王子!あんな素性の知れない男は追い出すべきです!!」
「アミール様!後生です、今すぐあの男の首を落とす許可を私に!!」
「いいよいいよ、”無慈悲な銃火クルーエル・ガンファイア”殿には頼んでいる仕事があるし」
「しかし!!」
部下達の懐かしい反応に、アミール王子は城での暮らしを思い出した。
同時にあの森での暮らしを思い出す。いつしか自分の身分などを全く気にしなくなった気のおけない仲間達と、伸び伸びと暮らしていたあの時間は今思えばとても貴重な物だった。
(もう私には生涯、あの様な時間は訪れないのだろうな…)
そう思うと、少し寂しく思えるのは何故だろう。
「彼とは同じ釜の飯を食べた仲だ、ある程度の不作法は見逃してやってくれ」
「アミール様…!なんと寛大な!!」
「流石はアミール様です!ああ、やはり次期国王はあなた以外にありえない…!!」
アミール王子は首を回し、肩の骨をコキコキ鳴らしながら、感動の涙を抑え切れていない部下達に指示を与える。
「遠征軍には今すぐに引き返すように。今から引き返せばアポレッソ旧市街でバルジャジーアの部隊とぶつかるはずだ。旧市街に残った家屋で待ち伏せし、奇襲をかけ、ゲリラ戦を展開。指揮は、あー……リュディガー侯爵の倅がいたな、あれにやらせろ」
「し、しかしエマーソン少尉は長年フロリアナ派で対立してきた派閥のメンバーです!」
「私は敵でも味方でも使える者は使う主義でね」
「お…おお!流石はアミール様です!」
部下達が慌ただしく部屋を出ていく。
イルミナートと二人きりになるとアミール王子は大きな溜息を付いた。
「疲れた。……イルミ、私の肩を揉んで労わってくれても構わないよ?」
「ほざけ抜け作」
「ああ、うちの宰相殿はなんて冷たい男だろう」
演技かかった仕草でよよよと泣き崩れる真似をするアミール王子の前に、何だかんだ言いながらもイルミナートは自分のついでに煎れたインスタントコーヒーのカップを置いた。
それを見た王子様の顔がパアア!と輝く。
「おや、これは珍しい。毒でも入っているのかな?」
「文句があるのなら飲まなくてもいいですよ」
「そうは言っていないだろう。ありがとう、イルミ」
熱湯で作ったコーヒーを口に含み、あちあちと言いながらカップから口を放すアミール王子を見て、イルミナートは小気味良さそうに笑いながら自分のカップを卓上に置いた。
「奇跡的にエマーソンが戦勝を挙げ帰国しても”無慈悲な銃火クルーエル・ガンファイア”の銃口が待ち構えていると言う事だろう、相変わらずだな」
「まさか、私はそんな非道な男ではないよ。彼にまだ貴族の義務ノーブレス・オブリージュの精神があり、自国の為に戦うと言う気概があるのならば生かしてやっても構わないと思っている。エマーソンが一人で王都に逃げ帰ってきた時は、”無慈悲な銃火クルーエル・ガンファイア”殿に任せるつもりだが」
「あまり心配していないようだな」
「ん? これでも西デリマの国境付近の村々の事なら心配はしているよ、バルジャジーアの12剣聖は気が荒い奴が多いからね」
はあ、と溜息を付きながらカップの白い湯気を見つめる王子は、妖狐ホナミが来る以前に自分達に辛酸をなめさせたあのバルジャジーア戦を思い出しているのかもしれない。
あの戦いは酷かった。――…何たって、生存者はたったの一人しかいなかったのだから。
「違う、リンゲインの事だ」
スノーホワイトと言って彼女の名前を出さないのはイルミナートらしいと言えばらしかった。
苦笑を浮かべながらアミール王子はコーヒーカップから沸き立つ湯気からイルミナートに目線を上げる。
「イルミ。私はね、実はスノーホワイトの事ならそんなに心配していないんだ」
「ほう?」
「なんたって彼女にはうちのNO1とNO2の騎士をつけているんだ。我が国最強の騎士にまで成長したヒルデベルトに、あのバルジャジーア戦でただ一人生還した黒炎の騎士ルーカス・セレスティン。あの二人をつけていて死ぬ事はないだろう」
「それでももしもの事があったらどうする」
「うーん、その時は二人ともコレかな」
爽やかな笑顔で自分の首元に指で横線を引き、首チョンパのジェスチャーを見せる王子に、イルミナートは半眼になる。
この王子が言うのならクビではなく首を斬りおとす方だろう。
「もし私が心配しているのだとしたら、この危機にスノーホワイトの心が私の可愛い弟や、あの騎士達のどちらかに奪われないかと言う事だよ。案外、吊り橋効果と言う奴は馬鹿に出来ないからねぇ」
頬杖を付きながら憂鬱そうに溜息を付き地図を眺めるアミール王子を見て、イルミナートは「このドーピーが」と舌打ちしながら椅子に座り直す。
アミール王子は先程諜報員が持って来た報告書を捲るイルミナートをしばらく無言で眺めていたが、ふと何か思い出したらしく目に角を立てる。
「それよりもイルミ、これはどういう事だ。剣王デュランが教皇国に寝返るなど想定外もいい所だ、剣王に一体何があった」
「まあ、何かしらあったんでしょうね」
「そんな答えで私が納得するとでも思っているのか? お前は常々こちらから攻めない限り、絶対にバルジャジーアはうちに手を出して来ないと言っていただろう」
目線だけでなく口調も厳しくなったアミール王子に、イルミナートは溜息混じりに報告書をテーブルの上にバサリと捨てる。
「アミール、この程度の事で一々目くじらを立てるな。今回バルジャジーアは、教皇国の手前『リゲルブルクに攻め入った』という既成事実が欲しかっただけだ。少し暴れたらすぐに撤退するに決まっている」
「その根拠は?」
「西デリマを突破した軍の数がほんのおふざけ程度でしょう、たったの3万です。バルジャジーアが本気でうちと戦争やるつもりならば最低30、いや40万は兵を出してくる。バルジャジーアが本気ではないのは、兵の数を見ればすぐに判るだろう」
「この後追加で軍隊が派遣される可能性だってあるだろう」
「ありえない」
「何故そう言い切れる?」
「デンマーズ知的探求国との国境に配置されている軍に動きがない。バルジャジーアが本気ならばまず、知的探求国との因縁のアドビス神聖国にまず援軍要請を出し、知的探求国に奇襲をかけられないように抑えさせる。諜報員に張らせていたが、バルジャジーアとアドビスとの要人が接触した形跡はない」
「お前がそこまで言い切るんだ、他にも何か根拠があるのだろう?」
「例え他に何かあったとしても王子には言いたくありませんね」
「リンゲインと西デリマの国境が落ちたのはお前の責だ、言え」
二人はしばし睨み合いを続ける。
今回ばかりは後ろめたい部分があったのか、視線を先に反らしたのはイルミナートだった。
「――――…ラインハルト国王陛下の出生の話になります」
「はあ?私の父なら子爵アルトマイアー家の出だが……」
「……それがまずおかしい。今以上に血統主義でギチギチに縛られていた当時のリゲル王室が、近親婚で血が濃くなったからと言って子爵家なんて下級貴族の血を入れる訳がない。当時のアルトマイヤーには、故ルドルフ国王陛下が血を交えても良いと思える高貴の血が混ざっていたと考えるべきだ」
「それがバルジャジーア筋の何かだと?」
「ええ、先日貴方に陛下が『冥府の刃』を持っていると聞いて確信しましたよ。陛下は、――…いえ、アミール様もバルジャジーアの裏剣王の血を引いておいでだ。そして陛下の祖父であらせられるヘルムフリート殿が、当時バルジャジーアから亡命したと言われている、裏剣王ヘルムートだと私は考えている」
バルジャジーア剣聖国とは少し変わった国で、昔から剣王と裏剣王と呼ばれる二人の王が存在する。
しかし今から100年近く前に裏剣王が国を去り、裏剣王の玉座は空白のままだと言う。
剣王も民も未だ裏剣王の帰国を待ち望んでいると言う話だが…。
(確かにバルジャジーアにも『神の石』が一つあり、それが裏剣王の王の証だと話には聞いていたが…)
「父なら何かしら掴んでいたんでしょうが…」と憂鬱そうに零すと、イルミナートは指で眉間のブリッジを押し上げて眼鏡を直しながら嘆息した。
「ピエサル帝国に援軍の申請を出しました。私達は毎年ローズヴェルドからピエサルに流れてくる難民問題に巨額な資金を提供している。ウガルテ国王も恐らく断りはしないでしょう」
アミール王子と言えば、テーブルの上で頬杖をつき、鼻の下にペンを乗せて遊ばせて宰相の報告を聞き流しながら、「ならば父から冥府奪ってバルジャジーアに赴き、剣王さえ討てばあの国はうちの属国になるのだろうか?」などと腹黒い事を考えていた。
「聞いていますか、アミール様」
「ん?ああ、聞いてるよ。財布の紐が固いウガルテ殿は一体何万の兵を出してくれるだろうな」
「幸い季節は夏です。冬期の食糧援助と難民問題の資金の打ち切りも匂わせておいたので、あのケチでも5万は出すでしょう。10万貸せと吹っかけておいたので」
「あの国はうちだけでなくアドビス神聖国からも多額の資金援助を受けているからねぇ、うちからの援助が途絶えてもさほど困らないだろう」
「それでも金は金です。ないよりはあった方が良い」
「金かー、金と言えばホナミが来てからうちも大分厳しいんだよねぇ」
アミール王子は大袈裟な溜息を付くと、学生時代にアガルマーダ鉄鉱山を買い占め、製鉄会社を立ち上げて一財成した自国の伯爵家の当主をチラッチラと横目で見る。
「はあ、戦争続きでうちの国庫も心もとないな…。どこかの心優しい貴公子が私に200億程貸してはくれないだろうか、無利子無担保無期限催促なしで」
「おや。貧しい時代も民草の心に寄り添い”襤褸を着ても心は錦を”と清貧さの美徳を説いて来られたと言う、偉大にして崇高なディートフリート・リゲルの精神を受け継ぐ我らがアミール王太子殿下が、阿漕な成り上がり貴族の汚い金に興味があったとは意外ですねぇ」
「汚くても金は金だ、ないよりはあった方が良い」
「お前にくれてやる金はない」
冷たく一蹴された王子は口元に皮肉めいた微笑を湛える。
「はあ、誰かのせいでリンゲインの民は今年の冬は厳しいだろうなぁ、民が苦しければ心優しいあの子もおのずと苦しむ事になるだろう」
「お前にくれてやる金はないが、――私はこの戦いが終わったら、復興支援を名目に50億ほどリンゲインに用立てしようと思っています」
「おや、珍しい事もあるものだな、明日は雪かな」
気前の良い男の話に、アミール王子はひゅうと口笛を吹いて茶化すが――、
「代わりと言っては何ですが、担保にリンゲインの姫君の身一つをいただく予定ですが」
吹っ掛けて乗せてやるつもりが、想定外の返しが来てアミール王子の目の色が変わった。
「では、私はやる事がありますので」
してやったりと言った顔で笑いながら部屋を出ていく伯爵家の当主に、アミール王子は椅子の背もたれを倒して天井を仰いだ。
「これは戦いが終わった後、もう一悶着ありそうだな」
ぼやきながらも考えるのは愛しの姫君の事だ。
(―――ヒル、ルーカス、エミリオ、……私の愛しの姫君スノーホワイトの事をどうか頼んだよ)
******
(援軍は、来ない…)
スノーホワイトの聡明な頭脳が高速回転する。
今動けるのはリゲルブルクの一万の兵と自国の国境部隊五千の兵だ。
最悪リゲルブルクの一万の部隊には撤退命令が出る可能性もある。
今シャンティエルゴーダに戻ったとしても、バルジャジーアの占領下で兵を募るのは不可能だろう。
(どうする…?)
不幸中の幸いというべきか、リンゲインの国民はリゲルブルクの民と違ってそこまで愛国心が高くない。
恐らくこれがリゲルブルクだったら女子供も斧や鍬などの農具を持って立ち上がるのだろうが、リンゲインの民達は良くも悪くもおっとりしている。
そう言った意味で言ってしまうと、継母に虐げられても仕返しもせずにただ王子様の迎えを待つスノーホワイトは、とてもリンゲインらしいお姫様だった。これがリゲルブルクのお姫様だったら、継母の暗殺計画でも企んでいたはずだ。
(始祖様が今の私やリンゲインを見たら、嘆き悲しむでしょうね…)
ふと自国の現状と、この国の王女らしい事を何一つしてこなかった自分に自嘲気味の笑みが浮かんだ。
現実問題、リンゲインはリゲルブルクに見捨てられてしまえ終わってしまうと言う体たらくぶりだ。リンゲインは敵国が攻めてきた時の備えを何もして来なかった。
しょっちゅう戦いの火花を散らしているリゲルブルクと違い、リンゲインには毎年春時ボマーラ草原から馬賊が攻めてくるくらいで、それはそれは平和なものだった。その馬賊ですら近年は顔を出さない。
その平和過ぎる環境が、良くも悪くも自分達から牙と自衛意識を奪ってしまったのかもしれない。
シャンティエルゴーダに残されている民達も、きっとバルジャジーアの占領軍に刃向かおうとはしないだろう。
毎年冬を越すのに命懸けと言う貧しいお国柄、民達は自分達の生活さえ変わらなければ、統治者が変わっても反乱を起こそうともしないだろう。
民が言う事を聞いて大人しくしている限り、人が殺される事もないだろう。
―――降伏するべきだ。
リンゲインの王女として情けないとは思うが、現状そうするのが一番だ。
(待っていれば、きっと必ず来てくれる。いつか王子様が…、)
彼が来てくれるのは向こうの問題を片付けてからになるだろう。
もしかしたらしばらく待つ事になるかもしれない。
(でも、私は待つのには慣れている)
止まない雨はない。
明けない夜はない。
長い冬もいつか終わる。
いつかきっと、王子様が来てくれるはずだ。
(―――…だって、あの日、私は本当にあの人に会う事が出来たんだから)
王子様は本当に”私”を迎えにきてくれた。
信じていればいつかきっと夢は叶う。
―――ごめん、母さん。
(彼が来てくれたら、――…きっと”私”、リンゲインをあの人に守られるだけじゃない国にしてみせる)
―――ごめん、母さん。親孝行出来なくてごめん。
今はまだ、彼の助けを待つ事しか出来ない、無力なお姫様だけど。でも、いつか必ず"私"がこの国を建て直してみせるから。
今はまだ、彼の迎えを待つ事しか出来ない、非力なお姫様だけど。でも、いつかきっともっと”私”も強くなってみせるから。
―――俺、もう、そっちには帰れない。
(だからお願い、もう一度だけ”私”の事を迎えに来て欲しいの。――…”私”、いつか必ずあなたの隣に立っても恥ずかしくない王女になってみせるから。)
―――こっちでやらなきゃいけない事があるんだ。
「皆さん、聞いてください!!私は…、」
”私”が声を張り上げた、その時――、
オオオオオオオオオオオオオオ!!!!
「追手です!!すみません、姫様!つけられていました、後からバルジャジーアの兵が!!」
(え……?)
なんと言う事だろう。
雄叫びをあげ、黒煙を立てながら怒涛の勢いで国境に近付いてくる黒い塊は、徐々に大きくなって来る。――…バルジャジーアの追手達だ。
「んー、こりゃ五千は軽いねぇ」
口調は軽いが、剣を抜くルーカスの口元は笑っていない。
「くっ!お前達、迎え撃つぞ!!」
エミリオ王子が威勢良く剣を抜き、部隊への指揮をはじめると、役職付きらしき男が申訳なさそうな顔で彼の前にやってきた。
「王子殿下、すみません…」
「なんだ、この忙しい時に!!」
「たった今、アミール王太子殿下から、――…国境軍の撤退命令が出されました」
「なんだと!?」
エミリオ王子の顔からさっと血の気が引く。
「あいつはこの状況で、スノーホワイトを……リンゲインを見捨てると言うのか!この僕に、見捨てろと言うのか…!!」
エミリオ王子は激昂するが、スノーホワイトと言えば冷静そのものだった。
(思ったより早かったわね…)
「エミリオ様、どうかあの方を責めないであげて下さい。アミー様もきっと苦渋のご決断だったと思います」
「しかし…!!」
「リゲルの兵が撤退しても五千対五千なら勝機はあります」
「僕は絶対帰らないからな!こんな所で帰ったら男がすたる!!帰りたければお前達は勝手にリゲルブルクに帰ると良い!!」
宥めるが収まらないエミリオ王子は二人の騎士を振り返る。
「ルーカス!ヒルデベルト!お前達はどうする!?」
「まあ、俺はエミリオ様付きですから」
「俺?俺はアミー様にスノーホワイトを守る様に命じられてここにいるからなぁ」
きょとんとした表情で目を合わせて答える二人の騎士の解答は軽い。
どうやらこの二人は、あまりアミール王子の決断に驚いてはいないらしい。
―――その時、
「エミリオ王子殿下、……流石です!!」
「私達も王子についていきます!」
「流石は正統なるディートフリート・リゲルの末裔です!!」
驚く事に撤退準備をはじめたリゲルブルクの軍隊から、ちらほらと離脱してこちらの隊列に加わる兵達が出始めたのだ。
リゲルブルクではディートフリート・リゲルの血を引く直系の王族の人気は高いと聞くが、これは想像以上だった。
最終的にリゲルブルクの二千の兵が帰国せずに国境に留まった。
「流石は我が国の誇りある戦士たちだ。フン、いいだろう!お前達の命、この僕が預かった!」
オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
「侵略者どもを迎え撃て!!」
鬨の声を上げながらリンゲイン・リゲルブルクの国境死守部隊七千とバルジャジーアの追撃部隊、おおよそ五千がぶつかり始めた。
(まずい、今は少しでも兵力を温存しなければならない時なのに…!)
―――戦いの火蓋は強制的に切って落とされてしまった。
「姫殿下を守れ!!」
「エミリオ様につづけ!!」
(どうすればいい?)
この戦いに勝利してもだ。
すぐにカルヴァリオから五万の本隊がやってきてしまう。――…そうしたら全てが終わる。
「ヒルデベルト、俺はあの王子様のお守りがあるからお姫様を頼むぞ」
「うん」
「スノーちゃん、オニーサンちょっと行ってくるな」
「ルーカスさん…!」
(まずい…)
「うーん、戦場のこの空気、久しぶりだねぇ!」
こちらに一つ投げキッスをすると、腕を捲り上げ、喜々とした表情でエミリオ王子に続く軟派な騎士の背中を呆然と見送る。
血の気の王子様とリゲルブルクの兵達は、もう既に前線で剣で打ち合いを始めている。
(止めなきゃ駄目なのに…!)
―――逃げるのだ。逃げるしかない。
(でも、この数で森を闇の森を渡るなんて不可能だわ…)
昨晩ルーカスに教えられた森での夜の過ごし方だが、あれはあまりにも人が多い場合は意味がない。せいぜい五人、六人が限度だ。
大勢の人間が森に入れば、魔獣達も集まってくるだろう。
少数に別れて森に入りリゲルブルクまで抜けるしかないが、この混戦時にそれをこの場の全員に説明出来る訳がない。
(―――…それでも、この場にいる全ての人間を見捨てる訳にはいかない!)
ダッ!
「エミリオ様!」
ここで叫んでも前線に向かった王子様には届かない。
「スノーホワイト、そっちは危ないよ!!」
”私”はヒルデベルトの静止の声を無視し、前線へと駆け出した。
「エミリオ様!待って!今は戦ってはいけません!一刻も早くここから離れましょう!!」
「はあ!?何を悠長な事を言っている、こいつ等が逃がしてくれる訳がないだろう!!」
王子はこんな所まで一人で走ってきた”私”に驚いている様だった。
彼は剣を振るいながら、困惑気に騎士の名を叫ぶ。
「でも!今は戦っている場合ではないんです!早く逃げなければ、このままでは…!!」
馬上で指示を出す王子様の下で必死に嘆願していたその時だ。
「スノーホワイト、危ない。下がって」
(え…?)
ザッ!
どこからか飛んできた矢を、いつの間にかヒルデベルトの剣が叩き斬る。
自分の目の前で落とされた矢に肝が冷える思いになる。
「おい、アミールの騎士!早くスノーホワイトを後へ下がらせろ!」
「エミリオ様、でも!!もう時間がないの!!」
「いいから下がるよ、スノーホワイト」
「ヒル、でも!!」
”私”はヒルデベルトに押さえつけられるて、あっという間に前線から離されてしまう。
―――その時、”私”を抱え後列に戻ろうとしたヒルデベルトの足が止まった。
ザッ!
「なんだ、尻尾を巻いて逃げる相談か?」
西の大陸では最も高貴の血を持つ者にしか現れないと言われている黒髪、獰猛な魔獣の様に暗く光る瞳。輝炎に燃える紅蓮の甲冑の上からでも分かる、頑健な雄牛のように張りつめた鋼のような筋肉。その手に光る大ぶりの宝剣は、かつてある大天使が堕天した際、絶対神から奪って堕ちてきたと言われている神々の秘宝の一つ、――この世で斬れない物は何もないと言われている、バンジャリデアの宝剣。
「ミカエラ…」
その絶望的な呟きは一体誰の物だったのか。
海岸から吹き付ける塩味のする風は湿気を帯びて、軍靴の音と共に昨夜の濃厚な血の匂いを運んで来る。
―――この最悪のタイミングで、国境に皇王ミカエラ率いる聖火バラ十字軍が国境に到着してしまった。
(どうすれば、いい…?)
絶体絶命の状況に、スノーホワイトの中でついに万策が尽きた。
聖火と言う品種の薔薇があり、薔薇十字団とかけてみました。
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