『Shirayukihime to 7 Nin no Koibito』to iu 18 kin Otomege Heroin ni Tenseishiteshimatta Ore ga Zenryoku de Oujitachi kara Nigeru Hanashi chapter 51

恋人2、Bashful
 その日、私と姫様は森へカブを採りに行った。
 恐らく突然変異の一種なのだろうが、この森では巨大なカブが採れる場所がある。
 大きい物になると100kgを超えるその巨大なカブは、例え採って来たとしても、普通ならば一般家庭では消費するのは難しい量だ。しかしながら、今うちには大人の男が7人もいる。
 特にあのヒルデベルトと言う騎士は良く食べる。
 私も体が大きいので人より食べる方だとは思っていたが、あの騎士は私の10倍は有に食べる。これでは食事を作る度、姫様もエルヴァミトーレ殿も頭を悩ませる訳だと納得した。
 そういう訳で、常に食糧難ギリギリのあの家にあのカブを持って帰れば良い食材になると思い、私はそれを取りに行く事を提案した。

 想定外だったのは姫様が着いて来た事だ。

 そのカブは大きさが大きさなので、引き抜くのは大変な力作業になる。
 誰かが手伝ってくれるのならば、肉体派の騎士のどちらかが良いと思ったのだが、あの二人は二人で今日はやらなければならない事があるらしい。
 騎士達に断られ、仕方ないので一人で出掛けるかと思いながら準備をしていた私の背中に「私が行きます」と姫様が声をかけて下さった。
 流石に姫様にそんな力作業をさせる訳にはいかないと思ったのか、それを聞いて何人か男達が重い腰を上げたが「たまには気分転換にお料理やお掃除、お洗濯以外のお仕事がしたいんです」と彼女が言えば、誰もが納得した。
 正直姫様に着いてこられても…と言う思いもあったのだが、こうやって姫様と二人で森を歩くのも久方ぶりだ。
 たまにはこんな午後も良いのかもしれない。

「良かったわ、これでしばらくお野菜の心配をしなくて済むもの」

 姫様の言葉に私は無言で頷く。
 一番小さいカブを採って来たが、それでも収穫時期と言う事もあってかなり大きい。
 明らかに姫様よりも重量があるカブを背中に担ぎ、二人で帰り道を歩く。
 姫様は上機嫌な様子で、ご自分でお持ちになられているバスケットにパンパンになるまで詰めたカブの葉を見て微笑んだ。
 何でも今度、このカブの葉を摩り下ろしてグリーンシチューなるものをお作りになって下さるらしい。
 あの家ではカレーやシチューなどの料理が多い。
 と言うのも大鍋で大量に作れて腹持ちの良い料理となると、どうしてもその手の料理になってしまうのだそうだ。
 それでも姫様はシチューをお作りになった翌日は、クリームコロッケを作り、その翌日はグラタン、ドリア、クリーム系のパスタなど様々な工夫をして下さるので、私を含めあの家の住人で姫様の食事が苦痛な者はいないだろう。皆、誰もが姫様のお作りになる食事を楽しみにしている様に見受けられる。
 グリーンシチューと言う物を私は食べた事はないが、今からそれが口に出来る日が楽しみだ。

「また、なくなったら採りに行きましょう」
「ええ、うちは今野菜不足ですから」

 姫様は少し憂鬱そうに溜息を付いた。

 またうちの家庭菜園にコソ泥が入ったらしい。
 今回はトマトやキュウリなどの夏野菜のがほぼ全滅したらしく、怒ったエルヴァミトーレ殿が「今度こそ絶対に討つ」と小屋を飛び出し早三日。未だに朗報は届かない。
 あの文官の少年は畑の付近で巨大な銀狼の姿を目撃した事と、野菜に獣の歯形があった事、畑に巨大な狼の足跡があった事から盗人はこの森の主仕業だと思い込んでいる様だが、実は私はあれは人間の仕業ではないかと思っている。
 人は誰しも森の恵みを糧として生きている。
 こんな森の奥まで入って来る人間はなかなかいないが、皆無と言う訳ではない。
 現にこの森の入り口で長年番をしていた私は、この森のおおよその広さも地理も危険な場所も大体把握している。
 勿論獣の被害もあるのだろうが、被害にあった野菜の話を聞くと調理をせずとも生で食べれるものばかりなのだ。人間、または人に近い食生活を送るあやかしの存在を疑わずにはいられない。

 率直な話をしてしまうとあの家では家事の出来る人間は稀少なので、姫様の負担を減らすと言う意味でもエルヴァミトーレ殿には家にいて貰いたかった。
 狩りなら私の得意とする所であるし、ろくに家事も出来ない私が畑に行った方が効率的だと思うのだが、エルヴァミトーレ殿は頑なに自分が討つと言って聞かないのだ。それもこれも、宰相殿が彼を変に挑発したせいなのだが…。

 やはり男が7人いれば全員が仲良くと言う訳にはいかない。
 7人の男全てが紅一点の姫様にぞっこんと言うこの現状を考えれば、逆にここまで仲良く皆で暮らせている方が不思議な位だ。
 これも姫様のご人徳のお陰だろう。私は彼女を誇らしく思う。
 ただあの二人が喧嘩をする度、姫様の家事の負担が大きくなってしまうのは彼女の従者として見過ごす事は出来ない。
 このままではいけないと姫様の家事を手伝ってはみたものの、私の様な大きな男がキッチンにいるとキッチンは酷く手狭になってしまう。
 私にぶつかった姫様が皿を割り、それを片付けていたエルヴァミトーレ殿が起き上がり様に私にぶつかり尻餅を付いてガラスの破片で手を切った。私も優しく洗っていたつもりの皿を数枚割った後、姫様が包丁を入れるのに苦心なされていたカボチャを粉砕させ、キッチンをカボチャまみれにしてしまった所で自分はこの手の事は何もしない方が良いであろう事に気が付いた。
 好ましくない関係と言えば王子兄弟もそうだ。
 良く弟王子の方が兄王子に食って掛っているのだが、お優しい姫様はそれを目にする度に小鳩の様な胸を痛めるのだ。二人を仲裁する彼女のその気苦労を考えるとやはり私は忍びない。

「ねえメルヒ、今夜は何が食べたい?」

 そんな事を考えていると、姫様は私の前に来るとバスケットを両手で持ったままくるりと回ってみせた。
 こんなにも無邪気に微笑む姫様を目にするのは一体何年ぶりだろう。
 ふわりと太股まで捲れるスカートを見て、従者として嗜めるべきかと思ったがやめておいた。
 姫様をこんなに自然に笑える様にしてくれたのがあの恋人達ならば、色々思う所はあっても私は彼等に感謝する他ない。

 再会した当初は嫁入り前の姫様が年若い男達と一緒に暮らしているばかりか、同衾までしている事実に驚愕とした。気が付いた時には自分を含め7人にまで増えてしまった恋人の数に胃が痛くなりしばらく眠れぬ夜が続いたが、元はと言えば彼女は王族なのだ。
 国王が寵妃を持ち、後宮を持つのは珍しくない。
 歴史を振り返れば女帝と言われた女王達が男を囲う事だって珍しい事ではない。
 それに気付いたある日、私は下衆な勘繰りをして脳内で姫様を貶めていた自分を恥じた。そして大国の王子を二人も恋人にした彼女の政治的手腕に、えらく感動したものだ。

(恐らく、姫様の代でリンゲインは自国に優位な形でリゲルブルクと統合する……)

 それ位あの王子達はうちの姫様にメロメロだ。

―――やはり彼女がリンゲインの次期後継者に相応しい。

 感極まって目の前の主を見つめていると、彼女は不貞腐れた様な顔をして唇を尖らせながら私の顔を見つめていた。

「ねえ、聞いているの?何が食べたい?」

 目の前で頬を膨らませる少女のその面持ちは、聞き分けの良い子供の様なあどけなさを残してこそいるが、目が合えば今日も身震いする程美しい。
 老若男女関わらず全ての人心をかき乱すような種類の美貌は健在であり、城に居た頃よりも更に輝きを増している様に思う。
 流石は飛ぶ鳥を落とす勢いで、大国(リゲルブルク)の有力者達を陥落させて行っただけはある美貌だ。

 直視するに耐えない目の前の美しすぎる人から視線を外し、私は考えてみた。

「カブ料理……」

 姫様にそう言われ、カブと言って思い浮かぶ料理があまりない事に気付いた。
 ラディッシュ程度の大きさならば薄く切ってサラダに入れるのも良いだろうが、あの大きさのカブがサラダに入っているのを私は見た事がない様な気がする。
 過去、カブを使った料理で一番美味かったのは、大きな鹿を仕留めて帰って来た時、大喜びした城の料理人がこっそりとご馳走してくれた王族用のカブとそら豆のポタージュだ。
 しかし今は街まで買出しに行かなければ、生クリームなどと言う物は手に入らない環境にある。

「私はあまり料理に詳しくないもので…」

 正直な感想だった。

 事実、男一人単身者の食生活と言うのはわびしいものだ。
 買ってきたパンにチーズを挟んでソーセージと食べるか、茹でた芋に塩を振って食べる。森で狩って来た獣を素焼きにするか、適当に干して作った干し肉を削り、森で適当に摘んで来た野草や茸を入れてスープを作る。
 そんな食生活を送って来た私に聞かれても、回答に困る質問だった。
 「すみません…」と言い素直に頭を下げると、姫様は小首を傾げながら人差し指を立てる。

「そうだ、こないだエルと二人で作ったベーコンがあるの。カブとベーコンのスープはどう?ああ、久しぶりにポトフもいいと思わない?」

 悪くない。

 姫様が作るものなら何だって美味しいに決まっている。
 もし失敗しても、私の味もそっけもない料理と比べれば、姫様の言う失敗など誤差の範囲でしかない。

 無言で頷いてみせると、姫様は花が綻ぶ様に微笑んだ。

「ああ、でも困ったわ。豚のベーコンでなら作った事はあるんだけど、今うちにあるのが鹿肉と猪肉のベーコンなの。ちょっと臭みがあるからスープには合わないかしら?」
「……私には判りかねます」
「そうよねぇ、うーん……。帰ったらアミー様やイルミ様辺りに聞いてみましょうか?あの二人なら詳しそうだわ」

 姫様は今日も良く喋り、良く笑った。

 しかし自分の様な男と居て、この方は何故こんなにも楽しそうな顔で微笑んでくださるのだろうか。
 あの小屋には女性を喜ばせる事を言うのが上手い男達が多いから、最近は特にそう思う。
 しかし自分が気の効いた台詞を何も言う事が出来なくても、彼女は私に不満を言う事もなく、邪険に扱う事もなく、楽しそうにコロコロ笑う。
 普通の女性ならば私の様に無口で強面な上に熊の様に大きな大男と長時間一緒にいるなど、苦行でしかないだろう。
 やはり彼女は天使か、はたまた女神様か何かの生まれ変りなのかもしれない。

「あ、見てメルヒ。穴ウサギの子供よ、可愛いわ」
「…………。」

 彼女に腕を引かれるまま、茂みに身を隠して仔兎達がじゃれる様子を見守る。

「何だかとっても懐かしいわ。……昔、私が子供だった頃、メルヒがこうして私の事を森へ連れ出してくれて。こんな風に二人で良く森を散策した事、あなたも覚えてる?」
「……ええ」

 忘れる訳がない。

 狩って帰れば肉になるなと思ったが、仔兎達がじゃれる様子に瞳を輝かせる姫様の前で撃ち殺すのは忍びない。
 私はそっと背中の猟銃に伸ばした手を下げた。

(懐かしい、か…)

 確かに昔、私達は良くこうして森を散策した物だ。
 幼い姫様を肩車して、兎やリス、狐やウルヴァリンなど森の動物達を見せて歩いた。
 切欠はある日、怪我をした雲雀の雛を連れて帰った事だと思う。
 一緒に手当をして、森に返したその時にこの姫君は動物が好きなのだろうと漠然と思った。
 それから森へ仕事に行く時、たまに連れて行くようになったのだ。
 継母に命じられ城の雑用をさせられている時以外は、城の裏にある納屋で、一人で寂しそうに膝を抱えて座っている小さな姫様はやはり不憫だった。

 元々、自分は今は亡き王妃――ミュルシーナ姫に拾われた孤児だった。

 私が子供の頃からリンゲインは貧しい小国だった。
 口減らしの為に捨てられた森の中で、ただ死ぬ時を待っていた私は、単身城を抜け出して来たやんちゃな姫に拾われた。

 美しい人だった。
 優しい人だった。

 多分、愛していたのだと思う。

 だからこそ彼女の結婚も、姫様の誕生も心に来る物があった。
 難産だったせいか、産後の肥立ちが良くなかったせいか、彼女は姫様を産んですぐに亡くなってしまった。
 彼女の死を機に私は城を離れ、闇の森の番となった。
 通常ならば森の番など誰もが嫌がる仕事だが、彼女と出会った森の入り口で、一人ゆったりと暮らすその生活は、時間と共に私の傷付いた心を癒してくれた。
 口下手なせいもあり、私は元々誰かと一緒にいる事が苦手で、人の多い職場も苦手だ。
 自分のペースで一人で仕事をして、一人で暮らす。そんな単調な生活は私にとても向いていた。
 ミュルシーナとの思い出の森で、彼女の思い出と共に私の青春時代は幕を閉じた。

 そんなある日、私は悪い噂を耳にする。
 王が新しい妃を貰った事、その新しいお妃様がとても意地の悪い女で、ミュルシーナの忘れ形見である姫様を虐げていると言う話だった。
 それを聞いて居ても経っても居られなくなり、私は城へ戻った。

 城に戻ると、最後に見た時は赤子だった姫様はすっかり大きくなっていた。――…出会った頃のミュルシーナの生き写しと言っても良いその姿に、私の心は打ち抜かれた。

 ミュルシーナがまた私の元に戻ってきてくれたのだと思った。

 継母の継子虐めの話は本当だったが、平民の自分には出来る事も言える事も限られている。
 当時の自分に出来る事は、継母に虐められて泣いている姫様を森に連れて行き、彼女の気を紛らわしてやる事くらいだった。
 他にも何かあるとすれば、彼女が継母に寝起きする様に命じられた古い納屋に人目を盗んで夜間出向き、壁や屋根の修復に励んだり、自分の仕事を手伝ってくれたお駄賃と言う事で、こっそりと食事をご馳走したり、子供が好きそうな菓子を渡したり。……とは言っても自分の作る料理とは例の如く酷い物で、蒸かした芋に塩を振った物が主食であり、金に余裕のある日は塩がバターになる位で、とてもではないが一国の姫君が口にして良い物ではなかった。私が適当に作った乾し肉も岩の様に硬かったが、姫様は文句の一つも言わずに食べてくれた。

 リンゲインでは貧しい者ほど肉を食べると言われている。
 何故なら肉は森で狩れば金がかからないからだ。
 豚や牛のロースやヒレ等の良い部分は、王族や金持ち等の一部の人間の口にしか入らないが、森の動物の肉となれば話は別だ。
 貧しい者達は森でただ同然で手に入れた肉を干し肉にして冬の保存食にし、バラ肉の脂身の部分は燻製にしてベーコンにする。残った内臓や血は腸詰にしてソーセージにして食べる。
 貧しいお国柄、庶民は脂身も内臓も血液さえも無駄にはしない。無駄に出来ないと言った方が正しいか。
 こんな粗末な食事しか与える事が出来なくて、いつも「申し訳ございません」と謝罪するのだが、姫様はその度に「何故メルヒが謝るの?」と不思議そうな顔をするのだ。

 自分を父の様に慕い、娘の様に懐く姫様に、私は次第に父性のようなものを感じる様になって行った。
 姫様は快活でお転婆だった母親とは違って、控えめで大人しい少女だった。
 もし環境が違えば、ミュルシーナが生きてさえいれば、彼女ももっと伸び伸びと健やかに育ったのかもしれない。もしかしたら母親の様に、単身城を抜け出してミュルクヴィズの森に冒険に行く位お転婆な姫君になったかもしれない(それはそれで困る所ではあるのだが)。そしてもっと子供らしい我が侭も言う事も、子供らしく甘える事も出来たのかもしれないと思えば思う程、新しい王妃の存在と腑抜けた国王の存在を憎らしく思ったものだ。

 姫様はミュルシーナに良く似ていた。――いや、その美貌は母親以上か。

 成長するにつれ輝きを増す姫様に、私は次第に父性以外の物を感じはじめる様になったが、私達は年が離れ過ぎている。そしてやはり身分の差によるものは大きい。
 私は自分の恋情を隠して生涯彼女に仕えるつもりだった。
 小国の姫と言うその立場から政略結婚は避けられないだろうが、それでも少しでも良い相手元へ嫁ぎ、愛し愛され幸せになって欲しいと言うのが私の願いであった。
 だから彼女が大国(リゲルブルク)の王太子の第一婚約者になったと知った時、私は喜んだ。
 その王子様と顔合わせをした時の話や、城の中を懇切丁寧にエスコートされた話。そして最後に甘酸っぱい夏の夜の思い出をはにかみながら話す姫様の微笑ましいご様子に、何故かちくりと胸が痛んだがこれはただの気のせいなのだと自分に言い聞かせた。

 今しばらく辛い日々は続くかもしれないが、いつの日かきっと姫様の事をその王子様が迎えに来てくれるだろう。

 私はそれまで、影ながら彼女をお守りするだけだ。



―――だからあの日、

『姫様、何を……?』

 ウニコーンに襲われていた姫様を助けたあの日。

『ひめさま、いけません……』

 ウニコーンの唾液による催淫効果で発情した姫様に、服の上から己の分身を吸われたあの時。――…私はこれは自分のよこしまな欲望が見せる幻影なのかと我が目を疑った。

『でも、これ、ほしいの、……ほしい、の…っ!』

 姫様のほっそりとした指が私のベルトを外し、ズボンのファスナーを下げる。
 止めなければとは思うのだが、私は彼女の手を止める事が出来なかった。

 不敬な事に反応してしまっている私の愚息を見て、彼女は息を飲む。

 屹立したおのが肉を見て欲望をあらわに期待に打ち震える姫様を見るのは、男として非情に光栄な所ではあったが、酷く不思議な気持ちになったものだ。
 こないだまで赤子だった姫様が、あんな小さかった姫様が女になったのかと思うとその成長が嬉しくもあり、歳月の流れを感じた。

―――しかしこのまま自らの醜い欲望に身を任せ、魔物の影響でまともな思考が働いていない彼女を犯すのは裏切りだとしか思えなかった。

 私は今まで姫様に対するこの感情は「父性だ」と言い聞かせて彼女を守って来たのだ。
 これは今まで自分に信頼を寄せてくれていた姫様に対する裏切りである。
 そして彼女の母親であるミュルシーナに対する手酷い裏切りである様な気がした。ミュルシーナの恩義に報いる為にも私は姫様に手を出す事は出来ない。 

(姫様がまともな精神状態ならともかく、これでは……。)

 かと言っても、正気の姫様に迫られてもどうしたら良いのか判らないの一言に尽きるのだが。

『姫様と私では、身分が、違いすぎます』

 拒絶の言葉を並べるが、涙の潤んだ瞳でジッと見つめられると決意が鈍った。

『メルヒは、わたしの事、きらいですか……?』

 彼女が私の膝上から上体を起こすと、彼女を中心にして泉に波紋が拡がって行く。
 それを見て、まるで彼女がこの泉の女王の様だと思った。

 体を洗わせていただいていた時は、出来るだけ視界に入れない様にしていた姫様の一糸まとわぬ姿が私の目に飛び込んで来る。
 真珠の様に輝く白い肌はみずみずしく、言葉通りに肌は泉の水を弾いていた。
 膨らみかけのバスト、脂肪の乗り切れていない腰周り、細い手足。姫様の華奢な体は、女性らしい柔かな曲線を描いてこそいるが、まだ所々に幼さを残している。
 しかしながら、上目遣いでこちらを見つめながら私の筋張った物に舌を這わせる姫様はもう子供ではない。―――…大人の女だった。

『し、かし、……私は先王の時代から、ひめさまを、』
『つらいんです……どうか、メルヒのこれで、私を慰めてはくれませんか…?』

 猫じゃらしにじゃれる猫のような愛らしくも妖しい手付きで男の弱点を上下に擦られて、欲望のたぎる瞳で私の雄を咥え、頬擦りし、子種を強請る様に屹立したものの先端をチロチロと舐められて。――私はそんな姫様の媚態に愕然とした。

 それは愛撫だったのかもしれないが、私にとっては精神的な弄虐であった。

(一体どこでこんな事を覚えてきたのだ……!)

 口淫など娼婦のする事だ。
 一国の姫君が私の様な下男にすべき事ではない。

 しかしそんな思いとは裏腹に、その倒錯的な光景は私を酷く興奮させ、熱くみなぎる雄ははち切れんばかりに(いき)り立っていた。
 内心怒り狂い、戸惑いながらも姫様の口淫とその妖艶な姿に素直に反応してしまう自分の男の性を忌々しく思う。

『あなたは今、正気ではない。……後で、絶対に後悔します』

 ゆっくりをかぶりを振る私を彼女は強い瞳で見つめる。

『こうかい、しません。――…だから、ねえ、メルヒ、私を抱いてください』


―――あの日、私の半生は根底から覆され、同時に一生隠し通すつもりだった思慕は強制的に白日の下へ曝け出された。


(……私はまだ陽が高い内から、一体何を考えているのだ)

 あの日の事を思い出し、嘆かわしくも野蛮な欲望に鎌首をもたげ始めている自分自身に気付いて呆れて返ってしまう。

 我ながら一体何をやっているのだろうか。
 若い男ならともかく、年甲斐もなく恥ずかしい。

―――その時、

「きゃあ!?」

 姫様の小さな悲鳴に我に返る。
 地面に伏せていた姫様の体が大きく跳ね上がった。

「は、入ったぁ……っ!」

 姫様の言葉に野兎達に視線を戻す。
 彼女の声に仔兎達が巣穴に入ってしまった。

「ええ、巣穴に入りました」
「え、ええ、そっちも入ったんですね……」

 一体どうしたと言うのだろう。

 何故か姫様の顔が赤い。
 もじもじしながら、スカートの裾を押さえている。

「どうかなさいましたか?」
「い、いえ」

 兎達はもう巣穴から出て来ないかもしれないと心配したが、いらぬ心配だった。
 まだ警戒心の薄い仔兎だからだろう、すぐに巣穴から顔を見せ草の上でじゃれあいはじめる。

「姫様、大丈夫です、また戻ってきました」
「ん……はあ、ッは、あ、どうしよう、取れない……?」
「どうかなさいましたか、姫様」

 横の姫様の顔はやはり赤らんでいる……様な気がする。
 スカートを――…下腹部を押さえてモジモジしている姫様に、腹痛だろうかと思った。
 女性は腹を冷やすと良くないと聞く。
 こうして大地に寝そべるのは良くなかったのかもしれない。
 何か腹巻にでもなる物はないだろうかと、自分の着ている服で腹巻になりそうな物は何かないか考えていた時の事だ。

「メ、メルヒ」
「はい」
「わ、私、ちょっとお花摘みに行って参ります」

 それなら自分もお供しますと言いかけて、なんと野暮な事を言おうとしたのだと思い直す。

「はい」

 腹痛ではなく尿意だったのだろう。

 私はしばしそこで仔兎達を眺めながら姫様を待った。



―――しばしして。

 それにしても遅い。

 もう有に三十分は待った気がする。
 しかし、それからいくら待てど暮らせど姫様は帰って来なかった。
 これは何かがおかしい。もしや姫様の身に何かがあったのかもしれない。
 様子を見にいかなくてはと腰を上げる。

「ぅっ、んん!……困ったよぉ、ッあ、ああ、あ……ぁ、」

 姫様は案外近くにいたらしく、すぐに彼女の声が私の耳に届いた。

「っい!? また奥に、入っちゃった…。どうしよう、とれない、ッよぉ…」

 あの日の姫様の艶やかな姿を彷彿させる甘い声に、私は自身の煩悩を掻き消す様に頭を軽く振る。

(姫様……?)

 そっと木陰から声がする方を覗いてみると、そこには信じられない光景が拡がっていた。
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Siti Dara

Hi. I’m Designer of Blog Magic. I’m CEO/Founder of ThemeXpose. I’m Creative Art Director, Web Designer, UI/UX Designer, Interaction Designer, Industrial Designer, Web Developer, Business Enthusiast, StartUp Enthusiast, Speaker, Writer and Photographer. Inspired to make things looks better.

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