『Shirayukihime to 7 Nin no Koibito』to iu 18 kin Otomege Heroin ni Tenseishiteshimatta Ore ga Zenryoku de Oujitachi kara Nigeru Hanashi chapter 81

5・奇襲勢には勝てなかったよ…。
「アキさんが、お義母様に…?」

 口からポロリと零れたその言葉は、三浦晃の物ではなく、――…スノーホワイト・エカラット・レネット・カルマン・レーヴル・ド=ロードルトリンゲインの物だった。

―――馬鹿ではないスノーホワイトは、自分が彼女に疎まれていた事も、自分が彼女に何度も殺されそうになっていた事も知っている。

 継母に「お花をつみに行きましょう」と誘われて、森の奥にぽてとと二人で置き去りにされた時も。井戸の中の掃除を命じられて井戸の底に閉じ込められた時も。吹雪の夜に城の屋根掃除を命じられ、窓を閉められた時だってそうだ。

 産まれてすぐに母親を亡くしたスノーホワイトは、実の母親との思い出がない。
 「自分が産まれなければ今も母親は生きていたのだ」と言う負い目から、知らず知らずの内に父親との間に溝が出来てしまったのも事実だ。
 だからこそ父親が新しい継母を城に連れて来た時、スノーホワイトはとても喜んだ。
 スノーホワイトはどんなに酷い仕打ちを受けても、新しい母親に愛して貰える様に、気に入って貰える様に長年努力をしてきた。
 しかしスノーホワイトがどんなに努力をしようとも、彼女のその努力が報われる事はなかった。

 城の住人にない物として扱われ、優しかった父親からも見て見ぬフリをされる様になった頃の事を思い出す。

(私から目を背けるお父様も、怒ってばかりのお義母様も、私がもっといいこになれば愛してくれると思っていた…)

 スノーホワイトになって俺は知ったが、その人の持つ美貌や頭の良さが、幸せや人生の成功に直結する訳ではない。更に言ってしまうと、察しが良ければ良いと言う物でもないらしい。
 つまり頭が良く察しの良い彼女は、人生の早い段階で継母の言う”躾”や”教育”と称した物がそうではないと言う事に気付いてしまった。父親の「お前の為に新しい母親を連れて来た」と言う嘘にも。
 恐らく馬鹿なら継母や父親の上辺だけの言葉を信じて、幸せでいられたのだ。

 それでも彼等に愛されるように彼女は頑張り続けた。

 頑張って、頑張って、頑張って、頑張り続けて、―――…ある日、スノーホワイトは気付いてしまう。「私の事を愛してくれる人なんて、この世にいるわけないんだわ」と。

「スノーホワイト、お前はどうしたいんだ?」

 ふいに背中からかかった声に我に返る。

「え…?」

 エミリオ王子だった。

 自分の事を心配そうに見つめる恋人達の姿に、目頭が熱くなる。

(でも、そうじゃなかった…)

 このまま恋人達に抱き着いて、子供の様にわんわん泣いてしまいたい気分だった。

「お前が継母に酷い仕打ちを受けて来たと言う話は僕も聞いた。お前は彼女の事を許せるのか?」

 しかしスノーホワイトちゃんには、リンゲイン独立共和国の王女としての超然とした矜持や凛とした気高さを持ち合わせている。
 無様な醜態を見せる事なく、恋人達を安心させる様に小さく微笑んでみせた。

「実は、……良く分からないんだ」
「良く分からない?」
「実際の所、城に居た頃の事は本当に自分の身に起こった出来事なのか良く分からないんだ。……俺なら多分、継母の事を許せないと思う」
「アキラ様!アキ様は…!!」

 シーンと静まり返った部屋の中、取り乱した様子でソファーから立ち上がる妖魔をがルーカスが腕で制する。
 エミリオは無言で頷くと、俺に続きを促した。

「でもさ、スノーホワイトは継母の事を全く恨んでいないんだよ。それどころか彼女と仲良くなりたいとさえ思ってる」
「では!!」

 自分の前にやって来た妖魔の執事にしっかりと頷いてやると、彼は顔をくしゃりと歪めて、やけに人間くさい顔になって笑った。

「ありがとうございます、アキラ様!」

―――この妖魔は本当にリディアンネルの事が、――…いや、アキの事が好きなのだろう。

 スノーホワイトちゃんの女の勘がそう言っているが、アキの弟としては複雑な心境だ。

「スノーホワイトは、リディアンネルの中にアキがいる事にむしろ喜んでいるんだ。彼女と仲良くなれる切欠になればいいとすら思ってる」
「そうか…、お前は凄いな、尊敬する」

 エミリオは俺と目が合うとまるで太陽を見る様に眩しそうに目を細めて微笑むが、すぐにいつもの怒っている様な顔に戻ると、腕を組んでフンと鼻を鳴らした。

「ま、まあ、お前は僕の妃になる女なのだから、これ位は出来て当然なんだがな!!」

 その時、意外な所からストップがかかった。

「継母を助ける?姫様、私は反対です。……彼女はあなたを殺して来いと私に命じたのだ」
「メルヒ?」

 渋い顔をしながら重々しく溜息を付くメルヒに、「んー」と頭上で手を組んで伸びをするヒルデベルトが続く。

「俺もあの人の事、あんまり好きじゃないんだよなぁ。君がどうしてもって言うんなら力になるけどさ、……あんな女の事なんか助けたくないって言うのが本音だよ」
「ヒル」

 そうか、言われてみればこの男はぽてと時代にリディアンネルと会っているのだ。
 更に言ってしまえば、こいつも彼女に5階の窓から落とされそうになったり色々されている。

「そう言えば、私も鏡の女王には苦い想いをさせられていたなぁ」
「アミー様」

 腕を組み唸るアミール王子は、毎日の様にスノーホワイトに書いて送っていたと言う手紙や、誕生日やら二人の出会い記念日やらに贈っていたと言うプレゼントや花束を、全てリディアンネルに捨てられていたと言う、長くて気持ちの悪い歴史がある。

 劣勢な雰囲気を感じたのか、執事服の妖魔は慌てて一枚の封筒を取り出した。

「アキ様が記憶を取り戻したのは、スノーホワイトを城から追い出した後です!」
「それが何の贖罪になるのですか?」
「それでも彼女が酷い継子イジメをしていた事は事実なんでしょう?」

 白い目付きで言い捨てるイルミナートとエルヴァミトーレに、執事の妖魔はその封筒を俺に押し付ける様にして渡した。

「そうだ、この手紙を!!謝罪の手紙です!!この手紙を読めばアキ様の気持ちが皆さんに伝わるはずです!!」
「手紙?」

 渡された封筒の中身を開く。

「なんだ、この見慣れん文字は」

 エミリオ王子がひょっこりと手紙を覗き込む。

「向こうの世界の文字。……これは、本当にアキの字だ」 
「そうです!アキ様自らの文字です!この手紙の中にはきっとアキ様の誠意と真心が、そして心からの謝罪の言葉が書き留められているはずです…!!」

 懐かしい日本語と懐かしいあいつの手書きの文字、そしてアキが良く使っていた顔文字を見た俺の頬が緩む。

(姉ちゃん……)

 懐かしさのあまり、目元が熱くなる。

―――しかし、


 追伸
 アキラ君の本命は誰なのかな?
 やっぱりスーパー逆ハーレム重婚ED狙い?頑張ってね!
 あ、選択肢で判らない所があったら、何でもお姉ちゃんに聞くんだよ

             ✿あなたの継母INお姉ちゃんより✿


「…………。」

 追伸を見た瞬間、俺は手紙をグシャグシャに丸めるとゴミ箱に放り込んだ。

「アキラ様!?」

 悲痛な声を上げる妖魔に俺は冷たい口調で告げる。

「……助けるの、やめようかな」
「そんな殺生な!!何故ですか!?どうして!?」
「どうしてって言われてもよ…」

 言いかけて、俺はこの妖魔とアキが俺達の生活どころか閨での出来事までを度々覗いていた言う話を思い出した。
 考えれば考える程ムカムカして来た。
 スノーホワイトに転生した俺に嫉妬しつつも、可愛い弟(俺な)が7人の恋人達にエロエロしい事をされる様子を、歓喜の涙やら涎やら鼻水やら鼻血やらを垂れ流しながらキャーキャー叫んでいる継母INアキの姿が簡単に想像できる。

―――その時、

ガタン!

「誰か来た…!」

 ヒルデベルトが低い声で囁くと、背中の剣に手を掛けながら戸口に立った。

 音はしなかった。

「アミール様、結界は?」
「そろそろいつ何が来てもおかしくないからね、解いてあるよ」

 緊迫感漂う空気の中、イルミナートの質問にアミール王子が静かに答える。

 しかしそれから待てど暮らせども誰かが小屋を訪れる気配はなかった。

 俺の緊張感はそろそろ限界に近いのだが、それでも玄関の前に立つヒルデベルトは警戒を崩さない。
 リゲルブルクのメンバーはヒルデベルトの獣の聴覚を絶対の物だと信頼しているのだろう。彼等も警戒を緩める事はなかった。
 この手の荒事には不向きに見えるイルミートやエルヴァミトーレまでナイフや銃の確認をしている。

「ヒル、数は」
「12。音からして、兵隊だと思う。……近くなってる、まっすぐにここへ近付いてる」

 いつもよりも低い声でヒルデベルトは答える。
 アミール王子は一つ頷くとイルミナートとエルヴァミトーレを振り返った。

「イルミは迷霧招檻(プリズンミスト)をいつでも発動できる様にを詠唱を完成させておけ。エルは、……不要だとは思うが、状況を読んで水霊咆陣(アンディバーク)呪水花晶(カースブルーム)辺りを発動」
「本当に人使いの荒い王子様だ」
「はい、アミー様」

 ブツブツ言いながらもイルミナートは呪文詠唱に入る。
 何もする事がない俺は、茫然としながら呪文詠唱に入るイルミナートを見ていると、ふいに真上から降って来た大きな手にスノーホワイトちゃんの頭がグシャグシャにされた。

「さてと。お姫様はひっこんでな」
「し、シゲ…!? でもお前、死んだらもう帰れないって!!」
「ばーか、今の俺は黒炎の騎士ルーカス・セレスティンなんだよ。あんまこのルーカス様の事、舐めてんじゃねーよ」

 俺に背を向けると、頭の横で手を振りながらルーカスは未だ警戒を緩めないヒルデベルトの隣に立つ。
 ドアの右にはヒルデベルト、左にはルーカスが並ぶ。
 ドアを開けた瞬間ヒルデベルトが斬りかかり、残りをルーカスが仕留めると言った陣形なのだろう。

「さて、一仕事するとしますか。なあワンコ君?」
「ルーカス。君、最近鈍ってるだろ? あんまり俺の足を引っ張らないでね」
「言ってくれるじゃねぇか。前から思ってたけどよ、お前は年長者に対しての態度っつーモンがだな」
「年なら俺の方が君よりも上だと思うけど」
「はあ?お前いくつよ?」

 騎士達が軽口を叩き合っている間にイルミナートの術が完成した。
 いつでも発動出来る様に小さく印を切るイルミナートを見て、俺も何か自分にできる事がないか辺りをキョロキョロ見回していると、ソファーに戻りどこからともなく取り出したティーセットで紅茶を煎れ直す執事の妖魔と目があった。
 何故かテーブルの上にはクロデッドクリームやスコーンまで広げられている…。
 うちにはない食材だが、この男が持って来たのだろうか…?

「紅茶が入りました。気分転換にアキラ様も一杯いかがですか?」

 ニコッと微笑むこの最高危険種、手伝う気は全くなさそうだ…。

 それとも今ここに向かっている連中は、大したことのない奴等だと言う確信の様な物があるのだろうか?
 それともそれとも、この程度の敵を難なく撃破出来ないようなら俺達に協力を求める価値がないと踏んでいるのか?

「大丈夫だよ、安心して」

 不安で落ちつかない俺の手を握るのはエルヴァミトーレだった。

「何が来たって君には指一本触れさせやしないから。約束する」
「エル…」

 メルヒがその横で同意する様に頷きながら、猟銃に弾丸を詰めているのを横目で見て、俺は大きく深呼吸した。
 深呼吸を何度か繰り返し、落ち着きを取り戻した俺を見てエルが「うん」と力強く微笑む。

 次第にガヤガヤと外から何かが聞こえて来た。

(来た…!!)

 誰も何も言わなかった。

 怖いくらい張りつめた空気の中で、ヒルデベルトとルーカスが無言で剣を抜く姿を祈る様な心境で見つめる。

 王子兄弟は抜刀する事もなく、ただ黙ってドアを睨みつけていた。
 アニメや漫画、ゲームでは魔王城に攻め込んだ時、配下が皆倒れるまで魔王(ラスボス)は剣を抜く事がないのがお約束の一つである。もしかしたら王子様の中にもその手のお約束と言う物があるのかもしれない。

―――そして、

バン!!

 ドアが勢い良く開かれた。

「アミール王太子殿下!!良かった、こちらでしたか!!」

 小屋になだれ込んで来たのは、銀色の甲冑の兵士達だった。
 彼等の胸に光る水の女神の紋章は、リゲルブルクの物だ。――リゲルブルクの兵士達だった。

「レスタンクール中尉…?」
「なーんだ、レスタンクールのオッサンじゃねぇか」

 どうやら馴染みの顔らしい。白鬚の男をはじめとした兵士達の顔を見て、ヒルデベルトとルーカスは安堵の息を吐きながら剣を下げるが、アミールとイルミナートは依然厳しい表情を崩さない。
 兵士達はアミールの前まで駆け寄ると、そのまま土下座せんばかりの勢いで跪く。
 彼等をどこか冷え冷えする眼差しで見下ろしながらアミールが口を開いた。

「状況は?」
「教皇国の軍がボマーラ草原を越えました!明日明朝にはリンゲインの国境部隊とぶつかります!!」

(え……?)

 その報告にスノーホワイトの呼吸が止まる。

「私の読みよりも3日早い、だと…?」

 イルミナートの言葉に彼を振り返ると、彼はらしくもない表情で額を押さえていた。

「数は?」
「その数3万!!アミール王太子殿下!どうか予定通り退却命令を!!」 

 スノーホワイトの膝が崩れ落ちた。

「3万……そんな…」

―――敵うはずがない。

 ボマーラ草原にある国境には、友好国であるリゲルブルクに借りている兵1万と、自国の兵が5千配置されている。

(3万なんて、無理だわ…)

「スノーホワイト、大丈夫!?気をしっかり持って!!」

 しかし今はそれよりも「予定通り退却命令を」と言ったレスタンクール中尉の言葉が気になった。
 エルヴァミトーレに支えられながらアミール王子の顔を見上げる。
 いつもとは別人の様に冷たいその横顔からは何も読み取る事は出来なかった。

(アミー様…?)

 彼は教皇国の軍がリンゲインを攻めて来る事を知っていたのだろうか?
 リンゲインはリゲルブルクから見捨てられる予定だったと言う事なのだろうか?

 彼を、初恋の王子様を疑いたくはないと言うスノーホワイトちゃんの悲痛な叫びで胸が張り裂けそうだ。

「失礼ですがアミール王太子殿下、そちらのお嬢様は…?」
「リンゲイン独立共和国のスノーホワイト皇女殿下だ」

 エルに支えられるスノーホワイトを訝し気に見つめる白髭の中尉に、アミールは淡々と答える。

「おお、あなたが!!リンゲインの姫様でしたか!!」

 中尉は俺の前まで来ると深々と頭を下げた。

「お初にお目にかかります、プリンセススノーホワイト。私はラインハルト国王陛下の命より、6年前から国境警備部隊を任せられていたレスタンクール・ボワンティエと申す者です」
「え、ええ…」

 リンゲインの王女として、自国の国境を警備してくれていた友好国の将軍に対して言うべき儀礼的な言葉が事があったのだが流石にこの状況では言葉が出て来なかった。

「流石アミール王太子殿下、既に姫を保護されていらっしゃったのですね!」
「ああ」
「計画通り、今から人質として教皇国へ送るのですか?」
「レスタンクール、その計画はやめだ」
「何故ですか?」

 何だか王子とイルミの方から恐ろしい会話が聞こえて来たが、今はそれどころではない。

(どうすればいい…?)

 聡明なスノーホワイトちゃんの頭脳が目まぐるしい勢いで動く。

(今すぐ城に戻るのよ。大至急民に収集を掛けて集まるとする兵の数は……恐らく1万強。国境を捨てて、5千の兵に城まで戻って貰い合流すれば、数は1万5千、いえ、2万は行くかもしれない。……地の理はこちらにあるわ。兵力が半数程度なら、たぶん、やりようはあるはず…!)

 リンゲインは国土もそんなに大きくはない。
 草原から教皇国の軍が城に到達するまで、およそ3日。

 なんとかなる。――…だが、ここからは時間勝負だ。

「ごめんなさい、私、リンゲインに帰ります…!!」

 パッと立ち上がりドアの方へと向かうスノーホワイトの手首をアミール王子が掴む。

「行かせる訳にはいかない、今リンゲインに戻らせるのは、むざむざあなたを死なせるようなものだ」
「でも!それでも、私はリンゲインの王女です…!!」
「シュガー、良い子だから私の言う事を聞いておくれ。どうか私にこれを使わせないで欲しい」

 『幽魔の牢獄』の柄に触れるアミール王子の目は真剣そのものだ。

「中尉の話を聞きました。最初から私を人質にするつもりだったんでしょう!?だから私を拾ったのね!」
「どうか私の事を信じて欲しい。その最悪の状況を避ける為に、私は長い間ずっと努力してきたんだ」
「そんな事!」
「あなたの事もリンゲインの事も悪いようにはしない。ただ、今あなたにリンゲインに戻られては困る。私はあなたの事を失いたくはない、あなたの事を心から愛しているんだ」
「……っ!」

 男の手首を押さえる手を振り払うと、後から小さく息を吐く音がした。

「スノーホワイト、悪いけど今回ばかりは僕もアミー様に賛成だ」

 やるせなさそうに溜息を付きながらエルヴァミトーレがアミール王子の隣に立つ。
 異論はないが言う事もないらしいイルミナートもその隣に立った。

「エル、イルミ様まで…、」

 一歩後によろめくスノーホワイトの肩を支える男はルーカスだった。

「スノーちゃん、悪いけど今回はオニーサンもこの王子様に賛成だわ」
「な!嘘だろ、シゲ!?」
「アキラ、お前は自分一人リンゲインに行ってどうにか出来ると思ってんのか?」 

 シゲ言われてその通りだと思った。

「……そりゃ、俺が一人で戻った所で出来る事は限られてるだろうよ」

 正直自分でも良く分からない。
 何故”三浦晃(ミウラアキラ)”が異世界の小国に命を懸けようとしているのか。 

「――――でも、……それでも俺は、今の俺は、スノーホワイト・エカラット・レネット・カルマン・レーヴル・ド=ロードルトリンゲインなんだ!!」

 俺の血を吐く様な叫びに小屋の中がシンと静まり返った。

 シゲの手を振り解きながら叫んだ自分の言葉に、恐らく俺自身が一番驚いている。 

―――どこからどこまでが俺でスノーホワイトなのか、今の俺にはもう良く判らない。

 俺は目の前に立ち塞がる男達をキッと撥ね付ける。 

 こいつ等は賢い人間だ。それでもって俺の事を心から愛している。……多分、アミールも。
 理性的な話をすれば、恐らく説得出来るはず。

 俺は先程スノーホワイトちゃんの聡明な頭脳の中に展開された、リンゲイン死守作戦を手短に話をした。

 今すぐ国境の兵と合流し、彼等を率いて城まで戻る。城下の民に大至急兵を募りそこで決戦する。2万対3万ならやりようはある、と。
 リゲルブルクの1万の軍に撤退命令をかけず、彼等に参戦して貰えば3万対3万で五分五分になる。こちらの兵は戦闘訓練を受けていない民が多い分苦しい戦にはなるが、地の理がある以上負けはしない、と。

「だ、そうですよアミール様」
「駄目だ、我が軍は撤退する」
「アミー様!!」

(なんで…!?)

「姫様、行ってください」

 その時、スッと俺の前に立ったのはこの場で唯一リンゲインの人間、――メルヒだった。

「私には判る。リンゲインの民達は今、他の誰でもない、姫様の事を必要としていると。ロードルト=リンゲインの正統なる後継者であるあなたにしか出来ない事があるはずだ」
「メルヒ…、でも!!」
「行きなさい、……ここは私が食い止めます」

 壁に立ててあった斧を持つ大男の姿に兵士達はどよめき、アミール達の表情も険しくなった。

―――そして、ここで意外な人物がメルヒの隣に立った。

「アミール、行かせてやれ」

 エミリオ王子だった。

「エミリオ様!?」
「ウッソぉ!何言ってんスかエミリオ様!?」

 彼のその言葉に驚き、目を見開いたのは俺だけではない。
 アミール王子の隣に行こうとしていたルーカスまで素っ頓狂な声を上げて、後を振り返る。

「……エミリオ、お前は今自分が何を言っているのか判っているのか?」

 アミール王子は恐ろしい程無表情だった。
 しかしその弟の発言に彼が激怒しているのは確かで、ただ彼の全身から静電気の様な物がパチパチと発せられている。

「当然だ。僕が彼女の立場だったらこの手足を捥がれても自国に戻りたいと思うだろう。今、行かなければ絶対に後悔する。そして行かせてくれなかった人間を僕は絶対に許さない。恐らく死ぬまで恨み続ける」
「あまり私の事を笑わせてくれるな。むざむざ死に行かせるのが愛だと言うのか?」
「国土を焼かれ、民を失い、王族としての誇りや矜持を失い、生きる屍となって、ただ惰性で生きるスノーホワイトをお前は見たいと思うか?」
「お前はまだ若い、世の中と言う物を知らない。だからそんな綺麗事が言えるんだ」
「たった4つしか違わないのに大人ぶるな!僕はリンゲインの王女としての彼女の気高き精神と、美しき孤高なる魂を守りたい!」
「フン、つまりお前はスノーホワイトの生命の安全よりも、彼女の王女としての尊厳を守る事を優先すると言うのか」

 アミールは失笑した。
 大人の余裕と知的な皮肉を含んだその冷笑に、エミリオ王子はいたって真面目な顔で正面切って答えたのだ。

「違う。僕は彼女の命も、彼女の大切な物も全て守ってみせる」

「エミリオ様…」

 無意識だった。

 スノーホワイトの瞳から溢れた透明な滴が頬を滑る。
 それを見たアミール王子の王子様フェイスが悪人の様に歪む。

「……今まで無鉄砲で考えなしのお前の尻拭いをしていたは一体誰だと思っている?お前が何度私に命を救われて来たか、教えてやろうか?」
「お前が勝手にしてきた事だ、僕はただの一度も頼んだ事はない」
「守ると口で言うのは簡単だ。しかしお前にスノーホワイトとリンゲインを守るに足る何がある?お前が何を持っていると言うんだ?もし何かあるのなら言ってみろ、何もないから」
「そんなのやってみなければ判らない!」
「やってみて「はい、駄目でした」では人の命は返って来ないんだ。戦争は遊びじゃない。遊びがしたければ、そこにあるチェスを貸してやるから一人で遊んでいれば良い。私達は今忙しい」

 普段は弟に喧嘩を売られても、のらりくらりと笑顔で流していたこの兄王子がここまで言うのも珍しい。
 エミリオ王子と言えば、口を噤むと瞬きもせずにまっすぐ兄を睨み付けていた。

「悪いけど今は時間がない、お前の世迷言に付き合っている暇はない。……あまり実力行使に出るのは好きではないのだが、仕方ないな」

 アミールの表情は変わらぬままだったが、声が怒りに震えるのを抑えきれない様だった。

―――度々繰り返されていた兄弟喧嘩で、アミールが初めて自分から剣を抜いた。

「なんなんだろうね、この万能感。少し甘やかしすぎてしまったかな。……変に(うち)を掻きまわされる前に、今ここで首を刎ねておいた方が良いのかもしれない」

「やれるもんならやってみろ、返り討ちにしてくれる」

 エミリオ王子も剣を抜くと、「あー、マジで何なのこの王子様、もう護衛やめたい」と泣きそうな声を出しながらルーカスはエミリオ王子の横に戻る。

―――その時、

「あ~、あのさ、俺で良ければ行ってくるよ?」

 その場には相応しくない能天気な声に、そこに居合わせた誰もがヒルデベルトを振り返る。

「獣の姿に戻れば、ここからボマーラ草原まで2時間かからない。教皇国の軍を倒してくれば良いんだろ?」

 ヒルデベルトは虚空に視線を漂わせ、後頭をポリポリ掻きながら事もなげに軽い口調で言うが…。

(何言ってるんだ、こいつ…?)

「ヒル、そんな…!無理に決まってる!!」
「言っただろ、俺、君の為なら何だって出来るんだって」
「ヒル…、」

 その人懐っこい笑顔に嘘はない。

「そうですね、1万5千の兵に獣形態のヒルデベルトがいれば、まあ、3万の軍を撃破出来ずとも時間を稼ぐ事は出来るでしょう」
「イルミ!?しかし、ヒルデベルトがいなければ、ルジェルジェノサメール城奪還作戦はどうなるんだ!」
「まあ、戦力が増えましたし?」

 イルミナートの目線がテーブルの方へと向けられる。

「微力ながらお手伝いしますよ」

 彼の視線の先で優雅に紅茶を飲んでいた執事は、俺達の視線に気付くと優雅に微笑んだ。

「しかし統率はどうする。いきなりあの姿のヒルデベルトが出現して暴れれば、国境軍が混乱に陥るのは必至だ」
「僕が行こう。今から早馬で出れば、明日の朝までにはボマーラ草原には着く」
「…………。」
「まあ、妥当な線ですね。王族のエミリオ様が、指揮官として出向けばこちらのメンツも立つ」
「……私は行けないんだぞ。ヒルが暴走した時、誰が人に戻すんだ」
「多分、制御できると思うよ!」
「そう言って出来なかった時はどうなる、私は暴走したお前が自力で人に戻った所を見た事がないぞ」
「うっ」
「俺が行きますよ、コイツの頭を打って気絶させればいいんでしょ?」
「…………。」

 ルーカスの言葉にアミール王子が押し黙る。
 重苦しい空気の中、リンゲインとアキの両方を救うには、目の前の王子様を説得するしかない事は俺も理解していた。

「アミーさま……ごめん、なさい。私は、リンゲインもお義母様の事も助けたい。どうかお力を貸してはいただけませんか?」

 アミールは腕を組んで沈黙したまま、しばらく微動だにしなかった。
 時計の針の音だけがしばし部屋に響く。ーーーそして、「はあ…」と言うアミール王子の大きな溜息と共に沈黙は破られた。

「……わかった、協力する」
「え…?」

 彼は両手を挙げると「降参だ」と言って、もう一度溜息を付く。

「言ったでしょう、私はあなたの事を愛してるんだ。私だって本当なら、あなたのお願いは全て聞いてあげたいと思っているんだよ」
「アミーさま…!!」

 衝動的に抱き着くと、王子様は苦笑した。

「大好き!!大好きです!!ありがとう、ありがとうございます!!」
「あーっもう。……こんな時でなければ大歓迎なんだけどな」

 この位のリップサービスは言っておいた方が良いだろうと思い、もう一度「大好き」と叫びながら頬ずりすると、王子様は苦笑に苦笑を重ねる。

「まぁ、元々この後、リンゲインに10万の援軍を送る予定でしたしね」
「え?」

 俺達の後で嘯く宰相殿を王子様が一睨みする。

「イルミ、なんで言うんだよ」
「ここまで来たらスノーホワイトにだけ隠しているのもどうかと思いますよ」

 臆面もなく答えるイルミナートにアミール王子はもう何度目か判らない溜息を付いた。

「嘘。アミー様、そうだったのですか?」
「ああ、リゲルの1万の軍は退却した後闇の森に潜伏して、後から挟み撃ちにする計画だったんだ」
「そしてそのドサクサに紛れ、守りが手薄になった王都(ドゥ・ネストヴィアーナ)を落とす作戦だったんです」
「あまり血生臭い話を私の可愛い姫君(シュガー)にしたくなかったのに…」

 もう一度溜息を付くと、アミール王子はヒルデベルトを振り返った。

「ヒル、行って来い。こちらも早馬を使って知らせるが、援軍がそちらに着くまで国境を守れるか」
「うん!!」
「何なら国境にぶつかる前に教皇国の軍を削って来ても構わない」
「わかった!!」
「終わったらすぐにスノーホワイト達と合流して、彼女を守れ」
「おっけー!!」

 ヒルデベルトは散歩前の犬の様な顔で飼い主に返事をすると、すぐ様俺の前までやって来た。

「ね、ね!スノーホワイト!俺さ、今からすっごい、すっごい頑張ってくるから!」

 目を瞑って「んっ!」と、付き出して来た唇に彼の言葉の意味を察して苦笑する。

「行ってらっしゃい」

 ちゅっと軽く口付けをすると、彼は破顔一笑した。

「やった!!スノーホワイト、俺、がんばる!!」
「気を付けてね、私達も馬ですぐに駆け付けます」
「うん!!行ってきます!!」

 獣形態になって、服と剣を口に咥えるとそのまま嵐の様な勢いで家を飛び出す騎士の後姿を俺達は見送る。

―――そして、

「レスタンクール中尉、アポレッソ旧市街地に駐在している軍に大至急国境に向かう様に言付けを頼む」
「畏まりました!!」
「――――…イルミ、地図を持って来い。大至急策を練り直すぞ」

 物語はついに最終局面へと突入する。




ヒルデベルトの実年齢を書こうか迷いましたが、乙女の夢を壊すかなと思いやめておきました。

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Siti Dara

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