『Shirayukihime to 7 Nin no Koibito』to iu 18 kin Otomege Heroin ni Tenseishiteshimatta Ore ga Zenryoku de Oujitachi kara Nigeru Hanashi chapter 80

4・愛の力には勝てなかったよ…。
「少なくとも俺が最後に見た時は、こいつもアキも生きていましたよ。こっちこそ聞きたいです、向こうの俺達の体は一体どうなってるんスか」
「さあ、それを私に聞かれても。ただ普通の状態ではないのは確かなんだろうね。魂だけこちらに持って来たんだ、仮死状態……と考えるのが妥当なのかもしれない」
「ではスノーホワイトとルーカスの向こうの身体は生きていると言う事なのか?」
「ああ。だからルーカス、君は戦いが始まったら少々気をつけた方が良いかもしれない。こちらで命を失えば、恐らく向こうの体も…」
「げっ、マジかよ…」

 聞き慣れた男達の声に俺の意識は覚醒した。

(ここ…は……?)

 天井は俺がいつも寝ている主寝室の物ではなく、小屋に入ってすぐのリビング兼談話室にあるソファーだと気が付くまで数秒かかった。
 高い天井の上でグルグル回る木製のシーリングファンの動きをぼーっと見つめていると、男達はすぐに俺が目を覚ました事に気付く。

「シュガー、目が覚めたようだね。ああ、無理をして起きなくて大丈夫だよ、私はここにいるから」
「スノーホワイト!良かった、いきなり倒れたから心配したぞ!!」
「アキラ!……俺のいない所で倒れんなよ、心配するだろ、クッソ…」
「血まみれの男に肩を貸し、気を失ったあなたを抱いたエミリオがおぼつかない足取りで帰宅したのを見た時、私は心臓が止まったかと思たよ。魔物にでも襲われたのかと…、」
「失礼な事を言うな!!この僕が魔物如きに後れを取るわけがないだろう!!」

 ソファーの上から起き上った俺が、我先にと身を乗り出す恋人達の様子に困惑していると、キラキラ王子兄弟はいつもの口論を始めた。

「いやぁ、お前が今にも泣き出しそうな顔で部屋に転がり込んで来たから、私はてっきり」
「……アミール、お前がそのつもりならいいだろう。剣を抜け、今すぐ外に出ろ」
「え?何を怒ってるんだい、エミリオ?」
「いいからさっさと剣を抜け!今日ここで決着をつけてやる!!」
「うーん、思春期の弟との付き合い方って難しいねぇ」

 困った様に頬をポリポリ掻くアミール王子に颯爽と斬りかかるエミリオ王子を、俺はしばらくぼーっとしながら見ていたが、ポンと肩に置かれた手の温かさにもう一人の男の存在を思い出す。

「アキラ、いきなり倒れたんだって?大丈夫か?」
「え?……ああ、うん、もう大丈夫だよ」

 目覚めたばかりの普段よりも回転の悪い頭で、部屋の中を見回す。
 今、家には俺とルーカス、王子兄弟しかいないらしい。俺は家に居たのが事情を知る二人であった事に安堵した。
 部屋の中央にあるテーブルには、大量の玉葱の皮と皮を剥かれた玉葱が入った籠がある。
 恐らく俺達が戻るまで、アミールとルーカスは玉葱の皮を剥いていたのだろう。
 玉葱やニンニクの皮剥きは、彼等に出来る数少ない家事の一つだ。料理の出来ないこいつ等でもこの程度の事なら出来なくもない。……まあ、ヒルやメルヒ辺りになるとギャグ漫画の様に玉葱や林檎を粉砕してしまうので、それすら難しいのだが。
 しかしあの一件以来、不穏な空気が漂っているこの二人が顔を突き合わせながら玉葱の皮を剥いている構図を想像してみると、非情にシュールだった。

(って、俺とあの血塗れの妖魔を二人、ここまで連れて来たのか…)

 何気に体力あるな、エミリオたそ。

 そんな事を考えながら、本日も過激な兄弟喧嘩を繰り広げる弟王子の顔をマジマジと眺めていたが、――…俺はふと、重大な事を思い出した。 
 スノーホワイトの顔を覗き込む男の、アーモンドグリーンの瞳を見上げる。

「どした?」
「俺、死んでないのか…?」

 俺の言葉にスノーホワイトちゃんの肩を掴んでいたルーカスの手に力がこもる。
 ルーカス――いや、シゲはしっかりと頷いてみせた。

「ああ、お前もアキも俺がこっちに来る前までは生きてたよ。病院のベッドで寝てはいたけどな」
「そっか……って、シゲは?」
「ん?」
「シゲはなんでこっちに来たんだ? もしかしてお前も俺達みたいに死にかけたって事?」

 シゲはゆっくりと瞬きをすると、俺の肩から手を離して立ち上がった。

「さあ。……なんでだっけ」
「覚えてねぇの?」
「あー、うん、……お前等の見舞いに行った記憶はあるんだよ」
「見舞いってお前が?なんで?」
「なんでって、」
「俺達、見舞いに来るような仲じゃなかっただろ」

 シゲは気まずそうな顔になると俺から視線を外し、無造作に結んであるルーカスの三つ編みの先を弄り出した。

「もしかして、俺、……そんなにヤバかったのか?」

 もしかして俺はいつ死んでもおかしくない様な状態だったのではないだろうか?
 でなければ、コイツが俺の見舞いに来るはずがない。

(だって俺達、小6の頃からまともに口も利いてなかったし…)

―――まさか生きてはいるが一生半身不随確定とか、手足が1、2本もげている状態とか、顔が原型を留めていない形にまで潰れてたりとかするのではなかろうか…?

 どうやら美少女ヒロインスノーホワイトの体は、大きな精神的ショックを受けると卒倒すると言う繊細なつくりをしているらしい。
 また眩暈がしてきて頭を押さえると、上から大きな溜息を付く音が聞こえた。

「お前もアキも軽傷だよ。ちっと頭をぶっけただけで、あとは掠り傷程度」
「そうなの?じゃあなんでお前が俺の見舞いになんか来たんだよ?」
「……るせーな。お前じゃねぇ、アキの見舞いに行ったんだよ。穂波さんも心配だったし…」

 そう言うとシゲは俺を睨みながら舌打ちし、もう一つだけ溜息を付いた。

「そんで多分、俺も病院帰りに事故ったとかなんじゃねぇの?」
「ふーん」

 この様子を見るにシゲは多分死にかけた時の状況を覚えている。

 居心地の悪い沈黙に、俺は失敗したなと反省した。
 俺も死にかけた間際の事を思い出した時、お世辞にも良い気分とは言えなかった。シゲもきっとそうなのだろう。
 謝ろうかと思ったがシゲは何故かカリカリしており、声を掛けにくい雰囲気を醸し出している。
 向こうに更なる苦痛を与えてまで知りたい情報と言う訳ではない。俺は未だに激しすぎる兄弟喧嘩を続ける王子兄弟の方へと視線を向けた。

「アミール」
「ん?」
「さっきの話は本当なのか?向こうの俺達の体が仮死状態、……って事は、俺達、早く向こうに帰らなきゃまずいんじゃねぇの?」
「それは――、」

 言葉に詰まったアミール王子の髪の毛を数本、エミリオ王子の刃が掠める。
 顎に手をあてたまま目線を虚空に投げたアミール王子が何かを言いかけた、その時――、

「ええ、かなりまずいですよ」

 彼の言葉を遮り、ぴしゃりと言い放った男の方へと部屋の視線が集まった。

 俺達から少し離れた場所に設置してあるソファーにその執事服の男は座っていた。
 誰か出したらしい紅茶を優雅に啜りながら、男は目を上げると妖しい笑みを口元に湛える。――あの銀髪緋目の妖魔だ。 

(あれ…?)

 この妖魔、最後に見た時はボロボロだった様な気がするのだが、傷どころか敗れた服まで新品同様に戻っている。

「あの、服が……あれ…?」
「先程はレディーにお見苦しい姿を見せてしまい申訳ありませんでした」

 うちの王子兄弟にも負けない、キラキラしたエフェクト付きの男の爽やか笑顔に思わず俺は鼻白む。

(自分の中身が男だと知っている相手にレディー扱いされると、何だか反応に困るな…)

 そしてこの男の笑顔、何だかすっげー胡散臭いんだ…。

 どの位胡散臭いかと言うと、神父の恰好をして聖書を片手にキラキラした笑顔で神の教えを説くイルミナート様の図を想像して欲しい。その位胡散臭い…。

「怪我も治ったんですか?」
「表面を塞いだだけです、完全に治癒するまでは少々時間がかかります」

 なるほど、確かに言われてみれば少々顔色が悪いかもしれない。

(―――って、そんな事よりも今は!)

「かなりまずいって、もしかして死んでしまう……って事でしょうか?」
「ええ、死にます。実は時間もあまりありません」
「おい、ちょっと待ってくれよ!!」

 俺とシゲが思わず執事の前へとつめ寄った瞬間、白煙と共に部屋の中央に大きな鏡が出現した。

(これは…?)

「今の向こうのアキラ様達のご様子です」

 その古ぼけた鏡に映っているのは白い病室だった。
 それはとても懐かしい、向こうの世界の病院だった。鏡の中を覗き込んでいるだけで、あの病院独特の消毒液の匂いまでこちらまで漂って来そうだ。
 病室には点滴に繋がれた二人の少年がベッドに横になっている。――見覚えのある顔に、俺達は顔を見合わせて頷いた。

「これって!」
「ああ、俺達だ!」

 俺とシゲだった。

―――しかし、あれは本当に俺なんだろうか?

 あまりにも久しぶりに見た自分の顔に違和感を感じる程、俺はいつの間にかスノーホワイト・エカラット・レネット・カルマン・レーヴル・ド=ロードルトリンゲインになってしまっている。
 ベッドに横たわっている自分の顔を、こうやって他人の体で見るのは何だかとても不思議な感覚だった。

「アキ様の姿もお見せする事は出来ますが、年頃の女性が臥せっている姿を見せるのはどうかと思い配慮しました。どうしてもとおっしゃるのならご姉弟のアキラ様にだけお見せしますが、……ご理解戴けると助かります」
「わ、分かった。……これ、俺達、生きてるのか…?」
「ええ、今は」

 言って男はティーカップをテーブルの上の白いソーサーの上に戻す。
 カチリと陶器が重なる音が、何故か妙に大きく聞こえた。

「い、今は?」
「魂が離れて大分時間が経過している。魂が抜けた体はそう長くは持たない」
「長くは……って、あとどのくらい?」
「こちらの時間で、あと10日程度と言った所でしょうか」
「マジかよ…」

 絶句する俺達の脇から、キンキラ王子兄弟がひょっこりと顔を出して鏡を覗き込む。

「フン、アキラがどれだけ酷い醜男なのか、この僕が直々に確めてやるとしよう」
「どちらが私の可愛いシュガーなの?」

 二人を完全に無視して俺達は話を続ける。

「10日を過ぎるとこっちの俺達はどうなるんだ?消えるのか?それとも…、」

 銀髪の男は目を細めると席を立ち、俺とシゲを頭から爪先までマジマジと見つめた。

 魔性特有の血の様に紅い瞳に射貫く様に見つめられ、知らず知らずの内に体が萎縮する。
 人は人智を越えた力や雄大な大自然の前に立つと脅威を感じる事がある。それに近い感覚の様な気がした。俺は自分がどう逆立ちしても敵いっこない、絶望的なまでに大きな力を持つ妖魔の前で気圧されてしまったのだ。――…ひとまず今の彼にはその気はないようだが、彼は殺そうと思えば俺達の事なんて一瞬で殺せるだけの力を持っている。

 銀髪緋目の妖魔。妖魔の中で一番危険で、凶悪と言われている最高危険種。―――彼等と人間が出会う事は死を意味する。

(しかしアキもどうやってこんなのを使い魔にしたんだよ…?)

 もしかしたら姉は俺とは違った形のチート転生をしているのかもしれない。

「失礼」
「へっ?」

 そんな事を考えながら恐れおののく俺の頭をポンポンと叩くと、男は次にルーカスの肩と頭を触った。

「えー、なに?可愛い女の子ならお触りOKだけど、男はちょっと…。お触り料金取りたいわ」

 露骨に嫌そうな顔をしながら男に触られた場所をパッパと払うシゲは、最高危険種が恐ろしくはないのだろうか?
 そんなシゲの反応を無視して、執事服の最高危険種は俺に向き直る。

「やはり。魂が既に定着しかけている。……アキラ様、最近その体に違和感がないと思いませんか?」
「え?」
「記憶が戻った当時は、足元が地面に付いていない様なフワフワした感覚があったはずです」

 言われてみればそんな感覚もあった様な気がする。
 シゲに視線を向けると奴も心当たりがあったらしく、彼も茫然とした顔のまま頷いた。

「失礼ですが、こちらに来てからのアキラ様のご様子はアキ様と度々覗いておりました」
「そ、そうなの?」
「今はもう不自然さや不便さを感じていた女の体への違和感もないはずです。これは私の私見でございますが、最近のアキラ様は男と交う事への抵抗感もないご様子だ」
「え」

(もしかしてそれって、今までコイツとアキにヤってる所まで覗かれてたって事…?)

 思考どころか体の動きまで停止した。
 しかし俺が突っ込みを入れる前に、男は矢継ぎ早に問いかけて来る。 

「以前のアキラ様は自ら好んで料理をなされていましたか?」
「い、いや…全く。家事とか家の手伝いは嫌いだったわ」
「アキラ様が前世で好きだった食べ物は?」
「え?……えっと、寿司だろ、焼き肉だろ、ラーメンにチャーハンにギョーザだろ?」
「以前のアキラ様が好んで食べていた食べ物と、今のあなたが好んで食べている物は同じですか?」

(スノーホワイトちゃんが好きな食べ物は……アップルパイにペパーミントティーに、あとは生クリームたっぷりの濃厚クリームのグラタンで、)

 スノーホワイトはこんな所まで可愛らしいと言うべきなのか、味覚も女の子らしく甘党だ。
 三浦晃はと言うと、実はあまり甘い物が得意ではなかった。
 酒飲みの母の作る夕飯が酒の肴も兼ねての物が多かったと言う事もあり、焼き鳥や枝豆、たこわさやイカの一夜干しなど酒のつまみになる塩っ辛い物が好きだった。

「シゲ、お前もその体になってから味覚変わった?」
「あ、ああ…」

 どうやら彼もどうやら俺と同様らしい。
 シゲに確認すると彼も茫然とした顔のまま頷く。

「アキラ様は今は苦手な家事も毎日楽しんでなさっているのではないですか?恐らく今のあなたの思考も女性の物と近くなっているはずだ」
「そんな事…!」

 「あるねぇだろ!」と言いかけて俺は顔を顰める。
 認めたくはないが、思い当たる事がいくつもあったのだ。
 今日だってエミリオとデートに着て行く服をドキドキしながら選んだり、やってる事が女の子そのものだった。

「向こうの体の生命力が尽きれば、帰る場所のない魂はそのまま今の体に定着するでしょう。しばらくは三浦晃の記憶もあるでしょう。しかし時間とともにいずれ三浦晃の記憶と人格は消えて、あなたは完全にスノーホワイトとなる」

(な…!)

 絶句する俺の横からおどおどとしたシゲが引き攣った顔を出す。

「妖魔のオニーサン、え、えと、それってアキラだけじゃなくて……やっぱ俺もなんスか?」
「はい」
「うげげっ!」

 俺とシゲが放心状態となり立ち尽くしていると、後から間の抜けた会話が聞こえて来た。

「私はどちらが私の最愛の姫君なのか、一目見ただけですぐに判ったよ。あれがアキラなんだね、……信じられない、なんて愛くるしい姿をしているのだろう」
「なんだ。酷い顔を想像していたのに意外に見れる顔をしているじゃないか、…つまらん」

(ちょっと待て。何言ってんのこの人達)

 言われて「俺ってそんなに美少年だったか…?」と鏡の中に視線を戻すが、……自分で言うのも何だが、ベッドの上には青白い顔をした秋葉原が良く似合うオタクしかいない。
 一瞬隣のシゲの方と間違えているのか?と思ったが、二人の熱い熱視線は一心不乱に鏡の中の三浦晃の方へと注がれている。

「私はつい先刻まで、世界で最も美しいのは私の心酔する姫君スノーホワイトだとばかり思っていたのだが、……信じられない、この世に至高の美が同時に二つも存在していただなんて…!」
「信じられないのは僕の方だ! こ、この僕が男にときめくなど……ありえない…!!」

 信じられないのはすんなりBLに移行できるお前等の頭と、スノーホワイトちゃんばりに俺が美形に見えていると言うお前等の目だ。

「寝顔は小鳩のようにあどけないと言うのに、憂鬱な朝の白薔薇の様に香り立つ色香が立ち込めている。ああ、私はもう、鏡の中の美しい恋人から目を離す事が出来ない…!」
「お前の恋人ではない、向こうのスノーホワイトもこちらのスノーホワイトも僕の恋人だ!!」
「ちょっと待て!!明らかにおかしいだろ!お前等の目って一体どうなってんの!?」
「はあ?どうって…」
「なあ?」

 不思議そうな顔をしながら目を合わせるキンキラ王子兄弟。

 鏡の中の俺とスノーホワイトな俺に交互に視線をやるエミリオ王子の頬は、何故か少し赤らんでいる。
 うっとりとした顔付でベッドで眠っている俺を見つめるアミール王子に至っては、……うん。どうしような、もっと始末が悪いよ。あの王子様、スノーホワイトちゃんを押し倒す時と同じ熱っぽい目をしてやがる…。

―――その時、

「あれ、皆こんな所でどうしたの?珍しいね、お客さん?」
「姫様、どうなされたのですか?」
「このにおい……スノーホワイト、王子、そいつ誰?」

 外がバタバタ騒がしいと思ったら。ヒルデベルト、エルヴァミトーレ、メルヒ、の3人が同時に帰って来てしまい、俺とシゲの表情が強張った。

 部屋の中には最高危険種の妖魔が1匹、そして魔法の鏡らしき怪しい物が宙に浮かんでいるのだ。

「スノーホワイト、下がって」
「ヒル!?いや、この人は大丈夫だって」
「いいから俺の後に下がって」

 ヒルデベルトに至っては見知らぬ客人から主人を守るべく威嚇をする番犬よろしく、今にも牙を剥き出しそうな顔でスノーホワイトの腕を引いて後に下がらせる。
 そして俺の前に立つと、いつ抜刀してもおかしくない様子で彼を睨みつけた。

「お前は誰だ」

 声がいつもより1オクターブ低い。
 戦闘モードのヒルデベルトを初めて見るが、この目付き、まるで別人だ。
 今までも恋人達の喧嘩の延長線上で彼が剣を抜く所を何度か見た事があったが、今までの戯れの中で彼が一度たりとも本気になっていなかった事を事を知る。

 小屋中にビリビリと迸るヒルデベルトの殺気にどうやってこの状況を説明しようか、どうやって誤魔化そうか、俺がシゲと目配せしたその時だ。

「ん?ああ、丁度良い所に。お前達、こちらへ来ると良い」
「へ?」
「エミリオ様、その鏡何なんですか?」
「これが向こうの世界のスノーホワイト、名はアキラと言うらしい。で、こちらはルーカスのようだ」

 ちょいちょいと3人を鏡の前に手招きした後、鏡の中を指差して説明するエミリオ王子に俺とシゲの肩が脱力してだらんと下がる。

「ちょっと待て!!言うなよ!!勝手に言うなよ!!ここは少し躊躇ったり、俺達の反応を見たり気を遣ったりする所だろ!!」
「言っちゃうの!?こんな軽いノリで言っちゃうの!?流石エミリオ様!!あんたの空気の読めなさは天下一品ですね!!」
「な、何か問題あったか?……って、ルーカス。何気にお前、僕に失礼な事言ってないか」

 激昂し詰め寄る俺達にエミリオ王子は戸惑う様に眉を寄せる。

「そうなんだ!これがアキラ? うわぁ、想像してた通りだ、可愛い!!すっごく可愛い!! ルーカスは……わりとどうでもいい!!」

 ヒルデベルトは今までの表情を一変させ、興奮した面持ちで鏡の前に立つと、おめめをキラキラ輝かせながら両の拳を握り締める。
 そんな彼の言葉にシゲが食って掛かった。

「ああん!?今何て言ったこのワンコ君!」
「え?俺、何か言ったかな、……ごめん、正直な感想なんだ、アキラって可愛いよな!!」
「や、確かにアキラは可愛いよ!アキラは昔からすんげー可愛いかったけどよ……って何言わせんだコラ!!」

 おい、シゲ。ちょっと待って。
 なんでお前まで頬染めて、人差し指で鼻の下を擦りながらこっちをチラチラ見てやがるんだ。

(嘘だろ、こいつら本気なのか?)

 頭が痛くなってきた…。

(俺、そこまで可愛くないはずだぞ…?キモオタだぞ。こいつらの目ってどうなってんだ…?それともこれが人生で3回だけ訪れると言うモテ期って奴なのか…?)

 鏡の中の俺とスノーホワイトな俺をチラリと見比べた後、ヒルデベルトは頭の上で手を組みながらぼやく。

「んー、でも俺はどっちかって言ったらスノーホワイトの方がタイプかなぁ…?」
「そ、そら俺だってそうだっつーの!!むさ苦しい男よりもスノーちゃんみたいな可愛い女の子の方が…」

 事情を知っているヒルデベルトの反応はこの通り非情に軽い物だったが、エルヴァミトーレとメルヒはと言うと大層困惑している様子だった。

「この少年が……姫様…?」
「そもそもアキラって誰なの?」
「スノーホワイトの事だよ!!」
「はあ?」
「なんでって言われてもこっちもスノーホワイトでルーカスなんだって!!」
「意味が、解りかねます…」

 部屋の中は正にカオスだった。 

「ああ!っもう、なんて可愛いの!? お姫様は王子様のキスで目覚めると言う話だし、鏡の中の私の可愛い恋人にも一つキスをしてあげようかな。アキラにもちゃんとキスをしてあげないと不平等だからね」

 カオスな空気の中、アミール王子が一人鏡の前に躍り出る。
 彼が宙に浮いた鏡を胸に抱き寄せて頬擦りすると、俺の中にまだ残っていたらしい男の部分に悪寒が走った。

「あの、やめてくれませんか?」

 何故か鳥肌(サブイボ)を立てているのは俺だけではなかった。執事服の妖魔も、鏡を抱きしめるアミールをとても嫌そうな顔で見ている。
 彼が右手を上げると、王子様の腕の中から鏡は掻き消えた。
 キスしようとした寸前で消えた鏡に、アミールが不満気に唇を尖らせる。

「私はただ最愛の王子様(わたし)のキスを待ち焦がれながら眠り続ける美しき姫君にキスをして、優しく起こしてあげたかっただけなのに。邪魔をするなんてなんて無粋な男だろう」
「そうは言われましてもねぇ……男に口付けされて喜ぶ趣味はないですし」

 嘆息混じりにそう小声でぼやく妖魔の言葉を聞くに、あの鏡は彼の体の一部なのだろうか?

―――その時、

「妖魔の客人、本題に戻りませんか?」
「イルミ様!」

 支離滅裂な流れを正常に戻したのはイルミナートだった。 
 実はずっと家の中にいたらしいイルミナートは、いつかの様に話を立ち聞いていたらしい。
 彼はリビングと繋がっているキッチンの戸棚の影から姿を現すと、眼鏡をかけ直しいつになく厳しい視線を男に向ける。

「10日以内にそちらの体に戻らなければ、スノーホワイトの中にいるその少年の人格は消える、と言う事で合っていますか?」
「ええ、合っています」

 しかしこいつら、最高危険種が怖くないのだろうか。
 なんか俺以外皆、普通に話してるぞ…。

 やはり頭が少しアレな奴等なのだろうかと思っていると、意外な言葉がアミールとイルミナートの口から飛び出した。

「それは困るな」
「ええ、困ります」

(なんだって…?)

「私は今の彼女を気に入っているんだ。彼女を今のままの状態でこちらに繋ぎ止める方法はないのか?」
「なんで!?」
「私も彼女が十把一絡げのつまらない女に成り下がってしまわれては困る、現状を保ったまま私の手元に置きたい」
「どうして!?」

 俺の突っ込みにうちの王子様と宰相閣下は心の底から不思議そうな顔になる。

「だっておかしいだろ!!俺なんか消えて普通のお姫様に戻った方が、お前達だって…!!」
「アキラ、その続きを言ったら私でも怒るよ。言っただろう。私は他でもない、あなたの事を愛しているんだ」

 俺の口を人差し指で塞ぐ王子様の声には、珍しく怒気が含まれていた。

(アミール…)

「まったく、本当に困ったお姫様だ。今更何を言っているのやら」

 俺の頭を上から押し潰す様にワシャワシャやりながら、イルミナートはさもなげに言う。

(イルミナート…)

 何故か顔が――いや、体全身が火照っていた。

 二人は俺の前に立ち毅然とした表情で最高危険種の妖魔を振り返る。

「勿体ぶっていないで早く教えては下さいませんか? 元はと言えば、あなたはそれを餌に私達と取引を持ち掛ける為にここに来たのでしょう?」

 妖魔の男はうちの王子と宰相の言葉に、目を三日月の様に細めてニヤリと笑う。

「話が早くて助かります」
「と言うと、やはりアキラをこのままこちらに繋ぎ止める方法はあるんだね?」
「あります。――――…しかしそれには条件がある」
「聞こう」
「先日、私の留守中に訪れた招かれざる客人が主人を連れ去りました。……慌てて主人を取り戻しに行ったのですが、私一人の力では無理でした」

 いつの間にか部屋は静まり返り、皆、静かに男の話に耳を傾けていた。

「主人を助けるのにどうか力を貸していただけませんか。私はこの通り手負いです、最悪な事にマナの祝祭日が近い。いますぐ彼女を助けに行きたいが、私一人では今はそれすら難しい」

 確かにマナの祝祭日まで2週間を切っている。
 最高危険種言えども、手負いの彼は今年の祝祭日を乗り越えるのも辛いはずだ。

 アミールは胸の前で腕を組むと事もなげに言う。

「助けに行ったと言う事は、相手の正体と居場所は分かっているんだな?」
虐殺(カルネージ)の狐。またの名を白面金毛九尾、玉緒前(たまおのまえ)。東の大陸からやって来た九本の金色の尾を持つ悪狐です。人の国に降りて悪戯に人心を惑わして遊ぶ、私達の間でも悪評名高い狐です。」
「ああ……だからあの狐のにおいがしたのか…」

 納得する様に呟いたヒルデベルトの言葉に、アミール王子とイルミナートが目配せして頷き合う。
 確かに部屋に戻って来た時のヒルデベルトの様子はおかしかった。――…相手が最高危険種だと言う事を差し引いても。

―――恐らくこの時点で、ここに居る誰もがアキを浚ったと言う悪狐の正体に気付いていた。

 最後に確認する様にアミールは口を開く。

「その狐の今の名前は?」
「寵妃ホナミ。今はとある少女の姿に化けて、リゲルブルクの王を傀儡にして贅の限りを貪っている」

 やはり、と部屋の中が重苦しい沈黙で包まれた。

 その重厚な沈黙を破ったのはアミール王子だった。

「断る理由がないな。――…分かった、尽力しよう」
「感謝します、アミール王太子殿下」

―――即答だった。

 ガッシリ握手するアミールと妖魔を見て、イルミナートの眼鏡が高い鼻梁からずり落ちる。
 彼は眼鏡を直し、引き攣った顔のままうちの抜け作の肩を掴んだ。

「アミール!勝手に返答するな!!」
「ん?イルミは反対なのかい?」
「そうではない!……交渉と言う物は、もっと慎重に」
「いいじゃないか、ルジェルジェノサメール城奪還作戦に強力な協力者が一人増えたと思えば良い」
「それはそうだが!」
「リンゲインと交渉などしても仕方ないよ、リンゲインあってこその我が国なのだから」

 勝手に即答した王子様に、抜け目のない宰相殿が小姑よろしくネチネチ言っている所に、シゲが割って入る。

「ちょっと待って!アキを助けるのはいいよ!いいけどさ!? あの、俺達向こうに帰れないと色々と困るんですけど、その辺りの事はどうなんの!?」
「そ、そうだよ、勝手に決めんなって!!俺達、向こうに帰らないと…、」
(シュガー)は、私やこちらの世界が嫌いなの?そんなに向こうの世界に帰りたい?」

(う…。)

 アミールだけでない。部屋の恋人達全ての視線が突き刺さり俺はたじろぎ口を噤む。

「そういう問題じゃなくて、俺、向こうにお袋を残して来てるし。俺達がいなくなったら、お袋が…、」

 気まずさの中で目を泳がせながら顔の前で人差し指と人差し指の先をツンツン合わせていると、姉の使い魔はトンでも発言をかましやがった。

「私はこの鏡を解して、アキラ様のお母様をこちらにお連れする事が出来ます」
「え?」
「マジ?」

 俺とシゲは真顔のまま彼を振り返る。

「そうか、ならアキラのお母上をこちらに連れてくれば無問題だね」
「ええ、これで問題解決です。全てが終わったらあなたはこちらで私の妻となると良い、あなたのお母上の面倒も私がみましょう。そこの抜け作王子の妃になるよりもずっと良い生活を保障してあげますよ、その位の甲斐性なら持ち合わせている」

 イルミナートに顎をクイッと持ち上げられて、狼狽える俺を後から抱き寄せるのはアミール王子だ。

「うちの宰相殿は耄碌してしまったのかな。一貴族の口から出て来るには、あまりにも不遜な誇大妄想が聞こえた様な気がするのだが」
「おや、何か違いましたか?スノーホワイト、この男だけは止めておきなさい。この男の妃になってしまったら最後、死ぬまで休むませては貰えませんよ。視察だ祭事だ舞踏会だ晩餐会だで、ゆっくり旅行にも行って羽根を伸ばす事もままならない。贅沢をしようにも国民の監視の目が光っているので、質素倹約が美徳とされる。そんな不自由な立場の男の妻より、私の様な一貴族の妻になった方がよほど自由で優雅暮らしができると思うんですがねぇ」
「どこかの成金貴族のご当主殿には、我が王室が長年民達に愛されて来た理由が判らない様だな。民が苦しい時は、私達も彼等に寄り添い粗衣粗食に励むべきなのだよ。それにね、金と言う物は派手に使えば良いと言うものではない。ここぞと言う時に使えば良いんだ。――ねえ、シュガー。産まれも育ちも良いあなたには、私とイルミ、どちらが正しい事を言っているか分かるよね?」
「使わないではなく使えないの間違いでは? 大きな金を使う時は、あなた達王族は国王言えども行政府の金庫番の元締めのご機嫌伺をしなければならない立場ですからねぇ。学生時代から思っていたのですよ。アミー様は良くもあんな子供の小遣いにもならない様な少額の王室費で毎年やりくり出来るな、と」
「どうやら品性を金で買う事は出来ないと言うのは真実らしいな」

 バチバチと火花を飛ばし合うアミール王子とイルミナートの間で、俺は手をバタバタと振りながらシゲに助けを求める。

「な、で、でも!!なあ、シゲ!!そんな事勝手に決められたら困るよな!?」
「あ、ああ、うん、困る…よな……?」
「学校とか、色々あるしさ!?」
「まあまあ、時間はあと10日あるのです。何ならその後も彼の力を借りて、向こうかこちらか時間を掛けてじっくり選べば良いのでないですか?」

(まあ、確かにそうか…?)

 狼狽しながらも頷くと、イルミナートの眼鏡のレンズがキラリと光った。

「絶対に、こちらの世界を、――いえ、私を選ばせてみせますが」
「イルミは一体何を言っているんだろうな、昔からお姫様は王子様と結ばれる物だと相場で決まっているのに」
「それを言うなら僕だって王子だ!!」

 兄王子と宰相が黒い笑顔で殴り合う様を、今まで気圧されながら見守っていたエミリオ王子がそこで参戦する。

「王子様達は分っちゃいねぇな。昔から身分違いの恋って奴は、レディー達に絶大な人気を誇るヒストリカスなロマンスなんだよ。お姫様と騎士なんて最高に人気ジャンルだろ。なあ、アキラ?」
「身分違いなら私にも分があるな」

 長い三つ編みを指で弾きながらたわけた事を抜かすルーカスの言に、珍しくメルヒまで乗って来た。

「それなら僕だって!!正直何が何なのか良く解らないけど……スノーホワイト、僕を選んでくれたら、僕、僕、……君に、僕の全てを捧げても良い」
「へっ?」
「君がしたい事、全部させてあげる」
「な、何を…?」
「君がしたいんなら、……こないだの続き、してもいい…よ?」

 ギュッと俺の手を握るエルの目元は生娘の様にほんのり紅い。

(し、したい事……って、まさか?)

 修道女(シス)妹姫(プリ)でポテトスターチEXのあの夜の続き……と言う事で合っているのだろうか?

 生唾をごっくんと飲み込みながら目の前にある少女の様に愛らしい顔を凝視すると、エルは伏し目がちにこくりと頷いた。

「あ……ああ、やだ。ぼ、ぼく、何言ってるんだろ、……もう…、」

 言ってトマトの様に真っ赤になった顔を両手で覆い隠すエルは、叔母の勧めで見合い結婚した古風な家の娘が、初めての床入りの夜前に周章狼狽する姿の様に初々しい。
 思わず想像してしまった俺の鼻から、たらりと赤い物が流れる。
「駄目駄目駄目駄目!スノーホワイトは俺の!!俺の!!俺の!!ね、そうだよね!?小さい頃、俺達、ずっと一緒だって約束したよね!?」

 エルヴァミトーレを押しのけたヒルデベルトに、今度は両手をギュッと握られる。

「俺、君がいないと駄目なんだ。俺、君が男でも女でも構わない。こないだも言ったよね?俺はこっちの世界を捨てて君の世界に行っても良い」
「ヒル…?」
「俺、君の為なら何でも出来るよ、本当になんでもできるん、だ。……だから、お願い。おねがいだよ、スノーホワイト、俺の事捨てない……っで、ねが、い…!」
「お、おい」

 声が上擦りった時まさかとは思ったが、ポロポロとヒルデベルトの頬を流れ出した大粒の水滴に俺は息を飲む。
 慌てて涙を拭おうと彼の頬に伸ばした手を掴まれた。

「おねがい、俺にするって……言って…?」

 大雨の夜、段ボール箱の中にに捨てられた子犬と目が合った様に、俺は身じろぎをする事も忘れて立ち尽くしてしまった。

 男は女の涙に弱いと最初に言い出したのは一体誰なのだろうか。
 この手の母性本能を擽るタイプの少年の涙の方がよっぽどタチが悪い気がする。

(や、やばい…)

―――俺が思わず頷きかけてしまった、その時。

 ゴホン!と言う咳払いと共に助けが入った。

「アキラ様。いえ、プリンセススノーホワイト、あなたのお答えを聞かせて下さい」

 俺はこれ幸いとヒルデベルトの前から姉の使い魔の前までダッシュで逃げる。
 最高危険種の前が今は一番安心出来るなんて何かおかしな気がするが、俺はBLは無理だ。俺をBLから救い出してくれるのならば妖魔でも魔王でも何でもいい。

「……主人を、アキ様を助けて下さいますか?」
「あ、ああ、アキを助けるのに理由なんかある訳ない。それにコイツ等の敵とアキを浚った奴は同一人物なんだろ?」

―――しかし、

 執事服の妖魔は、何かを見定める様なめでジッと俺の目を見つめた。

「……アキ様があなたの継母、鏡の女王リディアンネルに転生していると言ってもですか?」

「え…?」

 俺はこないだシゲに適当に言った事が大当たりだった事に驚いた。

 次の瞬間、頭の中にブワッと広がったのはスノーホワイトの記憶だった。――…お世辞にも良い思い出とは言えない継母との思い出の数々に、スノーホワイトの顔から表情が消えた。

・アキラ君は(多分)そんなに可愛くありません。攻略キャラ達の目と頭がおかしいだけです。
・目次にリンクさせてある【登場キャラクター紹介】更新しました。(主にシゲル君の既出彼女一覧です)
ちょっとした裏話が乗っているのでもし良ろしければ覗いてみて下さいね。
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Siti Dara

Hi. I’m Designer of Blog Magic. I’m CEO/Founder of ThemeXpose. I’m Creative Art Director, Web Designer, UI/UX Designer, Interaction Designer, Industrial Designer, Web Developer, Business Enthusiast, StartUp Enthusiast, Speaker, Writer and Photographer. Inspired to make things looks better.

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