『Shirayukihime to 7 Nin no Koibito』to iu 18 kin Otomege Heroin ni Tenseishiteshimatta Ore ga Zenryoku de Oujitachi kara Nigeru Hanashi chapter 87

5・良心と呵責の間で喘いでる
 その男は今日も変わらず窓から空を見上げていた。

 アミール王子は思う。
 この男は息子である自分達の顔よりも、空を見ていた時間の方が遥かに長いだろう、と。

 崩壊した家庭、終わろうとしている男の王国。

―――謁見の間のその窓からもきっと外の惨状を見る事は出来るだろうに、それでも男は今日も変わらずに空だけを見上げてみた。

 全てから目を背ける様にして空を見ている男が何を考えているのか、アミール王子には解らない。過去、それを知りたいと思った事はあった。知ろうと努力した事もあったが、今は特段この男の事を理解したいとは思わない。

「父上、お久しぶりです。ご気分いかがでしょうか?」
「アミールか、あまり良くないな」
「てっきり執務室の方だと思いましたが、こちらでしたか」
「お前は昔からそうだったな、……私の部屋に勝手に入るなと、何度言い聞かせれば判るんだ」

 こちらを振り返りもせずに応える男に、満面の笑みで嫌味ったらしく返そうと思ったが、自然とアミール王子の目付きも口調も冷たい物となってしまう。

「それは聖女にしたためた恋文を息子に見られてしまっては格好がつかないから、でしょうか?」

 流石に男は振り返ると、感情を含まない瞳と声で「ああ、やはり見られていたのか」と呟いた。

「しかし驚いたな、異界の文字を良く解読出来たね。アミール、褒めてあげよう」
「…………。」

 初めて父から向けられた親らしい言葉と柔らかい眼差しに戸惑いを覚えながら、彼は今日ここに来た目的を淡々と告げる。

「―――…父上。私は本日、あなたを殺しに参りました」

 意外な事に男は自分の言葉にも、自分がこの玉座の間へと引き連れて来たレジスタンス軍の精鋭達の顔ぶれにも驚いた様子はなかった。

「いつかこの日が来るだろうと思っていたよ、お前の目はいつだって私への憎悪で満ち溢れていたから」

 それどころか何故か嬉しそうに、誇らしそうに目を細めて笑ったのだ。

「むしろ遅かったくらいだ」

 男のその言葉にアミール王子は奥歯を噛み締める。

「もう一度だけ聞きます。ホナミを捨て、以前の様に皆に慕われる王に戻る気はないのですか」
「ない。ホナミ君は私の命だ」
「もう一度だけ言います。あれは人ではない、父上は彼女に魅入られている」
「何を愚かな事を、そんな訳がないだろう」
「父上!」
「―――…仮にそうだとしても、私は一向に構わない」

 瞳を閉じて穏かな口調でそう言い切った男のその様子に、アミール王子は発しかけた言葉を思わず飲み込んでしまう。

「アミール、おまえもそろそろ私の気持ちが解る頃だろう?」
「……残念ですが私には解りかねます」
「スノーホワイト・エカラット・レネット・カルマン・レーヴル・ド=ロードルトリンゲイン」

 最愛の姫君の名前を出され、アミール王子の頬の筋肉が一瞬ピクリと引き攣った。

「抜け作のお前にゴードゥン族の長の首を獲らせ、グデアグラマ国境紛争を鎮めさせ、バルジャジーア侵攻までさせたリンゲインの深層の姫君。――…もし彼女が異界の住人で、向こうに帰ってしまったらお前はどうする?」
「……例え彼女が異世界の住人で、どこか遠くの世界に帰ってしまったとしても、私は彼女の偽物などに用はない」

 この男がアキラの事を知っている訳がない。
 そうは思いつつも歯切りしながら答える彼の声は震えていた。

「―――…誰かの様に偽物を抱き、彼女と彼女の思い出を貶めるくらいならば、私は死した方がマシだ…!!」

「ああ、その潔癖さ、高潔さ、孤高の強さ、そしてその意志の強い蒼い瞳。お前は本当に母親のベルナデットそっくりだ。そっくり過ぎて、――……虫唾が走るよ、心の底から」

 男がくしゃりと顔を歪めて嗤った瞬間、謁見の間にブワッと殺気が湧き立った。

 男が発する殺気に共鳴する様に、鞘の中に収められたままの唯一神の秘宝、7つの宝玉の内の1つ『冥府の刃』が禍々しい闇を帯びて輝き出し、鞘の周囲を紫檀色のプラズマが弾ける。

「アミール、今日は私がお前に王としての心得を教えてやろう」

―――リゲルブルク公国第387代国王、ラインハルト・カルド・ドゥーマ・レイヴィンズバーグ・アルトマイヤー・フォン・リゲルブルクが剣を抜いた。

「正義とは時に激しくぶつかり合う物だ。―――…今の私とお前の様に」

 闇よりも深い色に染まった鞘から抜かれた剣の刃は、ギチギチと音を立てながら、紫水晶アメジストの原石の様に大きく膨れ上がる。

「正義とは大抵社会全体の意思、すなわち民意により可決される。民意とは時代の流れとともに変化する、とても移ろいやすい物だ。そしてそれは今のお前の様に扇動し、操作する事も可能だ」
「……何が言いたいのですか。まさか地に落ちた今のご自分に語るに足る正義があるとでも?」
「そりゃね、私にだって自分の信じる正義の一つや二つはあるさ」
「それはとても興味深い話ですね」

 冷ややかに嘲笑い、しらけた笑みを皮膚の上に浮かべながら己の剣に手をかける息子に、男は歌う様に続ける。

「私達人間は正義の名の下に暴力や殺人、侵略や略奪を肯定して歴史を築いて来た。正義とはいつだって絶対的強者の独善的な価値観に基いた弁明に過ぎない。一見壮大に見える物でも、高尚に感じる物だって、一皮剥いてみればどれも利己的で身勝手な感情で構成されている。――…だからこそ私達が間違える事は許されない」
「……良く言う」
「我が息子よ、お前にこの玉座の重みに耐える事が出来るかな」

 影の様に暗い笑みを浮かべる息子に、男は自分の背丈程の大きさまで育った刃を向ける。

「今まで散々間違え続けて来た男が、今更何を言っている。そんな事言われるまでもなく、貴様の息子に産まれた時点でとうに理解している。――…勝てば。権力ちからさえあれば、どんな横暴の限りを尽くしても、身の毛もよだつ悪逆非道な行いだって正義になり得るんだ!お前が母上を殺した様に!」

「ならば己の正義の為に戦おうではないか、我が息子よ」

 アミール王子も迷わずに『幽魔の牢獄』を引き抜いた。

「私に勝てばその瞬間からお前が正義だ。倒せるものなら私を倒し、己の正義を世に知らしめてみるがいい」

「ああ、この日をどんなに待ち望んだ事だろう、やっとあなたの事を殺す事が出来る、やっと母上の仇を取る事が出来る…!」

ブワッ!!

 二つの闇が謁見の間に広がった。


*****


「スノー、しっかりしろ!!
「あ…、」

 ヴラジミールに肩を揺さぶられて俺は我に返る。

「ここは俺達が時間が稼ぐ。お前はどうにかして水竜王の呼び出すんだ!!」
「で、でも、そんな!一体どうやって!?」
「ほれ、見てみろ。昨夜から湖が金色に光ってゴポゴポ言ってるんだ」

 ヴラジミールに促されるまま、吹き抜けから湖面を見下ろす。
 確かに湖面はうっすら金色に光り輝いていた。湖の中央にブクブクと泡立っている。

「こんな事今までなかった。恐らくリンゲインの存亡の危機に水竜王は目覚めかけている!きっとお前の呼びかけを待っているんだ!」
「あの時の借りはこれでチャラだぜお嬢ちゃん!」

 馴れ馴れしくスノーホワイトの肩に腕を回して来た盗賊の頭をヴラジミールがぽかりとやる。

「この程度でチャラになる訳ねぇだろうが!!本当に反省してんのか、お前等は!!」
「し、してますってば親分!」

 慌しい叔父達一行はあっという間に最上階から消え去った。
 しばし俺達三人は呆然と佇んでいたが、ハッと我に返ったエミリオ王子が声を上げる。

「スノーホワイト!」
「は、はい!」

 王子に急かされるまま俺は祭壇の前に跪いた。

(良く解らないけど…、お、お願いします、リンゲインの危機です!水竜王様、どうかお目覚め下さい!!)

 瞳を閉じて祈りを捧げる事、しばし。

・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・。

―――何も起こらなかった。

「おい。スノーホワイト、真面目にやってるのか?」
「や、やってます!!」

 背中からかかったエミリオ王子の白けた言葉に、心外だとばかりに後を振り返る。

「でも、どんなにお願いしても反応がないんです!」
「スノーちゃん、もしかしたら声に出してお願いしてみるといいのかも!?人間間でも実際口に出して言わないと分かり合えない事って多いし、案外この手の神様もそうなのかも!?」

 しょぼんとした顔で項垂れているとルーカスが助け舟を出してくれた。

「そ、そっか!なるほど!!我が国の守護神水竜王様!歴史の再来です、教皇国がまた侵略を再開しました!リンゲインの、民の危機です!!どうか今一度眠りから覚めて、私達をお救い下さい!!」

・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・。

―――やはり何も起こらなかった。

「うがああああああああ!!どうすればいいんだよ!?俺だから!?俺がいるから!?不純物が入ってるから駄目って事か!?」
「いや、それを言うのなら恐らくこの神聖なる祭壇で、あー……ああ、あれだ。きっとあの時のあれのせいじゃないのか?」
「畜生!!思い当たる事が多すぎる!!」

 俺の叫びにエミリオ王子はやや赤らんだ頬で咳払いをして、ルーカスは頭を抱えて呻く。

「お願いです、水竜王様!どうか目を覚ましてください!!」

 そんなこんなをやっている内に、城の下がザワザワと騒がしい。
 下を覗いてみると、あっさり白旗を上げたヴラジミール達が縄で縛られている様子が見えた。

「おいあのオッサン!威勢の良い事言って飛び出したんだからもっと頑張れよ!!」
「仕方ないだろう。カルヴァリオの最強騎士団聖火十字軍の精鋭中の精鋭が相手だ」

 後手で縄で縛られているヴラジミールと目が合った。
 彼は「ごっめーん☆」とでも言う様に、ペロッと舌を出しながらウインクして来た。

 しかしマジで役に立たないオッサンだな、おい。

「スノーホワイト!もう一度やってみろ!!」
「こ、心を込めてお願いすればいけるって!!」
「お願いします!!」
「俺達からもお願いします神様仏様竜神様!!」

―――その時、

「お姫様!城門が突破されたぞ!!竜神はまだか!?」

 階段を駆け上がって、最上階に飛び込んで来たのは例の調子の良い盗賊だった。

「まだだ…!」
「駄目そうか!?」
「す、すみません…」

 申し訳なくて頭を下げるが、彼はこうなる事も予め予期していたらしい。

「よし、ならさっさと逃げるぞ!!向こうに隠し通路があるから、こっから城を出よう!!」

 調子の良い盗賊に手を引かれ、ヴラジミールのさっきのあれは「無理だったら逃げろ」と言う意味だったのだと気付く。

しかし俺は静かに首を横に振った。

「私はこの国の王女です、そしてここはリンゲインにとって特別な意味を持つ城です。この城を捨てて逃げる訳にはいきません」
「お姫様……で、でもよ、俺、親分にあんたの事を逃がす様に言われて、」
「ごめんなさい」

 青ざめて立ち尽くす盗賊にもう一度頭を下げると、俺はスノーホワイトの事をここまで必死に守ってくれた王子様と騎士に向き直る。
 随分とボロボロな姿になってしまった二人に、改めて申し訳ない気持ちになった。
 二人の体力はとうに尽きている。
 今は立っているのも辛いはずだ。――…もう、彼等を戦わせる事は出来ない。

「――…エミリオ様、ルーカスさん、今まで本当にありがとうございました。どうかあなた達だけでもお逃げ下さい」

ガッ!

 瞬間、ルーカスに肩を捕まれた。

「何言ってんだよアキラ!さっさとこんな所からおさらばするぞ!俺達は元の世界に帰るんだろ!?なあ!」

 ただ曖昧な笑みを浮かべて笑う事しか出来ない俺の肩を、幼馴染が激しく揺さぶる。

「こんな訳のわかんねぇ世界の戦争に巻き込まれて死ぬなんて馬鹿みたいだろうが!!いいからさっさと逃げるぞ!!」
「うん、実は俺もずっとそう思ってたんだけどさ、」
「だったら!!」

 彼の言葉を遮って俺は続ける。

「シゲ。……今の俺は三浦晃でもあるけど、同時にスノーホワイト・エカラット・レネット・カルマン・レーヴル・ド=ロードルトリンゲインでもあるんだよ。俺は今、自分の為に命を散らしている兵や民を見捨てて国外に逃げる事なんてできない」

バッ!

 彼が手を振り上げた瞬間、殴られるなと覚悟して目を瞑った。

 しかしそれからどんなに待っても頬に痛みが走る事はなかった。
 怪訝に思い瞳を開くと、俺の目の前で幼馴染は大きく肩を上下させながら震えていた。
 結局彼は歯を食いしばりながら、親の仇を見る様な目で俺を睨みながら振り上げた手を戦慄かせるだけで、その手をスノーホワイトの上に振り下ろす事はしなかった。
 幼馴染は大きく息を吐きながら、振り上げた手をゆっくり下に下ろす。

「おまえ、マジで何言ってんだよ……穂波さんどうすんだ? あの人、お前と亜姫が目覚めるのずっと待ってんだぞ? 病院で毎日、一人で泣きながら待ってたんだぞ? 俺が行った時だって、あの人…、」

 幼馴染のその言葉に心が動かなかったと言えば嘘になる。

「―――…亜姫を頼む。どうかちゃんと向こうに帰してやってくれ」

 重苦しい沈黙の中、誰かがふっと笑った声がした。
 顔を上げると笑っていたのはエミリオ王子だった。

「見上げた心意気だ。いいだろう、アキラ。――…僕が最後まで付き合ってやる」

 俺は神妙な顔で首を横に振った。

「エミリオ…お前もだ、リゲルに帰ってくれ。ここでお前を死なせてしまったら俺はアミールに会わせる顔がない」
「ここであいつの名前を出すな。これは僕個人の問題だ、僕がここに留まる事とアミールは無関係だろう」
「あんた達、逃げるなら早く!!」

 盗賊に急かされて、城内に兵士達がなだれこんで来た気配に気付く。

「で、でも!!時間がない、早く逃げ――、」

 さっさと逃げろ腕を掴み、盗賊の方へと引っ張る俺の手首を掴み返すとエミリオ王子は言った。

「お前が残ると言うのなら僕も残る。ここがリンゲインにとってどの様な意味を持つ場所なのか僕には判らない。ただこの城がお前にとって大切な物であり、お前が命を賭してでも守りたい物だと言う事は理解した。僕が最期までこの城を守ってやる」
「何を、死ぬぞ馬鹿!」
「お前も死ぬ気なんだろう」

(え…?)

「僕が一緒に死んでやると言っているんだ」
「なん…で……?」
「好いている女に命を懸けて何が悪い」

 振り向けば驚くほど近くにあったアクアマリンの瞳に、スノーホワイトの呼吸どころか鼓動の音までもが停止する。

―――目の前にある、世界で一番純粋な混じり気のない蒼に見惚れてしまった。

(もしかして、今好きって…?)

 こんな危機的状況に何を言っているんだと言うなかれ。俺はずっとこの王子様に嫌われていると思い込んでいたのだ。

(ここ数日様子がおかしいとは思っていたが、そういう事だったのか…)

 スノーホワイトの頬がジワジワと熱を持ちはじめる。
 何も言えなくなる俺を他所に、王子様は長年自分に仕えた騎士を振り返った。

「ルーカス、いや、シゲと言った方がいいのか? 今日限りでお前は解雇だ。異世界なりどこへなり、好きな所へ行くといい」
「エミリオ様!?」
「お前はもう僕の我儘に付きあう必要はない、今まで僕に付き合ってくれた事を感謝する。元の世界に帰って幸せになれ」

 シゲは動かなかった。
 ただ幽鬼のように血の気の失せた顔で、その場に立ち尽くしていた。

「ど、どうします?逃げますか?」
「…………。」

 答えないシゲに、その盗賊は本当に逃げないのか再度声をかけた。
 反応がないので彼は俺達に頭を下げてさっさと逃げてしまった。

 階段を駆け上がる軍靴の音がどんどん大きくなって来る。

「鬼ごっこはもう終わりか?」


―――最上階にミカエラ達が到着した。
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Siti Dara

Hi. I’m Designer of Blog Magic. I’m CEO/Founder of ThemeXpose. I’m Creative Art Director, Web Designer, UI/UX Designer, Interaction Designer, Industrial Designer, Web Developer, Business Enthusiast, StartUp Enthusiast, Speaker, Writer and Photographer. Inspired to make things looks better.

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