【閑話】恋煩いの魔女とカルネージの狐 前編
✿前略スノーホワイト様✿
アキラ君久しぶり!お姉ちゃんだよ(ㆁᴗㆁ✿)
って言うと何か変だけど本当にお姉ちゃんなんだよ!信じられないかもしれないけどお姉ちゃんだよ!三浦亜姫だよ!久しぶり!(ㆁᴗㆁ✿)
いやー、実は私も転生しちゃったみたいなんだよね!……その、アキラ君と言うか、プリンセススノーホワイトの継母に…。
本当にごめんなさい…。
記憶戻ったの、本当につい最近なんだ…。
謝ります。謝りますのでどうか今までリディアンネルがあなたにしてきた数々の事をお許し下さい…。
前世のよしみで許しておくれ。どうぞよしなに。平に、平に。
アキラ君とアミー様の結婚の宴の席で、真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされて、死ぬまで踊るのだけは勘弁…。
とりあえず今度何か美味しい物でも持って遊びに行くから、皆で一緒にお茶しようよ!!(ㆁᴗㆁ✿)
安心して!毒りんごは持って行きません!!w
追伸
アキラ君の本命は誰なのかな(ㆁᴗㆁ✿)?
やっぱりスーパー逆ハーレム重婚ED狙い?頑張ってね!(ㆁᴗㆁ✿)
あ、選択肢で判らない所があったら、何でもお姉ちゃんに聞くんだよ(ㆁᴗㆁ✿)
✿あなたの継母INお姉ちゃんより✿
(うーん…。)
PCの電子メールやスマートフォンのメッセンジャーアプリ、SNSの弊害だろうか。
何度か書き直したが、我ながら馬鹿っぽい手紙だ。
いや、真面目に書いても手紙の内容が内容なので、物凄く馬鹿っぽい文面になってしまうのだが。
(まあ、これで良いか……?)
羽ペンで書いた手紙を封筒に入れ、王家の紋章入りの赤い封蝋 印を押しながらアキは虚空を見上げる。
前世三浦亜姫が愛用していた顔文字も入れたし、文体や筆跡も当時の物だ。
文字は懐かしの日本語で書いているので、この世界の人間に読まれる心配はない。例え中身を見られてもリディアンネルが頭がおかしいと思われる心配もない。
自分の身元保証と言った意味ではこれで一発だろう。
「ねえ、これ、ちょっとアキラ君に届けてきてくれない?」
封筒を傍で待機していた執事の妖魔に渡すと、彼は何故か苦々しい顔になった。
「……私ですか」
「なんでそんな顔するの、あんたなら鏡使えば一瞬で向こうに行けるじゃない」
この鏡の妖魔の能力はレアだ。
鏡がある場所なら基本、どこへでも一瞬で行く事が出来る。
ただし鏡に皹が入っていたり割れていたりすると通り抜けが出来ないとか、魔界や霊界、亜空間に行く場合は、自分の住処である鏡を介して入ってからではないと駄目だとか、幾つかの制限や条件はあるのだが。
「いえ、今回はそうはいかないのです」
「なんで?」
いつになく憂鬱そうに使い魔は嘆息する。
「アキ様……いえ、リディア様は『神の石』の事はご存知ですよね?」
「うん。世界に7つあるとっても強力な魔石の事でしょう?手にした者に適性があれば、いにしえの邪神の力を自在に使いこなせる様になるとか言う、あれ」
この世界の魔女で『神の石』を知らぬ者はいない。
『神の石』とは誰もが喉から手が出る程欲っしている石でありながら、誰もが狙わない代物だ。
石は持ち主を選ぶ。
そして何故か石は人間を好む事が多い。
脆弱な人間相手なら簡単に奪えるだろうと、過去、何度も石の持ち主が狙われた事があった。
その持ち主を殺して奪った石を場合、邪神が姿を現して石の中に封じられてしまうと言う話が魔女達の世界では伝承話の様になってまことしやかに語り継がれている。
石の中に封じ込められた者達は邪神に喰われてしまったのか、はたまたその命尽きるまで、石の持ち主に魔力を提供する事になるのか、それは誰にも解らない。
何故なら石に吸収されてこの世に帰って来た者は誰一人としていないのだから。
「アミール王子が『神の石』の一つ『幽魔の牢獄』を持っているのです。彼が幽魔を使い、あの小屋の周辺に迷霧の結界を張っているので、あの小屋の中にある鏡の中に入る事が出来ないのです」
そこまで言うと、使い魔は以前自分が入っていた古ぼけた鏡を出す。
宙に浮いた古い木枠にはめ込まれた楕円形の鏡は、一体何十年前の物なのだろう?
白いペンキがところどころに剥げ、苔まで生えてどこかシャビーシックな印象がある。
前世の母が目指していた、白で統一したフレンチシャビーのキッチンとダイニングを思い出して、アキは少し憂鬱になった。
「ご覧ください」
言って使い魔は鏡の中に、ぬぷんと自分の腕を突っ込んだ。
まるで水の入った桶に腕をつけるように容易く鏡の中に入った彼の腕は、次の瞬間、鏡の中から勢い良く飛び出して来る。
「今、あの小屋の鏡の中に入ろうとするとこうなるのです」と言って、彼は自分の腕を引き抜いた。
「その様子だと、例え私達がミュルクヴィズの森に行ってもアミー様が結界を解かない限り結界の中には入れないって事なのかな」
「いいえ。『神の石』の力は強力ですが、使っているのはただの人間です。私ならばあの結界を破る事も容易い」
コキコキと肩の骨を鳴らしながら鏡をどこかに消す使い魔を見つめながら、アキは思案する。
「つまりあなたが行くとなると、ミュルクヴィズから一番近い場所にある村の家の鏡から出て、そこから森の中を歩いて行かなければならないって事ね?」
「そうです。結界の張ってある場所の位置からして、恐らく戻ってくるのに2、3日はかかるかと」
「それでも私の他の使い魔じゃその結界を破れるかも微妙だし。あなたを行かせるのが一番合理的だと思うんだけど」
「まあ、それはそうなんですが」
どうしたと言うのだろう、鏡の妖魔は渋っている。
「どうしたの、何か行きたくない理由でもあるの?」
「……いえ、ご用命とあらば何なりと」
白い手袋をはめた男の手が、アキの頬に触れた。
ドキン、
(な、なに……?)
キス、されるのだろうか?
キスなんてベッドの中では数え切れないくらいしてるのに、今更何故だろう。
ドキドキと壊れそうなくらい大きな音で心臓が鳴っている。
思わず身を硬くして、ギュッと目を瞑ると使い魔は苦笑混じりに呟いた。
「……エンディミイリオン」
「え?」
「私の名前です。私の留守中、何かありましたら呼んで下さい。呼ばれれば、アキ様がどこに居たとしても私には分かります。呼ばれればすぐにあなたの元に馳せ参じます」
「なん、で……?」
―――この使い魔の主として、魔女リディアンネルとして適切な言葉が出て来なかった。
そんなアキの様子に、男は静かな笑みを浮かべる。
それは蝉の儚い夏歌と鈴虫の奏でる秋歌が混ざりゆく季節めいた、妙に切ない笑顔だった。
男の笑顔に綺麗だなんて感想を持つのはおかしな感じもするが、純粋に綺麗だなと思った。
この男の主として返すのならば「それが当然でしょう、今更何を言っているの」と言った類の台詞が適切であった。
魔女として返すのならば「何故名前を教えた?」と向こうの思惑を問うべきだった。
―――この男、さらりと自分の名を名乗ったが、――…実はこれはとんでもない事なのだ。
妖魔と言う生き物は極めて特殊な生き物だ。
どちらかと言えば精神生命体の魔族と近い。
彼等は肉体を破壊されてもけっして死ぬ事はない。
しかし彼等が不死と言う事はない。
妖魔は”玉 ”と言う、自分の命を具現化させた物を隠し持っている。
それを破壊されると彼等の体は砂となって消滅する。
リディアンネルは、使い魔達の”玉”を握っている。
だからこそ主として彼等を使役出来る。
命令に背いたら”玉”を砕かれる。だからこそどの使い魔もリディアンネルの命令に従う。
この妖魔はリディアンネルが直に配下に下した訳ではなかった。
だからこそ不平不満は言うし、聞きたくない命令は聞かない。
―――しかし今、この男は自らリディアンネルに”玉 ”を差し出して来たのだ。
自分の真名 を教えると言う事はそういう事だ。
「すぐに戻ってきますから」
「う、うん」
そのまま使い魔は音もなく部屋から消えた。
「…………。」
ボスン、
一人になったアキは、大きな天蓋ベッドに背中から倒れ込んだ。
(何考えてんの、本当に…。)
何とはなしに、ベッドの背もたれにセットした大きな鏡に視線を投げる。
もうそろそろ白雪姫(アキラ君)の所には、自分の最萌のツンデレ王子エミリオたんがいつ登場していておかしくない。もちろん愛しのルーカス様も。
(でも、なんでだろう……。)
最近、鏡でスノーホワイト達の様子を覗きたいとは思わなくなってきた。
―――それよりも、
『鏡ばかり見てないで、たまには外に出てみませんか? アキ様、私とデートしましょう』
『……嫌よ、なんでこんな暑い日にわざわざ外になんか出なきゃなんないの』
『まあまあ、そう言わずに。私が日傘をお持ちいたしますから。ね、ね?』
何故だか今はあの男と何気ない話をして、一緒に過ごしている時間の方が楽しく思えるのだ。
『アキ様』
自分の名前を呼ぶ、彼のあの声が好きだ。
冬の朝、寒さに震えながら作ったにホットチョコみたいに、冷えた体にじわっと染みこんで行く、低くて甘いあの声が好き。
彼のあの春の陽射しのように暖かい眼差しが好き。
バレてないと思ってるのかな。毎朝自分を起こす時、カーテンを開ける前にこっそりキスされるのが好き。
手袋を外す時、噛んで外す妙に色のある仕草が好き。
黒いタイを緩める時の、意外に男らしい手付きが好き。
夜のあのとろけるように甘い声が好き。
大人の男の余裕が消える、あの瞬間の顔が好き。
(これって、もしかして……。)
―――私は、もしかしたら彼の事を…?
自分の気持ちを誤魔化す様にブンブンと頭を振る。
「エンディミイリオンかぁ、なんか長いな。なんて呼べばいいんだろ?……エンディ?それともリオン?」
―――その時、
ビリリリリッ!!
城周辺に張り巡らせた結界が抉じ開けられる感覚に、アキは魔女 の顔になった。
慌ててベッドから飛び起きると、不死鳥の血を固めて作った杖を手に取る。
ギャアギャアギャア!!
カラスの形に変化させた使い魔達が、侵入者を知らせる様に騒ぎ始めたその時だった。
「初めまして、鏡の女王。私は東の大陸から来た白面金毛九尾の狐、玉緒前 と申します」
ふわりとカーテンが揺れ、突如部屋に現われた女の姿にリデアンネルの眼光は鋭い物となる。
年の頃なら十五、六。白い死に装束の様な着物から覗く九本の金色 の尾に、頭から生える同色の獣耳。
白い狐面の下から流れる、この世界ではとても珍しい闇色の髪。
女が己の顔を隠していた狐面を取った瞬間、アキの体から力が抜けた。
仮面の中から現われた女の顔は、アキにとって馴染み深いどころではない顔だった。
(お母さん……?)
これは何かの偶然、いや、悪い冗談なのか。
その女の顔はアキの母親――…三浦穂波 の若かりし日の物と同じだった。
白面金毛九尾を出したせいか、久々に栃木に温泉に浸かりに行きたい気分になってしまった。
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