1・俺の残念な名前について。……下の…ね。
俺はセンスのねぇ人間が嫌いだ。――…つまんねぇギャグ、ウィットに富まない会話、だっせぇネクタイ、もさい髪型、垢抜けない化粧、統一性のないインテリア。どんなに安売りしていても誰も買わない様な家具を「得した」と言ってドヤ顔で買ってくるそのセンス。見ているだけで苛々する。
俺は馬鹿が嫌いだ。――…馬鹿とは勉強が出来ない馬鹿じゃない。人の気持ちを考えられない馬鹿や、後先の事を考えられない馬鹿の事だ。
俺の両親の話になるが、センスのない馬鹿に限ってはもうどうしようもない。
俺の名前は下村茂 。――…俺は自分の名前が大嫌いだ。
下村と言う苗字が悪い訳ではない。
悪いのは下の名前との組み合わせと、うちの両親の頭とセンスだ。
アイツ等は、”下村”の下に”茂”なんて最悪の組み合わせの名前を俺に付けたのだろうか。
未来ある若者 への嫌がらせだろうか?それとも実は望まれた結婚・妊娠ではなく、二人は産まれる前から俺を憎んでいたのだろうか?そんな事を真剣に考えた時期もあったが、両親は真剣に愛し合って結婚し、俺は望まれて二人の間に産まれ、俺は両親に惜しみない愛情を受けて育った。
―――つまり、ただ単純にうちの両親が馬鹿でセンスが悪いだけだった。
アイツ等は息子が学校でからかわれる未来を予想出来なかったらしい。
ちなみに俺の妹の名前は茂実 だ。
「お兄ちゃんの”茂”に、お母さんの名前の亜実から”実”を取って茂実にしましょう」と言う、クソババアの安直な考えから妹の名前は茂実となった。
当然妹も学校で名前をからかわれており、登校するのが苦痛の様だ。
俺の苗字が上村や中村だったら、名前は”茂”でも許された。
しかし下村。
されど下村。
下の村に茂る。……連想される物は一つしかない。陰毛だ。それかちんこ。
妹の場合は茂った実。……連想される物は一つしかない。いや、妹の名誉の為にここはあえて伏せさせて貰うが。
苗字が下村でも下の名前が茂でなかったら許された。
何故この苗字で茂にした。何故茂実にした。
妹は将来結婚する事によりこの呪縛から逃げられるであろうが、俺は自分を婿養子にしてくれる既得な女性を見つけるしかない。
しかし大人になって結婚すると言う、それまでの道のりが果てしなく長く感じた。
自己紹介の度に吹き出されるこの苦痛。
あと一体何年この地獄と戦わなければならないのか。
俺はあのクソジジイ、クソババアを絶対に許さない。
―――俺は両親を呪った。
この名前のせいで俺は小学校に上がった辺りから、クラスメイト達に散々からかわれる様になる。
小さい頃はそのせいで俺は虐められっ子だった。
俺は強くなるしかなかった。虐めっ子達に負けない為には強くなるしかない。
俺は強くなった。
とは言っても、別にヤンキーやDQNになった訳じゃない。
ただ学校でスクールカーストで上位に立てる様に努力をしただけだ。
幸い俺は顔が良かった。容姿が良いと言うのは、スクールカースト上位に行く時にチートとなる要素の一つだ。
まずは今流行の音楽やファッションをマメにチェックして、染髪が禁止されている学校で、髪を染めてピアスを付ける。
不幸中の幸いに、俺はそこそこ勉強も運動も出来た。
ただこれはヤリ過ぎると”真面目君”や”ガリ勉”になってしまい、スクールカーストを下げる要因になるので、あまり真面目にやり過ぎない。いつも「だりー」と言って、真剣にやらない。いつも不真面目でちょっと悪ぶっているが、やれば出来る・やる時はやると言うキャラは、俺の予想を上回る勢いで女子にモテた。
スクールカーストでは恋愛力も重要になって来る。
可愛い女の子と適当に付き合っては適当にセックスもした。
ただ自分のカーストを下げる様な女には、向こうから告られる事があっても絶対に付き合わなかった。皆に羨ましがられる様な女を選んだ。
そうこうしている内に、俺はスクールカーストの上位のグループに入り、俺の名前を面と向かって名前をからかってくる奴もいなくなった。
―――そして気がついた時には、俺と幼馴染達の間にはどうしようもない、埋めようもない深い溝が出来ていた。
******
俺には亜姫 と晃 と言う幼馴染の姉弟がいた。
姉の亜姫の名前はから中森亜姫菜 から、弟の晃の名前は黒沢監督から取ったと言う、ミーハーな母親の趣味から来た名前だが、それでも下の村に茂ってる俺からすれば死ぬ程羨ましい名前だ。
アキとアキラは顔も似ていないし、性格なんて更に似ていない双子の姉弟だった。
家が隣と言う事もあって、アキとアキラとは物心つく前から毎日遊んだ。
子供の頃のアルバムを捲ってみると、どのページにもあいつ等がいる。
アキラは小学生の頃からヤンチャでムードメーカーと言うか、クラスの中心人物の様な男子で、俺は奴と幼馴染である事が誇らしかった。
とは言っても俺の名前を最初にからかいだしたのはアイツだったが、それでもアキラの友人と言う事で俺は本格的なイジメにあう事はなかった。
弟と代わってアキは昔から大人しいタイプの女子だった。
休み時間も教室の隅っこで一人で本を読んでいる様な、そんなタイプの女子。
友達は何人かいたが、いわゆる地味なグループと言うか。制服の着こなしから髪型までダサくてモサイ、あまり可愛くない子達ばかりだった。
それでもアキの顔は可愛い方だったので、その陰キャラグループでは少し浮いていた。
たまに派手なグループからグループ勧誘のお誘いはあった様だが、アキはいつも断っていた。どうやらあの女の性質上、地味グループの方が落ち着くらしい。
アキラは若い教育実習の先生が来れば彼氏の有無や胸のサイズを質問するクラスには一人いるお調子者系の男子で、女子には煙たがられるが男子の間では人気者のタイプの少年だった。
そしてそんな弟に姉の方はいつも溜息をついていた。
小学校の頃は俺もアキも何かが切欠でイジメられてしまってもおかしくない、そんな低カーストに属している陰キャラだった。
そうならなかったのはやはりアキラの存在が大きい。
アキラ本人は気付いてないだろうし、俺やアキも奴に迷惑をかけられる事の方が多かったので礼を言うつもりは毛ほどもなかったが。
しかしいつからだったか、アキラに変化が訪れた。
確か俺達が中学になるかならないかと言った時期だったと思う。
アキラがどきどきメモリアルと言うゲームにドハマリした。
放課後は毎日陽が暮れるまで校庭でサッカーをしたり、皆でケイドロして遊んだりしていたのに、学校が終わると直帰してゲームをする様になった。
「えー、今日も帰るのかよアキラ」
「最近付き合い悪いなぁ」
「悪い、二次乃 さんが俺を呼んでるんだ」
放課後一緒に遊ぼうと誘っても、アキラはそう言って風の様に学校を去る。
最初は俺もクラスの男子達も皆、そんなアキラにポカンとしていた。
次第にアキラは休み時間も今までの友達と付き合わなくなった。
いつも教室の隅にいた、眼鏡やデブのオタク達――…陰キャラ達とばかり話すようになり、そいつらとアニメやゲームの話で盛り上がっている。
女子は馬鹿なアキラがまた馬鹿な事をやっている程度の認識だった様だが、男子間ではそうではない。
スクールカースト上位に居たアキラが、自ら下に降りていったのだ。
最初は皆様子見と言った姿勢だったが、アキラがまたこちらに戻ってくる気配がないと悟ると、カースト上位で権力争いが始まった。
そして、俺はと言えばどうすれば良いのか判らなかった。
元々この頃の俺個人には何の力も影響力もなく、いつだってアキラのおまけの様な扱いだった。
当時の俺はアキラが隣に居たからこそ陰キャラ扱いされないで、クラスでもそこそこ良い待遇を受けていたと言う、そんな立ち居地。
アキラは俺ともどんどん付き合いが悪くなって行き、他に同性の友人らしき物もアキラ繋がりでしかいなかった俺はクラスでも孤立して行った。――…最初は戸惑っていたが、俺は次第に腹が立って来た。
俺の事、全然考えてない。
あんなキモオタ達のどこが良いんだよ。
次第にアキラは見た目もその言動までもオタク化して行き、クラスの陰キャラ以外とはろくに話をする事もなくなった。
たまに奴等の会話に耳を傾けたり、話の輪に入ろうともしてみたが、正直何を言っているのかすら判らない。
「↑↑↓↓←→←→×でパラメータ初期値が全て999999のチートスタートでござる。アキラ氏も帰ったら試してみるでござる」
「おおおお、助かるよ江藤!!」
「デュフフフフ…」
「そ、それよりもアキラ君、昨日のサイバーマリオネットJの最終回は見た?EDのサビの部分、実はね、速足原 さんのシングルの2番の歌詞を挿入していたんだ…、アキラ君も気付いてた?」
「あー、いつもと最後の歌が違うと思ったらそういう事だったのか。ニクイ演出だよな。そういやサイバーの監督誰だっけ?」
「えっとね、確か、」
何言ってるかわかんねーよコイツ等。
俺には彼等の話の内容が何がなんだかさっぱり分からない。
俺は楽しげに語り合うオタクグループに舌打ちして、教室を出た。
いつしか俺達はいつしか中学生になり、アキラとはクラスも別になった。
その頃になると俺はアキラを頼らず、自分のクラスで自分の力でそこそこの地位を獲得していたし、彼女も出来た。
クラスが変わった事もあって俺達の距離はまた開きだしたが、しかしそれでも俺とアキラはまだ友達だった。
アキラは俺がどんなに諭しても宥めても、「だせぇ」とからかってみても、オタク趣味をやめる気配はないので最終的に俺が折れたのだ。
俺もあいつに付き合って一緒にゲームをする事にした。
「ついにシゲもどきメモの良さが分かったか」
「一緒にゲームをやりたい」と言って奴の家に行った時のアキラのあの嬉しそうな顔は今でも良く覚えている。
いつになく饒舌で、俺の肩に手を回し、ゲームについて熱く語りながら二階にあるアキラの部屋に案内された。
そんなアキラには悪いとは思ったのだが、俺はやはりそのゲームに興味が持てなかった。
「どの子がタイプ?今日は特別にシゲの好みの子を攻略しような!」
ファンブックなる物を見せられ、どこの子がいいか選べと言われて俺は困惑する。
「安心しろ、俺がついてるから大丈夫だよ。選択肢で解らない所があったら俺に聞けよ、俺このゲームの事なら何でも知ってるから。全キャラコンプ済みだから」
「え……ああ」
大船に乗ったつもりでいろとでも言う様な顔で、俺の肩を叩くアキラには悪いが、俺には色々と厳しいゲームだった。
主人公のステータスをチマチマ上げる作業が面倒に感じたし、最初は声をかけても冷たい女キャラ達にも腹が立った。
中には放課後「一緒に帰ろう」と声をかけただけで悲鳴を上げて逃げていく女までいる。
なんだこのゲーム。
なんだこの糞女達。
アキラ曰く、この嫌われた状態から女の子達を口説き落とすのがまた快感らしい。
マゾかよ、……頭がおかしいとしか思えなかった。
こんな面倒な事するより、クラスの女に声をかけた方が一発じゃんと思う。
こんな手間隙かけなくても、リアルの女の方が簡単に落とせるし。
コイツが今つるんでる陰キャラ達だったらそりゃクラスの女子に声をかけても気味悪がられるだけだろうが、アキラも顔だけなら並の上程度の顔はしてるんだ。
もっとちゃんとした格好をして、昔みたいにクラスのムードメーカーに戻って、女子の前の態度を改めればいい。
そうすればアキラだってそこそこ可愛い子とだって付き合えるはずだ。
―――そして何よりも、俺はこの手のゲームが生理的に受け付けなかったのだ。
俺はこの名前の事もあってダセぇ奴が何よりも嫌いだ。
親友がオタクなんて激ダサな奴になって行くのを止めたかった。ゲームも一緒にやればやる程ドン引きした。こんなゲーム早く止めさせなければ、と思った。
それから何度かアキラに連れられて秋葉原に行ってみたが……正直、反応に困る街だった。
こう言っては何だが、俺の嫌いなだっせぇキモブサ男達がうようよしている。 なんだあの街の眼鏡率とチェックのシャツ率は。しかもなんで皆律儀にチェックシャツをズボンにINしてるんだ。
「せっかく電車賃出して東京まで来たんだからよ、こんな所じゃなくて原宿とか渋谷に行って服買おうぜ」と言うと、アキラは露骨に嫌そうな顔をして「……このリア充が」と呟いた。
「リア充って何だよ?」
「お前の事だよ」
次第にアキラの言葉はオタク用語だけでなく、ネットスラングまで混ざって来る様になった。服もどんどんダサくなり(とは言っても元からイケてる方でもなかったが)、部屋までおかしくなった。
今のアキラの部屋にはどきどきメモリアルの女の子のポスターが壁一面にはられており、登校時に学ランの下に着込むTシャツもどきメモのキャラTだ。
部屋にはフィギアまで飾ってある。
あいつの部屋に飾られているフィギアを初めて見た時、そしてそのフィギアの塗りだ光沢だの素晴らしさについて熱く語られた時、正直俺はドン引きした。
「やめろよそれ。そんなの学校にまで着てくんなよ。最近お前だっせーぞ」
「何言ってるんだ、このイラストは神絵師まかろにーぬ氏のイラストだぞ」
不服そうな顔で学ランの下のTシャツの皺を伸ばして、猫耳メイドの女の子を見せられるが「だから何だ…?」と言った感想しか持てない。
「お前ホント分かって言ってんの?あのまかろにーぬ氏のイラストだぞ?支部の上位ランキング常連のまかろにーぬ氏のイラストだぞ?このTシャツいくらしたか判ってんのか?」
「誰だよそれ、有名人かよ」
「だから支部の超有名人だっつーの」
(支部って何だ…?)
支部とはピクシー部と言うネットのイラスト投稿サイトらしいが、そんな所の有名人なんてオタクじゃない俺に分かるはずもない。
「つーかここ数年お前マジでキモイよ、いい加減どきメモも卒業しろよ。ゲームなんてガキのやるもんだろ」
「……シゲは俺の世界も俺の嫁を否定するんだな」
「嫁って。……こんなありえない色の髪の女のどこがいいんだよ、きめぇよ。」
「……シゲ、お前」
「普通にクラスの女子と付き合おうぜ。そうだ、お前昔窪田さん好きだっただろ?俺がデートセッティングしてやろうか?」
「はあ?あんなビッチ、興味ねぇし」
「ビッチって何だ?」
「とにかく!俺はあんな女興味ねーんだよ!!」
「昔サッカー部入った時、あんなに可愛い可愛い言ってたじゃん、何かあったのか?」
「……別に、何もねぇけど」
「ああ、女のタイプが変わったんなら、うちのクラスの綾瀬なんてどうだ?結構可愛いだろ?今うちのクラスで一番人気あるんだぜ?あの女なら、俺、紹介出来るよ!善は急げだ、早速今週の日曜日でも、」
「シゲ、あのさ、」
アキラは渋々と言った顔でテレビから俺に目線を移す。
「お前と俺はもう住む世界が違うんだよ」
「は?」
アキラは何を言っているんだろう。
「もうずっと前から、お前と友達でいるのは無理なんじゃないかって思ってた」
―――意味が分からなかった。
またそのままテレビ画面に親友は目線を戻す。
画面の中ではありえない色の髪の女が、頬を染めて微笑んでいる。
ゲームのBGMが酷く耳障りだ。
「何言ってんの、お前?」
「だから。住む世界が違うって言ってるだろ。お前が俺の好きなゲームやアニメ、声優に興味が持てない様に、俺もお前の好きな服のブランドや音楽、リアルの女にも興味が持てない。もう昔みたいに付き合えない。俺達は価値観も全然違う。一緒にいてもお互い辛いだけだ」
今までずっと一緒にやってきたのに。
マジでこいつ何言ってんの。
「お前が陰キャラって馬鹿にする鈴木や江藤だって、今の俺にとっては大事な友達なんだよ。今じゃお前とつるんでるよりアイツ等と話してる方がずっと楽しい」
嘘だろ。俺よりもあのオタク達が良いって言うのかよ。
幼稚園入る前から友達だった俺よりも、親友の俺よりも、あのキモオタ達の方が良いってか。
マジでこいつ何言ってんの。
「俺の嫁や俺の尊敬する神絵師まかろにーぬ氏を馬鹿にした奴と、俺はもう友達ではいられない。――…もう、二度と俺に話かけんな」
―――俺はアキラにそう言われて、一方的に絶交された。
アキラの家を叩き出されて、俺はしばらく放心状態に陥った。
呆然と外から奴の部屋を見上げる。
しばらくあいつの部屋の窓を観ていると、2階に戻って来たらしいアキラがバシッと乱暴にカーテンを閉める。
(なんだよあれ…ワケわかんねーよ…。)
視界が歪み、鼻の奥がツーンとする。
奴の部屋から漏れる、やたら声とテンションが高いゲームのキャラクターソングが妙に腹立だしかった。
ガッ!!
無性に苛々して電信柱に拳を入れる。
「オタクとか、マジきめぇ…。」
擦りきれた拳が秋風に妙に染みた。
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