食込む冠 偽装結婚マスカレード
「――この結婚を女神の導きによるものだと受け取り、神聖なる婚姻の契約のもと、死が二人をわかつまで永遠の愛を誓いますか?」
「誓います」
「誓います」
今日から自分の妻になる目の前の美しい女性を通り抜けて、私の目はステンドグラスの向こうにある青空へと向かう。
(ホナミ君…)
青い空を見る度に彼女の事を思い出す。
****
ホナミ君と初めて出会った場所は、私の勤めていた勤務先――良家の子息子女が通う、パブリックスクールだった。
バン!
「ライナー兄様!この出来そこないの聖女様のお世話係をお願い出来ませんか!?」
「は、はあ?」
それはある晴れた日の午後。
個々に与えられた教員の部屋で屋敷から持参した弁当を食べていた時の事だ。
十も年の離れた私の年の婚約者――ベルナデット王女が、優等生の彼女らしくもなく声を張り上げて引きずって来た少女がホナミ君だった。
良く良く見てみれば両者ともに顔に青痣を作り、服も土埃で汚れておりボロボロだ。
話を聞いて驚いた。
なんと品行方正で優等生の見本のようなベナルデット王女と、そのエキセントリックな格好をした少女は、取っ組み合いの喧嘩をしたらしい。
喧嘩の理由はもう思い出せないが、些細な事だったと記憶している。
「もう、この野蛮人!野蛮猿!召喚ミス!期待外れの!ポカミス、いいえ大失敗聖女様!もう、私の手に負えませんの!!ライナー兄様、どうか助けて下さいまし!?」
「せ、聖女様…ですか…?」
王女の隣で不貞腐れた顔で立っている少女に目を向ける。
その少女は聖女と言うにはあまりにもエキセントリックな格好をしていた。
目の周りをグルグルと囲む黒い何かと、瞼の上でキラキラ光る物は一体何なのだろう。聖女と言うからには何かのまじないなのだろうか?
南方にある熱帯雨林 の少数民族か何かだと思ったが、驚く事に彼女はベルナデット王女が召喚した聖女様らしい。
闇の森の侵攻の話は聞いていた。
ベナルデット王女が先月のマナの祝祭日に聖女を召喚を試みて失敗したと言う話も小耳に挟んでいたので、彼女の婚約者として適した慰めの言葉を何かかけるべきだろうと思案していた所だった。
「どういう事ですか、聖女召喚は失敗に終わったとお聞きしましたが…?」
「兄様はいずれ私と結婚するお方なので、特別にお教えいたしますが――、」
―――ベナルデット王女曰く、聖女の召喚自体は成功していたらしい。
問題はその聖女様にこちらの言語や常識が一切通じず、素行不良で、世界を救うどころではないと言う事だったらしい。
その破天荒な異世界の少女の教育は難解を極め、ベルナデット王女だけでなく、神殿の巫女や城の侍女達も皆匙を投げたのだとか。
「で、私の所に来たと……?」
「そうです、ライナー兄様なら何とかなると思いまして。未開の地の原住民や、摩訶不思議な生物の語学は兄様の専攻でしょう?」
「……簡単に言ってくれますけどね、ベルナデット君。流石の私も異世界の人間とコミュニケーションを取った事はないですよ」
確かに言語学は私の専門だ。
そして私はここ、リゲルブルクにある歴史ある学び舎の教師などをしているが、異世界の人間とのやり取りや、聖女様の教育などと言うものは流石に未経験だ。
戸惑う私に、ベルナデット王女は聖女様にこちらの言語と常識を覚える様にと言って、嵐の様に去って行った。
「では私、そろそろハープのお稽古なので帰りますわ!後はお任せしました、お兄様!」
しばしの沈黙の後、聖女様に会釈をして握手をしようと手を差し出してみた。
「ええっと、よろしくお願いします、ラインハルトです」
「…………。」
私の出した手は、パン!と叩かれて下に落ちる。
(う~ん、これは先が思いやられるなぁ)
ギロリとこちらを睨み舌打ちする聖女様にこれからどうなる事やらと思ったが、私は元々人に物を教えるのが好きだった。
幼少期のベナルデット王女に勉学を教えたのも実はこの私だ。
まさかその縁から、私の様に学問にしか興味のないつまらない男が次期国王へと推される事になるとは思いもしなかったので、人生とは不思議な物だなと思う。
両親は「こんな奇人変人ではなく、弟のレインの方が良いのでは?」と弟のレインハルトを推したが、何故か陛下が強く私でなければ駄目だとおっしゃられたらしい。
「まさかお前の様な奇天烈な男が国王陛下のお目に留まるとはなぁ」
「ラインハルト、母は信じておりましたよ。あなたが皆の言う様にただの変人奇人の類ではないと言う事を」
その日、私は産まれて初めて両親に褒められたが、弟はしばらく私と口を聞いてくれなくなった。
王女と私の年は十離れていたが、その程度の年の差なら貴族間の結婚ではそう珍しくもない。
国王陛下の謎の熱意と大はしゃぎの両親に反対してベルナデット王女との婚約を断る理由もなく、私は彼女の婚約者となった。
王族や貴族間の結婚も基本的には両者の合意が必要であるが、大抵は上下関係があり下の立場の者はまず上からの申し出を断れない。
断ろうと思えば断れない事もないがそれをしてしまえば最後、本人だけではなく家の方にまで何かしらの制裁が与えられる。その手の制裁がない場合でも、良い縁談を断れば家から勘当されて、爵位を剥奪され、相続廃除などの制裁を加えられるのが普通だ。
この縁談を断れば、私はこの国で社会的に死ぬ事になるだろう。
自分達が喰うのでいっぱいいっぱいの、没落寸前の下級貴族である我が家の懐事情を考えれば、願ったり叶ったりの婚約である事は確かだった。
しかしもし自分で自分の将来を決める事が出来たのならば、私は言語学者になるか学校の教師になって教鞭を執りたいと思っていたものだ。
文法モジュールの問題や最適性理論の制約、忠実性や有標性はジグソーパズルと似た楽しさがある。
西の大陸の言語は基本共通言語であるが、やはり各地によって同じ言葉でも意味の違ってくる物や発音が違う物は多い。かと思えば言語が全く違う東の大陸で、こちらとの共通祖語が発見されたりするからこの学問は面白い。
各地の諸言語を比較してその語族や語派を見つけ出したり、各時代の造語や流行によって変化して行った語彙の歴史やその歴史的背景、当時の人々の暮らしや文化、流行等を考察し、検証するのが私の趣味でありライフワークだ。
そんな私の好奇心を擽る物は一般には理解されない物が多く、私は周囲から奇人変人と呼ばれ女性にも敬遠されていた。
自分の様な変人が一国の王女と婚約などを結んで本当に良いのだろうか?もっと彼女にも、この国の次期国王にも相応しい相手がいるのではないか?と良く思い悩んでいたのも事実だ。
しかし不思議な事に、ベルナデット様は周囲から変人奇人扱いされる私に良く懐き、「ライナー兄様」と私を慕ってくれた。
そして陛下のご厚意により、私はベナルデット王女が成人し結婚出来る年齢になるまで、パブリックスクールで教鞭を執る事を許された。
優秀なベルナデット王女と違ってホナミ君は出来の良い生徒ではなかったが、教師魂を擽る教え甲斐のある生徒だった。
彼女も慣れない異世界に順応しようと必死だったのだろう。私が教えるこちらの言語を覚えようと一心不乱に学んだ。
「ホナミ君、進んでいるかい?」
今日もホナミ君を放課後学校に残らせて、私は彼女に付きっ切りで勉強を教えていた。
たまにベルナデット王女が来て私と一緒に彼女に勉強を教える事もあったが、彼女とホナミ君は相性が良くないのだろう。
私の様な鈍い男でも見ていてそれは一発で分かる。
「お茶を入れて来たよ、ちょっと休憩を……って、寝てるのか」
ホナミ君は机の上でうたた寝をしてしまったらしい。
窓から入って来た悪戯な風が、パラパラと教科書を捲る。
「ほうほう、頑張っているじゃないか」
どうやらホナミ君は昨夜徹夜をしたらしい。
こちらの言葉が書き綴られているノートを見て、微笑ましい気分になった。
これは私が東の大陸の言葉を学んだ時に最も効率が良いと思った勉強方法なのだが、違う国の言葉を習得する時に一番最初にやるべき事は、その国の単語の丸暗記する事だ。その後はその単語を組み立てて遊びながら、文法を学んで行くのが良い。
彼女にもその学習方法で教えているのだが、ちゃんと私の指示通り勉強してくれているらしい。
(この子、根は素直なんだよなぁ。努力家だし)
必死に知識を吸収しようとするホナミ君のひたむきな姿に、心が打たれた。
反抗期は誰にでも訪れる物だが何故ここまで拗らせてしまったのか。
一教師として彼女の過去や家庭環境が気になった。
ここまで拗らせる事がなかったら、元の世界でも劣等生のレッテルを貼られる事もなかっただろう。
いつか彼女が元の世界に帰る日の事を考えて、少しでも彼女が生きやすくなる様に、向こうの世界でも適応して暮らして行ける様に、自分に出来る限りの事をしてあげたいと思った。
(元の世界に帰る、か…)
いつかその日が来る事を分かっていたはずなのに、何故か胸がチクリと痛む。
(ホナミ君はもう私の可愛い教え子だからかな)
教え子に二度と会えなくなると言うのは純粋に寂しい。…深い意味はないはずだ。
ホナミ君がこちらに来て、もう大分日が経った。
同時に闇の森の汚染も広がっていき、最近ベルナデット王女がカリカリしている。
「こんな馬鹿、もうお手上げですわ!」と嘆く彼女に、私はなんとも言いようのない気分になった。
彼女の気持ちや焦りも分かるが、ホナミ君だってホナミ君なりに頑張っているのだ。
そう言ってホナミ君をフォローすると、彼女は顔を真っ赤にして部屋を出て行ってしまった。
その後「アタシ、なんでこんなに馬鹿なんだろう」と泣いてしまったホナミ君に貰い泣きして、私も一緒に泣いてしまった。
ボロボロと泣き出してしまった私を、ホナミ君は呆気に取られた様に見上げる。
『な、なんであんたが泣くんだよ…?』
『ホナミ君は悪くないよ、きっと私の教え方が下手なんだ』
『そんな事ない!アタシが馬鹿なだけで。…現にあんたはもう日本語ペラペラじゃん』
私も私で彼女が使う言語を覚え、意思の疎通に励む努力をしていた。
彼女の使う異世界の言語はとても難解だったが、平仮名とカタカナは私にもすぐに覚える事が出来た。
ただ漢字の方は厳しい物があった。彼女自身も漢字と言う言語を全て習得している訳ではないらしく、書けない漢字も多いのだそうだ。
『でもホナミ君はこんな難しい言語を3つも扱えるんだ、きっとすぐにこちらの言葉も理解出来るようになるよ』
『まあ、英語とちょっと似てるから頑張ればなんとかなるのかなぁ…』
『えーごとは何だい?』
話を聞いていると英語とはまた別の国の言語らしい。
『凄いじゃないか!ホナミ君は4つも違う言葉を扱えるんだね!!一体君のどこが劣等生だったのか。ベル君も向こうの教師達も少し君に厳し過ぎるんじゃないのかな?』
『 へ?……い、いや…、そうなのかな…?』
『そうだよ、ホナミ君は賢い。もっと自信を持って良い』
『……あんたって、本当に変なオッサンだね』
『えー、オッサンは傷付くなぁ、先生、まだ20代だよ?』
『へぇ、意外に若いんだ。いくつ?』
『27歳』
『なーんだ、やっぱオッサンじゃん』
『う、うう……まあ、10代の子からすれば私はもうオッサンなのかなぁ』
『やーい、オッサン』
『……ホナミ君…ひどい』
『なあ、オッサン、アタシみたいに馬鹿な生徒を見捨てなかったセンコーはあんたが初めてだよ』
謎の民族のまじないの様な化粧が涙で流れ落ちたその素顔は、意外にも可愛らしかった。
ふわりと微笑む年相応のあどけない笑顔に胸が温かくなる。
次第に私はベルナデット王女の頼みとは関係なく、彼女にこの世界の事をもっと教えてやりたいと思うようになった。同時に彼女の居た世界の事を知りたいと思う様になった。
「アタシのセカイでも空は青いんだよね、あのデッカイ月はないけど」
「ホナミ君の世界の話は興味深いね、もっと聞かせて欲しい」
彼女の語る異世界の話に、私の胸は子供の様に弾んだ。
彼女と話していて心躍るのは、異世界の摩訶不思議な話のせいだと思っていた。
―――いや、でも本当はどこかで気付いてた。
私が本当に知りたかったのは異世界の話ではなく、彼女自身の話だった。
私が本当に教えたかったのはこの世界の話ではなく、私自身の話だった。
ただ心の中で言い訳をしていたのだ。――自分に。そしてベルナデット王女に。
しかし、どんなに自分に言い訳をし続けても、日に日に私は自分の気持ちを誤魔化し通すのが難しくなって来てしまう。
私が惹かれているのはまだ見ぬ異世界ではなく、エキセントリックな彼女の方なのだ。
最初はどんなに話しかけても無視されていたのが、次第に返事を返してくれる様になり、その内「あんた」や「お前」が「センコー」になった。次第にホナミ君は照れくさそうに私の事を「先生」と呼ぶ様になり、私を自分のものだと主張する様に「ハル」と愛称で呼ぶ様になった。
一教師として「学園内でその呼び方は困るよ」と口では言ってはみせるのだが、何故か胸が擽ったかった。
これはときめきではない。――誰にも懐かない野良猫が自分に懐いて行く過程に感じる物と同じ物だと、自分に言い訳をし続けた。
「な、なんてはしたない格好ですか!なんなのそのスカート丈は!!」
「異世界にも風紀ババアがいるとかマジうけるんだけど」
「だ、誰がババアですって!?」
「あー、ヤニ切れしたわ。煙草すいてぇ。この世界って煙草ねぇのかな」
あんな子、今まで周りにはいなかった。
「なんで女だから馬に乗っちゃいけないの?別にいいじゃん!おい、ラード、私を後に乗せろって!」
「ホナミ君、いい加減先生の名前を覚えてくれないかなぁ。私の名前はラードでもラーメンハットでもイエロウハットでもなく、ラインハルトなんだけど」
「そんな横文字偏差値38のアタシに覚えられるわけねーだろ!!おら、もっとスピード出せよ!!いやっほー!!」
「仕方ないなぁ、しっかり捕まっているんだよ!」
「きゃははははは!先生、最高-っ!!」
ホナミ君を後に乗せたまま馬で野山を駆け抜ける。
彼女と一緒にいるといつも自然に童心に返る事が出来た。
彼女といる事が純粋に楽しかった。
「うっわー、良い天気だね!センセ!」
「ああ、本当だ。とっても良い天気だねぇ」
(こうやって空を見上げるなんて、一体何年ぶりだろう?)
最後に意識して空を眺めたのは、子供の頃だったと記憶している。
「アタシ、空が好きなんだよね。こうやって何も考えずにボーっと眺めるのが好き。嫌な事があっても、すぐに忘れちゃう」
「それは良い事を聞いたなぁ。先生も今度何か嫌な事があったら空を見上げてみる事にするよ」
「うん、今度やってみな。雲の形が変わってくのとか、雲が流れる速さが変わるのとか、空の色が変わってく所とかボーっと眺めてると本当に頭が空っぽになるから」
「なるほどねぇ、ホナミ君は賢いねぇ」
「だろ?だろ?先生良く分かってるじゃーん!じゃんじゃんじゃーん!」
上機嫌に笑う彼女に、私も笑いながら頷く。
お調子者タイプの彼女は褒めた方が伸びる生徒だ。
向こうの世界の教育者達もそれに気付く事が出来たのならば、彼女は学ぶ事にこんなに苦手意識を持たなかったのではないか?と漠然と思う。
私の勤めているパブリックスクールの生徒は皆、得てして優秀だ。
しかし彼女と出会い、生まれた家の環境や教育者に恵まれず、学ぶ機会や学ぶ意欲を削られて行く子供を見るのは忍びないと思う様になった。
(私はやっぱり、教職が天職なんだと思うんだよねぇ。……国王かぁ…)
あと一年でベルナデット王女が成人してしまう。
そうすればもう私が教壇に立つ事はないだろう。
ホナミ君と出会い、街で個人塾でも開けたら……と言う妄想を最近するようになった。
頭を空っぽにして空を見上げながら、いつもの妄想の続きをする。
何故か自分の隣で授業を手伝っていくれているホナミ君の姿に苦笑した。
「本当に今日は空が綺麗だねぇ、もう少しこのまま眺めていようか?」
「おっけー!」
彼女と出会うまで、空を見上げる事なんて忘れてた。
こうやって草むらに寝転がって空を見上げるなんて事を最後にしたのは、やはり子供の頃だった様な気がする。
大人になってからは空が青くても曇っていても赤くても暗くても、そんな事気にした事がなかった。
空はいつだって私の頭上にあったのに、その存在が当たり前過ぎて見る事も忘れていた。
―――当たり前過ぎて私が見ようともしていなかった事、見えていなかった事、空以外にも沢山あった。
彼女は私にそれを気付かせてくれた。
(空がこんなに青かったなんて。世界がこんなに輝いていたなんて)
彼女と出会うまで知らなかった。
―――もう認めるしかない、私は彼女の事が好きなんだ。
自分の気持ちに気付いたその日、私はいの一番に親友のユーリウスにそれを話した。
案の定彼は血相を変えると私に掴みかかった。
「はあああああ!?ホナミってあのホナミか!?」
「多分そのホナミで合ってると思う」
「昔から思っていたがお前の趣味は最悪だ!!女の趣味までおかしい!!あんなぶっ飛んだ女の一体どこが良いと言うんだ?」
「あえて言うならあのぶっ飛んだ所かなぁ。あの風変りで偏奇な格好も、突飛な言動も予想が付かない行動パターンも、ホナミ君の全てが私を惹きつけて離さない」
「頬を赤らめて気持ち悪い事を言うな!!」
「えー、ユーリまでそんな事言っちゃう?」
「言うに決まっているだろう!あんなイカレポンチやめておけ!!」
唇を尖らしてぶーたれる私に、ユーリは唾を飛ばしながら叫ぶ。
溜息を付きながら顔にかかった彼の唾を袖で拭いながら、苦笑混じりに顔を上げる。
「……ごめんな、これだけは親友の君のいう事でも聞けないんだ」
「ライナー、まさか」
「そのまさかだ、私は彼女に恋をしている」
青ざめた親友が、ガッ!と私の両腕を掴む。
「だって、どうするんだ!!ベルナデット王女との婚約はどうなる!?」
「ごめんね、ユーリも色々動いてくれていたのに」
男の私には良く分からない感情だが、女性は子供を二人産むと一人目の子供が可愛くなくなると言う現象が時折あるらしい。子猫と成猫がいたら子猫の方を可愛がる心理はなんとなく判らなくもない。恐らく非力な赤子を守る為の母親の本能がそうさせるのだろうが、それを諫める人間のいない家庭で育つ第一子の立場は悲惨だ。
物心ついた時には、私は家の厄介者となっていた。
弟が産まれてから家に居場所がなくなった私をベルナデット王女の家庭教師に推薦し、陛下に後押ししてくれたのが実はこの親友だったらしい。
「ごめんじゃない!!お前、国王になりたくないのか…?」
「正直な所、私は君が言う程自分が優秀だとは思わないし、私自身は自分が国王なんて大それた物に向いているとも思えないんだ」
「ライナー!お前は私が世界でただ一人、自分より優秀だと認めた男だ!!……だからこそ私は、お前の事を変人と罵っている奴らを見返してやりたくて…」
「ありがとう、ユーリ。――…君が私の事を思っていてくれるのを知っていたからこそ、言い出し難かったんだけど、実は私はこの国の王になりたいなんて思った事は一度もないんだよ。誰かを見返してやりたいとか、誰かの鼻を明かしてやりたいとか、そういう感情も特にない。私はそんな物や王位よりも、ホナミ君が欲しい」
「お前…、」
「私は産まれて初めて自分の欲しい物を見つけられた様な気がするんだ。――なあ、祝福してくれないか、ユーリウス」
「…………もう、勝手にしろ!!」
バン!
ユーリウスの屋敷を蹴り出され、苦笑しながら起き上がる。
「いたたたた…、ユーリは相変わらず激しいなぁ」
ユーリに殴られて切れた唇を抑えながら、ルジェルジェノサメール城に向かった。
ベナルデット王女に婚約破棄をしたあの日の事は、一生忘れるはずがないだろう。――なんたって、同時に私がホナミ君にプロポーズをした日でもあるのだから。
その後私はユーリだけではなく父にも殴られた。母は泣いていた。蛇蝎 を見て蔑む様な、弟のあの視線も恐らく一生忘れない。
「王女との婚約を破棄するなんて、頭がおかしいとしか思えない!」「やはりお前は変人だ!こんな変人産まなければ良かった!このままではうちは没落してしまう!!」「これ以上我が家に迷惑をかけないでくれませんか?」と口々に言われ、身の着のまま家を追い出された。
友を失い、家族を失い、爵位も職も住む場所も失ったが、胸の中はとても晴れ晴れとしていた。
(ああ、これでやっとホナミ君に好きだと自分の気持ちを打ち明けられるんだ!)
天にも昇る気持ちだった。
―――これで彼女と一生一緒に居られる。
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