『Shirayukihime to 7 Nin no Koibito』to iu 18 kin Otomege Heroin ni Tenseishiteshimatta Ore ga Zenryoku de Oujitachi kara Nigeru Hanashi chapter 35

4・俺の残念な転生先について。……マジか。
「はあ?何を言っているんだお前は、人を妙な名前で呼ぶな。エミリオ……たん?」

 「”たん”とはなんだ?僕の知らない敬称だ」と訝しげな表情を浮かべる目の前の美少年の名前は、エミリオた……ではなく、エミリオ王太子殿下。

 これは夢だろうか。いや、夢に決まっている。
 そう思い頬を抓ってみる。

(……あれ、おかしいな、痛いぞ。痛いのに目が覚めねぇし)

 なんとなく横を向くと外はどしゃぶりの雨だった。
 窓に映ったその顔は、俺の、――下村茂の顔ではない。
 違う人かなと思って手を上げたり首を振ったりしてみるが、困った。これ、俺の顔みたいだわ。

「この顔……。」

 俺は昼寝をしていたソファーから降りて、窓に映る自分の顔を食い入る様に見つめた。

 窓に映るその顔は日本人の顔ではなかった。と言うか黄色人種の顔ですらない。
 眼窩上部が盛り上がっており、鼻も高く全体的に顔の彫が深い。コーカソイドだろうか。
 サロンで毎月マメに染めて貰っていた髪は、なんともまあ自然なアッシュブラウンになっていてる。ピアッサーで自力で耳にブチブチ開けていたピアスはあるにはあるが、ピアスの穴の数が減っている。軟骨に開けたピアスに限っては消えている。
 俺が今いる部屋も、さっきまでいたはずの簡素な病室ではなかった。
 こないだ深夜やっていたマリーアントワネットが主役の映画の舞台に良く似てる。

(これ、俺の顔じゃない。)

―――でも、俺はこの顔を良く知っている様な気がする。

 だが下村茂はこんなに垂れ目じゃなかったし、泣き黒子なんて目の下になかった。そりゃ髪は男にしては長い方だったが、ここまでロンゲじゃない。
 後で緩く三つ編みで縛られている長い髪を愕然としながら指でつまんで持ち上げてみた後、俺はマジマジと自分の体を見下ろした。
 同級生と比べれば身長は高い方だったが、流石にここまで身長はなかったし、こんなに筋肉もついてなかった。

(でも、これも俺だ。俺の顔で、俺の体だ…。)

 俺はこの顔を良く知っている。
 窓に映ったこの長髪垂れ目の美男の顔は、26年間、毎日鏡で見た見慣れた俺の顔でもある。

「いい加減にしろ、ルーカス。まだ寝ぼけているのか?」

(ルーカス……誰の事だ。俺の名前は下村しげ…)


・・・・・・・。


―――いや、ルーカスであってる。ルーカスも俺の名前だ。

 ルーカス・セレスティン。26年慣れ親しんだ俺の名前だ。
 ふと辺りをキョロキョロ見回してみる。
 ああ、そうだ、ここエミリオ王子の部屋だわ。ベルサイユ宮殿じゃねぇわ。

(また俺は護衛中に昼寝していたのか…。)

 そして俺を呆れ顔で覗き込むこの金髪の美少年の名前は、エミリオ・バイエ・バシュラール・テニエ・フォン・リゲルブルク。この国、リゲルブルクの王太子殿下であらせられる。
 そして俺はこの王太子殿下直属の護衛、黒炎の騎士ルーカスだ。

「ええっと…」

 俺の頬を一筋の汗が伝う。

(どうなってんだ、これ……?)

 綾小路に刺され、ホモ疑惑が浮上したまま終了した下村茂の残念な最後の記憶が脳裏に蘇る。  

 もしやとは思うが俺は死んでしまったのだろうか?
 でもって、俺はアキがやり込んでいた乙女ゲームの世界に転生してしまったのだろうか?

(ああ、そういえばアキラやクラスのキモオタ達がこないだ話してたわ。最近乙女ゲームの悪役令嬢モノや異世界転生奴隷チーレムがアツイって。)


・・・・・・・。


「んな訳あるかああああああああああああああああああ!!!!!」


 思わず頭を壁に打ち付ける俺をエミリオたん……ではなかった、エミリオ様は気味が悪そうな目で見ている。

「ルーカス、お前本当にどうした?さっきから様子がおかしいぞ」
「どうしたもこうしたも!!…………どうしましょうね…。」

 泣き笑いしながら俺は目元を手で押さえた。
 まずは現状を整理しよう。

(俺は、……下村茂だ。)

 俺は下村茂と言うクソダッセー名前だった。あの名前をつけた両親を恨んだし、あの馬鹿でセンスのない親元に産まれた自分の運のなさを呪った。

―――昼寝から目を覚ました瞬間、俺は前世を思い出した。

 そして気付いてしまった。――…この世界は前世の幼馴染、三浦亜姫が好きだった『白雪姫と7人の恋人』と言う乙女ゲームの世界だと言う事に。

「えーっと、……ツンデレ王子エミリオたん…で、あってますよね?」

 引き攣った笑みを浮かべながら問うと、主は胸の前で腕を組みながらその形の良い眉を顰める。

「だから。お前はさっきからいったい何を言っている?……ツン…エミリオたん…?」
「すんません、寝ぼけていたみたいッス」

(エミリオってやっぱアレだろ?アキの言ってたエミリオたんだろ?……嘘だろ、これマジかよ…?)

 やはり俺、――ルーカスの主であらせられるエミリオ王太子殿下は、『白雪姫と7人の恋人』の攻略キャラで、アキの部屋に大きなポスターや抱き枕まであった、彼女の最萌えキャラクターのエミリオたんで合っているっぽい。

 俺は目の前の美少年の事を良く知っている。

 例えば身長は170cmあると言っているが、実は169.8cmしかないと言う事。例えばヤリチンの部下(おれ)に対抗して「ぼ、僕だって女は飽きるほど抱いている!!」なんて豪語しているが実は童貞君だと言う事。例えば幼い頃から兄王子の真似をして珈琲はブラックで飲んでいるが、実はブラックげ死ぬ程苦手だと言う事。誰も見てないと珈琲に砂糖とミルクをガバガバ入れて苦味を誤魔化して飲んでいる事とか色々。本当に色々。
 いや、知るも何もこの王子様とは長い付き合いなのだ。俺が彼の事を色々知っていておかしくない。

 だが違うんだ、そうじゃない。
 今の俺は彼の護衛として知っている訳もない事まで知っている。

―――俺は彼のこの少し先の未来まで知っている。

 この王子様がこれから童貞を捨てる場所は、ある森の奥にある盗賊のアジトの古城で、何故か俺もご一緒していて3pだったりする事。
 その相手の女性のお名前は白雪姫(スノーホワイト)と言って隣国のお姫様だと言う事。
 そしてこの王子様はそのお姫様を好きになると言う事。
 でもって、俺はこのお方がスノーホワイトと初めてキスする場所や、デートで行く場所や、プロポーズの言葉まで知ってる。いや、マジで。

(……リゲルブルク…?)

 俺はゾッとしていた。

『無理なのよ、シゲ君じゃ行けない。……あの人は、リゲルにいるから』
『リゲル?』
『……リゲルブルク』

 この国の名前は、――…リゲルブルク公国。

 初代国王ディートフリート・リゲルが陸に打ち上げられていた魚を哀れに思い泉に返してやったと言う逸話から、水の精霊ウンディーネの加護を受け、清らかな水と肥沃な土壌、豊かな緑に恵まれたと言われている大国だ。

 いや、常識的に考えれば三浦のおばさんが適当に娘が好きなゲームの中の国を使って俺をからかったと思うべきだ。
 しかし今、俺には非常識極まりない事が起きている。
 今までの常識を当て嵌めて考えるのもナンセンスな話だ。

(ひょっとして、ここにあいつ等の父親がいるって事か?)

 その可能性もありえる様な気がした。

―――って、ちょっとまて。

 今はそれどころではない。
 俺はもう一つとんでもない事に気付いてしまった。

(ルーカス…ルーカスって……?)

―――確かいた。……『白雪姫と7人の恋人』の攻略キャラの一人に、ルーカスと言う名のチャラ男騎士が。

「俺の名前って何でしたっけ、エミリオ様…。」

 ギギギッと首だけで主を振り返って後に立つ王子様に聞いてみると、彼は呆れた様な顔で嘆息する。

「まだ寝ぼけているのか?ルーカスだろう、ルーカス・セレスティン。お前は僕の護衛の騎士で、どうしようもない女たらしで、いかがわしい夜の酒場の常連で、酒を飲むと『俺、王子でもいけるかもしれない』なんて気持ちの悪い事を言い出す阿呆で、……正直解雇したいと思う事もよくあるんだが、剣の腕と頭は悪くないから僕の傍に置いてやっている”黒炎(こくえん)の騎士”だ。――……お前、本当に大丈夫か?頭でも打ったのか?」

(マジだわ…。)

 酷い頭痛がした。

 いや、マジありえねぇ。
 これってやっぱ夢じゃね?
 綾小路に刺されて生死を彷徨っている俺が見てる悪夢。

(よりにもよってルーカスか、……確かすっげーチョロイキャラだよな…。)

 俺はルーカス・セレスティンの事も良く知っていた。
 アキが彼氏にしたいと言っていたキャラクターだ。

―――チャラ男騎士と呼ばれたルーカスのキャラ設定が脳裏に浮かぶ。

 それと同時に自分がルーカスとして生まれ落ちてからの26年の歴史が、怒涛の嵐の様に蘇った。

 確かに俺は、――…いや、ルーカスはチャラ男と言っても良い男で……と言うよりも、チャラ男でしかない。チャラ男そのものだ。

 前世の俺もそれなりに遊んできたが、ルーカスはそれ以上だった。
 この城のメイドや女騎士団員の綺麗所はほぼルーカスのお手付きだ。
 普通ならこんな狭い空間で多数の女性と関係を持てば修羅場になるが、ルーカスは賢くて要領が良い。下村茂の様に下手を打って刺される事もなく今までやって来た。そして恐らくこれからもそうなのだろう。

(……とりあえずまずは頭を整理するか…。)

 様子のおかしい護衛騎士を不気味そうに見ている王子様を余所目に、俺はテーブルにあった水差しの水を一気に飲み干した。


―――俺はまず、ルーカス・セレスティンの人生を振り返ってみる事にした。


*****


 ルーカスは孤児で、物心ついた頃から教会が経営している孤児院で暮らしていた。
 孤児院を出る事になったのは孤児院を経営していた神父が人喰い妖魔で、子供を食べている現場を目撃してしまったからだ。
 温かい里親の家に貰われて行ったと言われていた仲間達は、皆神父に喰われていた。

『見てしまったんだね、ルーカス。……君はもうちょっと大きくなってから食べたかったんだけど』

 血に濡れた口元を袖で拭うと、神父は三日月の様に目を細めて笑う。蛇の様に縦長に伸びた瞳孔は人間の物ではない。

『そこまでだ!!覚悟しろ!!』

 その時、ルーカスの事を助けてくれたのがリゲルブルクの王宮に勤める騎士だった。
 騎士はその妖魔との戦いで腕を1本失ったが、ルーカスの事を養子として引き取り、愛情をもって育ててくれた。
 ルーカスは騎士の事を父と慕い、父が失った腕の代わりとなって生きる事を誓った。
 ルーカスも父と同じ騎士の道を選んだ。 
 ルーカスが14歳になって従騎士になったある日、父は呆気なく亡くなった。
 もう年老いたと言うのに、もう片腕しかないと言うのに、夜になっても森から帰って来ないと言う子供を助けに行き、魔獣にやられたらしい。――ルーカスの父親は最後まで立派な騎士だった。

『これからは俺の為じゃない、この国の為に、友や愛する人を守る為にその剣を振るいなさい。――…我が息子よ、いつだって騎士の勇気と誇りを忘れずに、我が国の誉れ高き騎士であれ』

 それが彼の父の最期の言葉だった。

 ルーカスは剣の才能があったらしい。
 ルーカスはそれからすぐに正規の騎士になり、誰もが嫌がる郊外の夜間警備や見回りなどの任について、積極的に魔物を討ち、メキメキと出世した。
 何度か戦争にも行った。
 黒煙の中、炎の大地と化した戦場からただ一人帰還したと言う出来事の後、”黒炎の騎士”の称号を国王陛下から賜った。

―-―しかし、同期には化物がいた。

 ヒルデベルト。家名はない。
 この国の第一王子アミール殿下が森で拾って来たと言う孤児との話だったが、森で物心つくまで育ったと言う彼の身体能力は化物じみていた。
 どう見てもルーカスよりも5つか6つは年下のそのガキンチョは、すぐに彼の事を追い抜いて、この国の第一王子アミール様つきの護衛騎士となった。
 ルーカスも数年遅れて、第二王子エミリオ様の護衛騎士になった。
 王族の護衛に就けるという事は、この国の騎士の最高の名誉だ。 
 ルーカスの父も亡きベルナデット王妃が子供の頃から護衛を務めていたらしい。
 誰よりも尊敬している父と同じ所まで来れたのだと思うと、自分が誇らしかった。


 ラインハルト国王陛下は、王としては有能な人だったと思う。
 ただ父親としてはそうではなかったらしく、家族には無関心な男だった。
 風の噂によると、その無関心さが先の王妃ベルナデット様が自害した理由でもあったとの事らしい。
 王としての執務はこなしているが、陛下の目はいつも虚ろだった。
 家族でも国でもなく、いつもどこか遠い空を見つめていた。

 エミリオ様は寂しかったのだろう。
 母親のベルナデット様の顔を彼は肖像画でしか知らない。
 父親は無関心で祭事の時しか顔を合わせない。
 気がついた時には新しい母親が城に居座り、新しい兄弟達も増えて行く。
 そのせいもあってエミリオ様は小さい頃から兄王子にべったりで、いつも「あにうえ、あにうえ」と彼の後を子犬の様についてまわっていた。とても仲睦まじい兄弟だった。

 女とは自分が腹を痛めて産んだ子供が何よりも可愛く思える生物なのか、元々先妻の子を疎ましく思っていたのか、フロリアナは王子を産んだ後アミール王子とエミリオ王子を邪険に扱う様になった。
 影で陛下に「次期国王には私のロルフを!」と嘆願しているという噂まである。
 陛下が家族に無関心な事を良い事に、家庭教師を呼びロルフを次期国王として教育まではじめた。

 そんなある日、彼女はエミリオ様の言動に難癖をつけて、王城の脇にある狭い塔に王子兄弟を軟禁した。
 アミール王子は薄暗い塔の中で「困ったねぇ」と笑いながら自分の護衛騎士とトランプをして過ごしていたが、エミリオ王子は激怒して「あの性悪な女狐が!!」「色で父上をたぶらかした売女め!!」と、フロリアナに聞かれたらまたまずそうな暴言を吐きながら、ひらすら枕パンチをしていた。
 ルーカスも折角王族の護衛と言う立場まで出世したと言うのに、一気にランクダウンした食事の内容にゲンナリした覚えがある。
 アミール王子が裏で何かをしたらしく、軟禁は1ヶ月少々で解かれたのだが、外では「継母に懐かず、優秀な第三王子に嫉妬するアミール様とエミリオ様にお灸をすえた」と言う事になっていた。

 当然の如く、エミリオ様は烈火の如く激昂した。

『兄上、止めないでください!!嘘偽りを吹聴し、ぼくと兄上の名誉を貶めた、あの卑怯な女の事を絶対に許さない!!』

 抜刀して部屋を飛び出そうとする、困ったちゃんを抑えながら兄王子は嘆息する。

『お前の気持ちは解るけど。でもここは押さえてくれ、これ以上立場がなくなったら私も流石にやりにくい』
『しかし!!兄上は悔しくないのですか!?』
『時間はかかるかもしれないが、私がこの国の第一王子として、いつか父上を説得し、フロリアナ達にも適切な対処を下す様に約束しよう。ここは私達の家で、私達の国だ。――…そして、私は王位も他の誰かに譲るつもりはない』
『兄上……!』

 ブラコン弟は兄の言葉に感極まっている様子だったが、ルーカスはそうではなかった。
 アミール王子のその氷海の底深い場所の光を留めた様な冷たく暗い眼光に、ゾクリと身を震わせた。

 その後も何度かフロリアナと王子達(と言うよりは主にエミリオ様)は揉めたが、その度にアミール王子が弟王子を宥め、継母の間を取り持ち仲裁していた。
 王は相も変らず家族にも家族間の揉め事にも無関心だった。
 やはりどこか遠くの空を見つめていた。

―-―そんなある日、あんなに良かった兄弟仲に亀裂が入る。

 アミール王子が自ら王位継承権を手放すと言い出したのだ。

『何故です、兄上!まさかあの女に脅迫されたのですか!?』
『……これ以上、肉親同士でいがみ合いたくない。私は争ってまで王位が欲しくないんだ。解ってくれ、エミリオ』
『そんな…あの能なしの豚に王位を譲るというのですか?――…そんな、ありえない!!あの時兄上はおっしゃっていたでしょう、王位も国も譲るつもりはないと!!』

 自分の胸倉を掴みかかる弟に、アミール王子は曖昧な笑みを浮かべて笑うだけだ。

『エミリオ、ごめんね』
『っ!…………この腑抜け!!軟弱もの!!お前なんかもう僕の兄じゃない!!』

 そして、エミリオ様の傍にいるのはルーカスだけになった。 

『いいんスか王子ー、お兄様と仲直りしなくて』
『あんな腑抜け僕の兄じゃない。――…あんな腑抜けや白豚(ロルフ)に王位を譲るくらいなら、この僕が王になってやる』

 そんなの無理に決まってる。

 この王子はパッパラパー……とまでは言わないが、自分の感情を抑えるのが苦手で直情的だ。
 エミリオ様は兄王子や女官達に、ただ綿に包まれる様にして甘やかされ守られて来た生来の王子様で、その思考回路も甘ったれた末っ子そのものだ。
 世間の厳しさも、外交の難しさも、部下達の管理の方法も、黒い思惑を持って近付いて来る貴族達との付き合い方もまだ何も知らない。
 アミール王子はあれでも頭がキレるし政治手腕に長けている。
 あの兄王子は、学生時代に自分が王位に就いた時の備えをほぼ完備した。
 鉄血宰相ヴィスカルディの有能な倅を懐柔し次期宰相にと据え置いて、優秀な学友には目を付けて口説いてスカウトし、着実に自分の味方を揃えて行ったが、エミリオ様の方はと言えばお気楽な次男とでも言うのか。もし兄に不幸があった時の事などは考えておらず、何の準備をして来なかった。
 アミール様の様に貴族や庶民も通う学校に行き、友人を作り、庶民の生活を知る事もなく大きくなった。
 勉強は家庭教師に教わっていたし、苦手な勉強の時間は逃げていた。
 社交界や舞踏会やなど貴族間の集まりに顔を出すのも嫌いでほとんど顔も出さなかった。

 そういう理由でエミリオ王子の味方は、城中城外含め皆無に等しい。

 この国で彼の忠臣と言えるのは、ルーカスくらいしかいなかった。

(ま、お手並み拝見と行きますか)

 ルーカスはそれからしばらく静観していたが、この王子様、意外に頑張った。
 そう言えば元々エミリオ様はお勉強は出来る方だった。……苦手な事は学びたがらなかったが。
 兄が今まで歩いてきた道をなぞる様にではあったが、エミリオ王子は次期国王としての帝王学に勤しみ、着実に味方を増やして行った。
 しかし良く良くみてみると、全てがアミール様のお手付きの者達なのだ。
 弟を心配している彼が裏で根回ししているのはルーカスにはすぐに判った。

―――そして国は真っ二つに別れた。

 第二王子エミリオ王子派と第三王子ロルフ王子派。

 名目上はそうなっているが、裏で二人の糸を引いているのはアミール王子とフロリアナだ。あの二人が弟と息子を使って裏でバトルをしている。

 勿論王位継承権の正当性は第二王子のエミリオ様にあった。

 なのでフロリアナはエミリオ王子の心証をを貶める作戦にでた。
 つまり、エミリオ様が狡猾な野心家で、兄のアミール様の王位を略奪しようとしていると言う話をばら撒いたのだ。
 彼等を子供時代を知っている臣下達からすれば笑える話だ。
 あの甘ったれのワガママプリンスが野心家で、敬愛している兄王子から王位を略奪しようとしているなんて誰も信じない。
 しかしそんな事を知る由もない国民にも諸外国にも、尾鰭のついた噂は広まって行く。

 これでアミール王子は下手に王位継承権を放棄出来なくなってしまった。

 自分が継承権を放棄をすると、名実ともに弟が汚名を着る事になるのだ。
 そしてフロリアナもそれを狙っている。
 フロリアナは兄王子の王位継承権を略奪した悪の王子エミリオを正義の王子ロルフが討ち、彼が次期国王陛下の座に就くと言う、まるで三文芝居の様なシナリオをお望みだ。

 フロリアナ一派はここでアミール様とエミリオ様の仲に決定的な亀裂が入る事を想像していた様だが、残念な事にそれは彼女の読み違いとなった。
 元々エミリオ様は王位が欲しかった訳ではない。
 しかしフロリアナ一派は、自分達の様にエミリオ様も王位を欲しているのだとばかり思っていたのだろう。
 兄王子を討とうとしないエミリオ王子にフロリアナ一派は焦った。
 下手に退位する事ができなくなり「困ったなぁ」と嘆く兄を見て、エミリオ様は小気味が良さそうに笑っていた。
 自分の汚名が流れる事よりも、兄が王位継承権を放棄せずに済んだ事の方が嬉しいらしい。

(もしやあの王子様、最初から王位継承権を放棄する気なんてなかったんじゃないか?)

 まだ幼く直情的で押さえのきかない弟王子のエミリオ様は、アミール王子の一番のウィークポイントだった。
 当然フロリアナ一派もそれを良く理解しており、彼のウィークポイントであるエミリオ王子をいつも集中的に攻めて来た。
 アミール王子はあえてエミリオ様と仲違いをしてフロリアナ一派の目を誤魔化し、弟の暴走を上手い具合に利用したという事なのだろうか。

 いつか塔に閉じ込められた時と違い、この頃のアミール王子はもう無力な子供ではなかった。
 成人して陛下から国宝の神剣を賜り、城に己の忠臣も揃え、フロリアナ一派も容易には手出しが出来なくなっていた。

 そして玉座を巡った争いは膠着状態に入った。

 しかし内心、城の者達は誰もがアミール王子が王位に就くのだとばかり思っていた。
 フロリアナ一派の顔であるロルフ王子は、エミリオ王子以上にアレだ。
 フロリアナが甘やかし過ぎたせいだろう。根気がなく打たれ弱い癖にプライドだけは一丁前の男で、勉学はいつも途中で放棄し、この国の王になるには必要な剣技もろくに学ぼうとしなかった。今も娼婦を呼んで昼間っから遊んでいる。
 野心家の門閥貴族の家の出で計算高いフロリアナだったが、その子供達はその頭脳も美貌も、彼女からは受け継がなかったらしい。ちなみにロルフの下の弟王子や姫も彼と同じかそれ以下だ。

 国王陛下から神剣を賜ったという事もあり、誰もがこのままアミール王子が王位に就くとばかり思っていた。

―――しかし、ある日事態は急変する。

 陛下は、そのどこからともなくあらわれた黒髪の女に心を奪われた。

 陛下はもう窓の外を見ていなかった。
 家族も国も何も見ていなかった。

 ただ、その女だけを見つめていた。

『やっと私の下に戻ってきてくれたんだね、ホナミ』
『ええ、陛下。私もお会いしとうございました』

 この世界では聞き慣れない”ホナミ”と言う珍しい名前の女は、これまた珍しい闇色の髪と瞳を持つ、それはそれは美しい女だった。

―――そして大国リゲルブルクは傾きだす。

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Siti Dara

Hi. I’m Designer of Blog Magic. I’m CEO/Founder of ThemeXpose. I’m Creative Art Director, Web Designer, UI/UX Designer, Interaction Designer, Industrial Designer, Web Developer, Business Enthusiast, StartUp Enthusiast, Speaker, Writer and Photographer. Inspired to make things looks better.

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