1・赤ずきんちゃんと闇の森
グルルルルルル…、
獰猛な狼達に囲まれ、俺は後悔した。――無策であった、と。
そうだ、すっかり忘れていたがここは狼どころか魔獣や妖魔まで出る、そんな恐ろしい異世界の仄暗い森の奥深くなのだ。
そして今の俺は非力な女の身。
あのワンコ騎士を騙くらかして護衛にし、街まで送って貰った後奴を撒けば良かったと俺は後悔した。
「くっ……!」
適当に拾って振り回していた木の棒も狼達の牙に砕かれ、丸腰状態になった俺はついに狼達に追い詰められてしまった。
ゴツンと大きな木の幹が背中に当たる。
頭上からパラパラと降って来た樹皮に、何気なしく上を見上げる。
(狼って木に登れたっけ…?)
前世の記憶をフル回転させて思い出す。
ライオン等の猫科の獣は登れたような気がするが、犬科の動物はそうではなかった様な気がする。
(うちで飼ってた馬鹿犬は木には登れなかったが、近所の猫は木に登ってたな…。)
―――よし。
ガッ!!
俺は意を決すると、木の棒を狼の鼻っ柱に投げつけて木によじ登った。
ここで問題がまた発生した。
この木、やたら太くて、下の方には枝がまったくない。そんでもって、木の幹にしがみ付くと樹皮がベリべりと剥れてくるのだ。
こんな登り難い木の元に追い詰められた不運に泣きそうになりながら、必死に木をよじ登る。
―――その時、
ガリッ!!
「きゃあ!?」
狼の爪がやたらヒラヒラしているスノーホワイトのスカートを掴んだ。
ズルズルと大地へ下ろされていく体に、青ざめる。
(ここで死ぬのか…?)
俺はまた死ぬのか。――…今生も、女の子とエッチ出来ないまま死ぬのか。
この調子じゃ、また転生出来たとしても来世もそのまた来世も女の子とセクロス出来そうにない。俺はそんな運命 の元生まれてきているのか。
―――絶望で目の前が真っ暗になった、まさにその時の事だった。
パァン!!
耳を劈く発砲音と共に、火薬の匂いが鼻を掠める。
(え……?)
バサッ!
近くの木の枝で羽根を休めていたらしい鳥達が一斉に飛び立つ音と共に、頭上から何枚か鳥の羽がフワフワと落ちて来る。
スノーホワイトのスカートをガリガリやっていた狼が力なく大地に倒れるのを合図に、周りの狼達は逃げ出して行く。
「助かった……?」
手の力が抜け、ズルズルとそのまま地面に降りた俺の前に、一人の少女が現れた。
フワフワと宙を舞う鳥達の白い羽の中で微笑むその少女はとても神秘的で、さながらこの森の女神か何かの様に思えた。
「無事で良かった」
その声は女の子にしては少し落ち着いたテノールボイスだが、非情に俺好みの声質である。何故ならば、俺が前世好きだったフタナリしか出て来ないエロゲの某声優の声に酷似しているからだ。
「大丈夫?怪我はない?」
スカートの中、両の太股に拳銃を吊った少し物騒な美少女は、己の獲物をスカートの中に戻すと地面にへたり込むスノーホワイトの元に駆け寄って来た。
彼女が走り出すと、揺れる金の巻き毛が眩い光りを弾く。
深い翡翠の瞳は宝石のような輝きを放っている。全世界から祝福のキスを捧げられる為に作られた様なその愛らしい唇は、誰もが口付けたくなる様なふっくらとした珊瑚色だ。桜色のやわらかな頬にフンワリとかかる狐色の髪は、赤い頭巾で半分覆われているのだが、この頭巾がこれまた彼女に良く似合っていた。
赤頭巾と赤いエプロンドレスが最高に似合うその美少女の登場に、俺は内心歓声を上げた。
(美少女来たあああああああああああああああああああっ!!!!!)
******
―――一方、こちらでも。
「エルにゃん来たああああああああああああああ!!!!」
スノーホワイトの継母リディアンネルにして、アキラの前世の姉の方も叫んでいた。
「向こうの世界の大人の事情によりショタから合法ショタへと進化したエルにゃん18歳!!エルにゃん18歳!!来たああああああっ!!!!」
(合法ショタって何だ…?)
主の謎めいた言葉に真顔で首を傾げる使い魔を他所に、アキは寝室の鏡の左右の縁を押さえて叫ぶ。
「ああああん!!早くエルにゃんが木の淫魔ドライアドのお姉様達にショタちん●イジイジムキムキにゅるにゅるされてイジメられるシーンが見たいよぉ!!ああ、ショタちん●じゃない!!合法ショタちん●の間違いでした!!まだか!!エロシーンはまだなのか!!スキップできないのかこの鏡は、クソ、クソ!!」
「あ、アキ様、そんなに興奮しないで下さい!!ってか、鏡を叩かないで下さい!!割れてしまいます!!」
「会話イベントうぜえええええ!!まだなの、まだなのアキラ君!!早く、早く!!会話イベントなんてスキップしなさいよ!!」
「――…って、アキ様、この少女、男なんですか?」
鏡の中の赤頭巾を被った少女は少女にしか見えなかった。
訝しげに主人に問うと、彼女は面倒くさそうな顔をして彼を振り返った。
「そうよ、エルにゃんは森の悪い人狼を討とうと女装してるの」
「何故そこで女装する必要が」
「なんでそういう野暮な事聞くかな?」
使い魔の質問に、主人は少しムッとした様だった。
「この森には昔からうら若き乙女ばかり狙う悪い人狼がいるって設定なのよ。その狼が畑の野菜を盗んでいるのではないかと思ったエルにゃんが女装して、そいつを討とうとしているって流れなのね」
「人狼は鼻が良い。乙女ばかり狙う狼ならば、仮にこの少年が女装をしていてもすぐに男だと気付くでしょう」
「本当に野暮な事しか言わない鏡ね…」
「す、すみません…」
あれから丸3日、鏡に噛り付く様にしてスノーホワイト達の情事を鼻息荒く見守っていた主人に彼は思った。
(この人、寝なくて大丈夫なのかな…。)
まあ、魔女は人間ではないし1ヶ月くらい寝なくても大丈夫だろうが…。
(もう一回寝たいな。……性的な意味で)
「アキ様、あの…」
「ああああああん!!エルにゃん可愛いぉ!!エルにゃんの生足もっと近くで見たい!!ズームで見せてよねえ早く!!早くして鏡!!」
「は、はあ…?」
しかしこの主、この調子で中々隙をくれやしない。
「どうしたもんか…」と考えながら鏡の中に登場した新しい女装少年にキャーキャーと黄色い声を上げる主を見て、彼は嘆息した。
0 komentar:
Posting Komentar