『Shirayukihime to 7 Nin no Koibito』to iu 18 kin Otomege Heroin ni Tenseishiteshimatta Ore ga Zenryoku de Oujitachi kara Nigeru Hanashi chapter 89

7・王統と伝説の間で待ってる
 男が振るった剣が、またしてもレジスタンスのメンバーを吹き飛ばす。
 自身が選び抜いた精鋭達が手も足も出せずに次々と倒されていく中、アミール王子はラインハルトを攻めあぐねていた。

(やはりヒルを向こうにやったのは失敗だったか……)

 あの人間離れする動きをする騎士がいれば、この男の隙を作る事も可能であったはずだ。

―――明らかに火力が足りていなかった。

「幽魔、これで本当に父と冥府の共鳴度は30%なのか」
『ええ、30%程度です。これが現在の裏剣王ラインハルトです』

(やはり、か……)

 幽魔の口からも「裏剣王」の言葉が出て来て、アミール王子は苦々しい顔付きとなる。

「幽魔、何分持つか分からないが父上を拘束するぞ!」
『はい!』

 剣の切っ先を床に立てて呪文詠唱に入ると、アミール王子を中心に禍々しい闇が巻き上がる。
 骨の髄から凍り付く様な冷たい風が吹き荒れる中、ラインハルトは微動だにしなかった。

「終末の日、月が蝕まれた日、
 天空の花嫁を喰らいし強欲の狼よ…」

 男は息子が術を発動させる様子を、ただ黙ってジッと見守っていた。

「三度目の冬、きらめく星々が大地に墜ちた日、
 天と空をも血で染め上げた悪夢の片割れよ
 盟約より幽冥への道を辿り 今我が元に来たりて
 我が前に立ち塞がる者を虚夜宮の牢獄へ導きたまえ!」

ズガガガガガガガッ!!!!

 『幽魔の牢獄』から伸びた無数の黒い手が、蔓の様に伸びて、正六面体の檻となってラインハルトを包む。

―――しかし、

「この程度か…」

バシュン!

 ラインハルトが『冥府の刃』を一振りした瞬間、その檻は破壊され、黒い手は散り散りになって消え失せた。

「お前には失望したよ、アミール」

(くそ、これでも駄目か…!)

 黒煙の中からゆらりと現れた男の姿に、自然とアミール王子が握る剣の柄に力が入る。その時――、

「ラインハルト!無事か!」
「ほ、ホナミ君…?」

 白煙と共に二人の間に現れたのは、白面金毛九尾の狐だった。
 謁見の間の様子を見て、彼女は何があったのか察したらしい。

「良くも私のハルを!!」

 人の娘に化けた妖狐の長い黒髪がふわりと宙に浮き立った。
 至近距離で迫り来る炎の刃に、アミール王子は『幽魔の牢獄』を構える。

(しまった…!)

 本来ならば無限に出て来るはずの水術が『幽魔の牢獄』から出て来ない。
 『虚夜宮の牢獄』と言う大技を使ったばかりで、まだ幽魔の中で切り替えが出来ていないのだ。

「幽魔、急げ!」
『すみません、もう少しかかりそうです!!』

 迫る炎の刃に、妖狐ホナミがその艶やかな唇に氷の微笑を刻み込む。

「さようなら、アミール王子」
「クッ…!」

 アミール王子が目を瞑った、その瞬間――、

ブォン!!

「私達の事を忘れて貰っては困りますねぇ」

 突如目の前に出現した水の障壁が炎の刃を溶かして行くのを見て、アミール王子はほっと肩を降ろした。

「イルミ、エル、遅かったな」

 アミール王子が後を振り返ると、謁見の間の入口に見知った顔の男が二人立っていた。

「間に合って良かった!」
「相変らずの悪運の強いお方だ」

 皮肉を言いながら眼鏡を直す男のもう片方の手から、ドーム状の水の壁が構成されて行く。
 イルミナートの得意とする、水霊封界レイ・グ・ドゥーマと言う水の障壁である。
 イルミナートの防御壁が発動されている中、エルヴァミトーレが回復魔術を唱えながら足早にアミール王子に駆け寄った。

「アミー様、お怪我は?」
「ああ、この通り。なんとかまだ生きてるよ」

 彼の手から産まれた聖水と良く似た水滴が宙で弾けた瞬間、アミール王子の身体は温かい光に包まれる。

「おお、これは!」
「助かります、エルヴァミトーレ殿!」

 今エルヴァミトーレがかけた水属性の回復魔術は、本来ならば一個人にしか効果のない物だ。
 しかし水霊封界レイ・グ・ドゥーマの中ではその効果は増幅される。
 アミール王子だけではなく、結界内のレジスタンスのメンバーの傷がみるみる回復して行った。

ボーン、ボーン、

 その時、城内に深夜0時を告げる柱時計の音が鳴り響いた。

―――日付が変わりマナの祝祭日になった。

「くっ…」

 妖狐が鐘の音とともに平衡感覚を失いふらつき出すのを見て、アミール王子はニッと笑う。

(幸運だったな、想像以上にマナの祝祭日に弱る固体らしい)

「反撃開始と行くか。―――エルヴァミトーレは呪水花晶カース・ブルームを!イルミはそのまま水霊封界レイ・グ・ドゥーマを展開し、エルの呪文を完成するまで壁になれ!私達が飛び出したら、魔力の消費を抑える為に結界を小さくしても構わない!」

 挑む様な目付きで玉座の前に立つ男女を睨み上げながら、彼は部下に指示を出す。

「はい、アミー様!」
「やれやれ、本当に人使いの荒い王子様だ」
「お前達は私に続け、道を開くぞ!!」
「畏まりました!アミール王太子殿下!!」
「この剣と誇りに懸けて!!」

 戦意を取り戻したレジスタンス軍のメンバーに、妖狐がまた炎を出そうとするが、彼女の手の平から産まれた炎はすぐに消え失せてしまう。

「くそ…!」

 ふらつく彼女の肩に、ポンと手が置かれる。
 ラインハルトだった。

「ホナミ君、君は下がっていなさい。そもそもこれは私の蒔いた種だ、私が一人で刈り取るのが筋なんだよ」
「ハル…?」

 そう言って自分の目の前に立つラインハルトに、妖狐の闇色の瞳が揺れた。


****


「おまえ、裏切ったのか!?」
「なんて奴だ!!」

 ミカエラ達に続いて城を出て来たルーカスに、木に縛られていたヴラジミール達は罵声を上げる。

「悪いね、負け戦はしない主義なんだ」

―――俺は賢い人間だ。

(悪いね、アキラ、エミリオ様)

 ルーカスは古城の周りに油をまかれ、火をつける様子を無感動な瞳で見つめる。

「ふむ。やはり煉瓦いし造りの城は火が周るのに時間がかかるな」
「ミカエラ様、葡萄酒をご用意致しました」
「いいな、酒でも飲んで火が回るのを待つか」

 ミカエラ達は城から少し離れた場所まで来ると腰を下ろした。
 ルーカスは談笑するミカエラ達を少し離れた場所で見守る。

「やめろ!やめてくれ!!スノー達がまだ残ってるんだろ!?火なんてつけたら死んじゃまうじゃねえか!!今すぐ火を消してくれ!!」
「鬼!悪魔!狂皇子!!」
「うるさい、黙らせろ」
「は、畏まりました」

 湖が近くにあったからだろう。
 悪趣味な皇子様達はヴラジミール達の頭から水を掛けて、水責めをはじめた。
 古今東西、水を使う拷問とは多種多様の物が存在する。
 ミカエラ達の話を聞くに、暇潰しに一つづつ試す事にしたらしい。

「さて、何分耐えられるかな?」

 ルーカスは始った拷問を、近くの木の幹に背を預けながら無言で見守る。
 髪を捕まれ、バケツに顔を付けられたヴラジミールは、そこでルーカスの存在を思い出したらしい。
 水が溢れるバケツから必死に顔を上げると、切迫した形相で叫ぶ。

「おま、助けろ……よ!」
「ごめんな。悪いけど、俺、今はミカエラ様の犬だから」
「この…、裏切り者!!」

(何とでも言いやがれ)

 やれやれと肩を竦めながら、ルーカスは水責めを受ける盗賊達の様子を観賞する。

―――俺は賢い人間だ。

(聖火十字軍の精鋭23人に、バンジャリデアの宝剣。……真正面からやり合うだけ馬鹿だ)

 この森を突っ切ってここまで来たのだ、向こうもそれなりに体力を消耗している。
 体力が尽きたルーカスとエミリオ王子でも、もしかしたら聖火十字軍の精鋭23名だけならなんとなかったかもしれない。

―――しかし『バンジャリデアの宝剣』が出て来てしまっては、そうも言ってはいられない。

 どんなにルーカスが腕利きの剣士でも、やはりこれでは荷が勝ち過ぎる。

 ミカエラの持つバンジャリデアの宝剣は俗に世界三大神器と呼ばれている物の内の一つだ。
 バンジャリデアの宝剣に斬れない物は、この世で何一つないと言われている。噂によると、体を持たない魔族まで切る事が出来る世界最強の剣なのだとか。
 神器であるバンジャリデアに比べれば、アミール王子の持っている『神の石』だって子供の玩具の様な物でしかない。
 なんたっていにしえの邪神達は、その伝説の宝具を持つ唯一神に手も足も出す事が出来ず『神の石』の中に封じ込められてしまったのだから。

 その三つの神器を神から奪い、堕天した大天使によってこの世界の歴史は変わった。

 堕天使から三つの神器を奪い、不老不死となった男、――ルカ・アドビスがアドビス神聖国を建国する。
 神器の力によって各地の争いを鎮め、大陸を統一したルカは、最初の数百年はとても良い王だったらしい。
 しかし人には過ぎた神器ちからを手にしたせいなのか、はたまた不老不死がそうさせたのか、それともルカに永遠水晶の中に封じ込められた堕天使の呪いか。次第にルカは悪戯に民を虐げる事に暗い喜びを覚える様になってしまう。
 そんなある日の事。偶然聖王都を通りかかった旅の王子が、暴虐の限りを尽くす様になったルカを討つ。―――…その王子の名前がエミリオ・カルヴァリオ。カルヴァリオの英雄と言われている、ミカエラのご先祖様だ。
 ルカからバンジャリデアの宝剣とピデアンの剣を奪ったエミリオ・カルヴァリオは大陸を制覇し、教皇国カルヴァリオが次に西の大陸の王者となった。

 まあ、その後の長い歴史の中で、戦争だ災害だ人災だ様々な事あってカルヴァリオもいつしか衰退して行くのだ。
 決定打となったのが、大陸を震撼させた”カルカレッソの悲劇”か。
 あの事件により、カルヴァリオは名実とともに大陸の王者の座を失った。

 ルーカスは伝説や神話を端から信じている訳ではない。
 実際この目で耳で見聞きしていない神話を信じるのなんて子供くらいだ。

―――しかし。戦場でミカエラが振るった伝説の宝剣の威力に、この剣は生身の人間の身体では太刀打ち出来ない物だと彼はすぐさま理解した。

 ヒルデベルトは生きているのだろうか?

 伝説の宝剣とそこらのなまくら剣では、はなから勝負にならない。彼が獣形態となってもそれは代わりない。
 バンジャリデアを持つミカエラと真正面からまともに相対して、……きりの良い所で引き上げなければ、流石のヒルデベルトでも命はないはずだ。

(まあ、逃げないだろうな)

 あのワンコ君、馬鹿だから。

(でも俺は違う)

―――俺は賢い人間だ。

 命を無駄にする事なんかしない。

『ルーカスさん、お帰りなさい!今晩はビーフシチューですよ!』
『ラッキー!俺スノーちゃんのビーフシチュー大好物なんだよね!』
『うふふ、沢山作りましたからじゃんじゃんお替りしてくださいね』
『あれ?スノーちゃん、もしかしてオニーサンの事愛しちゃった?愛しちゃった系~?』
『も、もう!馬鹿な事ばっかり言ってないでさっさと手を洗ってきたらどうですか?』
『あれ?スノーちゃん、もしかして照れてる?照れてるの?うわあ、どうしよう、もうオニーサン我慢出来ないよ!シチューよりも先にスノーちゃんの事食べちゃいたい!!……駄目?』
『だ、駄目です!!……っ、よ、夜まで」
『ん?』
『夜まで、……待って…くださ、ぃ』
『…………。もう無理、ぜってぇ無理。って言うか現実的に考えて不可能だろ。スノーちゃんが可愛い過ぎてもうオニーサン我慢出来ない!!』
『きゃあああああああああああああああ!!だ、誰かあああああああああ!!!!』

(くっそ…、)

 何故、今あのお姫様の顔を思い出すのか。

『いつまで寝ているんだ、今日は大事な日だと言っていただろう』

 あの小生意気な猫の様な蒼い瞳。

 今思うとあの人の意思の強い蒼の瞳が、結構好きだった。
 あの人の目って妙に澄んだ色で、キラッキラしてんのな。—――…そこには邪心も虚飾も何もなかった。

『黒炎の騎士よ、お前は僕に命を預ける覚悟はあるか?』
『へいへい、地獄までお供しますよ、王子様』

 今思うとあの人の負けん気の強い所が、結構好きだった。
 あの人って怖いもの知らずで無鉄砲で、本っ当馬鹿なのな。—――…そう、馬鹿が付くほど正直で、真っすぐで、一緒にいるとこっちも馬鹿になれて毎日が楽しかった。

 あの人の騎士になれて良かったと心から思う。

(でも、俺はこんな所で死にたくない)

―――俺は賢い人間だ。

 そんな一時の情に振り回されて、命を無駄になんかしない。

 あのお子様と違って、ルーカスはもう良い年齢の分別を弁えた大人の男だ。
 自分の身の程は弁えているし、自分の限界だって知っている。確かにルーカスは腕利きの騎士だが、今回は流石に彼のキャパを超えていた。

―――俺は下村茂だ。

 こんなワケのわかんねぇ世界でくたばりたくなんかない。
 さっさと元の世界に帰りたい。

(そうだ、俺は絶対に元の世界に帰るんだ…)

『もうずっと前から、お前と友達でいるのは無理なんじゃないかって思ってた』

 ズキンとした胸の痛みと共に、脳裏に蘇るいつかの風景。三浦家のあいつの部屋。
 ギュウギュウ漫画が詰められた本棚に、所狭しと並ぶ美少女フィギア。

『だから。住む世界が違うって言ってるだろ。お前が俺の好きなゲームやアニメ、声優に興味が持てない様に、俺もお前の好きな服のブランドや音楽、リアルの女にも興味が持てない。もう昔みたいに付き合えない。俺達は価値観も全然違う。一緒にいてもお互い辛いだけだ』

 窓の外の電線の上でカアカア鳴いてるカラスの鳴き声と、耳障りなゲームのBGM。信じられないくらい冷たいあいつの声。

『お前が陰キャラって馬鹿にする鈴木や江藤だって、今の俺にとっては大事な友達なんだよ。今じゃお前とつるんでるよりアイツ等と話してる方がずっと楽しい』

(そうだ、俺は――、)

『俺の嫁や俺の尊敬する神絵師まかろにーぬ氏を馬鹿にした奴と、俺はもう友達ではいられない。――…もう、二度と俺に話かけんな』

(俺は…、)

 握った拳が震える。

『シゲ、大人達が寝たら二人でこっそりテント抜け出して冒険に行こうぜ!!なんか向こうに面白そうな洞窟見つけてさ』
『え、怒られないかな』
『見付かればな。見付からなきゃいいだけだろ』
『なんかドキドキするね、洞窟か』

(俺は、元の世界に帰って、)

『うわ、真っ暗!ライター持ってきて良かったね!』
『なんか本当にドキドキしててきたな!ここ、DQドグマグの洞窟みたいじゃね?DQみたいにモンスターが出て来ればいいのに!』
『ええっ!?そんなの出て来たら困るって!!』
『困んねぇよ、あいつら倒すと金落としてくじゃん!今月のお小遣いもうないし、むしろじゃんじゃん出て来てほしい!!』
『……そんな事言って。強い奴が出て来たらどうすんだよ?』
『俺に任せとけって!だーいじょうぶだって、シゲは俺の親友だから俺が絶対守ってやるよ!!』
『アキラ君…。お、俺もアキラ君の事守ってあげ…………って、俺最強だし!?ゲームの世界行ったら俺は多分勇者か剣士辺りだから絶対お前より強いし!!』
『はあ?俺の方が強いに決まってんだろ!!』
『はあああ!?俺の方が強いに決まってんじゃん!!』

(―――…もう一度、あいつの友達になりたいんだ)

「ちくしょう…」

―――俺は賢い人間だ。

 賢い人間なのだが、——…さっきからずっと、バンジャリデアの宝剣が目の端にチラついている。

(ここで怖いのは、ミカエラの持つバンジャリデアだけだ…)

 その伝説の宝剣は大剣と呼ぶに相応しいサイズの剣で、戦場以外でいつも持ち歩くのは支障の出る大きさだ。
 それもあって、ミカエラはさっきからバンジャリデアの宝剣を腰かけた丸太に立てかけている。

(馬鹿な事を考えるな。俺はあいつらとは違う、俺は賢い人間なんだ) 

「どうだ、お前も一杯飲むか?」

 酒瓶を持って豪快に笑うミカエラの顔は赤い。
 大分酒が回って来た様だ。

(ヴラジミール達の拷問をしている兵士が8名。彼等がこちらに戻ってくるまでおおよそ42秒。42秒でミカエラと15名の兵士を仕留める。……無理だ。やっぱりそんなの無理に決まってる)

 剣を奪い、42秒で16名を仕留める。……何度か脳内でシュミレーションしてみるが、何度シュミレーションしてみても、それが成功する場面はルーカスには思い浮かばなかった。
 例え成功したとしても、確実に手足の1、2本持って行かれる。

「……いいっスねえ」

 ルーカスは和やかな笑顔を浮かべながら、ミカエラの坐る丸太に一歩、また一歩近付く。

(……でも、あいつなら、ヒルデベルトの奴なら絶対にやる)

 あのワンコ君ならあの鮮やかな剣技で、42秒で見事にやってのけるだろう。

(―――…なら、NO2の俺に出来ないワケがねぇ!!)

ガッ!!

 ルーカスはミカエラの坐っていた丸太を派手に蹴り上げた。

「うわああああ!!な、なんだ!?」
「あいつ…!」

 酒瓶が空を舞い、ミカエラが態勢を崩し大地に膝を突く。
 酒宴の席が目茶目茶になる中、ルーカスは丸太に立てかけてあった伝説の宝剣を抜いた。

「これさえ奪えばこっちのもんだ!!」
「馬鹿め!そうはさせるか!!」

スパン!!

 瞬時に態勢を立て直して反応したミカエラの剣により、宝剣を掴んだルーカスの右腕が肩口から鮮やかに切断される。
 自分の胴体から離れていく腕を見て、彼は自嘲気味に笑った。

(俺は賢い男、……だと思ってたんだけどなぁ)

 宙に自身の鮮血が舞い散る中、目の前の兵士の頭を踏み台にしてルーカスは飛んだ。

ザッ……!

 大地に着地した時、ルーカスは斬り落とされた自分の右腕を掴んでいた。

「へへっ」

 切断されてもしっかりとバンジャリデアの宝剣を握り締めたままの自分の手にやや感動を覚えながら、ルーカスは剣を抜き取った。

―――これさえ奪えば、あとはどうとでもなる。

「お前、裏切ったな!!」

 ルーカスが自分の腕だった物を宙に放り投げるのを合図に、戦いが始った。

「悪いねミカエラ様。俺はよぉ、昔からむさくるしい男より可愛い女の子の方が大好きなんだよねぇ!!」

 肩口から赤を撒き散らしながら、リゲルブルクNO2の騎士が剣の舞を踊る。

「ははっ!良く切れるねぇ、伝説の宝剣は!!」
「この!!」

―――ふと在りし日の養父ちちの姿を思い出す。

 人間の神父に化けた人喰い妖魔から、幼い自分を庇い、腕を一本失った養父ちちの姿を。
 腕を一本失っても尚剣を振るい続ける騎士ちちの背中は、ルーカスにとって何よりも大きく、何よりも偉大だった。
 血の様に紅い目を光らせて教会のステンドグラスをバックに嘲う最高危険種に恐れず、怯まず、勇敢に立ち向かうあの人の背中にずっと憧れていた。

(そういやガキの頃は、親父みたいな強くてイイ男になりたいって思ってたっけ)

『これからは俺の為じゃない、この国の為に、友や愛する人を守る為にその剣を振るいなさい。――…我が息子よ、いつだって騎士の勇気と誇りを忘れずに、我が国の誉れ高き騎士であれ』

(親父、これでお揃いだな…!)

 そう思うと、腕を無くした事も誇らしかった。
 足は棒の様で身体は鉛の様に重かったが、不思議とどこからか力が沸いて来た。

「悪ぃな、俺は昔から両利きなんだ。右手がなくったって、こっちの手さえあれば充分よ」
「お前…!!」

 それは、一年で最も大きな青い満月が夜空に浮かぶ夜。
 それは、精霊達の動きが一年で最も活発になるマナの祝祭日。彼等の住処である仄暗い森の奥で。

『ルーカス、行くぞ』
「おう、親父!!」

 ルーカスは亡き養父ちちの声を聞いた様な気がした。

『我が息子よ、強くなったな』

 彼は乱暴に歯で切り裂いたマントで肩口を縛ると、偉大なる騎士ちちの声に従い剣を振るって、ミカエラと教皇国の精鋭達を撃破した。  


****


「ふう、なんとかなったな」

(親父、あんがとな)

 どこかでまだ自分を見守ってくれていたらしい父に、ルーカスは心の中で礼を言う。

 幽霊の類を信じている訳ではなかったが今夜はマナの祝祭日で、更に言うなればここは精霊達が沢山集う森の中だ。
 人には理解出来ない摩訶不思議な出来事が起こっても別に不思議ではない。

 左の太股に刺さった短剣を抜くと、ルーカスは足を引き摺りながらヴラジミール達の方へ急いだ。

「さっさと逃げな」

 ヴラジミールを縛る縄を切り短剣を渡すと、彼は驚愕に目を見開きながらルーカスを凝視する。

「お、おい……裏切ったなんて言って、すまなかった」

ザッ!!

 おどおどと謝罪する男達を無視し、ルーカスはその場に丁度良くあったバケツで頭から水を被った。
 びっこを引きながら燃える古城へ向うと、彼等はルーカスが何をやろうとしているか察したらしい。

「あ、あんた…、やめておけ!」
「無理だ、その怪我じゃ!」

 ヴラジミールに肩を捕まれ、ルーカスは彼等を振り替えるとニッと笑う。

「無理でも行くんだよ、あの城のてっぺんに俺のお姫様がいるんだ。このままじゃ王子様に取られちまう」

 ヴラジミール手の手を振り払うと、ルーカスは裂いたマントを歯と左手で器用に太股に縛る。

「これでよしっと。じゃ、俺、ちょっくら行ってきますわ」

 片手を挙げ軽く会釈すると、ルーカスは血の滲む肩口を押さえながら、燃え滾る炎の城に飛び込んだ。 
(待ってろよ、アキラ!お前もアキも、ぜってー向こうに連れて帰るんだからな…!!)



 しばらくヴラジミール達は城の前で呆然と立ち尽くしていた。

「……俺も行くか」

 黒煙の上がる古城を見上げながらそう呟いたヴラジミールに子分達は目を丸くする。

「親分!?」
「親分まで何を馬鹿な事を!!」
「多分、あの中にミュルシーナがいたら、兄貴は迷わず飛び込んだだろうなって思うんだよ。兄貴だけじゃない、相棒メルヒもな」
「親分…」
「あんな若造に任せておけねぇわ!!スノーはミュルシーナの大切な忘れ形見なんだ!!うおおおおおお!!行くぞ!!」
「お、俺も行きます!!」
「オイラも行きます!!」

 ヴラジミールがバケツの水を被りながら城に突撃すると、盗賊達もバケツの水を被って彼の後に続いた。



「クソ…、なんだったんだ、今のは……?」

 彼等が消えてすぐにミカエラ達が目を覚ました。

 腕を切った直後、いきなりあの騎士の動きにキレが増した。
 その時、ミカエラは彼の背後に顎鬚を蓄えた壮齢の騎士の姿を見えた気がしたのだ。

 燃え上がる古城の中から聞こえる男達の声に、すぐにミカエラは事情を察する。
 またうっすらと光り始める湖面を見て、ミカエラの顔色が変わった。

「ま、まずい…」
「大丈夫ですか、ミカエラ様」
「追い駆けろ!今すぐにあの男を追いかけろ!!」

 自分を起こそうとする部下の手を払い、ミカエラは立ち上がる。

「バンジャリデアの宝剣に鎖で巻いてある宝玉は、『神の石』の一つ『煌煌こうこうの征服者』だ!!あの石をリンゲインの姫に触らせたらまずい!!――…水竜王が目覚めてしまう!!」
「な、なんですって!?」

 ミカエラ達も水を被ると炎の燃え上がる城へ突入した。


****


 炎の中で、俺達はぐったりとしながら抱き合っていた。
 エミリオ王子の手によって縄は解けたが、その時すでに遅し。周りは炎で囲まれている。

「げほげほ!」

 煙を吸って咳き込んでしまい、咳き込むスノーホワイトの背中をエミリオ王子がぎゅっと抱き締める。

―――ここで俺の人生は終わるんだ、と思った。

 しかし不思議と心はとても穏かだった。

 これも言葉通りに最後まで俺に付き合ってくれた王子様のお陰だろう。
 独りだったら、きっとこんな穏かな心のまま最後を迎えられなかったと思う。
 そう思ったら、俺を事をさっきからずっと抱きしめている王子様に、何だか無性に礼が言いたくなった。

「エミリオ」
「ん?」
「ありがとな、俺、今はこっちの世界に来る事が出来て本当に良かったと思ってるんだ。お前に出会う事が出来たから」
「アキラ…」

 王子様はしばし呆けた様な顔をしていたが、フッと目を柔らかく細めた。

「僕もだ。お前に会えて本当に良かった」

 いつもはここでGrumpyらしくプンスカなされる所だが、エミリオももうその元気はないのだろう。
 屈託のない目で、満足そうに、そして何故か少し得意気な微笑を浮かべる王子様の顔には滝の汗が流れている。

「俺さ、最初から男の身体で会っても、お前とは絶対に良い友達になれたと思うんだ」
「友達?」
「うん、友達」

 しかしその言葉に彼の笑顔が瞬時に崩れ、渋面となった。
 怒る元気はない様だが、王子様はとてもつまらなそうな顔で溜息を付く。

「……例えアキラと先に出会っていたとしても、僕は絶対にお前の友達になんかならない」
「なんでだよ?お前、そんなに俺の事嫌いだった?スノーホワイトちゃんじゃないと駄目?」
「違う!そういう意味じゃない!!」
「じゃあ何でだよ?」
「―――…僕は、お前のそういう鈍感な所が大嫌いだ。……い、いや、そこがお前の魅力と言えば魅力なのだが」
「はあ?」

―――その時、

ゴオオオオオ!!!!

 炎を纏った巨大な瓦礫がこちらに降って来た。

「クッ…!」
「エミリオ様!!」

 もう俺達には逃げる場所も、逃げる体力もなかった。
 エミリオに骨が軋む程強く抱き締められて、死を覚悟して目を瞑ったその時、

ザン!!!!

「黒炎の騎士ルーカス・セレスティン参上!なぁんちって!」

(この声は…!)

 瓦礫を叩き割って現われた男に、スノーホワイトの涙腺が崩壊した。

「ルーカスさん!!!?」

 自分の胸の中でえぐえぐ泣き出すスノーホワイトを見て、エミリオ王子が声を張り上げる。

「遅いぞルーカス!!」
「そりゃすみませんでした。でも頑張ってここまでお迎えに馳せ参じたんですから許して下さいよ」

 良く良く見てみると、その騎士の右腕はなかった。
 硬く結ばれた肩口から滲んで垂れる赤黒い物に、スノーホワイトの涙がとめどなく溢れてくる。

「シゲ!おま、その手どうしたんだよ!?」
「流石のオニーサンも今回は無傷とは行かなかったわ、遅くなってごめんな」

 左手で頭を撫でられるが、涙は止まりそうになかった。

「しっかし、伝説の宝剣は一味も二味も切れ味が違いますねぇ」

 すぐに立ち上がったルーカスは、その巨大な剣を振り回す。
 すると辺りの炎はたちまちに掻き消えた。
 そう遠くない場所に転がっていた自分の剣を拾うと、エミリオ王子はルーカスの持つその剣をマジマジと眺める。

「ルーカス、その剣は?」
「ああ、あの伝説の宝剣バンジャリデアですよ。ミカエラからかっぱらってきたんスよ。いいっしょ?あ、スノーちゃんも見てみる?」

(な…に……?)

ドクン、

 その剣に――、いや、正しくはその剣の柄に巻きつけてある、紅い宝玉にスノーホワイトの指先が触れた瞬間、心臓が大きな音を立てた。

 一度は光りが断ち消えた湖面から、また光が、そして巨大な波飛沫が立ち上がる。

「なんだ、これは!?」

 エミリオ王子とルーカスが慌てて吹き抜けのある方向を振り返った。

 湖から噴きあがる波飛沫は止まらない。
 古城の炎はたちまち鎮火して行く。

 真夜中の闇の森が光で満ち溢れる。

―――…………を、……………だ?――――

「誰なの、誰の声…?」

 どこからか聞こえる声に俺は辺りを振り返るが、金色の光りで何も見えない。

―――その時、

「スノー!それだ!!その剣の宝玉だ!!それが竜神を目覚めさせる鍵だ!!」

 そこに駆け付けたヴラジミールの声に、エミリオ王子が「ああ!」と声を上げる。

「そうか、これはカルヴァリオが隠し持っていると言われている『神の石』の一つ『煌煌の征服者』だ!この石の能力は太陽の様な神々しい光りをもって、誰もを心から心酔させ、征服させる物だとアミールに聞いた事がある。長年カルヴァリオでは適合者は現れなかったと聞いていたが――、」

 石に触れた指先から、血液の様に熱い何かがスノーホワイトの身体の中に流れてくる。

 何かが俺に語りかけようとしている。
 目を瞑り、耳を澄ましてその声に耳を傾ける。

(あなたは、誰…?)

「『煌煌の征服者』に選ばれようとしている…」
「エミリオ様、これどうなってんスか?この石とスノーちゃんを放さなくても大丈夫なんスか?」
「……僕はこれと同じ現象を一度目にした事がある。アミールが我が国の国宝『幽魔の牢獄』に選ばれた時と全く同じだ。―――…アキラ、やはりお前は凄いな」
「なるほどなね。ロードルト・リンゲインはこの石の力で水竜王を従えたって訳か」
「あー、それ俺もなんか聞いた事あるわ。リンゲインがカルヴァリオから独立自治権を得る条件で、何かすげー貴重な石を向こうに渡したとか何とか」

 ヴラジミール達も会話に混ざり、歴史的な検証をはじめる中、俺はずっと目を瞑って”彼”の言葉に耳を傾けていた。

―――その時、

「まずい、もう共鳴している!!このままでは本当に水竜王が目覚めてしまう!!殺せ!!早くあの女を殺せ!!」

 最上階に駆けつけたミカエラ達に、男達は顔を見合わせ頷き合うと剣を構えた。

「―――…黒炎の騎士ルーカス・セレスティン!お前の主として最後の命を下す!プリンセススノーホワイトを守れ!!水竜王の復活はすぐそこだ!!」
「へいへい、わーってますよ王子様!!」
「俺達もいるぜ!!行くぞ、野郎ども!!」
「あいあいさー!!」


―――そして、最後の戦いが幕を開けた
SHARE

Siti Dara

Hi. I’m Designer of Blog Magic. I’m CEO/Founder of ThemeXpose. I’m Creative Art Director, Web Designer, UI/UX Designer, Interaction Designer, Industrial Designer, Web Developer, Business Enthusiast, StartUp Enthusiast, Speaker, Writer and Photographer. Inspired to make things looks better.

  • Image
  • Image
  • Image
  • Image
  • Image
    Blogger Comment
    Facebook Comment

0 komentar:

www.ayeey.com www.resepkuekeringku.com www.desainrumahnya.com www.yayasanbabysitterku.com www.luvne.com www.cicicookies.com www.tipscantiknya.com www.mbepp.com www.kumpulanrumusnya.com www.trikcantik.net