『Shirayukihime to 7 Nin no Koibito』to iu 18 kin Otomege Heroin ni Tenseishiteshimatta Ore ga Zenryoku de Oujitachi kara Nigeru Hanashi chapter 76

恋人7、Grumpy
「たった今、主寝室を改めさせて貰った!あんたが昨夜アイツと過ごしていたのは確かなんだ!!」
「それは別に否定はしないけれど。しかし何故私が彼女を隠さなければならないのかな」

 ウンディーネの気配はすぐに消え失せた。
 僕は慌てて虚空から争う二人の男へと視線を戻す。

「ルーカス、何があった」

 厳しい声で一喝するとルーカスがこちらを振り返る。

「アキ……スノーちゃんが!!」

 アキラと言いかけるルーカスがアミールの胸倉を掴む手を押さえて下に下ろすと、彼は自分が何をしていたのか気付いたらしい。
 アミールから離れると、気まずそうな顔で僕に頭を下げた。
 今でこそアミールは”一般人”だが、ルーカスは平時ならば不敬罪で首を刎ねられてもおかしくない事をしていたのだ。

「アキラとは誰だ?何故お前はスノーホワイトの事をアキラと呼ぶ?」
「そんな事よりも、今は!!このままじゃスノーちゃんが!!」

 少しだけ答えてくれる事を期待したが、やはりルーカスは自分達の正体について答える気はないらしい。
 僕はルーカスが何を焦っているのかは分からない。
 ただ事ではない様子でアミールを睨む彼に、僕は肩で大きく息をついた。

「このままだとスノーホワイトがどうなると言うのだ? アミールは……まあ、この通りふざけた男ではあるが。僕はコイツがスノーホワイトを傷つける様な事はしないと思わないぞ」

ドン!!

 僕の言葉にルーカスが壁に貼りつけられているカレンダーを殴打する。

「今日は蟹の月の第二週の二日目だ!今日の晩までに避妊薬を飲まなければスノーちゃんは…!!」
「なるほど、そういう事か」

 ルーカスの焦り方が尋常ではない理由が分かった。
 ポロリと下に落ちた画鋲を拾うと、僕はルーカスを押しのけてカレンダーに刺し直しながらどうしたものかと考える。

 普段のルーカスを知る僕からすれば、今のコイツは信じられない位に取り乱している。

 元々ルーカスは恐ろしく冷静で仕事の出来る男だ。
 同時に僕の護衛中でも居眠りをするのが日常茶飯事の不良騎士でもあった。更に言ってしまえば女癖も最悪だ。
 それでも仕事とプライベートの区別はしっかりとしている。
 昔の女であろうと今熱を上げている彼女であろうと、その女が❘主人(僕)の命を狙って送り込まれたスパイだと判れば、バッサリと首を斬る事が出来る非情な一面も持ち合わせている。
 そうでなければ王族の護衛など勤まらないのだが、ルーカスと言う男は時に僕が冷血漢だと感じる程冷酷な部分もあり、その状況判断能力は僕がしばしばアミールと重ねる事があった。
 いつもは激昂する僕を宥めて時に力ずくで止めるのが彼の役目なのだが、今日は珍しい事に立場が逆転している。

 こんな事、この男と出会ってから初めてだ。

(まさか他にも理由があるのか?)

 あのルーカスがここまで取り乱しているのだ。
 なんとなく理由はそれだけだとは思えないのだが、今は目先の問題を解決するのが先だろう。 

(ルーカスがこうなってしまった以上、ここは奴の主である僕が解決しなければ)

 所在無げに佇むルーカスからアミールに視線を向ける。
 アミールは澄ました顔で椅子に座り直し、優雅な仕草で脚なんぞを組み直しながらインスタントコーヒーに口を付けている所だった。
 時計の針は5時を指そうとしていた。
 他の者達が起きて来る前に片付けた方が良さそうだ。

ガタン、

 僕はアミールの向かいの席に座る。

「アミール」
「なんだい、エミリオ」
「幽魔にスノーホワイトを隠したのか」
「何か証拠はあるのかな?」

 珈琲カップから浮き立つ湯気の向こうの余裕に満ちた笑顔に少しイラついたが、ここで僕まで冷静さを失ってしまっては話にならない。

「ない」

 キッパリ言い切った僕にアミールは苦笑を浮かべた。

 実の兄弟言えど、証拠もなしに友好国の王女をどうこうしたなどと言う嫌疑をかけるのがどのような事であるか、それは僕も重々承知している。同時に自分の騎士が、普段ならば打ち首になっても仕方のない不敬をこの兄にしでかしてしまった事も承知している。
 しかしここまで来たら不敬ついでだ。 
 元々この男は僕に甘い。
 やるせなさそうに肩を竦める目の前の男が王都に帰り咲いても、自分達には何のお咎めもない事を確信した上で僕は続ける。

「ないが、お前が誰かを隠そうと思った時に一番都合が良いのはその剣だろう」
「お前達は一体今何時だと思っている?スノーホワイトは家庭菜園に野菜でも採りに行っているだけなのかもしれないだろう?」
「それはないな、僕とルーカスは畑の方から来たがスノーホワイトの姿は見なかった」
「なら森に野苺を採りに行っているのかも」

 僕はテーブルの横に棒の様に突っ立ったまま、僕等の事態の成り行きを見守っていたルーカスを振り返る。

「ルーカス、主寝室はしかと確認したのだろうな?」
「はい。不敬を承知で主寝室のカーテンの裏からクローゼットの中、ベッドの上から下まで確認させて戴きましたよ。寝台の上は昨夜の情事の濃厚な跡があった。スノーちゃんの脱いだ服もあった。しかし寝室にもどこにもスノーちゃんの姿が見当たらないんです」
「だから私は外に出かけているのではないかと言っているだろう?」
「それはない」
「何故?」

 またしてもキッパリと言い切った僕に、アミールが目を細める。

「それではあまりにも不自然だからだ」
「不自然?どこが?」
「全てにおいて不自然だろう。お前と過ごした夜の翌朝は、スノーホワイトは昼になっても起きられないと聞く。そのスノーホワイトがこの時間から野苺摘みだと?ありえないな。お前の夜の翌朝の食事当番は、彼女の体調を考慮してエルヴァミトーラになっているくらいだ」
「エミリオ様、エルヴァミトーラではなくエルヴァミトーレです」

 ルーカスのいらん茶々を無視して僕は続ける。

「そもそもスノーホワイトと閨を共にしたお前がこの時間にこの場所にいるのもおかしい。お前なら朝起きたらもう一度、いや、二度三度彼女と交ろうとするだろう。もしスノーホワイトがそれを断り、野苺をつみに行くと言ったのならばお前は彼女に着いて行ったはずだ。ここで今、お前が一人で呑気に朝の珈琲を飲んでいるのはどう考えても不自然だ」
「エミリオにしては鋭い分析だね、しかし私が彼女を幽魔に閉じ込めたと言う証拠はどこにもない。お前達は証拠もないのに私にいいかがりを付けているのかな?」
「まあ、そういう事になるな」
「エミリオはともかく、ルーカス。君は王都(ドゥ・ネストヴィアーナ)に戻ったら今後の身の振り方について考えておいた方が良いかもしれないね」
「こいつ…!」
「ルーカス、やめろ!!」

 またアミールに掴みかかろうとする騎士を制すると、彼は僕の方まで忌々しそうに撥ね付けた。
 アミールは冷めかけた珈琲の小さくなった湯気から目線を上げて、嘲う様に唇を歪める。

「ルーカス、威勢が良いのは結構だけれどお前は少し考えなしだね。今のお前を亡きベルンハルト隊長が見たらどんな顔をするだろうな」
「親父は関係ねぇだろ!!」
「それとも名高い”黒炎の騎士”殿をここまで骨抜きにしてしまった私達の姫君の魅力を称えるべきか。――…君に一つだけ良い事を教えてあげようか?私がこの剣にスノーホワイトを閉じ込めていたと仮定する」

 アミールは椅子から立ち上ると、スラリと腰の『幽魔の牢獄』を抜く。

「例えば昼間ヒルデベルトを閉じ込めた『盈虚宮の牢獄』に彼女を閉じ込めたと言う事にしよう。その場合、とても厄介だ。何故なら盈虚宮から彼女を開放する事が出来るのはこの世でただ一人私だけなのだから」

 絶句する僕達を見て、アミールは小気味が良さそうに続ける。

「例え私を殺して、私から剣を奪ったとしても彼女が解放される事はない。この剣の新たな適合者を見付けて、その者に盈虚宮から彼女を開放する様に頼んだとしてもそれは不可能だ。私が死ねば、彼女は永遠にこの剣の中に封じ込められる事になる」
「……しかしあんたが今、本当の事を言っていると言う保証はどこにもない」

 剣の柄に手をかけるルーカスを見てアミールはクスクスと笑った。
 僕も、そして恐らくルーカスも、コイツが一体何がそんなにおかしいのか判らない。

「そうだね、私が真実を述べていると言う確証は何もない。ただここで私を殺して、私の話が真実だった時に困るのは誰だろうな」
「ルーカス」

 僕も椅子から立ち上がるとルーカスの肩を叩く。
 任せておけといった顔で頷くと、彼はしおれた花のよう項垂れながら不安そうな顔で僕を見やった。

 不思議と今、僕は冷静だった。
 いつも僕を止める役目のルーカスが、冷静さを失っているからかもしれない。

「アミール、お前はやはりあの男の息子だな。お前は父上と良く似ている」

 僕の言葉にアミールの顔から笑みが消えた。
 それもそのはず。僕は今、アミールの地雷原の中に飛び込んで、あえて奴の地雷の上を飛び跳ねている。

「女の一人も幸せに出来ない様な男に、幸せな国なんて作れる訳がない」
「何を…」
「僕が今まで馬鹿だった。弟だから、お前の婚約者だからなんて遠慮する必要はどこにもなかったんだ。王位もスノーホワイトも僕の手の内にあった方が良い。何故ならどちらもお前の身の丈には合わない物だから」
「…………何が言いたいのかな、エミリオ」

 凍てつく冷笑に部屋の空気が凍り付く。

「お前はスノーホワイトの事も子供の事も何一つ考えていない」
「考えているに決まっているだろう?お前達には悪いけど、今だって話をしながら彼女の事ばかりを考えていたよ?彼女に似合うマタニティードレスは何色だろうか、二人の子供が産まれたら名前は何にしようか、式はお腹が目立つ前が良いだろうな、その為には早急に事を片付けさせなければ、とか色々と」
「父上と母上の結婚生活がいかに悲惨だったか、母上がどんな顔をして死んでいったのか、お前は見ていたはずだ」

 手を広げ、夢見心地の表情で饒舌に語っていたアミールの動きがピタリと止まる。

「僕にも大体の想像は付く。そして世の中、余計な事を教えてくるお節介な奴がいるものだ」
「なんだって、誰の事だ?」

 アミールは我に返った様子で手を下げるが、僕は首を横に振る。

「いい、今はその話をしているのではない」
「いや、私は緘口令を敷いていたんだ。それなのに私に隠れてエミリオにそんな事を話した者がいたなんて。……フロリアナか?それとも、」
「アミール」

 アミールがいつもの調子に戻った事に少し安堵はすれど、話がそれそうなので僕は少し大きな声を出す。
 奴が口を噤むのを見て、僕は話を戻した。

「両親に望まれずに産まれた子供の不幸を僕達は身をもって知っているはずだ。またそんな不幸な子供を作るつもりか?お前は自分の子供にまで、僕達が幼い頃味わった寂しさを味合わせるつもりか?」

 僕の言葉が痛かったのか、アミールは何とも言いようのない表情(かお)となった。  
 嚙みしめた唇から微かに呻き声が漏れる。

「……スノーホワイトは、きっと私の子供を愛してくれる。私はあの男とは違う」
「何が違う?存在を無視して飼い殺す事が愛か?お前がしようとしている事は結局はそういう事だろう。お前の愛は酷く自分本位だ。そもそも愛とは奪う物ではない、与える物だ」
「愛ね、まさかエミリオと愛について議論する事になるとは思わなかったが…」

 アミールは苦笑めいた物を浮かべた。

「相手の気持ちも考えずに自分の欲求を押し通す事を情熱か何かと吐き違えてはいないか?そんなもの、あれも欲しいこれも欲しいと駄々をこねる子供の我儘と何も変わらない。相手の都合を考えずに奪うのが愛の訳がない、そんなものただの暴力だ!お前のやっている事は、教皇国の度重なる席捲と何ら代わりはない!」
「エミリオ、お前はまだ子供だからそういう綺麗事が言えるんだ。それはそれでとても幸せな事なのだろうけど、」
「あまり僕の事を馬鹿にするな!僕はもう18だ!」
「私からすればお前はいつまで経っても可愛い❘子供(弟)だよ。愛とは海の様な物で、さざ波一つなく穏やかな朝もあれば、嵐が来て酷く凶暴に荒れ狂う夜もある。――…愛の正体とは惜しみなく奪う物だ」
「お前は奪ってばかりだな!奪い尽くされた方はどうなる?最後には骨の一本も残らないのではないか?お前はここで再会してからスノーホワイトに何か与えた事があるのか!?」
「……城に帰ったら、彼女には私の妃に相応しい物を与えるつもりだ」

 苦い顔付きになったアミールに僕は畳みかける。

「お前が与えようとしている物をスノーホワイトは望んだか?自ら欲っしたのか?」
「それは…、」
「望みもしない物を押し付けて代金を求める押し売りと、お前のやっている事の一体何が違う?お前の愛など所詮は自己満足の賜物でしかない!」
「……お前は私の愛が間違っているとでも言いたいのかい」
「そうだ。愛とは、愛する者と共に過ごした数時間、もしくは数日の為に死ねる事だ」

 制約に縛られている弟の口から出て来た言葉に兄は酷く驚いた様だった。
 虚を衝かれたアミールの反応に、少しだけ気分を良くして僕は続ける。

「例え結ばれる事がなくとも、その幸せの記憶があればその後の人生にどんな苦難が待ち受けていようとも乗り越える事が出来る。愛は人を強くする。愛を知らない人間ほど不幸な者はいない」
「……まるで私が愛を知らないとでも言いたい様な口ぶりだな」
「前々から思っていた。お前は母上から貰えなかったものや、貰いたかったものまでスノーホワトに求めていないか?」

 言葉を失ったアミールの元へ一歩、また一歩踏み出す。

「スノーホワイトは僕達の母親ではない。ましてや何でも許してくれる聖女様でも何でも願いを叶えてくれる女神様でもない、生身の人間なんだ。お前は少し彼女に求め過ぎだ!」

 驚き目を見張るルーカスを他所に僕は拳を振り上げた。

「相手の気持ちや都合を一切考えずに、自分の我儘を押し通して奪って行くだけの男が愛されるとでも思っているのか!それで相手を幸せに出来るとでも思っているのか!この阿呆!!」

ガッ!!

 アミールは避けなかった。
 僕の拳を受けて、アミールは一歩よろめく。

「いいからさっさとスノーホワイトを開放しろ、そして僕と勝負するんだ!――…アミール、剣を抜け!!今日こそ決着をつけてやる!!」
「え、エミリオ様……、どうどう、落ち着いてください」

 肩を押さえるルーカスを振り返りながら僕は叫ぶ。

「さっき抜刀しようとしていたお前が何を言っている!!」

―――そんな事をやっていると、

「分かったよ」

 やれやれと肩を竦めながら、アミールは「降参だ」と言って手を上げた。

「へ?」
「うっそぅ!?」

 僕達が顔を見合わせると、アミールは大きな溜息を付いた。

「確かに私の可愛い弟の言う通りだ。私の愛は間違っていたのかもしれない」

「分かっちゃったんですか!?」「なんで!?一体この騒動は何だったの!?」と叫ぶルーカスの頭をまたポカリとやりながら僕はアミールに向き直る。

「だけどこれだけは言わせてくれ。確かに私はまだまだお前の事を子供だと思っているが、私がこの世で最も脅威に思っている男もお前なんだよ。エミリオ、この短期間で見違える程成長したね。やはりお前を城に残してきて正解だった。――ルーカス、弟を見ていてくれてありがとう」
「え、えええ…? は、はあ」

 いきなり振られたルーカスはしどろもどろに頷く。

「……やめろ」


―――和やかな空気の中、思い出すのはあの時の光景だった。


『これは聖水です!!聖地へ行き、大量に汲みに行って来たのです!!』
『おのれ……!!』

 ホナミに聖水を掛けて、僕達を逃がしてくれたあの老兵達の姿を思い出す。

『わし等がこの国の王子だと認めているのは、陛下とベルナデット様の息子のアミール様とエミリオ様だけじゃ!!』
『どうかここは私達に任せてお逃げ下さい、アミール様とのお早いご帰城ををお待ちしております!!』
『お前達……』


「僕が愚かでなければ、彼等は命を落とす事はなかった…」

 血を吐く様に吐き捨てた僕を見てアミールは瞬きをした後、ポンと手を叩いた。

「ああ、もしやアンドレア元将軍達の事か?彼等なら生きているよ」
「えっ?」
「お前も知っているだろう?ルジェルジェノサメール城はこの世でも陥落させるのが最も難しい城だと言われている。同時に夜逃げをするのにとても適した造りをしているんだ。ドゥ・ネストヴィアーナ全体に地脈の様に拡がる運河もそれに一躍買っている」

(良かった…)

 ヘナヘナと体の力が抜けた僕をルーカスが後から支える。

「彼等には元々ヒットアンドアウェイ戦法を取って貰う事になっていた。つまり聖水をかけたら即座に逃げろって事だね。その後の彼等の逃走経路も曳舟道の番も手引き済だったんだ。レジスタンスのメンバーとして、彼等は今ドゥ・ネストヴィアーナに潜伏しているよ」

 口元に乾いた笑みが浮かぶ。
 僕の頭にアミールは昔の様に手を乗せて微笑むが、すぐに厳しい顔付きになった。

「私が悪かった、スノーホワイトを開放するよ。……しかし1週間後、私はまた幽魔に彼女を閉じ込める、それは理解して欲しい」

 一週間後と言われ、自然と僕とルーカスの視線はカレンダーの方に向いた。――…一週間後。蟹の月、第三週のニ日目。

「マナの祝祭日か」
「ついに来ましたね」

 僕とルーカスの漏らした言葉にアミールは無言で頷いた。

 夜空の星が一年で最も光り輝く満月の夏の夜、それがマナの祝祭日だ。その星降る夜は、精霊たちの力が一年で一番強力になる。
 この日に雨が降って星のない夜になったとしても、人間達には嬉しい贈り物がある。この夜降った雨はとても強力な聖水となるのだ。

「戦いが始まったら、どこも安全とは言い切れない。一番安全なのがここなんだ」

 言いながらアミールは剣の柄に付いた宝玉に触れる。

「しかしお前にもしもの事があった時、スノーホワイトはどうなる?盈虚宮の中に閉じ込められたままになるのではないか?」
「大丈夫だよ、私は死なないから」
「し、しかし」
「分かってるよ。万が一つの場合は、幽魔から出して彼女だけこっそり逃がすつもりだ」

 僕とルーカスがほっと一息付くと、アミールは幽魔の牢獄を掲げて瞳を伏せた。

「幽魔、盈虚宮の牢獄から❘紅鏡の(スノーホワイト)を解放しろ」

パアアアア!!

 眩い光とともに産まれたままの姿のスノーホワイトが僕達の目の前に現れる。
 ピュウ、と口笛を吹くルーカスの頭を僕はまたしてもぽかりと殴った。

「あれ、私……?」
「ごめんね、シュガー。私は少しどうかしていた様だ。あなたを愛し過ぎてしまった愚かな男の過ちを、どうか許してはくれないだろうか?」

 スノーホワイトの肩にマントをかけると、アミールは彼女の体を軋むほど強く抱きしめた。
 スノーホワイトのぼんやりとした瞳が次第に力を取り戻して行く。―――そして、

「あのクッソ女神――――――!!!!俺とアキを間違えやがって!!」

 小屋どころか森全体に響き渡るその絶叫に、思わず僕とルーカスは腰を抜かした。
 彼女を抱きしめていたアミールも流石に驚いた顔付きなっている。

「ス、スノーホワイト?」
「あ、い、いや、なんでもないんですエミリオ様、うふふ」

 僕が声をかけると彼女は慌てて取り繕い――、

「………じゃねぇよ、畜生!!あああああああああああ!!もう、もう、どうすれば!!」

 もはや態度を取り繕う余裕もないらしい。 
 叫びながらしばらくスノーホワイトはゴンゴン!と壁に頭を打ち付けていたが、アミールが彼女の肩に手を掛けると彼女は奴の胸倉を掴み上げた。

「あいつは!?ウンデーネはどこだ!!」
「へ?まさか盈虚宮でウンディーネと会ったのかい?」
「ああ、会った!!あのクッソガキ、この俺にリゲルブルクを救えだと!?」

(まさか、ウンディーネと話したのか…?)

 血走った目でアミールをカックンカックンと揺さぶるスノーホワイトに、僕は呆気に取られてしまった。

(凄い…)

 スノーホワイトはウンディーネの姿も見たのだろう。
 ウンディーネは子供の様な容姿をしているとは話に聞いていたが、それは公式には出回っていない情報なのだ。それなのにスノーホワイトはそれを見事に言い当てた。

「今すぐにウンディーネと会う手段はないのか!?」
「シュガー、残念ながらそれは無理な相談だ」
「あんでだよ!?」
「基本的にあの女神様は自分が話したくなったら現れて一人で一方的に話したてて、飽きたら消えると言うスタンスなんだよ。私が風呂に入っていようが寝ようとしていてもお構いなしだ。酷い時には国の式典の真っ最中に現れて、私が演説している横で『新人巫女が水の神殿の掃除をサボってる』なんてひたすら愚痴ってね。それで都合が悪くなったらしばらく出て来なくなる。昔からこちら側から彼女にコミュニケーションを取る事は出来ないんだ」

 スノーホワイトに詰め寄られたアミールの鼻の下が伸びている。
 僕の気のせいでなければ、鼻の下だけではなくズボンも――……いや、こんな男でも一応僕の肉親なので、彼の名誉にかけてこれ以上はやめておこう。

「アキラ、どういう事だ?」

 スノーホワイトはルーカスを振り返るが、すぐにアミールと僕に視線を戻した。

「とりあえず、親父に……いや、ラインハルト国王陛下に会いたいんだ、会わせてくれないか?」

「やはりアキラは私達と腹違いの兄弟になるのか」

 アミールは感慨深そうに頷くだけだが、初耳も良い所だ。

「な、どういう事だ?」
「俺の名前は、三浦晃(ミウラアキラ)、ウンディーネによってリゲルブルクを――…いや、正確にはラインハルトを救えとこの世界に召喚されたらしい」

 スノーホワイト――いや、アキラは額を押さえて項垂れながらソファーに腰を下ろす。
 アミールは当然の様な顔つきで彼女の隣に座り、自分の上着を掛けて彼女の細い肩を抱く。
 そんな彼を見て、険のある目付きになった僕とルーカスは目を合わせた。

 恐らく今、僕とルーカスは最も心が通じ合っていると思う。……こんな時にアレな話だが。 

「でも俺、お前達には悪いけど……ラインハルトを救ってやる気なんてねぇよ。だってあいつ、俺のお袋が元の世界に帰ったらとっととお前等の母親と結婚して、あっさりリゲルブルクの王様になったんだろ?そんな男の事をどうすれば救ってやりたいなんて思うんだよ!!お袋は、今でもまだ親父の事…っ」

 そこまで言って、込み上げて来た物を堪える様に言葉を詰まらせるスノーホワイトをアミールが胸にしかと抱きしめる。
 据わった目付きのルーカスがもう一度目で合図してきて、僕は黙って目を伏せて頷いた。――…やはり今、僕とルーカスは世界で一番心が通じ合っている。

「違う、違うんだアキラ」
「何が違うんだよ!!」
「アキラ、あの人は心から君の母上の事を愛していた」
「なら、なんで他の女と結婚なんて!!」

 アミールは一瞬だけこちらに視線を投げかけた。
 アミールの言わんとする事は解った。今から奴が言おうとしているのは、僕達の敬愛している母上の面目を丸潰しにする話だ。そしてその事実は僕とアミールにとって、自分の人生の中で最大の恥辱に当たる話でもあった。「言っても良いか?」と言うその視線に僕は無言で頷く。

―――確かにそれは母にとっても僕達にとっても不名誉な事実である事には代わりないが、――今、彼女に事実をありのまま伝える事の方が大事だろう。

(あの男の汚名を晴らしてやる様で癪だが、……彼女が真実を知らず、傷付いたままでいるよりはずっと良い)

 アミールも同意である事に僕は安堵した。
 自分達の肩身が狭いルーツを話し自ら恥を晒す事よりも、憎んでやまない男の誤解を説いてやる事よりも、アミールの奴も目の前の愛する女性の涙を止める事の方が大事なのだ。

(もう大丈夫そうだな)

 昨晩は少々血迷いはした様だが、この様子ならもうアミールは大丈夫だろう。

 僕が頷いたのを確認すると、アミールはスノーホワイトに視線を戻す。

「あまり身内の恥を晒したくないのだが、……聖女が帰った後も、父は母との結婚を望まなかった」
「え?」

 スノーホワイトの張りつめた瞳が揺れる。

「一番最初から話そうか。元々私の父ラインハルトと母ベルナデットは婚約者だった。しかし父は10も年齢の離れた母との結婚は本意ではなかったらしい。しかし私の祖父の熱い要望があり、婚約を飲んだのだそうだ。――そんなある日、聖女ホナミ……君の母上が現れた。二人はすぐに惹かれあい、恋に落ちたらしい。母からしてみれば、聖女に自分の婚約者を取られたと言った心境だったのだろう。父に婚約破棄を言い渡された母は怒り狂った」
「…………。」

 スノーホワイトは括目して、一言も聞き漏らさぬ様にアミールの話を聞いていた。

「父に婚約破棄を言い渡された母は、聖女を元の世界に強制的に送り返した。その後、父の職を奪い、爵位を奪い、全てを奪って追い込んだ。――…そして、最終的に父は母と結婚したのだそうだ」
「お前等の母親は…?」
「自害したよ。子を2人産んでみてもあの男から愛を貰う事が出来ずに絶望したらしい」
「……そん、な…」 

 水界の制約の事は当然アミールは口にしなかった。
 先程その話を僕から聞いたルーカスが「まさか…?」と言った顔でこちらを見るが、別に答えてやる必要もない。
 僕は彼から静かに視線を外した。

「その後、あの男は私達から逃げる様に仕事に没頭した。……父は、まだホナミの事を愛している。いつもどこか遠い地で暮らしている彼女と、名前も知らぬ我が子にも想いを馳せていた」

 アミールは言葉が出て来ないらしいスノーホワイトの髪を撫でる。
 その妙に優しい手付きや、穏やかな笑顔に複雑な気分になった。――僕が事実をスノーホワイトに伝える役回りだったら、今の奴の様な顔で奴と同じ事を言えたか判らないから。

「今すぐは難しいだろうが、……全てが終わったら会ってやってくれ、多分父も喜ぶと思う」

 スノーホワイトはこくりと頷きかけた顎を上げて、アミールと僕を交互に見る。
 何故か視線を合わせ難くて、僕は押し黙ったまま床板の木目を眺めていた。

「でも、……いや、それじゃ、お前達は…、」
「私達は君と違って望まれて産まれて来た子供ではない。ただ血が繋がっているだけの赤の他人だ。あの男からしてみれば、消し去りたい負の遺産だろう」
「そんなの、おかしい!!」
「何が?」
「だって、男だろうが!!」

 ソファーから立ち上がるスノーホワイトに、僕は顔を上げる。

「子供作って父親になったからには俺達の事もお袋の事も忘れれば良かったんだよ!!なんでお前等の母親の事を大切にしてやんなかったんだよ!!なんでお前等の事もっとちゃんと見てやんなかったんだよ!!無理だったら別れればいいのに、そんな中途半端な事して沢山の人傷つけて!!そんなん俺達に対してもお前等に対しても失礼だろうが!!」

 想定外の言葉がスノーホワイトの口から飛び出して来て、僕だけでない、アミールも茫然自失となった。

「あああああイライラする!!そんな男の血が俺にも流れているなんて!!この体には流れてないけど、なんかムカつく!!……アミール、エミリオ、悪いけどお前等の父ちゃんに会ったら俺に一発殴らせろ!!いいよな!?」
「あ、ああ…」

 僕はスノーホワイトに圧倒されて頷いた。
 アミールはしばし呆けた顔をしていたが、クスクスと笑い出した。
 奴から「ありがとう」と小さな声が聞こえたが、彼女には届いたのだろうか。

「一発だけじゃ物足りねぇ!!マジで何なんだよ!!一体何人の女を不幸にしてんだよ!?彼氏も作らないで再婚もしないで、そんな男に律儀に操立てして来たうちのお袋が馬鹿みたいじゃねぇか!!俺もアキも小さい頃はさ、具のない味噌汁とか、おかずがもやしだけの生活が普通でさ、それでも皆で頑張って来たのに!!こっちの世界でも奥さんと子供を不幸にしてるとか、ねえわ!!」

 今まで黙っていたルーカスがそこで口を開く。

「そこをあの女狐に付けこまれたんだよ」
「あの女?」
「寵妃ホナミ。穂波さんと同じ顔に化けた妖魔だ。陛下は今、そいつの操り人形となっている」
「そうか、ウンディーネが言ってたのは……って、それこそ俺じゃなくてお袋呼べよ!!なんで俺とシゲなんだよ!?」

 地団太踏むスノーホワイトにルーカスも肩を竦める。

「つーかさ、話を聞くに俺ってマジで無関係じゃね?三浦家の問題じゃん。なんで俺も一緒に召喚されてんの?」
「ウンディーネ曰く、召喚魔法って奴はさじ加減が難しいんだと。今回はその辺りのコントロール出来る使い手も一緒じゃなかったから、なんか余計なのもくっ付いて来たらしい」
「俺はお前のおまけトリップかよ…」
「俺なんてアキと勘違いされて女体化で18禁乙女ゲームのヒロインだぞ……『どう?大好きなゲームの疑似世界は?良い想いをさせてあげたんだからうちの国を救いなさい!』なんて言われてもさぁ…」
「ああ、そういう事だったのね……で、俺達元の世界に帰れんの…?」
「ああ、女神様曰く、クソ親父とリゲルブルクを救ったら帰してくれない事もないらしい。……どちらにせよ、俺、親父に会いに行かなきゃ。今すぐに」

―――その時、

「それは少し待ってもらわなければなりませんねぇ」

 少々癖のある男の低音ボイスに僕達の肩が跳ね上がった。
 一体いつからそこで聞いていたのだろうか。寝室へと繋がる廊下側に備え付けられているドアが軋んだ音を立てて開く。

「い、イルミ様!?」
「聞いていたのか」

 ヴィスカルディーの姿にスノーホワイトは叫び、アミールは眉を顰めた。

「全部聞かせて貰いましたよ。なるほど、そういう事だったのですか。アミール様が人外の世界の話に妙に通じている理由がやっと分かりましたよ」
「盗み聞きとは趣味が悪いな」
「憶測の域ではありますが、大体の事情は把握しました。後程ルジェルジェノサメール城奪還作戦の作戦参謀として、アミール様には詳しい話をじっくりと聞かせていただきます」

 渋面になるアミールを見てしてやったりとした表情になると、ヴィスカルディーはスノーホワイトの顎をくいっと持ち上げる。

「二重人格の様な物だと思っていましたがそういう事でしたか、納得しました。しかし貴方は本当に面白いですね」
「あ……あ、あの…?」

 蛇に睨まれた蛙の様に固まるスノーホワイトに微笑みかけるヴィスカルディー声色は、わざとらしい程柔らかで穏やかだ。しかしそれとは一変してスノーホワイトを見つめるその眼は、餌を覗う獣の眼のように爛々としている。

「元の世界に帰りたいですか?」
「う……ぅぅ…」
「スノーホワイト、貴女はもう私から離れては生きていけない体のはずだ。良いのですか?私から離れたら、もう――、」

 清々しいこの朝に不適切なアダルト用語が部屋に飛び交いはじめ、僕はわざとらしく咳払いをしてみせるがヴィスカルディーはどこ吹く風と言った様子だ。
 ヴィスカルディーの卑猥な台詞に真っ赤になってあわあわ言っているのはスノーホワイトなのか、それともアキラなのか。

「それでも私のあなたに対する愛は変わりません。全てが片付いたら私の妻になりなさい、私ならばあなたが男の体に戻っても愛してあげますよ」
「は、はへ!? い、いや、あのイルミ様!私、ていうか、俺!元々男は駄目って言うか、ノーマルな性癖なので…、」
「いいから目を瞑りなさい」

 ヴィスカルディーの唇がスノーホワイトの唇に重なる寸前に、アミールがぐいっと彼女の腕を引っ張って自分の胸へ手繰り寄せた。

「抜け駆けは駄目だよ、イルミ。シュガーは私の物だ。――…それに、姿や性別が関係ないのは私も同じだ」
「へっ!?」
「私が恋したのはあなたの何事も恐れない、気高く美しい精神と残酷なほどに優しいその心なのだから」

 アミールの指がツツツ…、とスノーホワイトの紅い唇をとなぞる。

「ぁ……ぁぅ…、」

 狼狽する彼女にアミールはニッコリと微笑みで返す。

「――――…愛してるよ。私の、私だけの可愛いお姫様」

 奴の唇が彼女の顔に近付いて行く。
 アミールが彼女の唇を奪う前に、今度はルーカスが彼女の腕を引って自分の元へ引き寄せた。

「待てよコラ。アキラは男に戻って俺と元の世界に帰るんだっつーの!」
「あ、ああ……そうだな、うん」

 スノーホワイトを囲み、てんやわんやといつもの様に騒ぎ出す三人に僕はしばし呆気に取られた。

(嘘だろう、こいつらはスノーホワイトが男でもいいのか…?)

 もしかしたら覚悟が足りなかったのは僕の方だったのかもしれない。

 正直な話、中身がスノーホワイトだとは言え、彼女が顔も見た事のない男になってしまった場合、愛せる自信は今の僕にはまだなかった。
 父と女狐(ホナミ)の顔を思い出す。
 単純な話をしてしまえば、あの二人を足して2で割った物がアキラと言う事になる。想像してみるとそんなに酷い顔ではなさそうなのがせめてもの救いだが、僕は元々ノーマルだ。男と……なんて今までの人生、ただの一度も考えてみた事はなかった。

(ぼ、僕はスノーホワイトが男になっても愛せるのだろうか…?)

―――しかし、負けられない。

「お前達何を勝手な事を言っている、スノーホワイトだろうがアキラだろうが彼女は僕の物だ!!」
「は…?」

 僕は呆気に取られるスノーホワイトの腕を掴んで、自分の元へと引き寄せる。

「エミリオ様…?」

 ごほん!と咳払いをした後、赤い顔で「ああ」とか「うむ」とか言っていると、僕の顔をスノーホワイトが恐る恐る覗き込んで来た。
 僕は意を決すると彼女の両肩に手を置いた。

「スノーホワイト、正直に言おう。僕はお前が男に戻っても抱いてやれるかどうかまだ判らないが、…しかし、善処する事を約束する」
「え……えっと…? って、ええええええええっ!?」
「今想像してみたのだが、……た、多分、手でしごきあう位なら、頑張れると思うのだが…」
「頑張らなくていいデスヨそんなの!!」

 口元を押さえながらボソボソ言っていると、にやけ面のアミール達が割って入って来る。

「エミリオはやっぱり可愛いなぁ、流石は私の弟だよ」
「ええ、とても初々しいですねぇ。いやぁ、心が洗われる様です」
「そうだな、イルミは私の清らかな弟を見て少しはその真っ黒な腹の中を洗うべきだ」
「失敬な、人の事を言えた立場ですか」
「ぼ、僕を愚弄したな!!許さないぞ!?…と言うかお前達は男相手でも大丈夫なのか!?おかしいだろう!!」
「エミリオ様も無粋な事をおっしゃいますねぇ、崇高なる愛の前に性別なんてくだらない物が関係あるのですか?」
「ヴィスカルディー!貴様はこんな時だけまっとうな人間の様な事を言うな!!」
「確かに今のスノーホワイトの見目麗しい容姿はとても魅力的だが、私が真に惚れ込んでいるのはそこじゃないんだよねぇ。私の常識やこの世界の常識をも覆して、時に奇跡まで引き寄せてその手で掴んでしまう、そんな彼女の常識外れた所を私は愛してやまないんだ。こんな夢の様な女性、逃してしまったら次に巡り会えるのはきっと十数億年後だろうよ」
「ぼ、僕だってそうだ!!アキラ、僕は同性との経験はないが、……お前を満足させられる様に努力してやる。だ、だから、全部僕に任せて大船に乗ったつもりでいると良いぞ!!」
「いやいやいや!!ちょっと待って!?あの、えっ、ちょっと、何言ってるのこの人達!?どうしようシゲ!!」
「くっ……負けてらんねぇ、BLがなんじゃい!!上等だコラ!!穴に突っ込んで腰振るだけの作業なんざ、相手が男だろうが女だろうが代わりねぇわ、俺だって余裕だっつーの!!」
「お前まで何言ってんの!?」

 父上の事、亡き母上の事、父上を誑かしている女狐の事、スノーホワイトの中身があの聖女の息子だと言う事。水界の制約の事。

―――前途多難な恋だが、負けられない。

(僕は、彼女の事が好きなんだ)

 今、改めてそう思った。 

『そんなの、おかしい!!』

(聖女の息子か…)

『子供作って父親になったからには俺達の事もお袋の事も忘れれば良かったんだよ!!なんでお前等の母ちゃんの事大切にしてやんなかったんだよ!!なんでお前等の事もっとちゃんと見てやんなかったんだよ!!無理だったら別れればいいのに、そんな中途半端な事して沢山の人傷つけて!!そんなん俺達に対してもお前等に対しても失礼だろうが!!』

 心無い大人達の噂話により、その存在は幼い時分から知っていた。

 自分達に無関心な父の態度に傷付く度、顔も名前も性別すら知らない腹違いの兄弟を、母の仇、自分達兄弟の敵、と殺したいくらい憎んだ時代もあった。

『あああああイライラする!!そんな男の血が俺にも流れているなんて!!この体には流れてないけど、なんかムカつく!!……アミール、エミリオ、悪いけどお前等の父ちゃんに会ったら俺に一発殴らせろ!!いいよな!?』
『あ、ああ…』

 だからこそ彼のその言葉は僕の意表を突いて、―――そして、僕の中にある一番奥の大事な部分をギュッと鷲掴みにした。

(やはりあの日、僕は間違えてはいなかったんだ。――…僕が愛するにたる存在は、この世で彼女しか考えられない)

 彼女の事を知れば知る程、どんどん好きになって行く自分に気付く。
 昨日よりも今日、今日よりも明日、彼女への想いが大きくなって行く予感がする。

 その時、他のメンバーがぞろぞろと起き出して来た。

「ふああああ、朝から一体何を騒いでるんですか」
「エルヴェミトーラか、さっさと朝食の準備にかかれ」
「……あの、エミリオ様、エルヴァミトーレです。いい加減僕の名前覚えてくれませんか?」
「おはようエミリオ様!俺が良い事教えてあげるよ、エルって覚えれば良いんだよ!実は俺もエルの下の名前なんて覚えてないし!」
「……ヒル」
「姫様、今朝も一段と美しい…」

―――未来の事なんか、アミールに勝って彼女を手に入れてから考えれば良い。 

 僕の中で何かが吹っ切れたらしく、妙に清々しい気分だった。

恋人7、終わり。
お付き合いありがとうございました。


活動報告に理由を書きましたが、以前拍手に載せた親世代の閑章(全4話)をこの後掲載します。
既に完成している物ですし、既読の読者様も多いと思いますので今日の夜にでも4話一度にドドっと更新しちゃいますね。既読の方は飛ばして下さい、すみません。

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Siti Dara

Hi. I’m Designer of Blog Magic. I’m CEO/Founder of ThemeXpose. I’m Creative Art Director, Web Designer, UI/UX Designer, Interaction Designer, Industrial Designer, Web Developer, Business Enthusiast, StartUp Enthusiast, Speaker, Writer and Photographer. Inspired to make things looks better.

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